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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
四章 日常と非日常
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閑話 震える者と慄く者



 ――――たった今、配属先を告げられた新入りが妲己という女性の亡霊と共に司令室から出た。

 それと同時に艦長ことアシカガに向かって投げられる、疑惑の視線。

 うっすらと苛立ちも混じるその視線の主へ振り向くアシカガは、幼く愛嬌のある顔貌を困ったように歪ませ、ため息を吐く。

 呆れた調子で唱えられるのは、何度も繰り返された形跡のある慣れたセリフだ。



「で? 今度の新人にはどんないちゃもんをつけるつもりだ? 鋭撃班班長殿」



 嫌味も混じった問いかけに対し、薄く感情を滲ませた表情をぴくりとも揺らがさない鋭撃班班長――――今回の新入りの案内役を務めたシュウは、敬意の欠片もない口振りで言葉を発する。



「何でアイツを前衛部隊に入れた」

「…………何で、とは?」



 ――――ああまたか、と。

 アシカガは思い、ふぅっ、と息を吐いた。


 というのも、彼、シュウという少年は組織に新人が入る度に、一言二言文句を言うのが常なのだ。

 やれSFと性格について配属を決めたのか、ソイツのレベルと役割が合っているのかなどと。本人のみならず、こうして配属の決定権のある者にも直接言ってくるのだ。

 これが毎回、新人がやってくる度にあるため、既に決定権を持つ部長の半数がお手上げとばかりに白旗を降っている。つまりは彼の対処を他の者に押し付けたのだ。

 そして押し付けられたルイスやアシカガといった者は、回数を重ねる内に対処に慣れ、現在の様にあしらう様にしている。


 ――――ルイスに至ってはこれを面白がっているのか、彼の発言に決定権に近い力と権限を持たせたが。


 ともあれ、これまでの経験から彼が言いたいこと、すなわちいちゃもんに対してはそれらしい、最もな理由を説明すれば鋭撃班班長は理解し引き下がる。

 その事を知っているアシカガは、さて、今回はどんないちゃもんをつけてくるのかとシュウの言葉に意識をやる。


 前衛部隊の中でも最前線に立つ部隊を纏める若き班長は、こう言った。



「アイツはまだ規定日数である三十日以上の訓練を受けてねーし、何よりアイツ個人のSFは前線に出せるレベルじゃねー。いくら戦場に出すにしても、まずは後衛もしくは通信部隊の方で経験を積ませるべきだ」

「…………なるほどな」



 シュウの話を聞いたアシカガは、ふむと考えながら彼の主張したい事を絞り出す。

 つまり若き班長は――――新入りの彼を前衛部隊に入れるべきではない、と言いたいのだ。


 確かに、自衛の術を身に付けるためと設けた規定訓練日数の半分も今回の新入りはこなしていなければ、I粒子の数値も基準値より低いと、マイペースな医務部長から報告を受けている。


 だが、それは本人のSFを発揮したのみに限ってで、亡霊の力を使えば優に基準値を超えることは、アシカガも聞かされている。

 それに今回の新入りは組織に保護される以前から、自力でSFを使って侵攻生物と戦ってきたのだという。

 確かに場数としは少ないが、経験としてはあると判断して問題ないだろう――――そのような経緯があり今回の配属が決まったのだと、アシカガは事細かに、丁寧に説明する。

 内容は先程新入りに言ったものとほとんど変わらないが、これが各部署の決定である。


 そう説明したアシカガは「これで納得したか」と自分でも説明内容を振り返りながら、シュウの反応を窺い、



「――――だが、それでも最低限の訓練は積ませるべきだ」



 ――――ん? と。

 いつものように引かなかった彼に、アシカガはパチパチとまばたきをした。

 いつものパターンと違うぞ、と不思議に思う艦長を前に、シュウは傲岸な態度のまま配属の決定に対し否定的な意見を言い続ける。



「単独での戦闘経験はあるかもしれねーが、組織での戦闘は基本多数対多数の集団戦だ。個人戦しかやった事がねーヤツにいきなり集団で戦わせたら、足でまといになる上に負傷率が高い。

 それとアイツ自身亡霊の力を使っていないの時の自衛の方法がねー。万が一の時どうするんだ。

 それに新たな亡霊が現れた。コイツの持つSFについてもまだ不明な上、あの性格じゃ部隊の統率に悪影響が出る。対処法について考案するべきだ。

 それから――――」

「ちょっと待て。いろいろ多すぎる」



 つらつらと意見を並べていくシュウに一旦制止をかけたアシカガは、まだ言い足りないという目つきで口を閉ざしながらこちらを睨んでくるシュウに「まだ有るのかよ…………」と愕然としながら、その一方で先程から感じている違和感を口にする。



「お前、なんか今回の新入りについて妙に構い過ぎじゃねーか? ルイスから聞いたけどよ、配属の件について前々から言ってたらしいし、案内役を自分から買って出たらしいじゃねぇか。

 どういう風の吹き回しだ?」



 面白い子が入った、と。

 新入りの配属先を決める会議の数分前に、そうルイスに話しかけられていたアシカガは、それから会議中に及ぶまで三十分間じっくりと新入りにSFについてや声が目覚ましに最適という余談まで聞かされた。

 その中で彼が語った『面白い事』の中に、シュウの話もあったのだ。

 ――――あの鋭撃班班長が珍しく自分から案内役を買って出た、と。



 鋭撃班班長シュウが人嫌いである事は、彼が組織に入ってきた事から周知の事だ。

 ルイスの後ろ盾があったとはいえ、そんな彼が鋭撃班という少人数の前衛専門部隊を設立したという話が出回った時にも、アシカガは同じ問いをシュウに向けたのだが――――



「……………………」



 鋭撃班設立時の問答や普段の返答とは違い、眉間を寄せ考え込むように間を置いた彼は、数秒後。



「…………A型のSFはその稀少性と能力の強さから、確実と言って良いほど前線に出される」

「……………………」

「戦力確保のため、っていう言い訳は分かってる。

 だが、テメーらの都合で何でもかんでも決められんのは、気分が悪ぃ」



 吐き捨てるようにそう言い放った鋭撃班班長の言い分は、アシカガにも分かる。

 身体機能が未成熟という点から、別の因子の影響を受けやすいからか。新たなSF保持者が発見された年齢は十代後半から二十代前半に偏る傾向がある。

 そのため自然と若年保持者の配属や移転といった選択を年長者がやる事が多くなる。

 それは経験や立場上、仕方がないものだとアシカガや他の組織の者達も理解している。


 だが、理解していたとしても――――納得の出来ない事もあるのだ。

 鋭撃班班長が、主張するように。


 シュウという少年は自尊心が高い。

 故に敬意を払うべきだと認めた者にしか態度を改めず、言葉も乱暴だ。

 だが、誰もが口を閉ざすことに対しては真正面から向かっていく。

 誰もがそっと目を瞑るものに対して、彼は無視をするということはしない。



 だからこそ――――誰もが密かに思いながらも言い出せない事を代弁する彼に、ルイスは発言権を与えたのだろう。



 今になってようやくルイスの意図を掴んだアシカガは、機嫌の悪そうに顔を顰めているシュウが決定権に関しての意見を言った理由を察し、訊ねる。



「それはお前の兄貴の事もあるからか? あいつもカズと同じように、規定日数こなさないで前線に出たからな」

「……………………」

「まあ、お前の心配は分かった」



 無言を肯定と受け取ったアシカガはシュウの抱いているだろう思いに共感しながら、「だが」と言葉を紡ぐ。



「既にカズの配属も決まった事だし、次回からの第三隊の出動に参加することも決まっている。残念だが、これは変えられない。

 俺達に出来ることは、あの子の力を信じてやる事だ――――そうだろう?」



 とん、と。シュウの肩に手を置き笑いかけるアシカガ。

 シュウは少しの間、自分の肩に置かれた小さな手を眺めていたが、間もなくして軽く振り払うと、司令室内の巨大モニターを一瞥して言う。



「第三隊の出動は二時間後か。どうせ鋭撃班も出動だろ。準備する」

「ああ。こちらからもする予定だが、班員にも一言連絡頼む」



 一つ「ああ」と答え艦長席に背を向ける鋭撃班班長。

 今回やってきた新入りとそう歳の変わらない少年でありながら、その背中は一つの部隊を纏める責任者としての威厳に溢れている。

 彼の性格を現すような背中を見送るアシカガは、威厳という言葉から「そういえば」と、新入りが最後に行った挨拶文を思い出す。


 ――――そういえば、あの時。


 配属が決まったと報せた時。

 封筒を受け取り、改まって挨拶を述べようとした時の、新入りの様子は。



 まるで――――権威のある者が放つような威圧感を持っていた、と。


 逢った事はないが、さながら自国の天皇を前にしたかのような気圧されたと。

 口上を述べられた際に彼が放っていた雰囲気に、思わず戦慄したアシカガは今回初出動となる新入りの事を考え、艦長席に腰掛けぽつりと呟く。



「さて…………新入りは一体どう化けるか」



 楽しみである一方で、末恐ろしいと。

 全てを見通す席にて全てを統括する彼は、ゆるゆると頬を緩めた。







「クソッ…………!」



 行き場を失った渦巻く感情から、握った拳を廊下の壁に叩きつけるシュウは、大人から貰った回答に悪態を吐く。



「分かってねークセに…………無責任な事言いやがって」



 堅く握られた拳が震える。

 たった今吐いた言葉以外にも、思う事や文句は山のようにあった。

 だがそれらは喉を通過する前に一緒くたに混ざり、言葉に変えようにも複雑怪奇な形になって言語化できないまま再び胸中へと落ちていく。

 煮えたぎる思いが何度目になるか胸へ落ちた時、もう一度壁を殴りつけたシュウは、握り拳に伝わるじんじんとした痺れの中に痛みを感じ。



「…………クソッ」



 再度吐いた悪態の先に、己が初めて戦場に立った時の光景を幻視し――――あるはずもない過去の光景を睨むように、虚空へと視線を投げた。



 戦うことに慣れた大人達が、分かるはずがないのだ。

 これまで何も知らずに生きてきた子どもが、初めて戦場に立った時の気持ちなど。




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