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10 護る理由

 その後ろ姿を廊下で見送る者が一人。スイだ。

 スイは龍現に釘を刺されてから和花とある程度、距離を置いている。決して自分から話しかけることはしないで見守っているだけ。

 泣かせるようなことをするな、と言われている。しかし、スイといること自体が危険なことで。存在を認知された時から泣かせてしまうということは分かっていたのに。

 スイは目を伏せる。

 本来なら、人間と神は互いに直接的な関わりを持たない。持ってはいけない。

 関わり合えば、滅亡しか待っていない。

 だけど、スイは和花の祖母である和子まさことあまりに上手く行き過ぎた。互いの領分を守りつつ、それでも寄り添って、話すことが出来た。同じ時間を共有することが出来た。

 それがスイにとっては初めてのことで。だからこそ、和花を守らなければならないという責任感が生まれた。

 だけど、スイの守り方では和花は泣くことになる。そういう結末が見える。

 泣かせるのは望むところではない。

 スイは口を引き結んだ。

 泣かせないように。傷つかないように。

 そうやって守っていけたのならどんなにいいだろうか。

 だけど。

 スイは手を握り締める。

 床はどこまでもひんやりとしていた。


 スイには時間という概念が存在しない。日が昇れば朝だと思うし、暗くなれば夜だなという気分にはなる。しかし、それに伴って眠ろうとか、食事を取ろうという人間のような感覚がない。それだけのことである。

 ゆえにその気になればいつまでも起きていることができるし、ずっと死んだように眠ることだってできる。

 スイは眠らない夜を過ごしていた。

 長い時間の暇つぶしに人間と同じように睡眠を趣味にしていた時期もあった。嘘ではない。日中に活動して、夜は眠りにつく。

 悪くない生活だったし、スイには合っている生活リズムのようだった。

 しかし、スイはもう、長いこと眠っていない。時間を惜しむかのように。

 いくつ眠れない夜を過ごしたことか。スイは数えることをやめてしまっていた。そのくらいには寝ていないのである。

 スイはそのことを特に気にしていなかった。むしろ、これで良かったとすら思っている節がある。

 和花に気づかれないように、ずっと和花の身を守り続けることができるのだから。

 神が見える人間は、稀である。しかも、神だけを視ることができる人物なんて殊更珍しいわけである。良くないものが何も知らない和花を狙う。

 スイはそれをずっと追い払っているのだ。

 そして、それを知る人物は他に誰もいない。

 ただ、移ろいやすい月の光が照らすのみである。

 しかし、その夜は違った。

「わからんな」

 いつものごとく、集まってき和花を狙う雑魚をスイの力で散らしているときに不意に声がした。

 青みがかった髪を翻して、スイは振り向いた。

 夏の朧月がスイともう一人の存在を庭に照らし出す。

 スイはスッと目を細めてそっぽを向いた。スイにも苦手は存在するということなのである。

 立っていたのは龍現だ。

 彼の眼は神を捉えることはおろか、人間に害を成す妖を映すこともできない。しかし、彼には気配が分かるという、スイからみれば厄介な性質をしているのだ。

 スイのことが分かるから話しかけてくる。しかし、会話が成り立つことは殆ど無い。

 視えない癖に口出しだけはしてくる。しかも決まって和花が絡むのである。

 別に嫌なわけではない。スイは自分自身に言い聞かせるように思う。そう、ほんの少し苦手なだけなのだ、と。

「何がだい?」

 ポツリと呟くが、返答はない。

 会話が続くことは珍しいで大抵は今回のように続かないまま。龍現がスイの言葉を受け取れないことが多いのだ。

 風が吹き抜けていく。

 龍現もスイと会話できないことは重々承知しているらしく、何も言わない。何も言えない。

 ただ、悲しいほど二人は別世界にいるという現実を突きつけられるだけ。

 例え、片方にはすべてが見えていて、片方はそれをわずかに認識できるとしても。結局、思いは通じ合わないことのほうが多い。姿かたちは似ていたとしても、結局住まう世界は違う。

 スイは瑠璃色の瞳をつい、と細めた。嗚呼、哀しいかな、人間は。

 いや、それに踊らされている神という存在はもっと滑稽か。

 神とは不完全で、脆く儚い。それなのに、力がある。

 故に最も厄介な存在で。そして、それに対して人は縋る。自分たちが生み出したものだと言うのに。

 神とは概念で、人の願いそのものだと言うのに。

 なんと難しい世界なのだろうか。

「そうまでして和花を守る理由はなんだ?」

 静かに放たれた問いにスイは黙り込んだ。答える義理もない。しかも、答えたとして、スイの言葉を聞けるとは限らない。

 ならば、黙っていた方がいい。

 誰にも弱さを知られないように。

 もう失うのが怖いなどと、神様らしからぬ思い入れを知られるわけにはいかないのである。

 スイは何も答えずにその場から姿を消したのだった。

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