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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
五章 第三隊と出動
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四話 機転―任務完了と二つ名―


「遅せぇぞ新入りぃ!」



 もうどうにも止まらないトシさんを追いかけて十数分。

 一定に開かれた彼との距離を一向に縮められないおれは向かってくる侵攻生物を斬り捨てながら進み続ける。

 彼の後を追っていくうちに倒した侵攻生物の数は百を越えただろう。だがおれより先を行くトシさんはおれの倍の数は倒し、かつ前へ進む足は止まることがないのだから、最早尊敬を通り越し畏敬の念をおれは抱き始めている。

 だがその変わっていく彼への良い印象が蝋燭の火のように一瞬にして吹き消されるような事が一つ。



「よぉしこっちか猪共ぉ!」

「――――あ」



 勇ましく声を張るなり、現在地である大通りから急に右に曲がるトシさん。

 彼が狭い横道に入っていこうとしている事に気付いたおれは妨害するように目の前に突っ込んできた侵攻生物の首を深く斬り裂きながら、この十数分で六度目になるだろう大声を上げた。



「トシさん!!振り返って直進!!そこから右曲がってください!!」

「振り返って真っ直ぐ右か!」



 よぉし行くぞぉ! とおれの全身全霊の大声を簡単に掻き消す声量で、つまりは来た道に戻るルート案内を受け入れたトシさんは、侵攻生物を文字通り散らしながら大通りに帰ってくる。

 目を離すとすぐ、これだ。

 元々日常生活で声を張ることなど無いおれは、じくじくと痛む喉に咳き込みながら、直ぐに呼吸を整え未だ減る様子のない侵攻生物の群れと向き合う。


 息一つ乱さず鬼神の如く戦場の深部へ進行する、トシさん。

 その戦いぶりは遠目からでもその存在感を主張する朱色に彩られた彼の愛槍のように鮮烈で、どれだけ侵攻生物に囲まれようが一目で居場所が分かるほど荒々しい。その上十数分間連続で侵攻生物を倒し続けているというのに、全く勢いが衰えない。むしろ段々熾烈さを増しているようにも思える。

 そこは素直に先輩として尊敬する所なのだが――――そもそもが前線に来るまでの道中で思い知ったように。


 トシさんは、方向音痴なのだ。


 単純に道が分からないだけかと思っていたのだが、そうじゃなかった。

 戦闘狂故か、自然と侵攻生物が多そうな場所に向かう傾向があるトシさんは、戦っている最中でも群れを見つければ躊躇なくそこに飛び込んでいくのだ。

 それは偶然侵攻生物が一箇所に集まっただけの場所でも、その数の多さのために渋滞を起こしている場所でも、分別なく飛び込んでいく。

 そのため彼はあっちこっちを駆け回り、その上根拠の無い確信を持って進もうとするので自然と本来の道から逸れていってしまうのだ。


 しかも、話を聞かない。


 最初の脱線の際におれは通信機を持たないトシさんを引き留めるべく、仕方なく全力で声を上げ「戻って下さい!」と言ったのだが、



「撤退なんてするかァァ!!」



 と叫ぶや逆に間違った道の方へ猛進し始めたのだ。

 「そっちの道じゃないです!」と攻防の傍ら必死にナビゲートしても「こっちの方が多い!」と突き進むトシさんに、おれは再度ソゴウさんの言葉を脳内でリフレインさせた。

 ――――トシさんと組むなんて運が悪い。



「しゃァっっ!!久々の百二十ぅう!!」



 ――――悪いどころの話じゃない。

 この人は味方として同じ陣営にいると、これ以上なく心強い。

 だが集団行動になるとメンバーから嫌われるタイプの人だ。何故なら独断で脇道へ逸れる上に自分にとって都合のいい話しか聞かない。

 そんなトシさんの協調性が無いという問題を直視したおれは、今になって、ダテさん達にトシさんを押し付けられたのだということに気付いた。

 パートナーシップ制度と説明されたが、どちらかと言えばこれは先輩であるトシさんがおれの面倒を見るのではなく、おれがトシさんの面倒を見るために今回組まれたのではないだろうか。



「……っ」



 そんなことを考えながらトシさんとの縮まらない距離を縮めるべく短剣を振るっていたおれは、一撃で仕留めきれなかった侵攻生物に二回目の斬撃を食らわせながら、重くなっていく四肢に焦りを感じ始めていた。

 戦闘をつづけていくにつれ、段々自分の動きが鈍くなっていくのを自覚する。

 いくら払ってもこびり付く返り血に短剣の斬れ味が鈍り、血を吸った防護服の重さと冷たさが少しずつ身体にのしかかっていく。短剣を握る手に無駄な力が入り、一撃を与える度に体力が削られていく感覚がある。


 十数分に渡る攻防。

 侵攻生物をただ斬り伏せ進み続けてきたおれの身体が、疲労を訴え始めたのだ。


 いずれ来るだろうとは思っていた。

 何せおれは今回が初めての戦場で、初めての任務への参加、出陣だ。トシさんや班長さん、これまで何度も任務に参加した第三隊の人達とは戦闘経験も、これまでの訓練時間も大きく差がある。

 なので長時間の戦闘を経験した事がないおれは直ぐに体力が底を突くだろうということは、最初から予想出来ていた。

 その事を見越してルイスさんはおれにI粒子の計測器を着けるように指示したのだろうし、おれ自身も出来る限り第三隊のいる前線からは離れないように立ち回るつもりだった。


 だが現在おれはトシさんを追いかけ、第三隊からの支援が入らない戦場の深部にまで足を踏み入れている。

 その上おれはさらに侵攻生物の大群の方へと進んでおり、無論その先には行く手を阻むべく侵攻生物が四方八方に控えているのだ。

 支援が望めないどころか危うくなった逃げることすら出来ない。そんなことは前しか見えていないトシさんは嫌いそうだが。

 一瞬でも気を抜けられないこんな状況では攻撃の手をやめることは命取りに繋がるため、おれは短剣を侵攻生物へ振るい続けるしかない。休むヒマが一切無いおれの疲労は重くなっていく一方だ。


 それと、現在おれが使用しているリッパーのSF。

 これも身体へ負担をかけているのだろうと、勝手にブレる剣筋を腕力で無理に修正しながら、軋む筋肉の痛みに奥歯を噛み締める。


 おじ様が槍を使用しているため今回実戦で使うことになったリッパーのSF。

 身体能力を増強させ、音を消す。この能力は何回か発動の練習をしたが、おれは未だにこのSFを制御出来ていない。

 というのもこのSFはピーキーな性質を持っており、一定以上能力を使用しようとすると急激に

能力が増強され軽い暴走状態になるのだ。

 イメージとしては穏やかに流れていた小川に川上から濁流が押し寄せる感じである。ささやかな堤防すら全て粉砕する力の激流を制御することは、おれの意思では未だ適わないのだ。

 音を消す、という能力も未だに発動の感覚を掴めておらず、意図しないタイミングで発動されることが多々ある。

 それでも一定値を超えるまではどうにか使用出来るので、おじ様に槍を預けていることもあり、おれは短剣を使っていたのだか――――連戦となると、まだ使用回数の少ないリッパーのSFはどうしても力の制御が出来なくなってしまうらしい。



「……くっ」



 またしても浅くなった攻撃に追い打ちを入れて、おれは両手の短剣を握り直す。

 自分の息が上がり始めているのが始めているのが分かる。まだ遠い背中を見て、己の鍛錬と経験の少なさを否応なしに思い知らされる。

 それでもその背を護ってみせると思ったのはおれだ。その言葉を口にしたのはおれだ。

 ならばそれは貫くべきだ。何がなんでもやり遂げるべきだ。

 短剣を振るう度、侵攻生物を殺す度、自分の中で何かが削られていく。

 体力が、気力が、命が、削られていく。

 それでも戦う。殺す。糧にする。経験を積む。前へ進む。追いかける。


 力の激流に押し潰されそうになる。押し留める。

 酷使し続けた筋肉に腕が引き攣れる。振り切る。

 返り血で短剣の柄が濡れ手の中で滑る。握り締める。

 依然として侵攻生物は行く手を阻む。おれはそれを斬り続ける。


 途中から思考は完全に目の前障害物を倒すことに傾倒していた。一心に眼前の侵攻生物を斬る。

 斬って、斬って、殺して、斬って、倒して、追って、斬って、迎え撃ち――――斬っていく。

 息が絶える。堪えて、斬る。

 まだ背中は遠い。まだ相手はいる。

 心臓が痛いほど脈打つ。両肺が締め付けられるような苦しさが意識を侵す。

 だが、止まることは出来ない。止まるわけには、



『――――カズくん!聞こえてますか!?』



 そんな、白くぼやけた、身体と心が分離し、彼方へ意識だけが持っていかれそうな状態だったおれを戦場へ連れ戻したのは、通信機から聞こえてきたダテさんの呼び掛けだった。

 ぱちんと泡が弾けるように、はっとして、目の前の敵を改めて見据え直しながら、少し慌てた様子の通信に応答する。



「……っ、聞こえてます。ダテさん」

『ああ良かった……途中からトドさんが貴方に呼び掛けても返答が無いと言い出したので、何かあったのかと思っていました』

「……すいません。侵攻生物に集中していました」



 霞んだ数分前を思い出すと、先程までおれは黙々と侵攻生物を斬っていたようだ。

 集中していたのか。いや、恐らく思考が停止していたのだろう。

 おれの意識がどこか別の所に飛んでいる間にトドさんが通信したらしい、ということを鈍った頭で理解したおれは、侵攻生物の突進を避けながら、通信機の向こうにも意識を傾ける。

 出来ることなら危険の少ない場所で通信に集中したいが、そうもいかず侵攻生物は突っ込んでくる。

 トシさんの現在地と共に攻撃の手に衰えがないことを確認したおれは逡巡し、片手の短剣をホルダーに仕舞い、空いた手で通信機を耳元に押さえつけながら戦闘を続けることにした。

 なんとか近くを横切った侵攻生物を斬り倒し、生まれた隙にトドさんと通信を交代した第三隊の副隊長に問いかける。



「……何か、ありましたか?」

『ええ。たった今鋭撃班から通信が報告が入り、今回都市深部にいた侵攻生物の親玉を倒したそうです』



 鋭撃班――――班長さん、マスさん、ナガさん達が、侵攻生物の群れを統率する大将格を倒した。

 それは朗報だと、ようやく任務の終わりが見えたことに胸を撫で下ろす一方、何故通信機の向こうにいるダテさんはこんなにも焦った様子なのだろうかと小首を傾げる。

 続けてダテさんは言った。



『なので統率を失った侵攻生物が混乱状態に陥ると考えられ……前線から退却する侵攻生物と司令塔を失い暴走する侵攻生物とが、衝突する恐れがあります』



 なので直ぐにその場から撤退を――――と。

 焦りを含みながらも聞き手を落ち着かせるように、あえてゆっくりと紡がれた忠告に、頭の中に女王蟻が死に錯乱状態になった蟻が細い一本道の中で群がる光景を、不意に思い浮かべたおれは「……つまり」と、間もなくこの場に訪れるだろう戦況を推測する。



「……前線から退く侵攻生物と、深部から逃走する侵攻生物に、挟み撃ちにされるということですか?」

『はい。可能性は非常に高いです』



 その返答を聞き、おれの頭に思い浮かんのは「無理だ」という言葉だった。

 撤退。

 それは出来ない。

 それが出来たら、おれはここにはいない。

 周りを軽く見渡し、敵意を向けてくる無数の眼におれは崖っぷちに追い詰められたかのような絶望感を抱く。

 現時点で既に周りは侵攻生物しかいないのというのに、どう逃げろというのだ。


 トシさんが進む前方には侵攻生物。

 おれ達が進んで来た後方にも侵攻生物。

 脇道を見遣れば群がっている侵攻生物。

 ただでさえ孤軍奮闘し疲労で身体の限界が見え始めているというのに、さらに今より増えるのだというサイ型侵攻生物。

 最早「逃げられない」「無理だ」という悲観的な諦念しかおれには湧いてこなかった。


 一瞬に「ビルの中に避難しようか」と考えたおれであったが、出入口を塞がれた場合逃げ場がないと思い直し、直ぐに別の安全確保方法を思慮するも、隣で頭をもたけている諦めがちらちらと思考に映り込み邪魔をする。

 焦燥に駆られ、思案に暮れながらあちこちに視線をやり逃げ場を探すが、どこもかしこも敵だらけで安全とは言い難い。

 どこにも、行き場がない。



「……現時点でこの場からの撤退は難しいと思います」



 言葉が震えるのを抑えながら現状把握の結果を伝えると、周囲でおれの隙を狙っている侵攻生物の威嚇に掻き消されながらも、苦渋の返答が返ってくる。



『でしたら……カズくんだけでも近くの建物内へ逃げ、屋上を伝って第三隊と合流して下さい』

「……屋上、ですか」

『ええ。幸いにもこの辺りの建物は大体高さが同じですし、SFで身体能力を強化すれば渡り歩くことは出来ると思います』



 そんなアクション映画のような逃走方法があるのかと、盲点だった逃げ道に気付かされる一方で、おれは問う。



「……トシさんは?」

『彼は……あれでも歴戦の戦士です。ですから大丈夫だと思います。なのでカズくんは早く近くの建物へ避難を』



 躊躇を感じさせる物言いでそう誘導するダテさん。

 本意ではないのだろう。だが、そうせざるを得ないのだと強調するような声音に、納得しかける。

 でも――――と。建物の屋上へ向かう事を視野に入れ始めたおれの決断を躊躇わせるのは、トシさんの存在があるからだ。


 あの人に建物内に移動しようと進言しても、そこに侵攻生物はいないだろうと確実に断るだろう。そうと分かっているからダテさんもトシさんに指示を伝える様にとは言わなかった。

 きっと彼は侵攻生物に挟み撃ちにされても動じはしないだろう。それどころか嬉々として立ち向かっていくに違いない。これまでの言動からでもその光景を想像することは容易だった。



 そんな彼に「護ってみせろ」と預けられた背中に踵を反す事を、おれはしたくない。



 なら、どうするのか。

 その答えは、自分が思っていたよりも簡単に見つけられた。



「……ダテさん、すいません。おれはトシさんを護ります」



 侵攻生物の突進を避けながら口速に告げて、おれはダテさんとの通信を切った。反論されることは目に見えていたが、説得するよりも行動した方が早いと思ったからだ。

 代わりに前線で指揮を執っているだろうおじ様に通信を繋ぐ。数秒のノイズの後、歴戦の武人たる威厳を感じさせる深く落ち着きのある声が小型通信機から聞こえた。

 おじ様の声の後ろで轟く戦闘音も一緒に聞きながら、おれはおじ様に問いかける。



 心なしか自分の手が震えてる気がしたので、それを抑え込むように通信機に添える手に力を込めた。

 恐怖で脚が震える。だが、それ以上におれはこの場から逃げたくなくて、左手の短剣を一層強く握り締めた。

 

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