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10話

「あ、あれ……? お、おかしい。夕木様、さきほど俺の部屋の前では『今さっき私は起きた』とそんな風に言っておられたではないですか!」

「いえ、あれは嘘です」

 ――ニヤリ。

「は……?」


 いや、それだけじゃないんだ。

 すぐにはなぜか具体化しない。

 俺の頭の回転がトロいからなのか。

 いや、俺はドラマの刑事でもなんでもない、ただの一般的な中年オヤジなのだから。

 いきなりこんな高度な間違い探しをやれと言われてできる訳がない。

 夕木様は狼狽える俺を他所に毅然とした態度で続ける。

「まあ、落ち着いて。重要なのは今そこではありません。二階でのやり取りの真意は私が明日も生きていればその時にお話しします。それより問題は私達が牧原さんを槍玉にあげたという点です。そしてご存知のように私が牧原さんの部屋を訪ねにいくと進言します。当然危険だという反対意見が挙がります。全員で見に行くという意見が出ます。しかし私は恐れました。この現場が何らか弄られることを懸念しました。ええ、そうです。お察しの通り私は今この部屋にいる誰かもまた犯人ではないかと内心疑っていましたし、ここにいらっしゃる中にも同じような意見を持っている者も居るだろうと予測していました。ですから私は独りで牧原さんの元へ向かうと進言しました。結果、それは通りました。以降は牧原さんのご存知の通りです」

 俺は反論した。

「いや、それもおかしい。そんな夕木様一人で俺の部屋に行くなんて危険すぎる意見が通るのはおかしい」


 ――フフ。


 すると。

 なぜだか夕木様は突然、俺にニコリと微笑みかけてきた。

 それはゆったりとして神々しく、まるで後光がさしたかのような、聖母のような笑みだった。

 いや聖母なんてどんな顔をしているのかこれっぽちも知らないような俺が言えた台詞ではないのだが。

 ただなぜかその笑みには心が洗われるかのようだった。

 

 しかし同時にボスっと胃に穴が空くかのような嫌悪感と、全身が鳥肌が立つような気味の悪さを知覚した。

 夕木様の笑みは立ちどころに不敵なものに変化した。

「ええ、ですが話は通りました。なぜなら、あの時点で冷静で即座にリーダーシップを取った人間は私だけだったからです。それが例え車椅子の女子中学生だろうと身形は関係ないのです。このような状況下では人は等しく幼い。ですからあの場では私の発言権が非常に強かったのです。また、本能的に皆さんの中で私は犯人から遠い存在です。私のすぐ後ろにある父の遺体を見れば一目瞭然ですがこのような力技は足が不自由でか弱い私には到底不可能です。いえ、男性でもそれなりの腕っぷしとそれなりの道具がなければ無理でしょう。勿論複数犯ということも大いにありえます。仮に複数犯だった場合でも、私がその片棒を担ごうにも、こんな状態では何の役にも立ちませんからね。従って私は限りなく白なんです。だから、単独行動をとってもリスクが低いということです」

「リスクが……低い? 高いではなく?」

「ええ、もし黒の方の人間が外に出た場合、その者は一生戻ってこないかもしれませんしね。牧原さんとその人物が共犯だという説もあり得るわけです。ともかく、少しでも疑いの余地がある人間が枠から出るというのはリスキー。だから私が低リスク」

「犯人を、逃がさない、ため」

「ええ。結果として私以外、今現時点を持ってこの書斎から誰一人として外に出していない。ある意味でここは『檻』になっているのです」

「いや、おかしいです。大前提としておかしい。そもそもこの中に犯人が居るっていう考えがおかしい。これだけ滅茶苦茶に部屋自体荒らされてるんだ。強盗目的か快楽殺人か知りませんが、屋敷にどこかの犯罪集団が紛れ込んでいると考える方が普通だ!」

「いえ、普通ではありません。この部屋は母と中村さんが来るまで密室だったのです」

「そ、そんなの……なんとでもできるはずだ。プロの犯罪組織なら」

「確かに可能性はゼロではありません。ですが私はこの部屋に入ってすぐ確信してしまったのです。これは屋敷の住人の仕業だと」

「な、なんですか。それは。ドラマなんかで探偵が言う勘とでも?」

 ドゴーーーーーーーーーーーーーン。

 突如、大きな炸裂音が屋敷外から聞こえてきた。

 恐らく落雷音だ。

 

 雷如きではあるが、状況が状況なだけに俺を含めて大人全員肩をびくつかせる。


 待った!

 今気づいた。おかしいのはここだ。

 俺は雨なんて大したものではないと思っていた。

 実際俺の部屋の窓から外を眺めた時はたかが知れているただの雨だったはずだ。

 庭に防護を施すほどでもなかったはずだ。

 だが今夕木様は何と言っていた?

 台風? 

 そして今の落雷は……?


 だが俺の年の二分の一以下の夕木様は特に気にする様子もなく続けた。

「はい。勘といえばそれまでですね。ですが、遺体の損傷と部屋の一巡、動機などを含めて推理したところその勘はどうやら当たったと判断しています。今も私はこの中に犯人が居ると思っています」

「だからそれは牧原さんでしょう?」

 奥様が催促する。

 夕木様はここで初めて首を横に振った。

 振ってくれた。

「違うと思います。私は独り書斎を出て、牧原さんの所へ赴き、その過程を経て牧原さんが犯人ではないと思いました。したがって私は牧原さんを除いたここにいる人達の中に人殺しが居ると睨んでいます」

 使用人たちは皆一層顔をこわばらせる。

 俺を犯人ということで一件落着の筈がそうは行かなくなり、自分が疑われるというのはさぞ嫌な展開だろう。

「僕じゃありませんよ。僕は人殺しなんてタマじゃない。旦那様を恨んでも居ないし、むしろここでの料理は毎日楽しくて感謝してたぐらいなんですよ」

 高戸さんがすぐさま弁明する。普段の飄々とした顔つきではなく、珍しく暗い表情だが、それでもどこか人当たりの良さが滲んでいる。

「わ、わ、私でもありませんっ! 私は今日も仕事のことで頭が一杯でこんな滅茶苦茶な事、頭の片隅にもありませんでした! それに私は食事が終わってからずっと奥様と一緒でした!」

 中村さんは既に半分涙ぐんでいて、激しく取り乱している。

 元が酷く神経質なタイプなのは皆知っているので、この狼狽え方が図星だからなのかは判断がつかない。

「ええ、その通りです。私と中村さんはずっと一緒に居ましたし、私も主人を殺す恨みは皆無です。むしろこの惨状を見て、私は腸が煮えくり返るような思いです」 

 そういえばなぜ今まで気に留めなかったのだろう。

 この奥様。

 いや旦那様も。


 夕木様と敬語で話すのだ。


 それがどんな気持ち悪くて、不気味で、異常性があって、不自然極まりないと。


 なぜ今の今まで俺は疑問に思わなかったのだろう。


「私は特に。夕木様の仰せの通りですので」

 そう短く言い切った筑波さんのメイド服はなぜかやたらと血がかかっていた。











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