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コンビニお菓子

 交差点の向かい側にファミリーマートを見つけると、俺は甘い物を食べたい気分になった。おそらくそれがローソンでもセブン−イレブンでもミニストップでも同じ気持ちになっていたに違いない。つまりは単純に、俺は甘い物を食べたかったのだろう。部屋のレイアウトを考えるのは、思いの外頭を使う。頭を働かせた後にはよく陥る気分だ。

 信号機が赤色の間にチョコレートを買おうか、それともキャンディを買おうか決めようと思ったが、信号はすぐに青になった。

 けれど、左右の確認をする前に横断歩道を渡るのを一度やめた。左の道路から救急車のサイレンが聞こえていた。少し距離があったが、急いでいるわけでもないので周りの様子を眺めて待つ。どうやらこのすぐ近くに呼ばれたのではないらしい。そのうちに救急車は俺の前を大音量で通り過ぎていった。交差点進入時に救急隊員がマイクで何か呼びかけていたが、あまりよく聞き取れなかった。オーディオ機器は発達してきているはずなのに、小学校の校長が使う拡声器と、救急車のスピーカーはどうしてこれほど音が聞き取り辛いままなのだろう。遠ざかるサイレンを見送って、信号を渡ろうと思うと、再び赤に戻っていた。

 向かい側から五、六十代の男性がひとり、駆け足で点滅の終わった信号機の下を通り過ぎる。しかし、彼はこちら側の歩道にたどり着くとゆったりとした歩調で歩き始めた。

 彼は泳いでいないとうまく呼吸ができないマグロのように、歩き続けていなければ呼吸困難に陥ってしまう質なのだろうか。急いでいる様子でもないのに、わざわざ信号を無視する態度にはあまり理解が示せない。急いでいれば赦されるというわけでもないが、理由があればルールを破っても、自分自身には言い訳ができる。

 俺は、信号機と人間の心理について真剣に検討を始めようかと思ったが、信号が青になると全てどうでもいい気分になった。

 さて、チョコレートとキャンディ、どちらを買おうか。

 結局ファミリーマートにたどり着いても結論は出ていなかった。

 店に入ると、まずグミのコーナーが目に入った。まさかここへ来て、

「……第三の選択肢」

 疲れているときは、酸味の利いた物や炭酸のような刺激的なものが欲しくなる。パッケージの透明な部分に見え隠れするゴチ!グミグレープ味の甘酸っぱいパウダーが、俺の下唇の内側に唾液を溜めさせた。品出しをしていた三十歳前後の女性店員が不信そうに「いらっしゃいませぇ」と言って俺の後ろを通り過ぎていったが、それは大した問題ではなかった。コンビニに訪れる客というのはほとんどが不信なものだ。店員たちは何も、グミとチョコレートとキャンディのどれを買おうか本気で悩む二十代男子の事だけを不信な目で見るわけではない。

 はずだ。

 悩んだ末に、第三の選択肢を放棄した。やはり初めの目的からそれるべきではないな。転居目前にして衝動買いをする余裕などあるはずもなかった。どれを選んでも価格の違いは大きくないが、予定通りに金を使うのと、予定外の物を買うのとでは、心理的に大きな違いがあるような気がする。

 菓子類の並ぶ棚を見つめる。グミを一度選択肢に入れたせいか、俺の口は物を噛みたい気分でいた。

「チョコレートにするか」

 いくつか手にとって、食感の楽しめそうなファミリーマートプライベートブランドのさくさくぱんだに決めた。

 レジに向かおうとして、キャンディのまとまっている棚が目に入った。せっかく第三の選択肢を放棄したというのに、ここで突然日和って「やっぱり両方買おう」なんて結末にするわけにはいかない。当然俺はキャンディの棚から未練なく視線を離す。

 しかし思いとは裏腹に、俺の足は止まり吊されたキャンディたちの前で立ち尽くしてしまう。それは別に、キャンディの棚の向こう側に偶然メデューサが居て、目があった俺が石になってしまったとか、そんなハリウッド映画の脇役みたいな幕切れが訪れたわけではない。本当にハリウッド映画に出演できるなら、そんな役でも喜んでという感じだが、違う。

 その棚にある物の中に、何か記憶を刺激するものがあったような気がした。一瞬だったから、何を見て、何を思い出しかけたのか、よくわからなくなってしまったが、確かに何かがそこにあった。

 大ざっぱに、棚全体を見渡すが、見つけられない。上から順にキャンディのパッケージを見分する。ポケットに手を突っ込むと、中指の先に堅いものが当たった。

 さっき、アパートのカーテンレールの上に見つけた指輪ケースだ。そこで俺は、自分が何に引っかかっていたのか気が付いた。

 それは驚くほど他愛のないものだ。

 嘘吐いたら針千本飲ますという呪文を意味を知らずに唱える子どものように、他愛ない。

 ヴェルタースオリジナル。

 そのキャンディは、少年時代の有泉ありいずみそらと、少女時代の横根よこね朔夜さくやの、他愛ない思い出の品だった。

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