4話
鈴菜獅家はこれほど豪華な屋敷を構える名家であるが、最早この代においては名家「だった」と表現する方が正しいかもしれない。
鈴菜獅家当主の旦那様とその奥様、そしてその娘夕木様。3人。
家族構成はこれで終わりである。
名家や屋敷と聞くと、俺のような庶民は、沢山の親族が居て派閥の権力争いや遺産を巡るドロドロの関係なんてものを想像してしまうが(実際この鈴菜家もかつてはそれに類するほど巨大だったらしいが)、現在は跡形もない。
高戸さんから聞いた話によると、鈴菜獅家の家系はその昔から欧州の資産家とのやり取りが多く、殆どが海外に移住していってしまったらしい。
したがって旦那様の家系は現在日本にいる最期の鈴菜獅家という訳である。
そして子も一人娘の夕木様のみ。
つまり婿養子でも取らない限りは、この代で終わりである。
といっても、海外に移住していった家系の者達はすべからく富豪らしく、いやむしろ旦那様よりもその遺産は膨れ上がっているらしく、特に鈴菜獅家を存続させるねばならないという憂いもないのだそうだ。
旦那様と奥様はあくまでビジネス家として、大成し生涯を全うすることに尽力しているとのことだ。
ではなぜそんな最早ほとんどただの富豪一家と化している鈴菜獅家の娘、夕木様には仰々しくも世話人がついているかというと、あの娘は足が不自由だからである。
これは生まれつきではないらしく、どうやら幼少期に山登りに出た際、誤って崖から転落する事故が起き、それによって左足が完全に使い物にならなくなってしまったらしい。
右足の方は辛うじて回復し、医学的視点では動かせるらしいのだが、どうやら事故による精神的ショックが甚大らしく事故後の夕木様は基本的には車椅子生活である。
加えてその山登りというのが、どうも欧州を訪れた際のとある山だったらしく、それが故に旦那様と奥様はこの屋敷、もとい日本にとどまっているとのことだ。
つまり彼らとて、その事故さえなければこの屋敷を売り払って海外に移住していた可能性も大いにあるということだ。現に、夕木様はまだ15歳という年にもかかわらず、数か国語の理解があるらしい。もしかしなくともご両親とも、夕木様を自分達と同じような職に就かせる気が強いのかもしれない。