歩道橋の空
少年時代の有泉そらと、少女時代の横根朔夜の思い出を回想しながら手に取ったキャンディ——ヴェルタースオリジナルの袋を吊り棚に戻した。偶然にも今日見つけた指輪ケースもグレーだ。もしかしたら、世の中にある指輪ケースのほとんどはグレーなのかもしれない。人生で実物を見るのはまだふたつ目だが、そのどちらもが同じ色をしている。いつか自分が買うときが来たら、グレー以外の物を探してみようと、密かに決意した。
レジに向かうと、立っていたのはさっき俺の後ろを不振そうにしながら通り過ぎた三十歳前後の女性店員だった。支払いをし、「ありがとうございます」と言ってお釣りを受け取ると、レジの彼女は少し微笑んで「ありがとうございます」と返した。たぶんそれは、コンビニ店員としては控えめな声量だったが、ヒトとヒトが会話をするときのトーンに似ていると思った。たまたま今、店内が空いているからそうだったのかもしれないが、流れ作業で、ベルトコンベアに乗って流れてくる製品に「仕事だから」と言って「いらっしゃいませ」とか「ありがとうございます」と、早口で声を掛けられるよりも、ヒトとして会話をするように対応される方が、自然と穏やかな気持ちになれる。
彼女に軽く会釈をして、ファミリーマートの自動ドアを出る。
さっそく、バーコードの部分に会計済みシールを貼ってもらったさくさくぱんだのパッケージを開ける。ぱんだの顔を模したクッキーとミルクチョコレートが重なったものを口の中に放り込む。その商品名の通り、サクサクと音を立てながら、ミルクチョコレートの甘みが舌の奥に快感を届けた。
今日は午後からサクヤの引っ越しの荷物をまとめる手伝いに行く予定だが、まだかなり時間がある。このまま歩いて、少し新しく住む町を見て回ることにした。
おそらく一番よく使う駅を中心に、商店街や住宅街を見て回る。父親と手を繋いで歩く小さな子どもにさくさくぱんだをじっと見つめられたりする場面もあったが、突然知らない子どもに食べ物を与えて不審者扱いされてもたまらないので、気付かないフリでやり過ごした。子どもにお菓子をあげて不審者扱いされるのが、大人の定義に含まれている気がした。たぶん子どもの時には、知り合ったばかりの自分より年下の子にお菓子を分けるのに抵抗はなかったと思う。
線路に沿って進むと、線路の上に歩道橋が架かっていた。小学校の通学路以来、歩道橋を渡る機会なんてほとんどなかった。かつては毎日嫌でも上り下りしていた歩道橋が、今になって物珍しく思えて、渡ってみることにした。
階段の一段一段がかなり低い。成人した今となっては、一段飛ばしがちょうどいい歩調だった。
上から見た線路は、電線が多くて意外とごちゃごちゃして見えた。だけど、高い建物が少ないのと、おそらく、この町の海抜が少し高いのだろう。空が一段と大きく感じる。
どこまでも真っ直ぐ延びるレールは、やがて地平へ吸い込まれて先が見えなくなる。俺はその先に本当はレールは続いていなくて、銀河鉄道のようにそこから空へ電車が飛び立って行くんじゃないかという想像をした。
まだ昼前の太陽がちょうど正面の上空にあって、その眩しさに顔を逸らした。太陽が後ろ側に来ている時間帯ならいつまでも見つめてしまったかもしれない。手の熱で少し溶け始めたさくさくぱんだを一気に口に放り込み、丸めたゴミごとポケットに手を入れて歩き出す。




