9話
夕木様に使用人たちの注目が集まる。
当然俺を含めた彼等の視界にはあのグロテスクなイカレた旦那様の死体も入る。
が、それを差し引いても俺は正直ホッとしていた。
バクバクと自分で勝手に潰れそうなぐらい高鳴っていた心臓の鼓動がどうしてだかすっと和らいだ。
自分への厳しい皆の視線が夕木様に移って内心落ち着いているのだった。
そうだ、俺なんか本来誰にも注目を浴びないようなただの凡人なんだ。
あんな視線、人の目には耐えられない。そういうのは俺に向いてないんだ。
だから俺は結局、前の会社も辞めたんだ。
――。
「失礼しました。牧原さん。説明しましょう。皆さんも少し長くなりますが一度頭を整理させましょう。どうかご清聴ください」
一呼吸おいて、夕木様は薄桃色の上唇と下唇を離した。やけに鼻筋の通りの良い西洋的な顔は克明に皺を刻んだ。その口の滑りよう、佇まい、どれをとっても中学生には見えなかった。
「今、時刻は午前11時になろうとしている頃合いです。母と中村さんの書斎からの絶叫を聞き、一番に調理場から高戸さんが駆けつけたそうです。その後、私と筑波さんが遅れて到着しました。と言いますのも、私がこのような不自由な身分だからでして。実際には母と中村さんの悲鳴は甲高く響き渡りましたので、屋敷中の誰もがすぐさま気付いた事と思います。私も筑波さんも反射的に動き出してはいたのでした。さて、それで書斎に皆さんが集まりきったのが午前9時40分頃でしょうか。勿論ただ一人、牧原さんを除いて。リアクションは皆それぞれですが概ね取り乱しは激しく私達はパニック状態になりかけ、暫くは無意味な罵詈雑言や怒哀が飛び交いました。が、私が少しばかり大きな声を出しましたので静まりました。ええ、今しがたの牧原さんのような威勢の良い声量で『落ち着いて、誰もこの部屋から出ないように。まだ犯人が近くにいるかもしれないから』と。そう述べました。そして、ふと冷静になった我々はこの場にまだ居ない人物がいることにすぐ気付きました」
夕木様は一唾のみ込んで、間を置くと続けた。
すぐバックに父の惨殺死体があるというのにこんなに冷静なのは異常だ。
下手をすれば死体そのものよりも、平然と状況説明している夕木様の方が不気味だ。
「『牧原さんは?』と最初に疑問を口にしたのは筑波さんです。そこから慌てて私達は、牧原さんのお部屋の内線に電話を掛けました。しかし通じず。次に牧原さんの携帯電話に掛けました。しかし通じず。ご覧の通り外は大雨が降っております。故に『牧原さんは庭の植物を見に外へ出ているのではないか』と意見が出ました。しかし牧原さんのような手慣れた方であれば、天気予報はチェックされないはずがありませんし、暴風対策は前日の内に抜かりはない筈。加えて朝食後の後片付けの際、高戸さんが『今日は部屋でゆっくりしています』とそんな台詞を聞いていたそうですので。ですから部屋にいないというのは考えづらかった。『ならなぜ電話に出ないのか、これだけ屋敷が騒ぎになっているのになぜ顔を見せないのか』という大きな疑問が私達の中で当然出ました。そして激しく狼狽している私達からは二つの極端な意見が挙がりました。一つに、牧原さんも部屋で殺されているのではないか。もう一つに牧原さん『が』これをやったんじゃないか、と」
俺はすぐさまカッとなって反論する。
「ふ、ふざけている! そ、そんな、俺は皆さんと違って2階の隅の部屋に居るんだ! 気付くはずが……」
あれ?
おかしい。
なにが?
いや、それよりも……。
おかしいのは一つじゃない。