1話
屋敷の玄関口に鎮座する巨大な古時計は毎日4時12分に鐘が鳴るようになぜか設定されている。
それが俺にとっては酷く不快である。
しかしこの屋敷に住まう俺以外の住人ときたら全く気にならないのだと言う。
おかしな話だ。
常識的に考えておかしいのは彼らの方だ。
あれだけはっきりとずっしりとした「ボオオォン」「ボォオオン」と、まるで胃袋の中まで染み込んでくるような重低音。
確かに俺は他人より神経質なきらいもあるが、それにしたってあれは響きが良すぎる。
気にしない人間の方が珍しいだろう。
俺の起床時刻は昔から大体朝7時頃。
そして就寝は23時~遅くとも2時といったところ。
したがって、4時とはおよそ熟睡をしている時間である。
最も深い睡眠を欲しているさなかに、あのような音を立てられては目が覚め疲れが取れない。
4時12分から4時13分に渡る1分、繰り返し鳴る重低音。
ここに雇われてから暫くはこの古時計の鐘に酷く調子をやられたものだ。
だが、もうかれここで庭師として雇われて1年になる。
流石に俺もいくつかの対策は講じてきた。
一つに部屋を替えてもらった。
屋敷の玄関口はそのまま屋敷1階の中央部である。
俺は初めの時点から1階の隅の部屋ではあったのだが、更にそこから最も遠い、2階の東隅の部屋に替えてもらった。
だが無駄だった。
距離的には限界まで遠ざけた筈なのに、非常に鮮明に、あの重低音は聴こえてくるのだ。
だから二つ目に単純に抗議した。もとい尋ねた。
あの時計の鐘はなぜ4時12分に鳴るのですか?
あの音がうるさくて眠れません、と。
するとその時その瞬間、まるでグロテスクな西洋絵画の悪魔の化身のように、旦那様と奥様は目と口と耳を限界まで尖らせて、俺をギョロリと睨んできた。
その異様な変貌ぶりに、心臓が鷲掴みにされたような異常な恐怖心と身の危険を憶えたが、僅かの内にその表情は元のものへと戻った。
そしてそれから、
昔からそうなのです。
そんなに気になりますか?
と、返された。
勿論、気になりますと答えたかったが、何かただならぬ気配を感じ取ってしまうとともに、もしかするとタブーに触れてしまったのではないかと逡巡し、結局曖昧な返事と愛想笑いを浮かべてその場を逃げるように去ってしまった。
したがって俺は3つ目の策として、単純に自分の生活リズムを変えることにした。
あの時計が鳴ろうがなるまいがこっちが4時起床というリズムを作ってしまえば良いのである。
だが、庭師としての職務はきっちり8時から17時、加えてそこからは夕食の手伝い、清掃、戸締り、また、ランダムに買い出しや夜分に車での送迎といったことまでさせられている身としては、気付けば22時を超えていることはザラだ。職務が22時を越えた日の翌日は中々に寝不足感がぬぐえなかった。要するに、俺は庭師として雇われたものの、実質執事かあるいは雑用まがいの請負人になってしまっているのである。