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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
四章 日常と非日常
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閑話 班長と知り合い



「…………アンタ、何者なの?」



 カズとミツがクレーンゲームに夢中になっている、その後ろ姿を、彼らから少し離れた両替機の傍らで見ていたシュウは、自分の左横に移動してきた少女に目を向けた。

 根元から段々と淡くなるようにグラデーションされた、茶色い長髪の女子高生。

 規定より短くカットされているのだろうスカート丈の下から素足を晒し、短いソックスにローファーを履いた彼女は、ややつり目気味の双眸でキッとシュウを睨んでいる。


 カズが『知り合い』と称した少女、生駒。


 シュウが見ている限り、あの手この手で積極的にカズにアプローチするも、全く相手にされていない。

 それどころか、異性として全く意識されていない。

 シュウなりに一言付け足すならば『可哀想』な女子高生である彼女は、あくまでも腕を組み横柄な姿勢を崩さないシュウに苛立ちを隠さない様子で、こう言葉を連ねていく。



「突然アタシ達の前に現れた、アタシ達が昨日まで全く知らなかった男が、やけにハイスペックで、しかも眼鏡のイケメンで、そのくせ性格は最悪で偉そうなのに――――なのに」



 言葉を切った少女は、純粋な疑問と警戒心、そして戸惑いを乗せた言葉を吐く。

 その目線は、彼女にとって生きる希望をくれた親友に、向けられ。



「…………なんで、アンタが……アンタみたいなヤツが――――カズサのあんな顔、引き出せるわけ?」



 嫉妬と安堵が混じった彼女の問いに、シュウは「さあな」と答えた。

 シュウはカズを幻想世界へ案内するという役割の手前、カズの友人であるらしい二人の少女と少年の前では友好があるような素振りを見せているが、実の所左程交友があるわけではない。

 それぞれコードネームと所属を知り、挨拶を交わす程度の間柄だ。

 故にカズの『あんな顔』と言われたところで、そもそも普段から頻繁に新入りの顔を見ていないのでどういうものか分からない。

 そのためシュウは根本的な意味で否定の言葉を用いたのたが。


 そもそも、つい数時間前に逢ったばかりの他者に文句やら何やらを言われたところで興味が無いシュウは、恨めしいとばかりに睨め付けてくる生駒から視線を外し、ああだこうだとクレーンを操作している所を横から口出しされる新入りの姿を無心で眺める。

 傍から見れば優等生が不良に絡まれているように見える光景だが、彼らの関係を知るシュウは平和なものだと、大柄な男子高校生からちょっかいを出される組織の新人を傍観し――――



「…………カズサはね、滅多には笑わないの」



 無視を決め込んでいた左隣の女子高生の神妙な言葉に気を取られた。


 無論シュウは彼女に何も訊ねていない。

 会話の必要も無いので、しばらく無言を貫くつもりでいた。

 だが何故か急に語りを始めた生駒に「コイツは何なんだ」と怪訝に思う彼であるが――――とはいえ、カズと男子高校生がゲームを終えるまで時間が余っている。

 聞くだけならば暇潰しには丁度良いだろうと判断し、耳だけは彼女の言葉に貸す事にした。


 生駒という、カズの友人は語る。



「カズサはいつも優しい顔をして笑ってるけど、本当に笑った事なんてこの4年間で数えるぐらいしかないわ。

 それにアタシ、カズサが怒ったところも見たことないし…………泣いてることだって、見たことない。

 信頼されていて、周りからするとアタシはカズサの中で特別なんだってことは分かるわ」



 彼女がカズの中で特別な存在であること。

 それはカズと挨拶程度にしか関わった事がないシュウにも、分かることだった。


 カズは毎回のように自分に絡んでくるマスや度々声を掛けてくる前衛部隊の面々に対して、それなりに気を許している部分はあるが――――特にシュウと同じ鋭撃班に所属するナガや、前衛部隊でカズに好意を抱いているようであるチョウという少女といった、女性に対して。

 この新入りは特別に、敬意を払っているように思える。


 フェミニストであるのか。理由は不明だが、何故か女性というに対して敬いと労りの感情を向けている事を、食事の席や訓練室に居合わせた際の様子からシュウは知っていた。


 その中でもこの生駒という少女が、これまでシュウが知る中でカズが関わってきた女性の中でも特別敬われ、大切にされている事が一つ一つの態度から強く感じ取れた。

 それこそ――――とある王国の姫君に対するような。

 ガラス細工に触れるような、優しさで。


 そのように、大切にされている特別さというものを感じておきながら、「だけど」と表情を曇らせる彼女は言う。



「カズサはね、大切な事は何も言わないの。

 好きだって気持ちも、嫌いだって事も。嬉しい事も、悲しい事も、辛い事も、怖い事も――――何も、言ってくれないの。

 そうやって、いつも何も無いように笑って…………抱え込むの」



 ――――何も無いように笑う。


 生駒の語りを聞いていたシュウは、その言葉に「確かにな」と。納得出来るものがあり、内心で頷く。

 確かに、カズというあの新入りは笑みを絶やさない。

 マスにちょっかいを掛けられている時も、亡霊と共にいる時も――――SFの訓練の時を除けば、常にそっと、控えめに笑っている。


 マスのように楽しさを感じているわけでもなければ、ルイスのように悪意があるわけでもない。

 愛想笑いにしては何か引っ掛かるものがあると、以前から思っていたシュウは生駒の話を聞いて納得した。


 つまり、あれは仮面だったのだ。


 他者から気持ちを悟られないように、もしくは自分の気持ちが表出しないようにするための。

 笑顔という名の、仮面。

 それならば、普段新入りが笑っているのにも一理ある。


 笑顔ほど、使い勝手が良く効果的なものはないからだ。

 笑ってさえいれば――――さらにそれに悪意が含まれていなければ、大抵の人々はいい方向に笑顔を解釈する。

 ――――たとえ腹の底で、笑顔と真逆な思いを抱いていたとしても。



 ところで、と。

 カズの笑顔に違和感を感じているようである彼女を、横目で見たシュウは思う。


 ――――コイツ、馬鹿っぽい格好してるわりには察しがいいな。


 と。


 というのも、言うほどプロポーションが良いわけでもないのにないのに無駄に露出の多い制服の着方という身なりの事もあり。

 女性の身体的特徴を使いながらそのアプローチに気付かれていない点といい、唐突にこのようなゲームの催し物を行うといい、見た目通り頭の足りてなさそうな印象を生駒に抱いていたシュウであったが――――思っていたよりも。

 存外、彼女は人を見る目はあるようだ。


 運動面では壊滅的にセンスが無いけどな、と。ほんの少し彼女に感心を抱く鋭撃班の班長は、黙って生駒が吐く複雑な感情に耳を貸す。



「でもアンタとゲームしてた時、カズサは楽しそうに笑ってた。アンタに色々言われている時、カズサは真剣な顔をしてた。

 あんな風に気持ちを表に出すことなんて、今まで無かったのに…………」



 嬉しさが。戸惑いが。妬ましさが。

 それぞれ複雑に絡み合い、混ざり合ったような感情で、切なげに姿勢の良い背中を見詰める少女は、次の瞬間にはぐっと溢れる思いを呑み込み、シュウへ鋭い視線を投げかける。



「アタシは…………アンタがカズサに悪い影響を与えなければ、別に関わりがあってもいいと思ってるわ。そもそも、誰と付き合おうがそれはカズサの意志なんだし。そこまでアタシも、カズサに口出しするつもりはないし」



 でもね、と。

 言葉を切った生駒は、敵意と共に告げる。



「もしカズサに何かあったら、アタシはアンタを――――」



 圧倒的な、拒絶。



「――――許さないから」




 一片の反論も異論も許さない、堅い意志の込められた宣告を下した生駒は踵を返すと、敵対的な態度をころりと変え無事クレーンゲームの賞品を手にしたカズの元へ駆け寄る。

 その嬉しそうな横顔には、一切の負の感情もない。

 当然のように、ありのままの心を晒す少女は、笑顔を向ける親友の背中に飛びつく。

 ――――その仮面が、いつか剥がれることを信じながら。

 ひたむきに。一途に。



 心からの信頼。

 一方的で見向きすらされていない、好意。

 それを哀れだと見下しながら、だがその一方でくだらないと切り捨てられない少年は、遠巻きに一部始終を眺めていたこちらへ声を掛けてくる新入りに、思う。


 ――――見た目は教室の隅で黙って本を読んでいるような、人と関わり合わなさそうな根暗。

 特にこれといって目立つような特徴も無く、苛烈な自己主張も無い。

 組織では所々人と接することが苦手な節が見られる、大人しい性格。

 それこそ幻想世界へ案内するという用事がなければ、自分から話しかけるような事なと一生無いと思われる人物。


 そんな、社交性もさほどなくスクランブル交差点の真ん中に放り出してしまえばあっさり人波に流されてしまいそうなあの新入りが――――何故。

 あそこまで、慕われるのか。


 抱えた想いでその身が焦がれるほど、献身的に慕われるのか。


 疑問を抱きながら、鋭撃班の司令塔である少年は先程から挑発して来る大柄な少年を睨むフリをし、素顔の不明な新入りの顔を盗み見る。

 相変わらず微笑を湛えるその表情は、やはり感情が薄いということしか読み取れない。

 仮面のようにも、壁のようにも思える笑顔を視界の端に流したシュウは、クレーンゲームの操作ボタンに手を掛けながら――――そういえば。



 ――――あの時は『笑って』いたな、と。



 口煩い指示が好きだと言った、新入りの顔を思い出した。

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