二話 出動ー第三隊と初任務ー
「キミは私に銃を向けられた時、何を考えたのか。それは個人的な思考故私には分からない事だが、その時キミは危機感というものを感じた。
自分の命が害される。その危機を感じ取った為に、キミは本能で自分の身を守ろうとした。
『それ』がその答えだ。
『それ』はキミが自分の身を守る為に選んだ、キミが自分の命を守るに相応しいと判断した武器だ」
――――と。
殺害未遂を引き起こした張本人に長々と指摘され、いつの間にか自分が一本の短剣を握っていた事に気付かされたおれは、直後、マスさんの端末に出動要請通知が入った事により技術部を後にする事になった。
マスさんの端末に要請を送ったのは班長さんであるが――――班長さんは俺の居場所まで把握しているのか。
鋭撃班の要請と共に添えられていた文章に、三十分後おれが第三隊として初出陣するという旨の文字が並べられていた。
ちなみにマスさんの元に班長さんからの通達があったのは出撃予定時刻の一時間前。
マスさんが通達に気付いたのは出撃予定時刻の三十分前。
今、この時この時間である。
「やべえ…………十五分前には集合場所にいねぇと始末書書かされる…………あのドSに長々と書かされる…………!」
と。焦りを露わに表情を引き攣らせるマスさん。
冷や汗をダラダラと流す彼の様子から、どうやら班長さんの書かせる始末書というものが相当なモノであるということを察したおれは、ここまで着いてきてくれたマスさんの為にも早急に技術部から引き上げる事を決める。
これで集合時間に遅れてしまい、マスさんが始末書を書かされるなんてことになってしまうなんてことになったら、わざわざおれのために一緒に着てくれたマスさんの好意を仇で返すようなことになってしまう。
そんな事にならぬよう、当初の目的など既にたし終えているおれはおじ様とリッパーの元まで案内してくれたマツさんと、おじ様達の話し相手になってくれていたミヤさんに礼を言って場を立ち去ろうとする。
「残念だ。カズくんにはもう少し私の発明品を見てもらいたかったのだが…………」
これに対し技術部最高責任者マツさんは至極残念そうに肩を落としながら「鋭撃班班長くんや第三隊隊長くんには私から言っておこう」と言いつつ、おれを技術部に引き留めようとしてきたが、おれはなんとなく悪寒がしたので丁重に断った。
何故だろうか。この人に関わってからというものの、訓練の度おれの身体検査をしてくるルイスさんがマトモに思えてくるのは。
あとついでにいつの間にか握っていた短剣を返そうとしたが、「それはキミに必要な物だ。持っていたまえ」とナイフを仕舞う革のホルダーまで渡されてしまった。
この人はどれだけ人に物をあげたがるのか。
知り合いの話に聞く『正月に久し振りに会った親戚の子どもにお年玉を渡したがるおじさん』を想像しながら、取り敢えず安全の為に抜き身の短剣を渡されたホルダーに仕舞うおれは、満足気なマツさんの顔を見ながら思う。
本当にこの人は、何がしたいんだろうか。
「…………なんか、技術部のボスを前にしたらあのルイスがスッゲーまともに思えてきたのはオレだけか……?」
残念、残念――――と、口で言いながらも飄々とした態度のせいだろう。段々わざとそう呟いているように思えてくるマツさんを前に、この度一人一着支給されるという防護服をこのタイミングで渡されたおれは、同じ事を考えていたマスさんへ深く頷きを返す。
おれも非常にその言葉に同意だ、マスさん。
「ンン…………しかしその短剣の性能を体験するには良い機会だ。存分に侵攻生物を斬り殺して来ると良い。次の機会に感想を聞かせて貰おうではないか」
『次の機会なんてねぇよクソマッドサイエンティスト!』
「ミヤくん。カズくんとマスくんを第三隊出撃待機室まで送りたまえ。送迎には第六運送機を使うと良い」
『無視かこの野郎ホントに腹立つな解体してぇ…………!』
――――などと、マスさんとおれが静かに意思疎通をしてる内に。
どこまでも自由人マツさんは自分なりにおれの出撃にいて納得をし、数秒前までこの場所に留めようとしていたにも関わらず、次の瞬間にはテキパキとおれとマスさんを集合場所まで送る準備を始めていた。
言葉汚く敵意と警戒心を向けてくるリッパーについては無視である。
とことん彼は亡霊には興味が無いということがよく分かった。
明白すぎるおれへの態度とおじ様やリッパーといった亡霊への態度の格差。
一周回って最早感心しか湧いてこない彼の言動に、上機嫌でコーヒーを煽るマツさんにある種の尊敬の念を抱く。
彼に対し苦手意識がある事に変わりはないが。
ところでマツさんといえばもう一つ。
手のひらを反すようなあっさりとした彼の切り替えの早さに、おれは何度目になるか分からない戸惑いを抱くのだが、これもある意味で感心を覚える。
特にこの他人を遥か彼方へ置いてけぼりにするようにするような、自由奔放さ。
同じくマイペースさでは引けを取らないルイスさんといい、マツさんといい、科学者や技術者といった専門職の人はどうしてこうもマイペースな者が多いのだろうか。
それともマイペースだからそれぞれの専門家になったのだろうか。
コーヒーメーカーを傍らに置くマツさんに敵意から突っかかりに行くリッパーを諫めながら、甚だ疑問が募るおれであった。
「では――――また会おうカズくん。キミの活躍を期待しているよ」
はっはっは――――と。優越とした微笑みを浮かべながら哄笑するマツさん。
この世の全てが至極愉快だとばかりに軽い足取りで踵を反す彼の背を『二度と来んな』『あら?妾はああいうタイプ好みじゃよ』と口々に唱える亡霊と共に見送るおれは「背中はしゃんと伸びているんだな」と思い見送りながら。
出来ればあまり近づいて欲しくないな、と。針といい電気の流れる手袋といい、身の危険を感じることからそう思った。
きっと今後も関わることになるんだろうな――――なんて。
根拠のない予感を抱きながら。
そうやって、インパクトの強過ぎる技術部長とようやく別れられたおれはおじ様、リッパー、妲己さん、マスさんと共にミヤさんの後にミヤさんついて技術部フロア内を移動した。
マツさんに案内されながらの移動とは違い、途中立ち止まりその場にあった開発中の機材について意見を求められたりすることが無いため、非常にリラックスした気持ちでおれはミヤさんについて行った。
それはマスさんも同じであったらしい。
「なんか、安心感がハンパじゃねぇな…………」
うんうんと何度も唱えながら、完全に緊張の解けた表情でおれの右斜め前を歩いていた。
なんとなくマスさんの足が軽そうに見えるのは気のせいじゃないだろう。
進行方向は技術部長マツさんが消えていったのとは反対の方向。
おれとマスさん、そして妲己さんがマツさんに案内されて来た道から見て左奥へ。他の技術者が設計図を広げ作業をしている中を通り過ぎ、壁に突き当たったところでミヤさんは足を止めた。
「着きました。これが第六運送機っす」
と、砕けた敬語で話す青年技術者ミヤさんが見せたのは、一つのコンテナだった。
運送機、という言葉からてっきり車や飛行機といった乗り物の類を想像していたおれは、紹介された四角い金属製の箱を前に、無言でミヤさんを見遣る。
大型トラック一台分ぐらいの巨大な箱が運送機とは、どういう意味だろうか。
おれの心の声を代弁する様に、コンテナを観察するリッパーが前に出る。
『運送機…………って、ただの箱じゃねぇか。これでどうやって上まで行くんだよ』
「簡単っす。レールを伝って行くんすよ。ほら、このコンテナの下から壁伝いに、上に向かってレールが伸びてますよね?」
コンテナのすぐ近くの柱に設置されていたボタンを押すミヤさんは、どう見てもただのコンテナでしかない輸送機の置かれた地面を指さす。
そこには床に埋め込まれる形で金属のレールが敷かれており、それは二メートル程先の壁へと繋がっていた。
レールが伸びた先にある壁には、コンテナを固定するためと思われる台があり、台を出発点として天井に向かって壁伝いに機械的な一本のレールが伸びている。
恐らくエレベーターの様にレールを使い、コンテナを地上へと輸送するのだろう。
他の技術部フロアの壁にも似たようなレールを見掛けた覚えがあるおれがそう予想をしていると、コンテナ前に移動したミヤさんがポケットから車の鍵のような物を取り出す。
その鍵に付いていた小さなボタンを彼が押すと、車のロックが解除されたような機械音がして、コンテナの扉が自動で開いた。
車に乗る様な感覚だと、おれは思った。
「これ、オレはどこにツッコんだらいいんだ?」
マスさんの複雑そうな顔をした独り言は余所に、ミヤさんはリッパーに問われた事についての説明を続ける。
「このレールを使ってコンテナを地上まで発射します。発射のタイミングはコンテナないで手動なのがネックどすけど、目的地までは最長でも一分以内に着くっす」
『はー、一分か。そりゃあ速ぇな』
感心の声を上げるリッパーに「ここから第三隊待機室までだと二十秒ぐらいだと思うっす」とコンテナへの乗車を促すミヤさん。
時間もないので、勧められるがままにコンテナに足を踏み入れたおれは、コンテナ内の壁に手摺りと、手摺りに荷物を固定する為だと思われるベルトが付いているのに目が向いた。
――――あれは荷物を固定する為の物ですか、と。
問おうと思い両手に抱えた防護服とホルダーに納まった短剣を抱え直しながらミヤさんへと振り向いたところで、全員乗車した事を確認したミヤさんがベルトで自分の身体を固定しているのが見えた。
何故ベルトを自分に巻き付けたのか。
不思議に思ったおれが尋ねる前に、出入り口のすぐ近くに設置されてるエレベーターの案内盤のような板にあった鍵穴へ、コンテナを開けた鍵を差し込んだミヤさんは、一瞬にやりと笑って。
「それじゃ、近くの手摺りとかに掴まっていて下さいね――――っと」
手首を捻り、鍵を回した。
ガチ、と歯車が噛み合うような音がした。
『ぬ? これは一体…………』
『あら、あらあらあら?』
コンテナ外に響くアラート。
警鐘のような音が鳴り響く中、閉じていく出入り口と闇に包まれていくコンテナの内部。
なにもないな、などといった事を話しながらコンテナの中を見ていた亡霊三名の不意を突くように鍵を回したミヤさんは、半笑いでこう述べていく。
「本日は急行第三隊待機室行き技術部便をご利用いただき、誠にありがとうございます。
到着予定時刻は約二十秒後。終点は第三隊待機室――――大きな揺れな予想されますので、お近くの手摺りやベルトにお掴まり下さい」
『オイ待てちょっと待て!?』
「ミヤさーん! 大きな揺れって何!? 何しようとしてるんだアンタ!」
閉ざされていく扉から差す僅かな光。
それを頼りに近くの手摺りに掴まったおれは、リッパーとマスさんの動揺を聞きながら、じわりじわりと迫ってくる嫌な予感と対峙していた。
半分笑っている、ミヤさん。
暗くなっていくコンテナ内。
騒ぐマスさんとリッパー。『我が子!』とおれを呼ぶおじ様。『あらあら』と面白がっている様な妲己さんの声。
完全にコンテナの中が闇に閉ざされる瞬間、おれはこの後に起きるだろう出来事をただ一人知っている確信犯に目を向け、今彼が浮かべているだろう表情を拝む。
ミヤさんは、心底面白そうに笑っていた。
その顔を見て、おれは確信する。
いくら安心感があって波長が合いそうな人でも、この日はあの技術部長の部下なんだなぁ――――と。
そして、完全な闇に包まれたコンテナは――――高速で動き出す。
「うおぉぉおおおおおッ!!?」
『なんだなんだなんだぁ――――!?』
ゴウンッ、と重々しい音を立て平行移動するコンテナ。
ビリヤードのキューに突かれた玉のように急発進したコンテナは直後、壁に当たったかのような衝撃と共に停止する。
その衝撃で壁に肩をぶつけたおれは体勢を崩しかけるが、手摺りを握り締めなんとかその場で踏み止まった。
「せ、背中いてぇ…………!」
『ぬ、ぅ…………肘を打った……』
『側頭部打った…………!』
『妾の可憐な桃尻が…………!』
――――おれ以外の同乗者はいろんな場所をぶつけたらしい。
それぞれ痛そうな声を上げているのを慣れない暗闇の中で聞きながら、「可憐な桃尻とは一体…………?」と、あまりに独特な表現方法に一言ツッコたい気持ちをこの場では収めるおれは、コンテナ内に力のかかった方向から現在地を想定する。
――――恐らく、現在地は重力の加わった方向からして、固定台のある壁かその近くだろう。
そう考えながら、予想以上のスピードでコンテナが移動することを知ったおれは手摺りを強く握り直し、次の加速に備え身構える。すると、
ガコンッ――――
という、まるでコンテナが固定台と繋がったような音がコンテナ全体を揺らした。
「あっ。嫌な予感」とマスさんがぽつりと呟く――――と、同時。
ドンッッ――――と垂直方向の衝撃が加わり、更なる絶叫が暗闇の中に響いた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――ッッ!!?」
『だァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛――――――――ッッ!?!?』
『我が子ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ゛オ゛オ゛――――――――ッッ!!!!』
――――なんという雄々しい悲鳴だろうか。
隣人と一緒に行った遊園地のジェットコースターでもこんな野太い悲鳴は聞かなかった。
そんな人気アイドルのコンサートでも聞いたことがないような男達による男達だけの悲鳴を聞かされながら、上方向からかかってくる重力という圧力に耐えるおれは、多分こうなることが分かってたのだろうなと闇の中でほくそ笑んでいるだろうミヤさんのいる方向へ視線を向ける。
彼はやっぱり技術部の人間だった。いい性格をしている。
「――――ぅ、ぬっ…………?」
――――と。
世界が、逆さまになった。
「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――ッ!???!?」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――ッ?!!?!?』
『ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――ッ!!!?!』
がくん、と。突然百八十度回転したコンテナ。
まさか天地が逆さになるとは思っていなかったおれはこの環境の変化に対応できず、手摺りから手を滑らせさっきまで天井だった壁に背中を叩きつける。
「ぐぬ゛っ」とくぐもった悲鳴が口から零れた。遠心力による加重のせいで余計に痛みを感じる。
おれの悲鳴を聞き『我が子ォ!?』『末っ子ォ!?』という男性亡霊二名が暗闇のどこかで声を上げた。
おれの悲鳴はマスさんの絶叫に打ち消されたはずなのだが、何故彼らにはおれの声が聞こえたのだろうか。




