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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
五章 第三隊と出動
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閑話 戦場ー無双の槍ー


「はは、はははははははははッ!! そぉら五十九!!」



 ――――身の丈を遥かに超す朱槍を振り回し、前衛部隊第三隊隊員トシは侵攻生物を薙ぎ倒す。

 軽々と振り回す獲物は長さにして六メートル三十センチ。

 身の丈など優に越す十字の槍を振り回すその姿は、一つの嵐の如く。

 圧倒的に不利な状況下においても、無謀とも言える勇猛果敢さで敵陣に突っ込み侵攻生物を討ち果たしていく彼は、故にこう呼ばれていた。

 ――――『無双の槍』と。



「はははははははははははははははは――――――!!」



 しかし。

 実力だけならば組織最強部隊の一席に数えられる――――現実世界に生きていたならばまず発掘されることの無かった才能を開花させた彼は、人間性に問題があった。


 彼――――前衛部隊第三隊に所属する少年トシは戦士としての才能を持つと同時に、戦闘狂としての気質も持ち合わせていたのだ。



「六十――――さァんッ!! おらまだまだ! まだやれるだろ侵攻生物共がァ!!」



 己の肉体、精神、技量、経験、本能、執念。

 全身全霊を懸けて臨む命と命の駆け引き。

 叩き付ける血と肉と、戦意のこもった咆哮により形成される戦場に挑む事を快感とし、たった数秒行動を間違えれば即死する死線ですら娯楽のように愉しむ――――戦狂い。


 その気質は彼が着実に戦士としての実力をつけていくに比例し顕著になり、トシがB型SF保持者の代表として名を挙げられるようになる頃にもなると、彼と付き合いの長い第三隊の隊員ですら戦闘時の彼を制御する事が出来なくなってしまっていた。

 普段こそ素行の悪いところが多少はあるものの、歳相応の思考力並びに判断力を備えているトシではあるが、一度戦闘へ意識が向けられると上司である第三隊隊長の命令すら無視して敵の中心へ突っ込んでいく。

 まるで飢えた獣のように戦いを求め単独行動に走るトシを、もう面倒を見切れないと当時彼とバディを組んでいた隊員がお手上げだとばかりに白旗を振るのは当然の成り行きだった。



「そら七十ニぃ!!! かァらァのぉぉ七十三ん!!!」



 本来ならば、バディの解消は隊員の人命保護のためにも簡単に受理されない。

 だがトシの場合は彼自身が手練である事と欲望のままに行動する性が問題視されていたため、組織内でも前例を見ないほどあっさり解消された。


 こうして正式にソロ隊員となったトシは一人である事を良い事に、やがて己の所属する隊の任務では暴れ足りないからと、ハイエナのように他の隊の任務へ参加し槍を振るうようになった。

 以来、彼は誰ともバディを組むこともなく戦場を駆け抜けた。

 ごく稀に「気が合いそう」、という第三者からの意見により別の隊員と組まされたりすることもあったが、だが彼はソロ隊員としてあらゆる隊の任務に赴いては戦場を走り続けた。

 こうして『無双の槍』と呼称されるようになった第三隊隊員トシの各隊での扱いは、「戦場にて触らぬ神に祟りなし」といった、放っておいてもいつの間にか侵攻生物討伐に貢献してくれている都合の良い隊員となっていた。

 言うなれば、放し飼いの獣の状態である。



「七十ろぉく、七十七ァア――――!!」



 この現状にトシ自身は何の問題も感じておらず、他の隊も実力のあるトシがほぼ無条件に隊へ貢献してくれる事に利益を得ており、何の問題もそこには無いように思えた。


 ――――がしかし、トシが所属している第三隊の隊長や副隊長といった、隊員を管理する立場にある者は、フラフラと勝手に歩き回るトシに困っていた。

 万が一トシが戦場で命を落とすことになれば、たとえ他の隊の任務に参加していれど隊員を管理する役職にある第三隊隊長と副隊長がその責任を負うことになるからだ。

 そのため、毎回トシが戦場に出る度に第三隊隊長と副隊長は戦況の把握、撤退命令を下せるようにと通信機を持たせようとしているのたが――――戦闘一色で脳内を埋め尽くしている生粋の戦闘狂である彼は、自らの楽しみを奪うような事などに聞く耳を持つはずもなく。



「……戦闘中失礼します。すいませんトシさん、第三隊副隊長から通信機を預か――――」

「いらねぇ捨てとけぇ!! ――――しゃアッ、七十九ぅ!!」



 猪型の侵攻生物の血潮を撒き散らしながら槍に付いた返り血を嬉々として振り払う傍ら、唐突として虚空に燃え上がった紫炎の中から現れた新入りへ、一瞥もくれずにトシは言い捨てた。

 同じ槍使いだから、とのような明らかに取ってつけたような理由で今回組まされた新入りが現れた、見たこともない異質な色をした炎に気を引かれた彼であったが、円を形取った紫炎の中から後衛の方へ置き去ったはずの新入りが現れたことから、「誰かのSFか」と即時に考えたトシは、妖しさを残し消えた炎に関心を寄せることも無く、ただ目の前の敵を視界に捉える。

 トシが見据えるのはただ一つ。

 目の前の敵、それのみだ。



「八十ぅううッッ!!!」



 真直線に突撃してくる侵攻生物の頭上へ、高く跳躍。素早く叩き付けるように振るった長槍で猪型侵攻生物の首を貫いたトシは、長槍の柄を握る両手を逆手から順手へ持ち替える。

 柄を握ったまま腕の力のみで体操選手の如く身体を倒立させると、背中を逸らすようにぐるりと一回転する勢いを利用し、槍の刃を侵攻生物から引き抜いた。



「――――ッらァア!!」



 ずぼりと抜いた長槍の刃を、そのまま勢いを殺さずに別の侵攻生物の脳天へ空中から叩き付けると、トシは槍を短く持ち、着地と同時に脳天を砕いた侵攻生物の下顎から脳まで、深く十字の刃を貫通させる。

 肉質のある手応え。突き刺された顎下から噴き出る濃度の高い鮮血。

 ぶしゃりと、生温かい返り血を前腕いっぱいに受けながら、確かに今この侵攻生物に勝ったのだという喜悦と優越感を得たトシは、ぞわりと脳髄から全身に駆け巡る快楽に口角を歪めながら槍を引く。


 ァア、やっぱいいもんだ――――と。


 ――――何も考えねぇでいい。

 ――――ただ全力で目の前の敵を倒しゃァそれでいい。


 全身に送り出される血液で身体が火照り、じっとりと滲んでくる汗すら心地好い。

 散々明け暮れた喧嘩よりも、気紛れに打ち込んだスポーツよりも、本気と本能でぶつかり合えるこの場所でずっと戦っていたい――――

 第三者から言わせれば「危ない」と言わしめる願望を抱いているトシであるが、しかし彼にとって都合の良い時間が続くことが無いのが現実である。


 例えば今、第三隊の近くに置いてきた新入りが使わない通信機を届けに来てしまったという現状。

 この現状は、何も考えずただ槍を振るっていたいトシにとっては非常に面倒な状況であった。


 トシは戦闘時に自分が敵陣の中心に突っ込みがちであることを理解している。理解していながら、「倒しゃァ戦果になる」という心積もりでそんな自分の方向性を修正することなく敵に向かっている。

 だが、周りに――――特に自分より実力の劣る隊員の誰かがいると、そうはいかないのだ。

 なぜなら任務において侵攻生物の討伐よりも隊員の生還を優先されているため、必然的に、嫌々ながらも実力者であるトシが、他の隊員のフォローに回らなければならないのだ。

 それが特に新入りで、SFによる戦闘訓練を受けていない者であるならば、通常の隊員に対してよりも気を配って死なないように立ち回らなければならない。


 侵攻生物が寄ってくるのは良い。だが、敵の群れを見付けた今、面倒なもんを押し付けてきたもんだ――――とトシは内心吐き捨てる。

 せめて訓練を終えてから任務に参加させれば良いものを、と。十分即戦力になるからという理由で連れてきた第三隊の班長達に後で悪態を吐いてやろうと思いながら、八十三体目の額を貫いたトシは「おい!」と背後にいるだろう新入りに仕方なく声をかける。



「下手にうろつくんじゃねぇぞ新入りぃ! んでもって大人しく死なねぇ程度に反撃しとけぇ!」



 そう言いながら八十四体目の喉を指し貫き、通信機を届けに来た新入りへ半身振り向いたトシは――――



「――――はい。先輩の邪魔にならないよう、気を付けます」



 振り向いた先に広がっていた光景に、目を見張った。



 迷いのない、太刀筋。

 音もなく描かれる白銀の軌道は鋭く、それでいて鮮やかに敵の生命を絶っていた。

 向かって来た侵攻生物が、一息の間に胴と頭に解体されていく。

 頬を撫でる程度の微風が敵の頸を通り過ぎる。

 ばっ、と噴き出る鮮血。

 ぶしゃっ、と辺りに撒き散る、切断された肉塊。

 返り血に塗れながら、侵攻生物を斬り捨てる――――新入りの姿。


 血と肉と臓物とが地面に散らばる、悽愴な光景。

 火薬が弾け水や風が宙を舞うこの世界の戦場において、それは異様な程に現実的で、幻想的に思えるほど残酷で、身の毛が弥立つ程に――――



「は――――はは、ははははははははははッ!!!!」



 ――――美しい、光景だった。



 背後で繰り広げられていた攻防の凄まじさに、トシは声を上げて笑った。

 何度も戦場をくぐり抜けて来たトシですら見るまで気が付かなった、静かな戦い。

 まだ殺す事に慣れていないのか。新入りの腕から上半身はぐっしょりと、侵攻生物の血に濡れている。

 慣れれば噴き出る血の量や向きも感覚で分かり、避けられるようになるのだが――――その辺りはまだ経験不足さが窺え、頭から新入りは血を被っていた。

 常人ならば発狂しかねない血と臓腑の腥さが、少し離れた場所にいるトシの肺を掻き回す。


 ――――だが、美しかった。

 一瞬、魅入ってしまうほどに。



「……先輩、前方からレベル2の猪型とサイ型の侵攻生物による第二波が来ると報告がありました。数は六十から八十前後。備えて下さい。後ろはおれがまもります」



 血糊で汚れたナイフを軽く振るい、グリップを握り直す新入り。赤く濡れた黒髪の隙間から、耳に小型通信機を着けているのが見えた。

 第三隊員の誰かから報告を受けたのだろうとトシは推測する。

 だが、敵の増援が来るという報告を受けながら一言たりとも本隊に戻ろうと進言すること無く、それどころかこの場に留まり戦う旨を口にした新入りに、思わず嘲笑を零した。



「『守る』? はッ、てめぇが俺を?」



 そんなこと出来るはずもない。

 くぐり抜けて来た修羅場の数も殺した敵の数も圧倒的にトシの方が多い。どう考えても、トシが新入りを守る方が道理に適っている。

 しかしトシは新入りの発言を戯言だと切り捨てることが出来なかった。

 それはこの戦場という、常に己の命が危機にさらされている極限の状態の中で、新入りが放った言葉には――――強さがあった。

 何度も戦地に赴いた者でも軽々しく弱音を吐くにも関わらず、『守る』と口にした新入りは強い意志を持ってその言葉を紡いでいたのだ。


 短剣を構え敵を見据える新入りの横顔を、トシは見る。

 返り血と火薬の煤に汚れたその顔に、その華奢な身体を担いで連れ回していた際のナヨナヨとした様子は無かった。

 ただ命を賭す者の覚悟を決めた顔が、そこにはあった。


 ならば、トシの答えは一つだ。



「――――なら、守ってみせろ」



 朱槍を構え直し、トシは言う。



「てめぇごときに俺の背中が守れるか――――やってみせろ新入りぃ!」



 そう叫びながら敵陣の最奥目掛け突っ込んで行くトシ。

 進行方向にいる侵攻生物を薙ぎ払い、突き刺し、一心に前へ突き進む姿はまさしく、獣のようであった。

 トシを中心に次々倒されていく侵攻生物。

 嵐のように荒々しく戦場を駆ける彼を、誰も止める事は出来ない。

 何人たりとも、『無双の槍』を止めることは叶わない。


 そんな少年の背中に、血塗れの新入りは短剣を振るいながら続いた。

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