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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
四章 日常と非日常
60/79

ーー3

 ――――話を聞くところによると、彼女はこの一ヶ月の間ずっとおれの気配を追って移動を続けていたらしい。


 なんでもこちらの世界に来る前は、おじ様やリッパーと一緒におれの成長を見守っていたらしく、こちらの世界に迷い込んだ瞬間彼女は中国大陸にいたらしく、そこからおれの気配を頼りに組織本部にまで来たのだとか。

 そこでおじ様とリッパーに再会できたはいいが、二人とは違い他者に認識されなかった彼女は無闇に物に触れてポルターガイスト現象を起こすわけにもいかないと諭され、仕方なくおれの部屋でおれが帰ってくるのを待っていたそうだ。


 話を聞くだけだとなかなか過酷な旅をしてきたみたいだが、全裸の印象が強過ぎて素直に労りの言葉をかけられないおれの心境は、さておき。



 妲己、と名乗った亡霊は、おれが認識することで他の組織の人々にも己の存在を認識してもらえることが嬉しいらしく、すれ違う組織の構成員一人ひとりにちょっかいをかけに行く始末である。

 今のところ自室から出て以来、彼女と組織の人の間に割って入るような事しかしていないおれは既に、心労で全身に倦怠感を感じている。

 班長さんがわざわざ挨拶のために司令部まで案内してくれているというのに、一々彼女の行動に足止めを食らわされ、本当に彼には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 それでも毎回彼女を引っ張って来るおれを待ってくれているあたり、心底彼は良い人なのだと再認する。


 救世主班長さん。

 彼は本当に、良い人です。



「テメーの亡霊の手綱ぐらい握っとけ、新入り」



 ……………口と態度は悪いけども。



 ――――そうして、度々妲己さんのせいで足止めを食らいながらも、辛抱強い班長さんの案内により地表に最も近い地下エリアに辿り着いたおれは、彼の後に続き司令部の扉をくぐり抜けた。


 しゅんっ、と小さく音を立て開かれる自動扉。

 その向こうは天井高く広々とした空間が半円状に広がっており、正面には各席で操作されているモニターの様子が確認出来る巨大スクリーンが設置されている。

 一見戦艦の操縦室にも見えるこの空間では、司令部に所属するスーツの人々が書類データを手に忙しなく歩き回っており、スクランブル交差点のような騒がしさで溢れている。

 耳を澄まし喧騒を聞き取ってみれば、「I粒子」や「G地点」といった、小難しそうな言葉が行き交っていた。


 ――――ここが司令室。


 後衛部隊に所属する通信係を通して、この場所で下された指示があらゆる前線に伝えられる。

 この世界で生き残るための情報を収集、分析し、組織にある全ての部署を統括する――――幻想世界における人間の頭脳。


 これが幻想世界での人類の頭脳(ブレーン)なのかと、映画で見るような国家機密組織の司令室を髣髴させる光景を感慨深く眺めていれば、「おい」とおれをここまで案内してくれた班長さんがおれに声をかける。

 見れば班長さんは司令室の中央にある一際目立つ一席の前で、男性と向き合っていた。

 宇宙に行った戦艦で喩えるならば艦長席にあたる場所に立っていたので、状況から推測して班長さんと話している男性は司令部の責任者なのだろう。

 厳かに話をしていたような様子と、場の状況からそう考えながら班長さんの隣に立つおれは、司令室の責任者と思われる人物と顔を合わせる。



『おや、おやおや…………なかなか端正な顔をした御方だとこと…………妾の雌蕊にぞくりと来た』



 ――――数回ほど言葉を交わしたところで意味が分からないということだけが判明した妲己さんの独り言は、軽く聞き流すというテクニックを使わせてもらったところで。


 責任者らしいその人を前にし、礼儀に倣い挨拶をしようとしたおれは――――そこでふと違和感を感じ、「あれ」と小首を傾いだ。

 目の前にいる、男性。

 その身に纏う雰囲気と場数を乗り越えてきたと言わんばかりの自信に満ちた顔付きから、彼がここ、司令部の責任者だろうと思われるのだが――――彼は、おれの気のせいでなければ。



 なんか、小さい気がする。



 遠くからぱっと見た時は班長さんより少し身長が高いと感じたのだが、実際本人を目の前にするとそれはただ彼が高めの台に乗り厚底のブーツを履いていたからだということに気付いたおれは、その辺の高さを本人から差し引き。

 改め、責任者を見てみたところで――――本来彼の身長が百三十センチ程しか無いことに、驚きと戸惑いを覚えた。

 そして司令室が全体的に暗かったため遠くからではよく分からなかったが、間近で見てみた責任者の顔貌は――――なんと。


 少年の、それである。

 集団下校で四人並んだ小学生の中で真ん中にいる、将来アイドルとして有望な顔付きの。

 男の子――――である。


 ――――そう。

 班長さんと厳かに話していたのは、齢十歳程の男の子だったのだ。



「…………初めまして」



 まあ、とりあえずは。

 初対面の人に挨拶をするのが当然の礼儀だろうと思い、高い位置にある目線に軽く頭を下げるおれは、続いて組織で使用しているコードネームを名乗る。



『妾は妲己じゃ。のお、そこの殿方よ、一晩妾の寝殿で過ごさぬか? 極上の夜を約束しようぞ?』



 ひょっこりと身を現し、さり気なくナンパに走る――――班長さん曰くおれの頭の上に胸を置いているらしい妲己さんの事は、おれのSFと共に亡霊だと紹介しておき。

 おれの挨拶を聞いた少年の彼はおじ様やリッパーとは異なり、幽霊のように地面から浮かぶことを好むらしい妲己さんに戸惑う様な眼差しを向けた後、おれに目を向け「ああキミが例の」と、納得したと言うように声を上げた。


 例の、という口振りから察するに、他の組織の人からおれの話を聞いているらしい彼は、屈託のない笑顔でおれへ手を差し出す。



「話は聞いている。オレはカナガワ支部総司令官兼司令部長のアシカガだ。よろしく」



 ――――カナガワ支部総司令官。



「見た目こそガキだがコイツはこう見えて四十越してるからな。態度には気を付けろ」



 なんだか聞いたことがある言葉のスケールが大きくなったものを、見た目は小学生の人物から告げられた気がする。

 我が耳を疑いながらそう考えていたおれは、横から気を付けろと口を挟んだ班長さんを一瞬見やって、視線を戻す。

 この場の雰囲気。目の前の少年の表裏ない友好的な笑顔。頭の上で『んふふふ』とほくそ笑む妲己さん。

 もしかしなくても、もしかするようだ。



 見た目は子ども頭脳は大人らしいアシカガという名の彼は、この支部で一番偉い人なのだらしい。



 ――――体長が二メートルある医者がいたり年齢詐欺の総司令官がいたり、組織にはこんな特徴的な人ばかりが集う場所なのだろうか。


 気安く差し出された小さな手。しかし実際は一番偉い人が差し出している握手の手に応じようと思う心が萎縮するおれは、半信半疑になりながらも自然と震えてしまう手で、彼の手を握る。

 司令部に案内されることは班長さんから聞いていたが、まさかここの支部の一番偉い人に会うなどとこれっぽっちも思っていなかったため、急激に肺が痺れるような緊張感に襲われながら、おそるおそる握手を終えれば――――おれの緊張が手を介して総司令官さんに伝わったららしく。

 ははーん、と何かを悟ったような顔をした総司令官さんはちらりと、おれと総司令官さんから一歩離れたところで様子を待機している班長さんを見た。



「シュウさてはお前、新入りにオレに会わせるなんて一言も言わずに連れてきたな?」

「言う必要性が感じられなかった」

「こっちに来てそんなに経っていない新入りに組織の内部事情を把握しろなんて出来るわけが無いだろ。ただでさえお前は口下手なんだから、ちゃんと説明しろ」



 まったく、とため息を吐く総司令官さん。

 まるで兄が弟に言い聞かせる様な口振りに、彼が組織の人々に対し気を揉んでいることが分かる。

 その気苦労してそうな雰囲気と幼い見た目が合わず、どうにも違和感を感じてやまない人物であるが、人の上に立つ人物として性格は良い人であるようだ。

 まあ、見た目との中身のギャップは凄まじいが。


 ともかく、良い人のようで良かった。

 そういった意味で胸を撫で下ろすおれは、少し気持ちが落ち着いたところで総司令官さんの言葉を振り返り――――ふと、彼のこれまでの発言の中に一つ、疑問を抱く。


 そういえば、彼は「アシカガ」と名乗っていたが。

 これはコードネームというより――――普通に「足利」という日本人の苗字ではないだろうか。

 組織では侵攻生物――――もとい『倒錯者(ハーヴァンター)』に名前を知られないようにと、本名から文字ったコードネームを全員使用しているはずだが、彼の場合はどうなのだろうか。


 一つ質問良いですか、と前置きを起き訊ねてみると彼は快く答えた。



「ああ。オレの場合はどちらかというと前線に出ない上、別の渾名で呼ばれているからな」



 ――――別の渾名、とは?



「艦長だ」

「…………ああ」



 理解した。そして納得した。

 誰が呼び始めたのか定かじゃないが、確かにこれ以上の呼び方は無いと思った。



「分かったのか? 何で『艦長』なのかオレにはいまいち理解出来ないんだが…………」

「…………本気で分かってねーぞ、コイツ」



 とぼけたような顔をして肩を竦める総司令官、いや、艦長さん。

 自分が艦長と呼ばれる理由が本当に分かっていないのかと、確かめるように班長さんを横目に見れば、彼は眉間を寄せて答える。

 ――――成程。本当に艦長さんは分かっていないらしい。


 これは艦長と呼ばれる理由を教えた方が良いのだろうか。

 そう思い班長さんにアイコンタクトを送れば、班長さんは無言で、首を横に振る。

 どうやら、敢えて誰も教えていないらしい。


 どうして誰も理由を教えないのか。

 その理由こそ定かじゃないが、これはおれも他の人の意思に続くべきだろうと思い、「理由が分からない」と難しい顔をしている艦長さんの前で口を閉ざす。

 まあ、少し調べれば分かることなのでおれも言わないでおこう。

 「なんでだろうな」と首を傾ける、どこぞの戦艦の艦長の格好をした彼に、おれも黙秘権を使う事にしたのだった。




 ――――一通りの挨拶と、艦長さんと班長さんによる司令部の案内が済んだところで。


 これで施設内の案内は終わりだと、班長さんに解散を告げられたおれは、視界の中にちょくちょく移り込んでくる妲己さんにどう接すれば良いのか、おじ様とリッパーに意見を貰おうと思い二人を捜すことを決める。

 これまでに無い女性のタイプなので、どう声をかけたらいいのか。どのように接すれば良いのか、皆目検討がつかないのだ。

 とりあえず母に教えられた基本的な女性との接し方を用いて、彼女とコミュニケーションを取っているが、この方法が彼女に適しているのかも分からない。

 彼女との付き合いが長いらしいおじ様とリッパーに話を聞くべきだろう――――そう考え、まずは訓練室にでも行こうかと踵を反したところで。


 艦長さんに、呼び止められる。



「ああそうだ。カズ、お前配属が決まったぞ」

「…………配属、ですか」



 配属。

 それはこの組織に来てから訓練室でひたすらSFの特訓をしていたおれの、組織での立ち位置が決まったということだ。


 これまでおれはどこの部署にも所属していない、いわばフリーな身であった。

 なので前衛部隊や班長さんの所属する鋭撃班が侵攻生物討伐と外部の地へ偵察に行っている時も、おれはルイスさん監修の元SFの訓練をしていたのだが。


 とうとう、おれも出動する時が来たらしい。



「…………配属?」

「学生が学業を全うしている間、各部署の部長と話し合って決めた」



 班長さんの呟きを拾った艦長さんは、自分が艦長と呼ばれる要因の一つとも考えられる司令部中心の艦長席から、一つの封筒を取り出すと、それをおれへ差し出す。

 受け取った封筒は思ったより厚く、紙だけではない固いものが入っている触感がした。

 艦長さんに促されるまま開けてみると、手前にあった書類の『所属確定書』という文字が真っ先に目に入る。それを一枚手に取ってみると、条約のように改行された文章の真ん中に、太文字でおれのコードネームと、所属先が記されていた。


 おれが一際目立つ重要な文字に目を通すと同時に、艦長さんが讃えるように言う。



「個人のSFこそまだ未熟だが、組織に保護されるまでの戦闘経験と亡霊の力を使うという特有のSFが評価され、きみは『カナガワ支部防衛部前衛部隊第三隊』への所属が決まった。

 ――――おめでとう」

「…………ありがとうございます」



 これはめでたい事なのか。

 無所属から名乗る肩書きが増えたということに関してなら、昇進という形でめでたい事にはなるのだろうが、その辺の事情はまだこの組織に来て日が浅いためよく分からない。


 だが、おめでとうと言われたからには礼だろう。

 身に染み付いた教養から、戸惑いながらでもあるが反射的に言葉を返したおれは――――この組織で一番偉い人から直接配属を知らされたのだから、それなりの態度は取るべきではないかとも考えた。

 まだ働いたことも無い、世間知らずなおれではあるが、最低限の礼儀ぐらいは払わなければ。


 なのでおれは遠い記憶を辿りながら――――背中を伸ばし顎を引き、胸を軽く張り、肩は自然に落とす。

 意外にも自然に姿勢が取れたあたり、おれの身体に叩き込まれた教育というものはいくつになっても消えないらしい。

 幼い頃に身体に刻まれた義務教育。

 それを思い出しながら艦長さんを見据えたおれの口から、自然と言葉が紡がれる。


 誠意が伝わるように、願いながら。



「防衛部前衛部隊第三隊所属――――謹んでお受けします」



 ――――今から、おれの組織での戦いが始まる。

 生き残るための、戦いが。





『ちなみに、妾の配属はどこじゃろうか?

 演舞部隊か? 享楽部隊か?

 …………はっ! もしや慰あ――――』

「おい新入り、この公共猥褻物どうにかしろ」



 …………班長さん、女性に対し公共猥褻物はいくらなんでも言い過ぎではないだろうか。

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