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17 外敵

「怖がられてるのはボクじゃ無いみたいだね」

 音符が付きそうな声で、学斗尊はスイを笑う。

 スイは何も答えず、学斗尊に向き直った。

「いいね、いいね。やる気?」

 楽しげに学斗尊が口端をあげる。愉快そうにケラケラと笑う。

 スイはやはり何も答えない。

 学斗尊が学生帽を取って、明るい茶髪を掻き上げた。オレンジ色の猫目が更に細められる。

「ボクも結構やる気なんだ」

 その言葉と共に、学斗尊が学生帽をスイに投げつけた。

 スイはそれを軽々と避けた。すると帽子のせいでスイの視界から見えていなかった鋭いハサミや裁縫針が迫っていた。スイは素早く身を翻した。

 学斗尊が投げつけてくる凶器になりかねない文房具の全て避けていく。

 瑠璃色の瞳は的確に学斗尊の攻撃を見切っているようだ。

 学斗尊は余裕がある表情を崩さない。

「勝てると思ってるの? 勝てるかもしれないって希望論を唱えちゃってるんだったら、笑えるんだけどっ! こんなに神社から離れちゃってるのに」

 学斗尊は楽しそうに笑い続ける。

 雨は二人の上に平等に降り続ける。

 スイはくすり、と笑った。飄々とした態度が崩れることはない。

 学斗尊はそんなスイを見て、不機嫌そうに表情を歪めた。

「土地神の貴方が、土地のこんな外れまで来てるんだ。力も大して蓄えてないはずなんだから、結構苦しいんじゃないの?」

 オレンジ色の瞳が恨めしそうにスイを見上げる。

 青みがかった黒い髪を、耳にかけ、スイは構えを解いた。楽しそうに笑う。意地の悪い笑い方ではなく、心底楽しそうに。


 戸惑ったのは学斗尊だ。

 オレンジ色の瞳でスイを凝視した。


 スイは学斗尊の視線に気がつくと笑うのを止めて、雨を掌に受けた。白い肌を雨が伝い落ちていく。

「いい天気だよな」

 学斗尊はスイの言った言葉が分からなかったようだ。整っている眉がひそめられる。

スイはくすりと口元を歪ませる。笑わずにはいられない。

 天気は土砂降りの雨。台風でも近づいてきているのか、風も出始めている。

 とても、人間の思い浮かべる“いい天気”だとは思えないだろう。

 実際、学斗尊には分からないようで。スイのことを鋭い目で見つめてくる。

「襲撃場所はとてもいいところだと思うぜ?」

 スイは学斗尊を褒めた。

 村の端っこ。土地神の移動できるギリギリ端っこの場所。力も、真ん中にいるときより、出しにくい。それは紛れもない事実で。

 学斗尊は最適な場所を選んだと言える。

 しかし、スイは笑う。

「だがな、日取りを考えるべきだったな」

 考えが甘い。止めを刺すつもりなら、甘すぎる。

 そう言って、スイは右手を口元に寄せた。掌には雨粒が溜まっている。

 学斗尊の顔が青ざめた。

 スイの口が弧を描く。

 そして、スイは溜まっている水に息を吹きかけた。

 溜まっていた水はダイヤの表面すら抉る弾丸となって、学斗尊へと襲いかかる。

 学斗尊は為す術も無かった。

 ガクの仮初の体を遠慮なく水の弾丸が貫いていく。

 赤い華が一つまた一つ、と地面に花を咲かせる。

 無色の弾丸は目で捉えることは難しい。避けることはほぼ不可能。

 弾丸に撃たれて、ガクはその場に膝を突いた。胸に当てた左手が赤で染まる。

 スイは冷めた目で学斗尊を見つめていた。

「水読尊。これが俺に与えられた名だ。土地神以前に、水を司る神だって事を忘れた、君の負けさ」

 スイは学斗尊を見下ろした。

 和花に害を成す敵として。じっと見つめ続ける。敵意あふれる目で。

 学斗が静かに笑い始めた。泥の中に倒れ込みながら、笑い続けている。

 泥にまみれて這いつくばった敗者の笑い方ではない。

「何がおかしい?」

 スイが短く問う。しかし、問いに対する返答は無かった。

「負けたよ。でも、目的は達成したよ」

 学斗尊の言葉に、スイは目を見開く。

 オレンジ色の瞳の視線を追いかけ、和花が走って行った方向を振り返る。

 瑠璃色の視線の先で、あんずの花が舞っている。


 スイが走り出すのを見送りながら、ガクは静かに意識を手放したのだった。


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