3話
結局、窓は嵌めこみ方の問題というよりも、下部のレール部の一部に錆と埃がついていたのが原因で、それらを上手く剥がした後に、再びはめ込み、開閉を行うとスムーズに挙動した。
季節は夏。夜分と言えど額には汗が滲み、その汗を手で拭うと俺は片付けに入った。
窓下に設置した簡易バリケードの片づけのために屋敷中央の螺旋階段を降りた先の玄関口には当然のようにあの大きな古時計があった。
気付けばもう22時を過ぎようとしている。
そろそろ寝ないと明日が辛い。
外に出て、納屋に工具を仕舞い終えて戻ろうとすると、ふと庭の白いベンチに人影が見えた。
あのスーツ姿は秘書の中村さんだ。
歳は俺より少し下ぐらいだろうが、まだ女性の色気は十分に残っている。
ただ彼女はかなり生真面目な立ちで、仕事にのめり込み過ぎてしまうタイプであることは周知だ。
そう、俺なんかより彼女の方がよっぽど不健康そうに目の下にクマを抱えている。
ここのところはかなり慌ただしく、そういえば今日の夕食時でさえ、いの一番にテーブルを離れていた。
最も、俺は旦那様の職務も良く知らないし、どのぐらい彼女が大変な境遇であるのかを推し量ることはできず、従ってどんな風に声をかけてやれば良いのか皆目見当もつかない。
ただ、花壇の陰に身を伏せた遠部からみても彼女が涙をしたためているのは明白で、流石に今この場で、恋人でもなんでもない赤の他人の中年が声を掛けることは気が引けたため辞したが、しばしば高戸さんが俺に声をかけてくれるように、俺もまた彼女に何か「少し休憩しましょう」の一声でも掛けてやるべきだろうかと焦燥にかられた。
よしんば仕事のストレスに追い詰められた中村さんに自殺なんてされでもしたら、彼女の遺族が屋敷に押し入り、裁判沙汰なんてこともありうる。
そうすれば、旦那様は最悪破産、そして見て見ぬふりをしていた俺も……。
ごくり。
と、実に手前勝手な邪推をしつつ、俺は明日には事情を聞いてみることを決め、自室へと戻った。