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「おーい、カズー!」
司令室を後にし、廊下。
封筒を片手にさてまずはどこに行くべきかと考え始めたところで、おれは名前を呼ばれた。
声量は大きめで若い声。ハッキリとした語調が特徴的で――――おれにわざわざ遠くから声をかけてくる人物なんて、彼ぐらいだろう。
視線を声が聞こえてきた方向に向ければ思った通り、ライダースーツの上に赤いジャケットを纏った青年が目に入る。
やはり予想した通り、おれに声をかけたのはマスさんだった。
「おっ。配属が決まっんだな? おめでとう!」
おれが持っていた封筒を目にするなり、おれが司令室の近くにいた理由を察したらしいマスさんは、相変わらず屈託のない笑みを浮かべこちらへ近付いてくると。
『ほう…………! その身体、この顔付き…………そこの殿方、なかなかの豪傑と見た。さぞかし夜も獣のように乱れるのであろう? どうじゃ、妾と共に熱い夜を過ごさぬか?』
「…………カズ、この女性は誰だ? なんか、オレ誘われてんだけど」
早速ナンパを始めた妲己さんに、困惑の顔で問いかけてきた。
これまで艦長さんを除く、妲己さんにナンパされた人達と全く同じ反応である。
まあ、突然意味の分からないことを言われたのだ。当然だろうと思いながらおれはマスさんに、妲己さんという亡霊の紹介を軽く済ませる事にした。
とりあえず、彼女のすぐナンパする性格についてと、班長さんから軽く説明された、皇帝の妃だったという経歴についても説明するべきだろう。
そう考えたおれは、彼女の名前を口にして。
「妲己? ああ知ってるぞ。中国王朝の妃になった悪女だろ?」
と、意外な言葉を返してきた。
悪女、という言葉の意味は知らないため何とも言えないおれであるが、おれが説明したい事の大半を、マスさんは知っていたようある。
なんというか、意外だ。
班長さんから「脳筋は多分知らねーだろーからそこまで詳しく言わなくていい」と言われていたのに。
ついでにおれが使っている高校の教科書に載っていなかった人物なのに、それをマスさんが知っていたことが意外すぎて、おれは驚愕する。
あのマスさんが、だ。
この前「カズ。悪ぃけど次の課題のレポートで『蜘蛛の糸』についてなんか感想的なの教えてほしいんだけど、何かないか?」と訊いてきた、あのマスさんがだ。
「…………カズ、お前今オレの事バカなのにだとか思っただろ?」
「いえ…………いや、はい」
「どっちだよそれ…………まあ、確かにオレはバカだが、妲己ぐらい知ってるぞ?」
歳下に課題の手伝いを頼みに行くほど、学力がヤバイという認識がおれの中であるマスさんは、今回ばかりは自信満々にひけらかす。
「漫画の封神演義で見た!」
――――ああ、そういう事か。
封神演義という物語があることはうっすら知っていたおれは、それを『漫画』で見た主張するマスさんに成程と全てを悟った。
漫画好きな彼らしい、知識の収集方法である。
それなら妲己さんについて知っているのも、納得である。
『のぉかわゆい子よ。“まんが”や、“ほうしんえんぎ”とは何じゃ?』
「“漫画”は物語やお話を絵で表現した書物で、“封神演義”は妲己さんが出てくる物語の題名です」
『妾の事が物語になっておると? ほう、後で探してみるとするかの…………』
自分の事が書物になっていると知り、興味が湧いたらしい妲己さんは『ところで殿方、返事を聞かせてたもれ』と、おれの上から顔を出す。
彼女はおれの上から人に話しかけるのが好きなのだろうか。
「おぅふ…………いや、遠慮しておきます」
返答をせびられたマスさんはというと、二秒ほどおれの頭の上を凝視してから、いたたまれなさそうに慌てて視線を逸らし妲己さんに『いいえ』の答えを返した。
たっぷり間の開いた二秒間。彼が何を凝視していたのか。
班長さんから聞かされた『妲己さんが胸をおれの頭の上に置いている』という発言を思い出し、全てを察したおれはただ無言で頷いた。
気持ちは分かる、マスさん。
だが、彼女の胸は凶器だ。被害者のおれがその証人だ。
気を付けた方がいい。
――――ところで。
ちょうど良い所にマスさんが現れたので、おれは配属が決まったのだがこれからどうすれば良いのか、という相談を彼に持ちかける。
組織の誰に話を聞いても『良い奴』という言葉が真っ先に返ってくるマスさんは、快く答えてくれた。
「それならトドかダテのヤツに声をかけると良いぜ。アイツら第三隊の隊長と副隊長だからな」
そうだったのか、とおれは頷く。
なんとなく最初に逢った時から大剣を使うトドさんと勇者の様な装備のダテさんは、まとめ役のような雰囲気がしていたが、第三隊の隊長と副隊長だったとは。
彼らとはすれ違ったら世間話をするような仲であったため、意外に身近に偉い人がいたものだとしみじみ思っていると、「あ、そうそう」と思い出したようにマスさんは続ける。
「カズを保護しに来た時にいた奴らはみんな第三隊だぞ。モリとか、チカとか、あと姫ちゃんも」
――――そうだったのか。と、思いながらおれは首を縦に振った。
おれが組織で主に言葉を交わす前衛部隊の人達は、みな第三隊だったようだ。
一番最初に組織と遭遇した時、出逢った面々。
どうやらあの時おれを保護しに来ていたのだ第三隊だったのだらしく、一番初めにこの世界で逢った人達という理由から日常的にも話すことのあった人達と同じ隊に配属されるなんて妙な縁があるものだと思うおれは、一方で「顔見知りが多くて良かった」と少し安心する。
知り合いが多いなら、心強い。
おじ様とリッパーの対処について慣れている、という意味で。
というのも、あの亡霊二人は仲が良いのか悪いのか、息が合う事も度々あるが一触即発の空気になることも良くあるのだ。
普段よく話しているマスさんや昼食を一緒に取ることの多い姫ちゃんなどは、あの今にも殺し合いが始まりそうな雰囲気の中に割って入って互いを落ち着かせることが出来る。
だが、慣れていない人が半端に割って入ると串刺しか、もしくは解体される可能性があるのだ。
二人の機嫌を損ねた、という理由で。
なのでそのあたりは慣れている人が近くにいてよかったと心の底から思うおれは、配属先の先輩についての話も聞けたところで、これから第三隊の先輩方に挨拶に向かうため、おじ様とリッパーの居場所をマスさんに訊ねる。
これからおれだけではなく、正式におじ様とリッパーも彼らの世話になりそうなのだ。
新たに妲己さんという亡霊も現れた事だし、きちんと挨拶しておくのが礼儀だろう。
大学に通っているためおれとは時間割りの構成が異なり、現実世界の昼間でもこちらの世界にいる事が多いというマスさんは、「親父さんと兄貴なら――――」と容易におれの求めていた答えを出した。
彼にしては珍しく、なんとも言えない微妙な顔をしながら。
「医務部か…………技術部に、いると思うぞ。おう…………」
マスさんが表情を曇らせる理由が分かったおれだった。
それもそのはず。
おじ様とリッパーがいるだろうと言われた場所は、組織内でも際立って変な話ばかり聞く、あの技術部だったからである。
「…………技術部、ですか」
「おう、技術部だ。…………技術部なんだよ」
――――何故技術部におじ様とリッパーがいるのか。
甚だ疑問で仕方が無いが、再度確認のため問うてみると、二度言葉を繰り返すマスさん。
そうなのか、と一つ首を縦に振るおれは、ちなみにと、小さな希望も添えてもう一つ訊いてみる。
「確率として高いのはどっちですか?」
「技術部だな、うん。…………うん」
――――どう足掻いてもおれは技術部に行くしかないらしい。
組織に入ってから、幻想世界の時間で二週間。
これまでに現れた技術部の人々の奇怪、かつ奇妙な事件を思い出すおれは急に疲れが身体に溜まっていくのを感じながら、無気力な視線をマスさんに向けた。
マスさんはおれの心境を察してくれたのか。
そっとおれの肩に手を置くと、「オレもついて行ってやるよ…………」と、同じく無気力な視線を返してくれた。
マスさん。
誰もが口にするように、あの魔の巣窟にまで付き合ってくれる、良い奴である。
――――『科学部のヤツらには用がある以外関わるな』。
そう忠告していた班長さんの言葉の意味を理解したのは、組織に加入した次の日だった。
食事中、おれが使っていたフォークがいつの間にか無くなっていると思いきや「唾液調達しました!」と向こうの机で早々に退散する白衣の集団が見えた。
それが科学部の者だとマスさんから聞かされた次の瞬間、科学部と思われし人物に握手を求められ、応じたら手のひらに仕込まれていたらしい針で刺され、そのまま採血。
「ではまた次の機会に」と、上機嫌に哄笑しながら何食わぬ顔で帰っていったその科学者の顔を脳裏に焼き付けた、その昼。
フォークを持って行った白衣の子や採血の科学者とは別の科学部の者が訓練室に現れ、おれの背丈や足の長さといった採寸をしていき、何故か普段着る服について細かく訊かれた。
その後「精力剤っすよー!」と言われて渡されたビタミン剤を夕食の時に飲もうとしたところ、班長さんに取り上げられグラスの水の中へぶちまけられた結果――――水が赤褐色にグツグツと煮立った。
何も無いところでグツグツと煮立っていた。
一体おれは何を飲まされかけたのか。
その答えが分からないまま、三日おきに訓練室にやって来る採血の科学者の持参したよく分からない機械に訓練の邪魔をされる始末。
いつも思うが、あの採血の人は何なんだ。
いつの間にかやって来て暫くおれが訓練している様子を眺めたと思えば、「ところでカズくん」とよく分からない機械を持ってきて妙な実験をしようとしてくるあの人は。
持って来る機械の半分が爆発して、半分が暴走するのたが、あの人は一体何がしたいんだ。
とにかくあの採血の科学者に会う度何かしらトラブルがあるため、すっかり科学部に対して苦手意識が芽生えてしまったおれは、滅入る心に鞭打ちながらマスさんと共に組織の六階へとエレベーターで降りて行く。
『はてさて…………妾の目に適う者がいるかのぉ』
ナンパ目的で同行している妲己さんを引き連れ、六階フロアに足を踏み入れれば、航空機の格納庫のような広い空間に出た。
車のエンジンを巨大化したような機械が真ん中にあり、そこから数メートル離れたところで長机が無造作に並び、計算式のような数字が書き殴られた書類がその上に重ねられている。
格納庫のようなこの施設は廊下を通して別の格納庫にも繋がっているらしく、エレベーターの傍らには手描きの案内板が立て掛けてあった。
医務部とは異なり、フロアにいる全員が白衣ではなく、作業着やラフなティーシャツといった、各々が過ごしやすい格好でいるようで、中には見た事あるような着ぐるみを着ている者もいた。
床の上には寝袋に入った人が転がっているだけではなく、犬の形をしたロボットのようなものか玩具の機関車が設置されていたり、中には風船が飾られているところもある。
大きな展示室の中におもちゃ屋があるような場所だと。
そんな独特な雰囲気漂う科学部の中を、「多分こっちだと思うんだよなぁー…………」と歩いていくマスさんの後をついて行ってみれば、向こうからぴょんぴょんとスキップをする少年が一人、向かって来るのが見えた。
見たことがある顔だと思っていれば、こちらに気付いた彼は「あー!」っとマスさんの後ろにいたおれを指さすと、パタパタと足音を立てて走り寄る。
「『串刺し公』のカズさん! ですよね!?」
「…………いえ。ただのカズです」
『串刺し公』なのはおじ様です、と訂正を加えたかったが、この場におじ様はいないのでその事実は置いておき。
どうやらおれを知っているらしい少年は、「うわー、ちゃんとお会い出来て光栄です!」と、おれの手を取るとぶんぶんと上下に揺らす。
これは握手のつもりなのだろうか。
それと『ちゃんとお会い出来て』と彼は言ったが、それはどういう意味なのだろうか。
どこかで会ったことはあるのだが、どうしても彼と出逢った時のことが思い出せないおれが、齢十二歳程の彼の出方を見ていると、少年はにぱりとおもちゃ屋に来た子どものように無邪気に笑いながら言う。
「前にお会いした時は、ぼくがデータ収集のためにカズさんのフォークを取った時でしたから…………」
――――記憶の中の映像と目の前にいる光景が符合した。
フォークが無くなったあの時、「唾液調達しました!」と言っていたのはこの少年だったのか。
「ああ…………フォークが盗まれた時の」
『ほぉ…………まだ熟れていない初々しい果実よ。妾が雄としてその才能を開花させてやろうぞ?』
――――ところで貴女は男なら誰でもいいのか。
まだ小学校も卒業していない少年にまでナンパを仕掛ける妲己さんはそっと、黙っておくように視線を送るおれは、フォークが盗まれる現場に居合わせたマスさんがこの少年を覚えていた事に「やっぱり唾液調達のインパクトは強かったんだな」と思いながら、疑問の眼差しを向ける。
確かマスさんは、トドさんが組織に来るより前に組織に所属していたと、おれが組織に加入したその日の宴会で聞いた覚えがあるのだが――――この少年のことを知らなかったのだろうか。
聞いてみると、マスさんは「あー」と言葉を濁しながら、少年に気を遣うように。
「ほら、ここって…………なんか、ヤバイヤツらの巣窟だろ? だから、極力関わらないようにして来たんだよな…………ここに来るのだって実は初めてだしよ」
「マスさんがそう思うのも仕方ないですよー。だってぼくら科学者で変人ですし!」
科学部が他の組織の人達から敬遠されているという事実を隠そうとして隠しきれていないマスさんの気遣いを、あっさり打ち砕いた変人を自称する少年は「ぼくはランです! よろしくお願いします!」と無邪気な笑顔で名乗ると、ところでとおれを見上げる。
「カズさんは『串刺し公』さんと『切り裂き』さんを探しに来たんですよね? ならこっちですよ! 着いてきて下さい!」
彼――――ラン、という少年はおじ様とリッパーの居場所を知っているのだらしい。
どうする、と話しかけてきたマスさんに対し「着いていきましょう」と答えたおれは、ぴょんぴょんと元気良く跳ねながら先導するランくんの後に続き、科学部内を移動する。
…………気のせいか。
科学部に来てから数分おきに、爆発音がしているのは。
「『串刺し公』さんと『切り裂き』さんは毎日ここに来て、ミヤさんと話していくんですよー! なのでここの人はみんな、『串刺し公』さんと『切り裂き』さんの事を知ってますし、カズさん事ももちろん知ってるんですよー?」
「はぁ…………」
――――まあ、科学部なので爆発音はともかく。
通りでこのフロアに来た時からあちらこちらで視線を感じるはずだ、と。
こっちが武器開発だとか、無人探査機の調整をしているだとか、そんな説明をしながら案内をしてくれるランくんは、何故だか知らないが――――前々からおれに興味があったようで。
「でも本当に良かったです! カズさんがここに来てくれて! ぼく達、カズさんとお話してみたかったんです!」
「…………そうですか」
理由は分からないが、科学部に足を運ぶおじ様とリッパーから話を聞いていたらしく、「会えて光栄です!」だなんて純度百パーセントの笑顔で言うものだから、特にこれといった特技や自慢出来る事の無いおれとしては「こんなヤツで本当に申し訳ない」と思うばかりである。
おじ様とリッパーが何を話した知らないが、おれはこれといった特徴のない高校生である。
何を期待しているのかは不明だが、幻滅するのがオチだと一言この少年に言いたい。
おれはただの高校生です。
「…………つまりランみたいな事を他の奴らも考えているから、こんなにこう…………ワクワクしたような視線でオレ達は見られているわけだな?」
「まあぼくら科学者ですから、A型のSF保持者のマスさんも興味の対象ですけど、それ以上にカズさんはみんなの興味の対象ですよー!」
ひらりひらりと、木の葉のように。
ここにはトラップでも仕掛けられているのかと思うくらい、通路の横から通り過ぎてくる台車やよく分からないレーザー光線を避けながら、通算五個目の格納庫を通り過ぎたランくんは、随分科学部の奥まで来たおれ達に向かい――――正確にはおれに向かって、にこりと笑った。
「だってカズさんは、“あの科学部長”のお気に入りですから!」
「…………科学部長?」
ランくんの口振りからするに、どうやらおれがこの魔の巣窟、科学部においての知名度と興味が高い理由に一役買っているらしい人物――――科学部長。
つまりこの科学部を取り仕切る一番偉い人であって、立場的には医務部長であるルイスさんと同じらしい人が、おれを気に入っているために、自然と科学部全体でのおれの注目度が高くなっているらしい。
そう話すランくんであるが、おれ自身としてはこれまで科学部にちょっかいを出されただけの関係――――言うなればほとんど赤の他人に近い、おれから積極的に関わることがないという関係なので、そんな部署の一番偉い人に目を付けられるような心当たりなどあるはずもない。
ちなみに関わり方としてはマスさんと同じ、触らぬ神に祟りなし。
更にはこの組織に入ってそう間もない上に、出撃すらしていないため、そんな偉い人にまで名前が知れ渡るような事は何一つしていない。
「オレ科学部長の事、噂でしか聞いたことねぇんだけど、お前なんかしたのか?」
「…………心当たりが全く無い」
「だよなぁ…………大体お前と一緒にいるオレもねーわ…………」
そんな会話をぼそぼそとマスさんと交わしながら、六個目の格納庫の中へ入るおれは「あっ!」と何かを見つけたらしく、声を上げたランくんの後ろで立ち止まる。
何を見つけたのだろうか、と彼の視線を追うおれは、この格納庫の中に、どこかで嗅いだ覚えのある、芳ばしいコーヒーの香りが充満している事に気付き。
「科学部長ー!」
そうランくんが手を振って呼ぶ人物を視界に入れた時――――訓練室で頻繁に声を掛けてきたトラブルメーカーであったあの人物が、まさか科学部で一番偉い人だったとは、と。
思い知ることに、なったのであった。
『おや、おやおや…………あれは、喰うには一苦労しそうな御方…………』
「…………おいカズ。アイツってまさか、訓練室にしょっちゅう来てた…………」
マスさんも魔の巣窟たる科学部の部長の正体に気付いたらしく、信じられないというような様相で彼を見詰める。
彼が科学部長であったなら、おれの知名度が高い理由も理解出来ると――――もしかしたらこうなるように彼に仕組まれていたのかも知れないと、腹の底を見せる気配の全く無い壮年の男にそう思いながら。
おれはこちらへ近付いてきた科学部長と――――マツという名の男と、相対した。
訓練をしているおれに話しかける時と同じ様に、片手にコーヒーの入ったカップを持ち、もう片方の手はスーツのズボンの中へ仕舞った彼は、高い所から見下ろすような口振りで、皮肉地味た言葉を紡ぐ。
「やあ、カズくん。こちらの世界では実に二週間ぶりだが、そちらの世界では実に半日ぶりの再会だ。
そろそろ永遠の子どもから話を聞いただろうが、配属先が決まったのだろう?
さて、今の心境は? 調子はどうかね、ンン?」
マスさんが隣で苦手そうに「うわー…………」と小さく声を上げるのを聞きながら、おれはいつ見ても余裕の表情を崩さない彼に、訓練室で鉢合わせた時と同じ言葉を返す。
「調子はいつも通りです、マツさん」
「ほう、それは良かった。まあキミのことだ。配属先が知らされた程度じゃ何も変わらないと思っていたが、流石に私の正体には動揺したのではないか? ンン?」
茶化しているような、戯けているような口調。
真面目な印象は受けないが、けして巫山戯ているわけでは無い。
常に人の心を読もうとしており、自分の心を読ませないようにしている隙の無さがある彼は、さも舞台上の役者のように両腕を腕を開いて、「折角だ。改めて名乗らせてもらおう」と誰の返答も求めずそう言うと、遥かなる高みから万人を見下す様に、朗々と口を開いた。
「ようこそ、私の庭へ」
それ自己紹介じゃないだろう――――そう言いたくなったおれは喉元までこみ上げた言葉を飲み込みながら、向けられる好奇と観察と友好が混ざった視線から、目を背けた。
やはり、おれはこの人が苦手である。
少し慣れてきたマスさんとは、違う意味で。




