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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
五章 第三隊と出動
64/79

ーー2



「これは前衛部隊の新入りや後衛部隊の基本装備として考案されている新型の防護服でね。従来の基本的耐久性は備えたまま、新たにちょっとした防衛装置も付けている」



 そう説明するマツさんの視線の先にあるのは、一着の軍服。

 見覚えのあるそのデザインは、以前見かけた前衛部隊の一部の人達が着ていた物だ。

 一部の人、というのは前衛部隊で戦う人たちの中には組織の中で一般的に普及されているこの制服、もとい軍服以外に、それぞれのSFや戦闘スタイルに合わせた戦闘服というのを持っている人達がいるからである。

 たとえば勇者のような装備のダテさんや、どう見ても水着にしか見えない戦闘服のナガさんなどだ。

 それでも半数は組織の中で支給されている軍服を使っているのだから、その汎用性は高いのだろう。


 ちなみにおれは組織に入所してから一度も出動した事がない上に、何故かジャージしか支給されていなかったためこの組織の軍服に袖を通した事は無い。

 話を聞くと、マスさんやナガさんは礼服という扱いで一応持っているとのことだ。

 恐らくおれは所属先が決まってから個別に支給されるものだと思っている。


 ――――話を戻そう。



「ちょっとした防衛装置? って何すか?」



 見た目の特徴としては、分厚そうな革手袋や、腰や脚の方に巻き付いたポシェット以外は、特に変わった様子の見られない軍服に、これまでの物と何が変わったのか。

 従来の軍服を持っているだけに気になったのだろう。

 おれの後ろで挙手し質問を述べたマスさんに、マツさんは軍服の近くの机で作業をしていたけん研究員の一人に、手短に指示を送る。


 すると研究員は、携帯端末サイズのコンパクトなリモコンをマツさんに渡した。

 リモコンを受け取ったマツさんはというと、新型の軍服を来たマネキンにリモコンを向け、スイッチを押し、



「針が出る」



 じゃきんっ、と服の袖から蜂の針の出てきた巨大な注射針に、おれはマツさんと出逢った時のことを思い出した。

 この光景、見た事ある。

 あれだ。マツさんがおれから血を採っていった時と、針の仕込み方がまったく同じなのだ。


 流石におれの時は普通の注射針だったが、もしやおれはこの装備を造るための実験台にされていたのだろうか。

 そんな事を考えてしまうような設計の防衛装置に内心震えていると、「他にも色々取り付けているのだがね」と軍服の背中のプロテクターから小さなアームを出すマツさんはおれの顔を覗き込んだ。

 無論目を合わせられないおれは即座に視線をマツさんから逸らしたが、構わず彼はおれの表情を窺う。



「ちなみにこれは戦闘服が出来るまでの間、出動時キミが着る予定なんだが…………何か要望が有るなら遠慮無く言い給え。

 他でもないキミの願いだ。科学者の私に出来る事であるなら、何でもしてみせよう」



 ――――どうしておれは技術部の最高責任者に、ここまで好意を寄せられているのだ。


 何でもしてみせよう、だなんて。

 まるで心から信頼している相手に対して誓うように言ってのけたマツさんに、ますます不審感を募らせるおれはそっとマスさんを見遣る。

 マスさん、おれはこの人に気に入られるような事を何かしただろうか。たとえば彼が来た訓練中とかに。


 おれの視線に気付いたマスさんは、「諦めろ」と言わんばかりの悟りを開いたような表情で、静かにおれから顔を逸らす。

 その前に「オレに訊かれても…………」という風に肩を竦めたことから、マスさんも心当たりがないらしいということを読み取ったおれは、改めてマツさんの認識を『変な人』の中に当て嵌める。

 なぜ誰も心当たりがないのに、彼は絶大な信頼のようなものをおれに向けてくるのか。

 そもそも、彼はおれの何が気に入ってここまで構ってくるのか。


 謎が謎を呼ぶ人物だと。

 さり気なくコーヒーを勧めてくるマツさんにおれは思った。



「…………おれ、訓練された自衛隊軍とかじゃ有りませんから、針とかアームとかそういう防衛装置いりません。使いこなせないと思うので」



 ちなみに、雰囲気的にそのままおれに軍服を渡してきそうな勢いだったのでちゃんと個人的な要望は言っておいた。

 これに対しマツさんは、特に針に関しては残念そうな様子が見られたが、一つを残してガス噴射やらワイヤーやらといった装置は外してもらうことにした。

 それからマスさんのアドバイスを取り入れ、最低限のプロテクターはそのまま装備されることになった。


 おれ個人としてはいろんな希望を、さほど交流のない偉い人に言ってしまったので気が引けて仕方が無いのだが、当のマツさんが非常にご満悦そうなので、これで良かったのだと思う事にした。

 それにしてもマツさん、上機嫌である。



「カズくん、これはどう思うかね? キミの意見を聞かせてもらいたいのだが…………」



 それから見せる全ての装備品に、おれの意見を求めるほど。




 時間にして四十分。

 強制的にマツさんの御意見番を務めさせられ、心身ともに疲れきったところで、ようやくおれは聞き覚えのある声を聞いた。

 渋味のある低い声と、少し棘のある若い男の声――――おじ様とリッパーである。


 ――――ようやくここまで辿り着いた。

 亡霊を訪ねて三千里、もとい、長い旅を終えた気分である。

 ほとんどマツさんに振り回されていた気がしてならないが、実際そうなので――――とにかく、これでやっとマツさんの案内という名の御意見番が終わるのかと。

 ホッと息を吐きながら歩く足を速めたおれは、何個目になるか分からない格納庫に足を踏み入れたおれは、半日ぶりとなる大きな背中と銀髪に、懐かしさを覚えて。


 ああ、ジャージって事はおじ様はかなり組織に慣れてきたんだな――――や。

 リッパーは髪を束ねて、動きやすそうな格好だな――――など。

 そんな事を考える一方で、ゆっくりと胸に込み上げてくる熱いこれは何なのだろうと、名前のよくわからない何かに胸の中を満たされるおれは、この不思議な感覚をなんと呼ぶのだろうと考え――――



『――――出たなアバズレ女ァ!!』



 そんな怒声と共に飛んで来たナイフに、死を予感した。

 振り向き際にリッパーが投げたのである。


 見れば一本だけではなく、五本ほど一気に投げられていたらしいナイフ。

 再会と同時に命を狙われるおれは、一体何をしたというのだ。



『おやおや、危ないのお』



 こちらに向かって飛んでくるナイフの刃と目が合い、硬直するおれ。

 そんなおれの頭上でいたって平常にそんな事を妲己さんが呟いたかと思えば、彼女はパチリと閉じた扇をスッと前に差し出す。

 形こそ質素だが、黄金で出来ている扇。

 それがおれの視界の中に入ったかと思えば、瞬間、扇が真っ直ぐ指すその先、おれの目の前が陽炎のように揺らめき、


 紫色の炎が、燃え上がった。


 ボッ――――と音を立て虚空に燃え上がる紫炎。

 マンホールほどの大きさの円を描き燃え盛る炎の中心は、夜空を絵の具のように筆で掻き混ぜたような闇が広がっており、どこまでも先が見えない。

 実物を見たことは無いが――――おれはそれをブラックホールのようだと思った。


 紫炎のブラックホールはこちらへ飛んで来ていた全てのナイフを内包すると、一瞬花火のように激しく燃えるや、跡形も無く消える。

 ――――と、思われたその時。リッパーの真横におれの眼前に現れた時と同じ、紫炎のブラックホールが現れた。


 リッパーが、紫炎に気付く。

 それと同時に、紫炎の中から先程ブラックホールに吸い込まれたはずのナイフが放たれた。

 リッパー自身が、最初に投げたナイフだ。



『ちッ――――』



 即座に手に持った小型ナイフ一本で、向かってきた刃を叩き落とすリッパー。

 その内足元に落とした一本を手元に蹴り上げ、両手に一本ずつナイフを携えたリッパーは忌々しそうにこちらを睨み付け。



『…………末っ子?』

「…………あ、はい」



 おれの姿を目に入れると、ぽかんとした表情でそう呼んだ。

 いつの間に、と言わん限りのその表情に、どうやらリッパーは今おれの存在に気付いたようである。


 つまりリッパーはおれに気付かないままナイフを投擲し、おれを殺そうとしていたらしい。

 誰と間違えたのかは分からないが、どうやら命を狙われていたのはおれでは無いということだけは判明した。その点についてはおれは胸を撫で下ろす。

 てっきりおれはリッパーに殺されるような何かしたのかと思ってしまった。

 誤解が解けたようで、何よりである。



「高速で死にかけて高速で回避しやがった…………!? つーかカズ、なんでお前そんな余裕そうな顔してんだよ!?」



 おれが誤解で殺されかけた様子をすぐ間近で見ていたマスさんは仰天していたが、一つ訂正させていただきたい。

 おれも驚いた。死ぬかと思った。

 だから「何事にも動じないのか…………!?」みたいなリアクションはやめていただきたい。

 急展開に頭の処理が着いていけず、固まって

いただけである。



「ほら。感動の再会だぞ、カズくん」



 マスさんとは対照的に、おれが死にかけても平然とコーヒーを啜っていたマツさんが茶化すように言う。

 彼の言う感動がどこに有るのかは分からないが、再会ということには変わりないという事だけは同感であるおれは、リッパーがまたナイフを投げてくる様子がないことを確認しながら、『父』と『兄』を名乗る亡霊の元へ歩き始める。


 おれからすれば半日ぶりであるが、おじ様達からすれば二週間ぶりである再会。

 合流したはいいが、いきなりナイフを投げられたものだし、さてこれはどのように話を切り出したら良いものなのか――――

 あれこれと思考しながら歩を進めるおれに、呆然としていたリッパーははっと我に返ると、みるみるうちに顔を綻ばせて。



『す、末っ子ォォォォォォーーーーーーーッッ!!』



 ダッ、と駆け出すリッパー。

 表情の変化は花が咲くようであったが、その言動は久々に飼い主に会った中型犬にしか見えない彼は、危ない事に手に刃物を持ったままおれの方へ走り出し。


 直後、おじ様によって遥か遠くの壁へと蹴り飛ばされていった。

 思わず足を止めってしまったおれの反応は、正常だと思いたい。



「――――えっ?」



 誰もがリッパーがおれに駆け寄ってくると思っていた。おれも直前まで思っていた。

 だがこの場にいる全ての人の予想を裏切り、ジャージを着用したおじ様の恐るべきスピードと威力をもってして壁に蹴り飛ばされたリッパーに、おれですら目が点になった。

 マスさんにいたっては心の声を零した。

 この場にいる全員の心境を代弁したような、困惑の声だった。


 リッパーを蹴り飛ばすや、すかさず右手に十字架槍を顕現させるおじ様はオリンピックの選手も真っ青になるような凄まじさと力強さを込めた槍投げを実行する。

 おじ様から射出された十字架槍。

 重力など全く感じさせぬほど真っ直ぐに、一切勢いが衰える事なく飛んで行った槍は、一足先に壁に背中を激突させたリッパーのジャージのみを。

 ――――ほんの数秒だけ頭より高い位置になっただけの襟首を、リッパーの頭スレスレを通過した槍にて壁に、串刺しにした。



『ごフッ』



 と。ジャージは前のチャックを上までキチンと締める派であるリッパーは、首の後ろを基点に壁にぶら下がるため首が絞まるらしく、苦しげな呻き声を上げて壁にぶら下がる。

 画鋲でストラップの人形が磔にされているような光景である。

 非常に、シュールだ。


 磔にされたリッパーを見て、そっと妲己さんがおれの上から退く。

 何を感じ取ったのかは知らないが、にこにことどこか含みがある笑みを浮かべながら、そそそっ、とおれから少し距離を取る。

 その行動の意味は何なのか。

 あとその笑みの意味は何なのか。


 その理由は、一秒後に判明した。



『我が子ォォォオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーッッ!!』



 おじ様が突っ込んできて――――おれの体を通り過ぎた。

 亡霊同士は触れ合うことが出来る。

 つまり妲己さんはおじ様が突っ込んでくると分かっていたため、おれの上から避難したという事だ。


 妲己さんの行動の意味は分かったは良いが、おれはおじ様に一つ問いたい。

 何故同じ様におれに向かって来ようとしたリッパーを壁に磔にしたのか。

 先程からそれが不思議で謎で仕方が無いのだが。



『むっ。歓喜のあまり勢い余ってしまったか…………』



 そんなおれの疑問など露知らず、呟くおじ様。

 亡霊は人には触れられない。

 唯一形のないものである彼らに触れ、実体化させる事が出来るおれであるが、これはおれから亡霊に触れなければ実体化されない。


 不触の境界。


 おれが何となくそう呼ばせてもらっていたところ、正式にルイスさんによって決定された、おれと亡霊との間にある法則。

 原理は不明であるが、この法則がある事を通り過ぎてから思い出したらしいおじ様は、振り向いたおれに両腕を広げた。



『さあ、我が子よ!!!!』



 「Hugs me!」と言いたげにおれを待ち構える大型犬、もといおじ様。

 おれの気のせいでなければ、おじ様の目が潤んでいる気がするのだが、もしや感動の再会とはこういう意味だったのか。


 おじ様が感動する再会。

 成程。確かにこれはマツさんの言う通り、感動の再会というものである。

 おれは泣く要素がないため、涙など全く出ないのだが。

 それよりも疑問が胸を過ぎる。

 おじ様は、何故、リッパーを磔にしたのか。


 しかし今、おじ様に疑問を投げかけたところで『それよりもやる事が有るのではないか?』と、今か今かとおれからのハグを待ち構えている様子から容易に想像出来てしまったおれは、逡巡した後に、おじ様の方へ腕を広げる。

 人前でハグするのが照れ臭いとか、人目が気になるとか、そんな思いが一瞬胸を過ぎったが、そろそろおじ様が本格的に泣きそうなので、かの名高きワラキア公の要求に応じる事にした。


 まあ以前やったハグよりは痛くはないだろう、と。

 以前は鎧を装着していたが、今回はジャージ姿である事から身体的ダメージという観点からの負担も軽いと考えたおれは、堂々と両腕を広げているおじ様の懐に入る。

 それから控えめに、だが前回やった時よりは迷わずに、広い背中に腕を回せば、温度こそ低いが確かに伝わってくる人の肌の感触。

 ――――これでおじ様は実体化した。

 おじ様特有のミントの様な爽やかな香りを感じたおれが、思ったところで。



『我が子ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!』



 ――――おじ様、渾身の力で、おれをホールド。

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