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生活習慣記録帳  作者: いい月
1/1

招き人

「へい、らっしゃい!」

 すでに満員になった店内に再び店主達の声が響いた。既に太陽は沈み、平日のこの時間帯にこんなにも来客が絶えず、増えているのはこの店が有名な飲食店と言うわけではない。どこにでもある普通のラーメン屋だ。

 美味しいわけでも不味いわけでもなく、店内から店員までごく普通だ。しかし、店内は相当な人が入り込んでおり、大繁盛という言葉でしか表現できない。

「2番カウンター 醤油3つ。 3番カウンター 味噌1つ・・・・・」

 絶え間なく注文が飛び交い、麺をすする音や行き交う会話で既に僕は付いて行けず、虚ろな表情で目の前のラーメンを眺めながら自分の体質を呪う。

 さて、ここから僕『寿ことぶき 招星しょうせい』が何故こんな状況になったのかという事と僕がどうして自分の体質を呪っているのかについて語らせてもらおう。


 学校の成績が予想以上に悪く、夏休みに予定されていた家族旅行に一人だけ取り残された僕は、一週間という短い期間だけ一人暮らしをしていた。朝昼晩と決まってコンビニの弁当かカップ麺のどちらかを選択していたのだが、すでに残り三日を切ったその日だけは何故か外食に気が向いた。

 心を弾ませながら適当に道を歩いていると、飲食店の立ち並ぶ道に来た。半径5メートルに3人(自分含めず)の人間がいると気分が悪くなるので、客の少なくて、それほど儲かっていなさそうな店を重点的に探す。

 しかし、30分ほど経ってもそんな店を見つけることは出来ず、僕の心と太陽が沈んで諦めかけていたその時、背後からただならぬ気配を感じて振り返った。

 シャッターの閉じた店が立ち並ぶ中、一店だけ異様な気配を漂わされたラーメン店があった。外見だけで判断すると今にでもシャッター店の仲間入りしそうだ。

 どうせ美味いわけではないから繁盛していないのだろうっと考える。もしかすると僕がこの店最後の来客になるかもしれないと自分勝手な妄想が頭をぎり、義務感に似た何に背を押されて店に入った。

「へぇぃ、ぃらっしゃぁぃ」

 客が来たことが不愉快だと顔に出すよりも先に、声に出ていた。奥から白いバンダナを額に締めた店主と清潔感のある軽装を着た2人の計3名が出てくると、お冷を出して面倒くさそうに注文を聞いてきた。

「えぇっと、注文は決まりでしょうか?」

「ああ、えっとじゃあ・・・・・これください」

 壁に一枚一枚貼られたメニューから僕は一番初めに目に入った『特性ラーメン』を注文した。すぐにそれは伝えられ、店主が調理を開始し始めた。しかし、店主はのろのろとした鈍い動作でしか動かず、やる気のなさそうな表情をしている。これほどまでに活気のないラーメン店はこれが初めてでこれが最後である事を願いたい。

「へーえい、おまちぃ」

 目の前に何処にでもあるようなごく普通のラーメンが出された。備え付けられている大量の割り箸から一組取り出して食事を始める。店内には僕含め4名しかいない為、人間嫌いの僕としては実に心地の良い状態だった。5分前までは・・・・・


 ラーメンを2割程食べ進めた頃、3人のサラリーマンが入って来た。どうやら僕と同様に初めて訪れるらしくおススメのメニューを店主に聞いている。僕が来た時は不愉快極まりない態度だったのだが、その3人組が入って来たのと同時にやる気が出て来たらしく、機敏に動いている。

「うちは麺に絡みやすいスープが自慢で、種類も豊富だからお好きな方を選んでくだせぃ」

「ハッハハ、それはいいですね。それじゃあ私は醤油をお願いします」

 1人がそう言うと、連れの2人もそれに便乗して目の前に3つの醤油ラーメンが差し出される。3人は共に美味しそうに食べ始めた。

 あぁ、かったるいな。早く食べ終えて帰りたい。てか、何でこんな店に3人のサラリーマンが来るんだよ。

 そんな事を考えていると、次々と新たな客が入って来る。最初は5人にも満たない店内だったが、すでに10人を超え始めた。僕は次第に心と気分が悪くなっていき食べるペースが遅くなるが客は次々と増えて行く。

 来客数が増えているのと僕が心底気落ちしているのには理由がある。それは、僕が生まれつき持った『招きネコ体質』だからだ。

 招きネコ、それは商売繁盛を願って飾られる置物で、実際に効果があるわけではないが客を寄せ付けたり幸運を呼ぶという物らしい。もちろん、置物である招きネコ自体に利益があるわけではない。

 そう、僕はどんな店であろうと人が寄ってくる言わば『招きまねきびと』なのだ。殆どの人の返答は「へぇー、人を引き寄せる体質って凄いね。うらやましい限りだよ」といった妬みだが、招きネコが必然的に人間好きだと思うなよ! こっちがただ座っているだけで人が溢れかえるんだぞ! 人間嫌いにとってこれほどまでの地獄は存在しないだろう。

 僕はこの体質のせいか、小さいころから外食や出かけることがあまり好きでなかった。映画館に行くと全席が埋まり、今のように誰もいなかった飲食店に入ってもすごい数の人が寄ってくる。

 僕はここで、改めて痛感するのであった。

 やはり、家で食べるのが一番であることを・・・・・

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