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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
五章 第三隊と出動
66/79

ーー4



『我は身はとうの昔に亡びた。故に、死人でしかない我に生者の掟は通用せぬ』



 胸の前で腕を組み仁王立ちするかのワラキア公は、領主であった頃を髣髴させるかの如く荘厳に告げる。



『故にいつでも貴様を処刑出来る事を、ゆめゆめ忘れるでないぞ科学者』

「ふむ。『死人に口無し』と言うが――――なんとも口煩い死人がいるものだ」



 一瞬ヒヤリとするような発言をしたものの、「肝に銘じておこう」とおじ様の言葉を受け入れるような返答をし、コーヒーに口を付けるマツさん。

 表情は笑っていたが、目は笑っていなかった。



『我が子よ』



 話が済んだのか。興味を無くしたようにマツさんからおれへ視線を移したおじ様は、わりと大きな声で囁く。



『こやつは腕だけは確かだ。利用するだけ利用しておくが良い』

「…………それ、本人の前で言っちゃうんだな」



 マスさんのツッコミは最もだと、頷きながらもおれは思った。

 本人がいる前で、利用とかそんな人聞きの悪い事を言っていいものか。

 そういうことは本人がいない場所で言うべきじゃないのか。


 おじ様に情報の秘匿という事柄を教えるべきか迷うおれが考えている中。

 やっぱりおじ様の言葉が聞こえていたらしいマツさんが、晴れやかな笑顔で言った。



「言われずとも、私はカズくんの頼みなら何でもするつもりだが? 何なら今ここで口煩い亡霊をこの世から消す装置でも開発するが? ンン?」

「――――カズ、お前本当にこの変人王に好かれるような事してないんだよな? 親父さんに喧嘩売るほど好感度高くなるようなことしてないんだよな? 本当にしてないんだよな?」



 先程おじ様に従順するといった発言をしておきながら、次の瞬間には本人の前で抹殺計画を企てるマツさんに、マスさんが再三の確認をしてくるが、言わせてもらう。

 おれに心当たりは全く――――無い。


 むしろおれの彼に対する好感度がマイナスになるような事は多々あった。マスさんもそれは知っているだろうが、かなりの回数あった。

 それを踏まえてもおれが彼に好かれるような心当たりは無いのだが、と丁寧にマスさんに返答すれば「だよな…………」と、マスさん自身もそれは承知という答えが返ってくる。

 では何故、彼はおれに利用されても良いと、おじ様の冷酷なアドバイスを寛容するほど、おれに好意を抱いているのか。


 ――――謎である。

 心なしか、解明されてはいけないような気さえする、謎である。



 そんな謎に塗れたマツさんはというと、近くで待機していた移動型コーヒーメーカーから新しくコーヒーをカップに注ぐと、くるりとおれの方へ振り向いて――――おじ様と相対していた時とは反対に、今度は目も笑いながら。



「さて――――ではカズくん。キミが持つ『切り裂きジャック』のSFを発動させるために必要なナイフについて話したいのだが、良いだろうか? ン?」



 この険悪とした空気の中でスイッチを切り替えたかのように別の話を進めようとする技術部最高責任者に、おそらくこの場の誰もがついていけてないだろうなとおれは思った。


 こんな暗い空気を作り出した張本人でありながら、いとも簡単に空気を壊していくスタイル。

 超のつくマイペースと言わずに何と言うのか。

 ――――おそらくこれこそ、『変わっている』と形容されるものなのだろう。

 世の中で言われている『変わっている』の定義を身を持って知ったおれだった。



「先日から『切り裂きジャック』がここで造られてる武器について興味があるのが気になってだな。医務部長にそれとなく話を聞いてみればキミのもう一つのSFの発動条件が『ナイフを所持する事』らしいということが判明した。つまりあの亡霊は健気な事にカズくん、キミのために良い武器がないか探していたという事だ。これに私は甚く感動してだね、さながらあしながおじさんのような親切心から最高のナイフを贈ろうと部下と共同開発して数種類用意させて貰った」



 「この空気のでよく話進められるよな…………」『オレも未だにこいつの事がよく分かんねぇ…………』とぼそぼそ呟き合うマスさんとリッパーを視界の隅に捉えるおれの肩を抱き、方向転換させるマツさん。

 ガラガラと、リッパーと妲己さんの間に入って仲裁をしていた――――よく見ればおれに精力剤を渡した青年だった――――青年が台を引いておれの前に持ってきたのは、数本のナイフ。

 見ればリッパーが先程おれと妲己さんを勘違いした時に投げた物と同じである、数種類のナイフの前におれを立たせたマツさんは、「ミヤくん説明を」と精力剤の青年に促す。


 『ミヤ』、というらしい青年は「どうも。装備設計・デザイン担当のミヤです」と軽く自己紹介をすると、早速一定間隔で並べられた数種類のナイフについての説明を始めた。



「これらのナイフは『切り裂き』さんの意見を元に殺傷力・耐久性・重量・携帯性・装飾性の五つのカテゴリに分類して、それぞれのパラメーターに特化したものと複合したもの製作。その中で『切り裂き』さんが厳選したものを並べました」



 ――――と。

 ここで唐突に言葉を切ったミヤさんは「しまった」と自らの失態に気付いたかのように苦い顔をすると、「あー…………」と唸り、今し方行った数種類のナイフについて説明を言い直した。



「分かりやすく言うなら、『斬れ味』『硬さ』『重さ』『持ち運び易さ』『デザイン』のジャンルでとりあえず造って、その中で組み合わせを掛け合わせて造った物の中から、『切り裂き』さんがオッケーしたものだけを並べた…………みたいな感じっす。

 一応マスさんにも分かるように説明してみたんすけど、分かったすかね? オレら向けじゃない言葉ってのがよく分からないんすけど、これで伝わってるっすかね?」



 ――――百パーセント理解できました。完璧です。


 不安そうにこちらの様子を窺ってくるミヤさんに、正直マツさんの話よりも理解できました、と口にはしないが力強く頷くおれ。

 さり気なくマスさんが馬鹿にされている気がするが、一般人にも分かりやすく言い直された彼の説明に、おれは賛辞を送りたい。

 教材に載せたいような説明でした――――と。


 一般高校生にも分かる言葉で専門分野の説明が出来てこそ、真のプロである。

 高校にいるやたらと話の長いが専門用語ばかりで何について言っているのか理解し辛い科学の先生から、そう学んでいるとおれは、今ミヤさんが行った説明こそ、非専門家も親しみやすいという観点も踏まえプロの所業であるなと思った。

 

 「え? 待って、今オレ馬鹿にされなかった?」というマスさんの呟きを完全に蚊帳の外へ放っておき、「それは良かったっす。『切り裂き』さんから説明についても色々意見貰ってて良かったっす」と安心した様に顔を綻ばせるミヤさん。

 どうやらこれまで緊張していたらしく、今の説明でおれが理解出来ると知るとすっかりリラックスした表情になった彼は、先の説明の様に、台の上に陳列したナイフの説明を続ける。



「ナイフは左から重い順に並んでます。カテゴリは同じく左から『デザイン』『硬さ』タイプ、『硬さ』『持ち運び易さ』タイプ、『硬さ』『斬れ味』タイプ、『硬さ』タイプ、『斬れ味』『デザイン』タイプ、『斬れ味』タイプになってます。

 全部斬れ味の基準は『人間の頭蓋骨が斬れる』事っす。

 ちなみに検証で実際に人の頭カチ割るわけにはいかないんで、人の頭蓋骨とほぼ同じ固さと言われているカボチャを用いて実験しました」

『生々しいなオイ』



 スパッ、とリッパーから鋭いツッコミが飛ぶ。

 確かに人の頭が斬れるだとか非常に血腥い話が出て来たが、あの侵攻生物と戦うのだ。

 この程度の腥さは必要なのだろう。そう思う事にしたおれは、「こういう事が各世界大戦の裏側でもあったんだろうなぁ」と少し技術者の世の中というものを悟りながら、ところでふと気になった事をミヤさんに訊ねた。


 ――――ところで、実験に使ったカボチャはその後どうなりましたか?



「食堂のコックさん達の協力を得て、スタッフが美味しく頂きました。美味かったっす、挽き肉とカボチャの煮付け」



 至極真面目な顔で首を縦に振るミヤさんに、おれも「それは良かった」と頷き返す。

 もしカボチャが余っていたのならこちらで調理させておじ様達が世話になった礼として振る舞おうと思っていたのだが、流石技術部。使用した物品のアフターケアも万全のようだ。抜かり無い。



「質問そこかよ…………」

『そこなんだな末っ子、ツッコむ場所…………流石だけどな』

「…………なあ。薄々思ってたけどよ、カズって天然だよな?」

『…………話の着眼点ならばそこの技術者ミヤと似通う部分がある』

『純朴ななんともかわゆい子じゃの…………それはさておき。ところでそこの殿方にはいつ声を掛けるとするかの…………』



 気付けばマスさんはちゃっかり亡霊達に混ざり、傍観に回っていた。

 最早彼からの援護は期待出来ないと判断するおれは、不思議と何らかのシンパシーを感じるミヤさんと言葉を交わしながら、数種類のナイフと向き合う。

 予めリッパーが選別してくれていたようだが、おれからすれば細部は何となく違うと分かれど、全部が同じ様に見えて仕方が無い。

 光の当たり加減で放つ刃の光沢や、刀身の色味。滑り止めのためか全てゴムのような材質で出来ている事が見受けられる、グリップの太さ。

 その他刃渡りや刃の厚さも種によって違う様だが、果たしておれはどれを選べばいいものなのか――――


 遠目で見れば全部同じに見える六本の短剣。

 どれを選んだものか、と。一本ずつミヤさんの詳細説明を聞きながら許可が降りているので手に取って眺めるおれの肩を抱き、コーヒーを煽ったマツさんが「ふむ」とおれから手を離し、マグカップを近くの机に置く。

 握手と見せかけ採血という前科があるため、その一連の動作を視界に入れいつでも対処が出来るよう、持っていたナイフを台に置き警戒するおれに、技術部最高責任者は「カズくん」と声を掛けると。



「人というのは選択を迫られた際、当人が気付いていないだけで既に己の中で答えが出ているものだ」

「……………………はあ…………」



 唐突に、語り始めた。

 脈絡もなく語られ始めたマツさんの物語りに、何をするのかと思えばと脱力感を抱くおれ。

 語り口から察するに長い話でありそうだと思ったおれは、これまでのマツさんの話に共通していたように、専門用語ばかりの小難しい話がまた始まるのかと想像し、それを今から聞かされることになるのだろうという気の重さから意識の一部ををナイフの方へと向ける。


 話を聞くより、今はナイフの選別をしたいのが本音なのだが――――マツさんは構わずカップを置いた机に寄り掛かり話を続けていく。



「では何故既に決まった答えを選択しないのか。それが人の奇妙なところでね。人というのは考える。『もっと他の答えがあるのではないか』『この答えは果たして正しいものなのか』と。あらゆる可能性を思考し、やがてその思考に根拠を得るため、統計的演算を行うために他者に訊ねる。果たしてこの解答は正解であるのか。確証を得るためにだ」



 それはこの場に関係する話なのか。

 それともただの与太話なのか。

 雰囲気からすると前者であるようだが、どうにも真意が掴めないマツさんの語りにおれが首を傾げていると、愉悦にその眼を輝かせる彼は飄々と。



「つまり、こういう事だ」



 カチャ――――と。

 恐らく机の上に散らばった書類の中に隠してあったのだろう、拳銃をおれに向けた。

 自然とおれの視線は銃口の暗い筒の中へ集中し、意識は当然のように彼が持ち出したそれへと向けられる。

 無論、日常生活で銃を向けられた事の無いおれの思考は目の前の光景を処理できず、一時的な処理不能を起こし停止する。

 再び思考が動き出すまでの僅かな間、おれの脳裏にはこれまでの出来事が一斉に駆け巡り――――



「――――成程」



 マツさんは、口角を吊り上げた。



「流石鋭撃班といったところか、ンン? 拳銃の発射速度を上回る反応速度は、最前線での戦闘経験が言わすモノか…………それとも長年の勘からかね?

 ――――マスくん」



 ――――距離にして一センチから数ミリメートル。

 マツさんの上半身程の大きさを誇る、機械の握り拳。

 いつかその拳一つでビルを破壊した、人体など一撃で粉砕するだろう恐ろしい程の破壊力が込められた拳が、拳銃を持つ彼の身体と距離を置き、愉悦に笑む彼の直ぐ横で。

 時が止まったように、そこに留まっていた。

 瞬きする間もなく、そこにあった。



「…………いやー、びっくりした」



 たった一瞬。

 拳銃がおれに向けられたその直後、SFを発動させ放った巨大な拳をマツさんに直撃する寸前に止めた、マスさん。

 もしおれがマツさんの立場だったら絶対手に持った拳銃を暴発させてしまうだろうが、そこは肝が据わっているのか――――それともこうなることを予想していたのか。

 こんな状況においても身動ぎ一つせず、涼しい顔で称賛を贈る技術部最高責任者に、マスさんは緊張と動揺の混ざったぎこちない笑顔で応じた。


 

「マジでカズが殺されると思って、思わずオレ本気で殴りかけたけどよ…………フリ、だったんだよな? 撃ってないんだよな?」



 そう周りに訊ねるマスさんは、巨大な拳を発現させたまま、硬直したままのおれを見る。

 「撃たれてないよな?」と念入りに確認する彼は、困ったような顔でおれの返答を待っていたが、下手くそな笑みで誰かの答えを待つ彼の眼は。


 本気、だった。


 本気で、一切の躊躇いも無く圧倒的な力を誇る拳でマツさんを殴れる。

 そんな、真剣な眼をしていた。

 それはおれが自身のSFを強化するための実戦訓練の際にも見せる――――戦う者の眼だった。

 数多の戦場を駆け抜けた、戦士の。



「直前まで発砲しようと思ったがね。亡霊ならまだしも、下手にA型SF保持者の怒りを買うのは私にとって良い話ではないのでな」

『鋭撃兵マスよ、今すぐ奴を捻り潰せ。我はここで潰しておかねばならぬ気がする』

「カズの親父さん、オレ人殺しにはなりたくないんだけど」



 はっはっは、と声を上げて笑いながら銃を机の上に置き、カップを手に取るマツさん。

 なにやら物騒な事を考えていたようだが、つまりこの場にいるマスさんが何かとすると考えたため、おれは最悪のケースを逃れたらしい。


 マスさんはというと、おじ様の『やれ、今やれ!』というコールに対し苦笑いを浮かべながら、SFの発動を解くと、改めておれの元へ「怪我とかないよな?」と確認をしにやって来た。


 ――――途中から期待するのをやめていたが、マスさんはやる時はやってくれる人だということが今回の件でよく分かった。


 その事を自覚し、殺される危険は去ったのだと。

 気安いマスさんの声でようやく身の安全を認識したおれは、ふっと、全身に掛かっていた緊張を解いた。

 死ぬ、かと思ったのだ。何せ銃を、向けられたのだから。

 本気で、殺されるかと思っていた。結果として殺されなかったが。


 心臓に悪い事を何の許可もなくやってのけるマツさんに、いい加減苦情の一つも言いたいところであるおれだったが、それより前におれが思った事はというと――――マスさんへの感謝と、尊敬の念だった。

 訓練室で訓練の手伝いをしてくれた時も思ったが、彼にはおれも見習うところが多い。

 頼りにならない部分もあるが、それは一長一短。人の振り見て我が振り直せという言葉がある様に、おれも参考にしていけばいい。

 そう思いながら、銃口を向けられたおれを庇ってくれたマスさんに礼を言えば、「別に礼とか良いって」とはにかみ笑顔が返される。



「まあ、流石にいつも冷静なカズも銃向けられちゃビビるって事は分かったからな! その辺のフォローは先輩の役目だろ?」



 別におれはいつも冷静ではないのだが、という訂正をマスさんに入れたいおれであったが、何故かマスさん自身は非常に満足そうなので、彼の気分を害するような発言は控えることにした。

 どうしてそうも晴れやかな笑顔なのかは知らないが、達成感、のようなものがマスさんの表情には見える気がする。

 それから軽く発言されたものの、数多の情が込められているように感じた『先輩』という言葉から――――多分、この人は、と。


 そういう“関わり”を大切にする人なんだなぁ、と。


 これまで関わってきた組織の人々が彼に向ける『良い人』という評価や、気兼ねなく彼に声を掛けるその様子から。

 こんなおれに対しても、周りの人と変わらず接するんだな――――と。

 おれは改めて、少し苦手な彼の事についての理解を深めた。



 ――――そう考えながら、心の中で彼の発言に訂正を加えておいた。

 マスさん。おれは全然冷静とかじゃないです。

 隣人曰く、「口に出さない顔に出ない」だけであって、人並みに驚いたり、恐怖を感じたりしてます。

 ただ、何故か顔に出ないだけであって。

 その辺りは一般人と変わらない、ただの高校生です。



「ところで、先程の話の続きだが――――」



 ――――そして彼はどうしてこの空気の中で自分のペースを全く崩すこと無く活動出来るのであろうか。

 空のカップに新しく淹れたコーヒーを継ぎ足しながら、何事も無かったかのように語りを再開させるマツさんに、全く誠に彼の精神構造が謎である、と思うおれだった。



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