7話
「ふむ、そんな反応をなさるのですね」
夕木様はサラリと言った。
そしてその二重のハッキリとした瞳をこちらへ真っ直ぐに寄越す。
その彫刻のような顔つきはやはり西洋人のようにしか見えない。思わず何だか気圧されてしまう。
「いや、えーと……?」
なんだ、今夕木様は本当は何と言ったんだ。
耳の聞こえが悪かったらしくとんでもない台詞に聞こえてしまった。
『亡くなった』なんて、そんなまさか。
しかし狼狽える俺の様子をしげしげ眺め、夕木様はなぜだか首を傾げている。
「ふうむ。ふむふむ。まぁ、百聞は何とやら。参りましょうか」
そして車椅子を半回転させると、弾みよく車輪を転がし俺を置いて行ってしまう。
「お、お待ちください!」
慌ててその背を追う。もとい、駆け寄って、その車椅子の舵を交代する。
「おやおや、私の介護は不要ですといつも言っておりますのに」
「いえ、身体を使うぐらいが取り柄なもんですから……」
「あらあら、しかし遠慮している時分ではないのも事実。お心遣い感謝いたします」
「いえ……」
基本的には筑波さんがつきっきりで夕木様を見ているので、俺がこうして夕木様の車椅子を押す機会など滅多にないがそれでもその僅かな回数、必ず夕木様は俺の差し伸べを断られる。
まぁ確かにお節介なのかもしれない。
しかし、こんな腕も細い女の子が車椅子の車輪を必死で回している様を見れば、男なら誰だって手の一つや二つ出してしまうってものだろう。まるで童話に出てくる西洋人形のような女の子なのだから。
元居た205号室から先、204、203、202、201、と廊下を進んでいく。
間もなくして、二階の端まで辿り着いた。
俺が間借りしている205号室の丁度真反対の所まで来たという訳だ。方角はこっちが西であっちは東。
この2階の西端に部屋は無い。
あるのは、これだ。
そう、『家庭用エレベーター』。
実はこの辺りは、本来建物自体なかったらしい。ほんの十年ほど前増設された部分らしいのだ。
つまり、夕木様が足を不自由にされてから開発に踏み切ったということだ。
流石にオフィスビルでみるようなエレベーターより随分小柄で、車椅子と同行者一名が丁度ギリギリ収まる程度のものだが、それでもこれのために屋敷ごと増築しているというのだから資産家とは恐れ入る。
ボタンを押し、間もなくエレベーターの扉が開く。
そうして俺と夕木様は一階へと下り、件の書斎までたどり着いた。