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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
五章 第三隊と出動
65/79

ーー3


 ――――おじ様は武人である。

 改めて言う必要も無いと思うが、おじ様は涙脆かったり機械類に興味津々な面を見せる一方で、歴史上に名を刻むとある領土の領主であり、武人である。

 鎧を着、武器を手に、馬に乗り、戦場に出て戦っていた――――歴戦の武人なのだ。


 つまりどういう事かといわれると、おじ様は別に鎧が無くても肉体一つである程度の人は倒せるだろうし、まず一般人はおじ様の足元に及ばない。

 それほどまでに己の肉体を鍛えた人物である。

 そんな名高き武人に、自衛隊の兵でもなければつい最近まで何も知らない高校生だったおれが力強くホールドされてみよう。

 するとどうなるか。


 ――――圧死する。



『我が子よぉぉおおおおおッ!! 我は…………っ、我はこの二週間…………我が子の事が心配で心配で、気が気では無かったぞ!!』



 頭上で大号泣しながらおれを固く、かたく抱き締めるおじ様。

 その力がおれが予測していたより数倍強い事と、ジャージという伸縮性抜群の衣服とその下の逞しい胸板に押し付けられている事から、鎧の場合とは違い隙間なく顔がおじ様と密着する事から、息苦しさを覚えるおれは瞬時に悟った。


 ――――あ。これ、おれ死ぬかもしれない。


 …………と。



『我は我が子が産まれる前よりお前を見守って来たが、これだけの時間を離れる事になるとは…………! 我も我が子が独り立ち出来る歳である事は重々承知しているが、それは我が治めた時代の話。現世ではまだ親の保護下に在らねばならぬのであるならぬ。そんな我が子を一人…………向こうにやるなどと…………我は! 我はぁぁあああああああああああああああああああ!!』



 頭の上でえっぐえっぐと嗚咽を零しながら泣いているのが、見なくても分かるおじ様。

 若干周りの人に引かれているような気配を察知するおれは、しかし現在おじ様の胸によって軽く呼吸困難になっており、尚且つおじ様の鍛えられた腕から抜け出せずにいるため、この場を収めることは出来ない。

 一応おれは数秒程前からギブアップをおじ様の背中を連続で叩くことによって知らせてはいるが、おじ様はそんなおれのヘルプに全く気付いていないようだ。


 頼む、気付いてくれ、おじ様。

 このままでは『小動物を抱える力加減を間違えた幼稚園児の地獄絵図』が出来上がってしまう。


 というかこれ、観察力の優れたマツさんは絶対に気付いているだろう。

 新しくコーヒーを淹れたのか。香ばしい珈琲の匂いがふわりと鼻腔を掠めていったのを感じ取ったおれは、そういえばとここまで連れてきてくれた案内人の存在を思い出し、確信に近い何かでそう思う。

 おれの危機を気付いていてあえて無視しているだろう、あの技術部最高責任者は。



『我が子よ!! 我は、我は当分お前の傍を離れぬぞぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

「ごふ」

「いや待て親父さぁぁぁぁぁぁんんっっ!! 今カズの魂がこの世から離れかかってる! 離れかかってるから解放してあげようぜカズの親父さぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」



 ――――あの人は本当に、何がしたいんだ。


 そろそろ意識が酸素不足でくらくらしてきたところで、おれの様子がおかしい事に気付いたマスさんによって救出される頃、おれはそんな事を考えていた。



 …………それにしてもおれは今日、何回胸によって死にかければ良いのか。

 妲己さんといい、おじ様といい、今亡霊の間では人を胸で圧死させるのが流行っているのだろうか。


 疑問に思ったおれが圧死未遂のダメージが癒えてきたところで、おじ様曰く『周りを確認ぜずよりにもよって我が子に手をかけた』という事で磔にされたリッパーを救出がてら訊ねてみると。



『流行ってねぇから。ていうか俺達三人しかいねぇ亡霊に流行りとかねぇから………………あとホントすまねぇ末っ子…………!』



 半泣きでこう返ってきた。

 どうやら胸部で圧死させるという行為は亡霊の間で流行っているのではなく、たまたまそういう結果になってしまったということらしい。

 圧死させられかけた側としてはいろいろ思うところがあるので、流行っていなくて良かったと心から安心した。

 人の好意によって死ぬなんて、事故とはいえ殺してしまった側の心境を考えると非常に申し訳ない事である。

 おれなんかのために心を痛めるなんて、そんなのおれが耐えられないじゃないか。



 ちなみに、手違いとはいえおれを殺しかけた事がかなりショックであるらしいリッパーは、おれがおじ様の槍を抜き兄と自称する亡霊を地上に帰す様を、終始涙目で見ていた。

 時折『本当にすまねぇ…………!』と悔恨たっぷりの謝罪をリッパーは口にしたが、おれは「気にしなくて良い」と全ての謝罪にそう返し、許した。

 そもそもおれが死んだところで、おれの目的が達成させないだけで特に何も支障は無いだろう。

 目的を果たせるまでは、死んでも死に切れないが。



『妾が居たから良いものを…………これだから、情熱的な殺人鬼(キラー)ちゃんは青二才なのじゃ』

『うるせぇなアバズレ女! 大体オレはテメェみてぇなヤツが一番嫌(きれ)ぇなんだよ!』

「あ。スンマセン『切り裂き』さん、うちの研究室で暴れないでくれねぇっすか! おっそろしいほど『切り裂き』さんのSFって斬れ味抜群なんで!」



 ――――うむ。まあ、おれの話はどうでも良くて。

 あと二週間はリッパーを磔にしたまま放っておくと宣言していたおじ様を説得し、リッパーを救出した後マスさん達と合流すると、真っ先に妲己さんが扇子を携え嘲笑した。

 亡霊同士、おれが彼らを認識するより前から顔見知りであることは、以前おじ様やリッパーか聞かされている。

 そのため、それなりに妲己さんとも男亡霊二人が親しい仲であるだろうと想像していたおれは、男性を認識するや必ずナンパをけしかける女亡霊妲己さんが、リッパーに対し嘲りの言葉を投げかけたことに驚いた。


 これまで妲己さんは男性に対して、味覚で表現するなら甘い言葉ばかりを使っていたので、てっきり全ての男性に対してそうだと思っていたのだが、万人に対してそうというわけでは無かったらしい。

 というか…………おれの気のせいでなければ、妲己さんはリッパーに対して、対抗心のようなものを燃やしていないだろうか。


 リッパーはナイフ。妲己さんは奥義を互いに構え、間に青白い電気が走っているのを幻視するほど険悪に睨み合う両者。

 この一触即発の二人の間に入る、下はスーツのズボン上はカッターシャツという昼時のオフィスにいる会社員のような印象がある研究員は、リッパーが今にも手を出しそうな雰囲気であるにも関わらず、果敢に制止のため割って入る。


 ダテさんやヒメちゃん同様に狼狽えることなく慣れたように亡霊の睨み合いな対処している様子から、「随分リッパー達との接し方が様になっている…………」と意外に思うおれは、ああそういえばとここに来る前抱いていた疑問を思い出す。

 マツさんのインパクトが強過ぎてすっかり忘れていた。



「ところでおじ様達は何故技術部に?」

「あ、それオレも理由知らねぇわ。何でだ?」

『うむ。そういえば誰にも理由を語っておらぬな』



 根本的に、何のため技術部にいるのか。

 主にマツさんにより技術部から被害を受けていたというのに、マスさんの話を聞いた様子ではこの場所に頻繁に足を運んでいるようだが、それは何故なのか。

 その理由をマスさんと共に訊ねると、目元は赤いが泣き止んだおじ様は『うむ』と一つ頷くと、マスさんも知らなかった経緯を話し始める。



『最近訓練の度に我が子が世話になっていたのでな。礼をせねばと思い、長男と共に来たのだがな』



 ――――あれ。おじ様の言う『礼』って、『御礼参り』の事じゃ…………。

 礼儀に五月蝿いおじ様の口から『礼』という言葉が出た瞬間、瞬時におれの知っている『礼』とおじ様の言うそれと意味が違うことを察したおれは、背中に寒気を感じた。

 おれと同じ事を思ったらしく、表情が強ばったマスさんが隣で何か言いたげに小さく口を開いたが、おれは咄嗟の判断でマスさんの腰を小突き発言を妨げる。


 マスさん、今『礼』について訊ねるべきではない。おれの勘がそう言っている。

 それに結論を出すのもまだ早い。もしかしたらおじ様は『礼』をせずに済んだという可能性もある。

 だから今はまだ、質問せず口を噤むべきだ。


 全くおれはマスさんの方を見ずに骨盤辺りに手刀を入れたのだが、意味は通じたらしい。

 マスさんが堪えるように唇を固く閉ざしたのを感じ取ったところで、おれはおじ様の話へ意識を集中させる。


 おじ様は少し戸惑うような顔を浮かべ。



『場所が分からぬ故、手近にいたそれらしき男を捕まえ場所を吐かせようとしたのたが…………声をかけた瞬間、狂喜乱舞されてだな。

 嬉々として案内された挙げ句、技術部総出で歓迎された』

「かんげっ…………」

『うむ。我とて槍を手にしたが、奴らの興奮と据わった肝に興が削がれ…………それどころか我はここの者達の技術力、長男は生産されている武器に関心を抱き、気が向けばここに来ていろいろ見せてもらっている』



 マスさんが隣で絶句した。

 かくいう、おれも少々コメントに困った。


 まさか技術部の人達が御礼参り寸前のおじ様にその場のテンションだけで対処し、仲良くなるとは思ってもいなかった。


 振り返ればおじ様は組織に来た当初から建造物の構造やエレベーターに使用されている技術に甚く関心を持っていたし、リッパーもナイフに関しては拘りがあるような証言が見られた。

 それがまさか、技術部との交友に繋がるとは――――


 …………世の中、何が起こるか分からないものだ。

 おれに直接実害を与えた技術部最高責任者以外の技術部員は、全員不問にしたというおじ様にひしひしとそう思うおれだった。


 ――――まあ。言われてみれば、おじ様の言い分も非常に理解出来るところがある。


 これまでのおじ様達の経緯を把握したおれは、思い出せばこれまで関わってきた技術部の人達に、悪意というものを全く感じなかったことを思い出し、思考する。

 思えば技術部に来て真っ先に声をかけてくれたランくんも、おれの使い済みスプーンを持っていただけであるし、精力剤を渡してくれた人も中身はアレだったが、精力剤自体は善意でくれたものだった。中身はアレだったが。


 そう考えると技術部の人は、良い人ばかりなのかもしれない――――と。

 初対面のおれに本当は群がり色々質問したいところを、おじ様による『あまり驚かせてやるな』という忠言で抑えてもらっているとおじ様から聞いたおれは、自分の中に『魔の巣窟技術部』という、マイナスなイメージを払拭されていく感覚を得た。

 代わりに技術部に付けられたイメージは、『ホントは良い人技術部』である。

 行動こそ常識的ではないところがあるが、精神的には良い人達ばかりであるようだ。技術部は。



「――――ところで、感動の再会が済んだところで次の話に進みたいのだが」



 ――――未だによく分からない、技術部最高責任者マツさん以外は。


 どうにもこうにも――――マイペースというか。個性が頭一つ飛び出ているというか。

 今の今までコーヒー片手におれと亡霊達のやり取りを眺めていたマツさんが、飽きたとでも言うように口を開く。

 彼以外を不問にしたというおじ様は表情を堅くし、鋭くした双眸に警戒心を浮かべると、友好という思いなど全く皆無な威圧的な言葉をマツさんに向ける。



『ここまで我が子を連れてきた事には礼を言う。だが、貴様のこれまでの不誠実と我が子に対する所業を許すわけにはいかぬ』

「不誠実とは心外だ。私程一途で真摯な科学者はいないぞ?」

『戯言をほざくか、科学者』



 「いや、事実だ」――――と。

 肩を竦め戯けるようにそう発言したマツさんに、おじ様は忌々しそうに顔を顰め、技術部最高責任者を睨んだ。



 ――――曰く、おれが生まれる前からおれの傍に居たのだという亡霊。

 まだお母さんのお腹の中にいる時からおれを知っているおじ様の存在を、知ってから間もないおれでも「珍しい」と感じるおじ様の態度に、おれはただ口を閉ざす。


 言動の節々からも読み取れるように、おじ様はかなり本気でマツさんを嫌っているようだということは、おれでなくとも隣でいたたまれなさそうに事の様子を見守っているマスさんにも分かる事だろう。

 それこそ、おじ様のことを知らない人でも、おじ様がマツさんのことを嫌っていることは一目瞭然だろうと思える程、現在。この場所の空気は濁っていた。

 下手に口を出せない、妙な緊張感というものがあった。

 一悶着起こしていたリッパーと妲己さんも、空気を読んで休戦するほどに。



 だが、おれは――――何となく。

 糸を張り詰める、とまではいかないが、口を開くのが危ぶまれるこの現状で。

 適当に視線を返しているようで、実のところ真っ直ぐおじ様の眼孔を貫かんと見詰めているようなマスさんと。

 沈黙し、警戒心から様子を窺うように、仕種一つ見逃しはしないとばかりに目を光らせているおじ様と。

 どう見ても仲が険悪そうな二人を、少し離して一望して――――確証は無いが。


 

 おじ様は――――ウラディ公は、単純にマツさんを嫌っているわけではないような。

 気が、した。



 そんな気がするだけだ。

 恐らく錯覚や、気のせいといった、誰かに指摘されてしまえば瞬く間に塗り替えられてしまうような異物感。

 違和感にしてはあまりに目立たない、だが、かといって無視しように何となく気になってしまう。

 モノに喩えるならば――――左右の靴下の色が違うような。


 そんな、言葉にしようにも曖昧過ぎて形容できない何か、感情的なモノをおじ様の表情から薄らと感じるおれは、つっ、とマツさんに視線を移す。

 出逢った時から常に顔に張り付いている、薄ら笑い。

 人を小馬鹿にしているような。それでいて道化師の仮面のような印象を受けるその表情は、おれに向けられていたものより無機質で機械的なものに見えた。

 それだけならば、目の前のおじ様が気に食わないから機嫌が悪い――――という言葉で済まされるのだが。


 おれの意識の枝に漂流物のように引っかかったのは、彼の目だ。


 真っ直ぐ向けられる正直なマスさんの眼よりも苦手意識を抱いていた、マツさんの瞳。

 彼はその目に好奇と、観察と、友好という名の好意を乗せて、おれを見ていた。

 妲己さんのような亡霊に対しては、実験動物を見るような冷たい目だった。

 だが、今。おれを見ていない彼の目に浮かんでいるのは――――そのどれでもない。



 何も見ていない、目だった。



 おじ様の事は見ている。だが、意識すべてを傾けているわけではない。

 感情すらも見えない、磨りガラスのよう目。


 怒りや悲しみといった感情の温度を全く感じないその目を、おれは――――よく知っている。

 昔、どこかで見たことがあると、胸から囁きが聞こえてくる。

 どこで見たのかは、いくら過去の記憶を振り返り心当たりを探してみれど、まったく持って思い出せないが。


 おれは彼の目を、よく知っている。

 そんな、気がした。



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