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6話

 雨が降っていた。

 と言っても雨だけだ。風もそれほど強くないし、特に花壇を気に掛ける程でもない。

 元より植物とは、自然界の天候を加味したうえで生存競争を勝ち進んできた立派な生物だ。

 わざわざ人間ごときが小動物ペットと同じように余計なお世話を焼く方がおかしいのだ。

 

 いずれにせよ今日は日曜であり、非番だった。

 

 世話人の筑波さんから依頼された2階窓の修理から既に数日経っていた。


 あの翌日、窓の修理の件は報告したが、存外あっけなく「ありがとうございました」の一言で終わってしまった。一体、なぜ俺にわざわざお願いしてきたのかまるでわからない。


 さて、本日も変わらず4時の起床だ。

 休日だからといって特に俺には趣味と呼べるものは無い。

 屋敷内の俺が借りている部屋、ここ205号室にはテレビもあるしビデオもあるが、あまり気乗りはしない。


 こんなことなら帰省して娘に会いたいと思うが、残念ながらこの離島からだと丸一日は掛かる。

 それに旦那様きってのお願いで極力、食事時は集まるようにと言われている。

 無論、あくまでベターであってマストという感じではない。

 だがせっかくそれなりに好感触を持たれている身としては、不意にしたくないという気持ちもあった。

 

 それになんだか今日は少し肌寒いのだった。

 夏なのに肌寒いというのもおかしな話だった。

 

 そういえば雨が降るのは久し振りかもしれない。

 気温が一気に低下したのだろうか。

 

 どちらにせよ、部屋でじっとしているのは何だか落ち着かなかったため、ドアノブをガチャリと鳴らして廊下へ出た。


 廊下へ出た途端、俺はぎょっとした。

 ドアを開けた目の前に、夕木様が居たからだ。


 車椅子に腰を預け、俺の腹ぐらいにある頭に付随する両目の視線がこちらをブスリと突き刺すかのように見つめてくる。

「ゆ、ゆ、夕木様……」

「牧原さん。おはようございます」

 やけにはっきりと威勢の良い声だった。

「あ、お、おはようございます……」

「あ、すみません。牧原さんは私なんかよりも随分早起きなんですよね。そのような方にお『早う』というのは無粋ですかねぇ」

「い、いえ、そんなことは……」

 既にお気づきかもしれないが、俺はあまりしゃべりが得意な方ではない。

 口を使うより手を動かすタイプだ。

 しかしそれにしたって、夕木様はまだ中学生だというのに、まるで壮年の重役と会話させられているかのような重圧感がある。

「私なんかつい先ほど目覚めたばかりでして。まだ遅めの朝食とこうして軽く身形を整えた程度なんですよ」

「そうですか……」

 朝食時に顔を出さなかったのは寝坊していたからか。

 いや、本当に単なる寝坊かどうかは怪しい所である。

 実は最近、夕木様は朝食時に顔を出さない回数がちらほら。

 調理場の高戸さんの噂では「夕木様はもしかしたら何か病に」というのもあったほどで、真相は俺にはわからない。『病』っていったって、俺は医者ではないし病気には詳しくない。面と向かってゴホゴホ咳をされていれば、それは心配にもなるが、パッと見た様子では顔色も悪そうには見えない。 

 ――本当に寝坊しているだけなのか。だとして、生真面目な旦那様と奥様がそれを黙認するだろうか。いや、そもそも筑波さんが起こしてくれるだろう。

 わからない。わからなかった。

 第一に一番わからないのは、なんで今俺の部屋の前に現れたのかということだった。

 もしかしたらこの妙な寒気というのは夕木様のせいだろうか。

 少々失礼な話だが、しかし何か妙にどんよりとした心持ちは絶対に湿気のせいだけではない気がする。

 ただだとすると、おかしな話だ。なぜならこの『嫌な気分』を感じ始めたのは、午前7時30分の朝食を終え、自室に戻ってからなのである。朝食を食べ終わって、食器の片づけを手伝って~だから、自室に着いたのは9時前だったか。そして今、だいたい10時30分くらいだろう。約1時間半。1時間半。『嫌な気分』。もし万が一夕木様が1時間半もずっとこの205号室の扉越しに不気味な笑みを浮かべながら居たとしたら。

「そ、それで……何か私に御用ですか?」

 オホン。軽い咳払いの後で、夕木様は述べた。

「ええ、勿論。実は書斎の部屋で父が亡くなっておりまして」

「……は?」

 


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