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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
五章 第三隊と出動
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一話 装備ー技術部長と所属ー



「キミがカズくんかね。噂はかねがね聞いているよ。

 私は技術部の『マツ』という。

 今後キミとは何かと縁がありそうだからね。よろしく頼むよ」



 そんな事を言いながら社交辞令的でありながら、どこか友好的に手を差し出して来た彼の握手に応じたのが――――全ての始まりだった。



「ランくん、案内御苦労。ここからは私に任せ、キミは業務に戻るといい」

「はーい! じゃ、またお話ししましょうね! カズさん! それとマスさん!」

「オレはついでかよ…………」



 マツさんに言われ、ぴょんぴょんとスキップをしながらこの場を立ち去るランくん。

 無邪気な子どもだった彼に代わり、おれの主観的に腹の中に一癖二癖秘めていそうな大人のマツさんは、コーヒーの入ったマグカップを片手に「さて」と、おれを見る。


 本人曰く、年齢は四十代であるという彼。

 それにしては三十代に見える若々しさの残る彫りの深い顔付きに、整えられた髭。

 ガッシリとした肩にすらりと伸びた手脚と、ルックスだけなら俳優並みである壮年の男性。

 見た目だけなら、良い男である。


 しかし見た目に騙されることなかれ。

 彼は見た目だけなら大手企業の重鎮であるような人格者に見えるが、実際は違う。


 彼は、おれにでも分かるくらい、変な人である。



「再度改めて、名乗らせて貰おう。

 私は組織の技術部部長、並びに技術部総括最高責任者のマツだ。

 趣味は観察と実験、開発。特技は人の嘘を見抜く事。根っからのコーヒー派でね。一時間に一杯は飲まねば気が済まない。

 最近のマイブームは、新入りのSF保持者の研究をする事だ」



 ――――このように。

 役職から一言も訊いていない趣味、そして非常によろしくないマイブームを堂々と述べた科学者、もとい、マツさん。

 それから流れる様におれへ握手を求める彼は念を押すように、繁華街の占い師が浮かべるような胡散臭さの漂う笑みで、唱える。



「今後とも、よろしく頼む」

「…………よろしくお願いします」



 おれとしては以前の握手に見せかけた採血といい、訓練室に現れては妙な機械で一悶着起こすところといい、色々なトラブルを持ち込まれるので正直あまり関わりたくないところである。

 しかし求められたら応えるしかないので、礼儀として会釈をし、ついでに社交辞令の笑顔を返せば――――この対応から、おれが握手に応じる気がないということを察したらしい。

 「ふむ」と一つ、頷きながら差し出していた右手を引き、マグカップを近くのテーブルに置くマツさんは一瞬残念そうに呟く。



「流石に学習したか。今回は百ボルトの電流が流れる仕組みになっていたのだが…………またの機会にするとしよう」



 だが次の瞬間にはそんな事を言いながら、愉しげな笑みを浮かべながら、ベリベリと右手に嵌めていたらしい透明な手袋とおれにはよく分からないコードをカッターシャツの袖から引き抜くと、近くの机の上に放り投げた。

 前回の採血の時のように、手に電流を流す小型の機械を仕込んでいたらしい。

 恐ろしい人物である。油断も隙もない。


 握手しなくてよかったと、一連の光景により心の底から思うおれは、その一方で「またの機会なんてあるのか」と戦慄を覚える。

 何故人を握手がてら採血したり感電させようとするのかは分からない。

 だが、これらの奇異な言動からすっかりおれの中で『変な人』のカテゴリに分類されている彼には、とにかく気を付けた方がいいなと肝に銘じる事にした。

 なんというか、雲を掴むような感覚のする、よく分からない人である。


 ――――多分、おれはこの人のそういう冗談か本気か分からない所が、苦手だと感じる理由の一つにあるのだろう。


 そう思いながらさり気なく彼と距離を取るおれは、マツさんがつい先程置いたマグカップを左手に持つ様子にすら警戒心を払いながら――――ところでと。

 さっきから妙に静かな妲己さんを見上げる。

 顔だけは良いマツさんだ。小学生のランくんにもナンパした猛者である妲己さんなので、てっきり今回も躊躇なくナンパするものだと思っていたのだが――――



「…………妲己さん」



 すっかり定位置になっているのか。

 おれの頭の上にいるため、直ぐにおれの視線に気付いた妲己さんは「おや。どうして彼を誘わないのか、っていう物欲しそうな目じゃのぉ?」と、驚くべき事におれが視線を向ける理由を即座に読み取ると、さぞ優越そうに形の良い唇を歪ませる。



「物事には、タイミングというものがあるのじゃよ」



 ――――つまりナンパを諦めたというわけではないという事らしい。


 なんと彼女、握手で人を物理的に痺れさせようとする変な人にも声をかけるというのだ。

 そこまでして彼女をナンパに走らせるものは一体何なのか。

 おれには到底理解出来ないが、これだけは確信を持って言えた。


 ――――彼女は男を狩る狩猟者(ハンター)であると。


 ハンターとは凄まじいな。

 マツさんにも声を掛けようとする彼女の勇気、そして行動力にある種の尊敬を抱くおれだった。



 ――――まあ、妲己さんのチャレンジ精神の凄さはここまでにしておき。



「ところでキミはマスくんだな。A型SF『巨大大砲(ジャイアント・キャノン)』保持者の」

「え? ああ、そうです」



 マグカップを左手に、まるで初めて逢ったかのようにマスさんへ声をかける技術部最高責任者。

 訓練室で会った事があるはずだが、今し方その存在に気付いたかのように「今後も関わる事があるだろう」と握手をするマツさんに、おれの記憶が正しければ訓練室で数回ほど話しているマスさんは「は、はあ…………?」と戸惑いながら、握手を交わす。


 ――――彼とマスさんでの間の握手は、何事も無く終わった。


 無事に終わって良かった思う反面、普通に握手が出来るならなぜおれの時には普通にしなかったのだろうかと気になるおれに、くるりと身体を向けたマツさんは言う。



「さてさて。カズくんは私の庭に来ている亡霊達の迎えに来たのだったな」

「…………はい」

「ふむ…………どうやら私が知らぬ間に一人、亡霊が増えているようだが…………」



 そう呟きながら、おれの頭の上で待機している妲己さんに目を向けるマツさん。

 彼は初めておじ様とリッパーを見た時のように――――さも実験動物を見る様な、モノを見る無機質な冷たい目で、妲己さんを上から下まで眺める。

 科学者という性質も起因しているのか。それは定かじゃないが、亡霊とはいえ仮にも人である。

 それをさながら商品の仕分けをするかのような見方をする彼の、何かを観察する時の目。

 こうして改めて見て思ったが、この目がおれはどうにも――――この人の中で一番苦手であるようだ。


 やがて「ほう」と片眉を上げるマツさんは、得意の剽軽な印象を受ける眼差しに戻ると、しみじみと呟く。



「今度の亡霊は雌型か…………興味深い」



 雌型。

 女性と言わず、雌型だと言わなかったか、この人。



『…………雌型? 妾の完璧なる肉体を見て、まるで鋳型の識別の様に「雌型」と? そう言ったのか? この殿方は?』

「そもそも死人に性別があるという事自体が既に私の中で興味深い事だったのだが…………実際雌雄両方の型を見ると、なかなか生者と変わらない様だ。面白い…………!」



 流石の妲己さんも、今回のような不名誉な呼ばれ方は初めてだったのだろう。

 わなわなと動揺する妲己さんの震えが言葉となっておれに伝わってくる。ひしひしと、その気配からも伝わってくる。

 にも関わらず、妲己さんの反応をまるで無いもののようにスルーするマツさんは、何故かおれに関心の目を向けると、満悦とばかりに口角を吊り上げ、清々しいまでにわざとらしさを感じる恭しい態度で言うのだ。



「是非とも、カズくんには私の個人的な研究室の方へ御案内願いたいところだが…………これから一緒にどうだろうか?」

「丁重に謹んでお断りさせて頂きます」



 ――――何故ならこの人の研究室と聞いた瞬間から、ルイスさんの実験以上のレベルで頭の中で警鐘が鳴り響いているので。

 丁寧に、おれは彼の誘いを断らせていただいた。


 というか、何故彼はおれを誘うのか。

 A型が珍しいからという理由でその様な誘いを持ちかけているのならば、同じA型であるマスさんにも誘いを持ちかけるのが当然だと思うのだが。



「……なんかオレ、スルーされてる…………?」



 握手をしてからマツさんの全ての意識がおれに向けられているため、放置されているマスさんが呆然とするほどの、無関心さである。

 このマスさんとおれに対する態度の差は何なのか。

 謎である。



『妾なら一晩だけでなく、七晩の間ありとあらゆる手段を使って主を愉しませる事が出来るのじゃが?』

「死人に興味は無い」



 我に返った妲己(ハンター)さんの誘いを、蝿でも払い除けるかのようにあっさりと切り捨て、「これもまたの機会にしよう」と一人呟きマグカップに口を付けるマツさん。

 また誘う機会を設けるつもりか、と思いながら、これ以上話しているとどさくさに紛れて何かされそうな気がしてきたおれは、助けを求めるべく、マツさんの勢いに圧倒されているマスさんへ振り向こうとするが。



「なら、ついでだ。私の庭を余す所なく見て行くといい。私が案内してやろう」



 ぐいっと肩を引かれ、マツさんに肩を抱かれる形で、技術部のフロア内を案内される事になった。

 「ははは――――」などと、鼻唄を歌い出しそうな調子で上機嫌に笑う、技術部最高責任者。

 おれは、思う。

 ――――何故、こうなった。


 どうして普通に会話していただけでこんな状況になったのか。

 密着した体勢のお陰で危険度のハードルが上がったせいか。おれの中にある警戒アラートが凄まじい勢いで鳴り響き始める。

 あと意外な事に、カッターシャツの下にあるマツさんの腕は鍛えられているのか、程よくガッシリとして力強い。

 古株のマスさんにさえ素顔が知られていないような生活を送っているというのに、何故彼はこんなにも鍛えられているのか。

 ――――謎が謎を呼ぶ人物である。


 とりあえず、このまま引っ付いていたら何かの拍子に何かされそうな気がして気が気じゃないので、誰かおれとマツさんの間に割り込んで欲しいものだ。


 しかしこういう時に限ってつい数秒前にマツさんに振られた妲己さんは『妾は後ろから着いていくから安心するのじゃ』と微笑みながら、おれの数歩後ろを着いてくる。

 思えば妲己(ハンター)さん、一度断られたら二度とその人には誘いを持ち出していなかった気がする。

 そういうところは潔い亡霊らしい。


 ちなみにここまで着いてきてくれた親切なマスさんはというと、



「その…………いざという時は身体張るから、なんだ…………ファイト!」



 と言わん限りの諦めのこもった笑顔で、おれへ親指を立てている。

 どうやらマスさんもこの魔の巣窟を束ねる最高責任者は苦手と感じているらしい。

 ここまで着いてきてくれた事に感謝の気持ちはあるおれだが、もし許されるのならば一言、マスさんに言わせてほしい。


 うらぎりものめ。



「あれは何か分かるかね?」

「…………いえ」

「あれは個人が持つI粒子を増幅して圧縮させ擬似的にブラックホールを作る為の装置でね、焼却するにはコストが掛かりすぎる粗大ゴミや毒物を処理する為に開発してるんだが、増幅したI粒子を圧縮させるには外部からのエネルギーが足りなくてね――――」



 気安く肩を抱きながら、至近距離でつらつらと並べられる機械の説明。

 素直に言わせてもらえば、何を言っているのか分からない。

 理解出来る言葉は何とか聞き取っているが、専門的な用語を使われるとただの高校生でしかないおれは「何語ですか?」と言わざるを得ない言葉の羅列なのだが――――しかし説明をしている人物が人物なだけに、ちゃんと聞いていないと後が怖そうなので必死で耳を傾ける。

 ちゃんと聞いていないと、後でなんかされそうだだから。


 ちなみにおれの知識力では、シュレディンガーの方程式までは何となく分かる。あれだ。同じ空間に二通りの結果は存在しないというシュレディンガーの猫について証明するための方程式だろう。

 だがガウスの法則は論外だ。何それ聞いたことが無いのだが。

 あとビオ・ザハールって誰だ。



 どうやらマツさんは機嫌が良いと発明品のあれこれを自慢げに説明したがる性格なのだらしく、案内を始めた彼の説明はいつまで経っても終わらず、おれはマツさんに連れ添わされながら永遠と果てしない解説を聞いていく。

 なんというか、釈迦の説法を聞いている気分に段々なっていくおれは、遠くなる気を手繰り寄せながら、最高責任者の案内開始から四つ目の格納庫に入っていく。


 そこはこれまでの施設内部とは違い、小ざっぱりとしただった。


 これまでの格納庫内での様子が、大型の機械に対して人が何人も群がっているのに対し、この格納庫内では幾つもある四人ほどグループが、それぞれの机に置かれた機材をあれこれと弄っている。

 組み立てか、改良の作業をしているらしいということは聞こえてくる会話の内容から何となく想像出来るが、しかしおれにとって未知の領域という事もあり、誰もが怪しい事をしている風にしか見受けられない。

 ここまで案内されておいてあれだが、ここは、何だ。変な人しかいないのか。


 誰が言い出したのか知らないが、魔の巣窟という表現は言い得て妙だと思った。

 おれとマスさんのアウェー感が半端じゃない。

 ここは異世界か。



「ここでは前衛部隊の武器やその他装備品――――そうだな。マスくんのスーツとかを造っているエリアだ。以前キミのところに採寸に来た研究者は、皆ここの者だ」



 数多くいる研究者の動向の一つ一つを把握しているのか。

 それともおれと関わった者だけを覚えているのかは知らないが、「あそこにいる彼も見た事あるだろう?」と、雰囲気しか覚えていない研究員を指さすマツさんに曖昧な返事しか返せないおれは、ところでいつおじ様達を見付けられるのだろうと不安になる。

 彼は本当に、おじ様の元へ案内してくれているのだろか。


 これまでの訓練室でのやり取りから感じるに、自分の好奇心を最優先にして行動する節がある技術部の一番偉い人は、色んな説明がしたいとかという理由で理由でわざと遠回りしていそうで怖い。

 涼しい顔して初対面の人から採血する様な人物である。

 何食わぬ顔をして個人の研究室に案内されそうな気がして、不安で仕方がないおれは半分マツさんに引き摺られながら、主に前衛部隊の装備品を製作しているのだという格納庫を歩かされていく。


 三つ目ぐらいだったか。造っている装備品の説明を受けたところで次の装備品に移ったところで、マツさんがおれ共々足を止める。

 そこで一回。かなり冷めているだろうコーヒーで口の中を潤したマツさんは、書類片手に研究員が往来しているその中心にある物をマグカップで示す。



「ところでカズくん。それとマスくん。言わば近接戦闘を主としているだろうキミ達に、戦う者として意見が貰いたいのだが――――これをどう思う」



 「おれはついでかよ」という本日二回目のマスさんの「ついで」コメントを頂いたところでおれ達に見せられたのは――――一つの装備だった。

 

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