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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
四章 日常と非日常
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閑話 班長と隣人



 長く続いたゲーム対決も終盤戦。

 最終種目としてゲームセンター内にある、期間限定の『お化け屋敷』をする事になったシュウは、先手としてミツと共にステージ内を一周し、帰ってきた。


 悲鳴を上げたり怖がったりした数が多い方が負け、というルールで行われている種目であるが、屋敷内の構造で仕掛けが分かってしまうシュウはゾンビのメイクをした作業員が出てきたところで「ああ出たな」という感想しか抱かなかった。

 そもそも、異形の化け物なら幻想世界で見飽きている。

 なので平然と指定された薄暗い通路を歩いていった。仕掛け脅かし総無視である。

 あまりに平常過ぎる少年客にお化け屋敷スタッフが困惑した。



 チーム競技という事でクジ引きの結果共に入ったミツも肝が据わっており、効果音や仕掛けに対して「おお」という感心の声を上げるだけだった。

 ただ、脅かしのスタッフが壁や背後から迫って来た際には自分から脅かし役に近づき胸倉を掴み上げるという対処をし、スタッフを戦々恐々とさせていた。

 曰く、「襲い掛かってきたら殺るだろ?」との理由で。ぱきっ、と指を慣らしながら。

 脅かすだけであまりに命懸け過ぎる少年客に、全スタッフが怯えた。



 そんな先手のチームの後に入っていった、カズと生駒の後手チーム。

 開始三十秒にして「マトモな客だぁ――――――!!」と嬉々として脅かしに行くスタッフのやる気と努力が伺えるような少女の絶叫が、お化け屋敷の外にも響く中。

 お化け屋敷の外で後手チームを待つシュウに、ミツが言った。



「気に食わねえなぁ、テメェ」



 否定的な、かつ、悪意のある発言。

 ハッキリと向けられた敵意に、眉を顰めるシュウにミツは続ける。



「気に食わねぇ。テメェの何もかもか、気に食わねぇ」



 倦怠感のある表情。

 だが、その眼だけは鋭く輝かせる少年は、お化け屋敷を出た後すぐに自動販売機で買っていた無糖の缶コーヒーを傾けた。

 ちゃぽん、と。液体の揺れる音。



「アイツに目を付けたのは、俺だ」



 軽薄な笑みを浮かべながら、彼は『アイツ』という言葉が指す人物のいる場所へ視線を向ける。

 眼孔だけは、射止めるように鋭く。



「俺が最初に、目を付けた」



 確固として紡がれた言葉。

 強い主張として唱えられた言葉に、嫌な感覚を覚えるシュウは、今一度ミツと呼ばれる少年を観察するため、眼鏡の奥から視線を投げかけた。


 カズから『隣人』と称される少年、ミツ。

 天然パーマーの短髪に、左耳に十字架のピアス。上着を腰の周りに巻き、動きやすいように制服を気崩した彼の中で最も特徴的なのは、その体格だ。

 百八十を優に超す背丈に、ガッシリとした体付き。

 半袖のシャツから伸びた腕は筋肉質で、スポーツ選手のように鍛えられている事が一目で窺える。

 若干猫背な背中に、だるそうな顔貌。

 これすら直せばそれなりに人が寄り付くだろうと思われる彼は、ただその場にいるだけでも存在感のある人物だった。

 猫背の状態であっても充分シュウを見下せる、恵まれた体格の少年。


 本当にコイツ年下か、と。

 初対面の時、一見大学生にも見える彼に対してそう思ったシュウは、カズ曰く「おれを喧嘩に巻き込む元凶」に向けられる敵意の理由を、漠然と予想しながら、またしても訊いていないのに語られる少年の独白に耳を貸す。


 ミツという、カズの友人は語る。



「クソアマより先に俺が、アイツの隣にいた。

 俺にはアイツがいて、アイツには俺だけしかいなかった。

 アイツは誰とも連んでなかった。

 だから俺はアイツを連れ回す事にした」



 放課後のため、ゲームセンター内には人気が多い。

 だが何故か、少年の声はハッキリとシュウの耳に届く。

 その声に、一切の遠慮が無いからか。

 その声に、一片の迷いも無いからか。



「毎日死体みてぇに、アイツは笑っていた。

 アイツが『生きている』時は、戦ってる時だけだった。

 だから俺はアイツを戦わせた。何回も、何人も、戦い合わせた」



 少年がカズを連れ回すのは、理由があってのことだった。

 己の欲求を親しい者と共有し、満たすだけではなく――――彼は、カズへ喧嘩という刺激を与えることで、当時閉ざされていた心を開こうとしていたのだ。


 その手段は暴力的で、捻くれていた。

 だが少年の語りから、その心の内に抱える素直ではない思い遣りを知ったシュウは、第一印象から抱いていた彼に対する見解を改める必要があると考える。

 これまでのシュウへの態度やカズへの関わり方からして、気に入った相手を奪われたくないという、幼子の様な稚拙な感情で行動しているのかと思っていたが。

 彼も、案外そうではないらしい。



「クソアマが付き纏うようになってから、アイツは戦い以外でも『生きている』顔になった。

 俺とアイツの二人きりじゃなくなったが、俺はあの女を許した。

 アイツが生きていられるなら、それで良い」



 許した、という言葉を使う少年。

 言葉から察するに、彼と生駒の間に何かがあったのか。

 『許す』という言葉が使われる彼らの事情を、浅過ぎる付き合い故に推し量ることの出来ないシュウは、口喧嘩こそ頻繁にあるが仲はそう悪くない少女と少年の間に何かあったのか、と。

 憶測に過ぎない考えを巡らしながら、新入りとその友人の関係が複雑なものでありそうだと思う。


 そんなシュウの傍らで。



「――――だが」



 空になった、缶コーヒー。

 スチール缶を仰ぎ、一滴すら残すことなく飲み尽くしたことを確認した少年は、



「俺とあの女が数年かけても出せなかったアイツの『あの顔』を、後からやって来たテメェがあっさり暴いた事が――――」



 次の瞬間。

 ぐしゃり――――と。

 スチール缶を片手で握り潰し、唸るように吐き捨てた。



「殺してぇほど――――気に食わねぇ」



 ――――それは圧倒的な質量を持った、どす黒い『殺意』だった。



 明確な意志をもって向けられた、巨大な悪意の塊。

 怒り、嫌悪、憎しみ、妬み、蔑み――――それら全てを孕んだ『誰かの命を害する』という強い意志に当てられたシュウは、思わず自分の腰に右手を当てがう。

 今、そこに幻想世界でシュウが常備している銃器は無い。

 しかし一瞬、自分が無防備であるという事実が絶望的に思えるほどの危機感を覚えた。

 平和なはずの現実世界で、『殺される』と思ったのは、初めてだった。


 それほどの――――殺気。

 冷たく恐ろしく、どろりと熱され絡み付く。

 ぞっと肺を凍らせた冷たい鉄のような気配に思わず息を潜め警戒心を顕にするシュウへ、底なしにも思える莫大な害意をその見に抱える少年は、告げる。



「テメェがアイツをどう思っていようが知った事じゃねえが、俺とアイツの間に横からしゃしゃり出てくんのはたとえクソアマだろうが容赦はしねぇ。

 どこの馬の骨とも知らねぇ男なら、なおさらだ」



 少年の手には、ひしゃげた缶コーヒー。

 常識を逸脱する、恐ろしい力で握り潰されたそれに一瞥をくれることもなく、当然のように潰れた缶を手に持つその少年は――――最早、ただの人間とは思えなかった。

 まるで幻想世界の敵が放つようなおぞましい悪意と気配を、歴戦の戦士のような身体から放つ彼は、獣の様な双眸でシュウを捉える。



「本当なら今すぐ殺してぇところだが、お人好しのサノちゃんは案外テメェを気に入っているようだしなぁ。今すぐに殺すことだけは、やめといてやる」



 ――――そういえばコイツ、実家が裏稼業みたいなことを喋ってたな。


 数時間前の会話を思い出しながら、それにしてもただそれだけの理由でこれだけの殺気を放てるものなのか、と。

 顔付きさえも凶暴なものへ変えた少年に、頭の中では冷静に分析するシュウは、純粋な殺意のみを灯す彼の眼を睨み返す。


 この世の全てを殺し尽くす――――雄弁に語りかけてくる荒んだ眼に狂気を感じ、嫌な温度の汗が首筋を伝った。

 うっすらと笑みを浮かべているように見える表情に、心臓が今にも凍てつきそうな緊張感を抱く。


 幻想世界における人類の宿敵を思い出す鋭撃班班長は――――少年の手が返り血に汚れているのを幻視しながら、二つの事を確信した。



「俺とサノちゃんに手ぇ出すっていうなら、その時は容赦なく――――殺す」



 一つは、少年が過去に人を殺した事があるということ。

 もう一つは――――彼があの新入りに対して、人異常な執着心を持っているということだ。


 狂気的な好意という、もし自分に向けられたなら恐ろしさしか感じない感情に身を委ねている少年に、戦慄するシュウは、彼によって突きつけられた『自分が見逃されている』という事実に戦々恐々としながら、その一方で正常にこう判断する。


 ――――コイツは異常だ、と。



 人で賑わうゲームセンターの中に潜む、途方もない悪意。

 世界を喰らう化け物など居るはずのないこの世界で、トランプの裏面の様にすぐ傍にある異常に気付かされるシュウは、吐き気の様な嫌悪感と不快感を胃の辺りに感じながら――――その一方で。


 狂気と表裏一体の好意の存在に気付いていないのか、と。

 腰を抜かしたらしい少女を横抱きに、お化け屋敷から出てきた新入りの姿を見て、先程缶を捨てに言った少年がすれ違いざま囁いた言葉を思い出すシュウは、憐れみを抱く。



「――――サノちゃんは、俺のモンだ」



 狂気的にあの少年に好かれているという現実が、恐ろしいのと同時に、憐れで仕方なかった。


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