ーー4
「――――はん…………シュウさん」
――――そんなの、良いわけがない。
このままでは班長さんの足を引っ張り続けるだけだ。
ならどうすればいい。おれは何をすればいい。
少し迷い、選ぶ事が躊躇われる選択をする事にしたおれは、勇気を持って、口を開く。
言葉を向ける先は、隣で黙々と敵を撃ち続けている班長さん。
さほど交流もなく、仲も良くはない。
名前だけを知っている、ただそれだけの関係に等しいその人へ、おれは乞う。
「指示を、ください」
おれ一人の力ではどうにもならない。
そもそも、この世はおれだけの力ではどうにもならない事だらけなのだ。
母の事然り。おれの持つSF然り。
このゲーム然り。
だからどうか、力を貸してほしいと、おれは願う。
たかだかおれ力ではどうにもならない、どうにもできないからこそおれではない誰かに助けを求める。
プライドなどいらない、必要もない。
面目など必要ない、いらない。
単純な、『勝つ』という目的のために。
――――『勝つぞ』と言った、彼の言葉に応えるために。
みっともなくてもいい。情けなくても、カッコ悪くてもいい。
そんなものは最初から持っていない、持っているはずもないおれは、だから当たり前に乞う。
「勝つための指示を、おれにください」
本来なら頭を下げるべきだろうが、現在画面から少しでも目を離せばおれはゲームオーバーになってしまうような状況だ。
無礼だが、口だけで言うしかない。
こんな口下手なおれではあるがが、下手なりに誠意だけは込めて言ったこの物乞いに、班長さんは応えてくれるだろうか。
期待と緊張に胸が詰まりながら、画面を見詰め引き金を引き続けるおれ。
彼は――――班長さんは、ほんの一瞬だけ、おれに一瞥をくれると、おれの元へ迫っていたゾンビを撃ち殺した。
そして、
「――――これから言う俺の指示に従え」
彼は、応えた。
おれの声に、おれの願いに。
みっともない、物乞いに。
――――それは、不思議な感覚だった。
胸の中に落ちていたものを、そっと掬われたような。
肩にのしかかっていたものを、音も無く払い落とされたような。
大切なものを、優しく掴まれたような――――そんな、感覚。
心が晴らさせるような、温かい何かを胸のずっと奥で感じるおれは、「これから班長さんの指示通りに動かくては」という緊張感と義務感に気を引き締めながら。
血管が全身に張り巡らされたような、温かなものが通う感覚に、おれは不思議と心地好さというものを抱いていた。
「まず足を肩幅に開け」
班長さんの指示が、始まる。
おれと班長さんがゲームをプレイしている様子をわいわい言いながら眺めていた知り合いが「何よカズサに向かって偉そうに」と声を上げた気がしたが、おれは迷わず彼の言葉に従う。
班長さんも外野の声に耳を貸すことなく、ゾンビを撃ちながら指示を続ける。
「右足は半歩後ろ。身体は画面に対して正面。右腕は伸ばして、左手はゆとりを持ってリボルバーに添えろ。
グリップは親指の付け根で包むように持ち、引き金を引く時は指の腹で引け」
まず指示されたのは、銃を持つ姿勢と持ち方についてだった。
班長さんが敵を撃っているうちに、言われた通りに体勢を整え、銃を持ち直すと、次の指示を彼は下す。
「銃身に対し目線は水平を意識。狙いよりやや右下を撃つように気を付けて、画面に表示されたポインターは無視しろ。
撃つ時は一秒置いてから撃て。テメーのスピードに機械がついていけてねー」
人間の動きに機械がついていけてないなんて、そういう事があるのか――――と。
疑問に思いながらも指示通りに、プラスチックの銃身と目線を水平にし、狙いよりやや右下を意識して、心の中で一秒数えてから引き金を引く。
指の腹を使い、引いた銃。
その弾丸はなんと、おれが狙い定めていた場所へ――――驚く程簡単に当たってしまった。
思わず「おお…………!?」と感嘆の声を上げかけるおれへ、班長さんはぴしゃりと言い放つ。
「気を抜くな。目の前の敵に集中しろ」
「…………っ、了解」
こちらを見ずに指示を続ける彼には、おれの心が見えているのか。
一瞬抜きかけた気を持ち直し、緊張感を保ち続けて目の前の敵を撃てば、あっさりと画面上から消えるゾンビ。
六発ぐらい撃ってやっと一体倒せたというのに、三発ぐらいでこれは倒れるものなのかと感心していれば、次々とゾンビを一撃で倒していく班長さんは言う。
「装備は拳銃のまま変えず、残り三発になった時点でリロードしろ。その方が一発になった時にリロードするより時間が短縮される。
狙うなら心臓を狙っていけ。一体に対し三発、体力の無いヤツなら二発で倒れる。
いいか? たとえ倒し切れなくても、残り三発になったらリロードしろ。俺がフォローする」
――――なんだ、その、一番初めの説明に書いていなかった豆知識は。
残り一発になってからと残り三発になってから弾を装填するのでは所要時間が違うとか、個体によって必要な銃弾の数が違うとか、そういうものはいつ調べたのか。
班長さんもこういうゲームは初めてのはずなのに、と勝手な想像をしながら、しかし言われた通りに全部で八つある弾丸の数が残り三つからになってから再装填すると――――確かに、これまでの時とかなり所要時間が短かった。
残り一発の状態での再装填が4秒ならば、残り三発の状態での再装填は数えると一秒。
それこそ天と地の差、と表現させるような時間の短縮が可能とされていた。
一秒の間に最大数まで装填された銃を構える。
その頃には、再装填のためのペダルを踏む前に前に倒し損ねたゾンビが班長さんによって倒されていた。
そのためおれは心置きなく、次の標的に意識を集中する事が出来た。
余計な事など一切考えられないほど、スムーズに進行していくシューティングゲーム。
その中で、初心者であるはずなのに流れ作業のようにゾンビを撃ち倒せているおれは、凄い、と。
心の底から、感動する。
簡潔で淡々とした、班長さんの指示。
それに従っているだけで、序盤で半分以上もライフポイントを減らされたゲームを。
指示を受けてからは敵を寄せ付ける隙も無いほど、こんなにも有利に進められるなんて。
何かに化かされているのではないかと不安になるほど、おれはただただ驚く。
たった一人の指示――――班長さんの指示に従うだけで、こんなにも変わるものなのか、と。
「俺がリロードしている間に、テメーは俺が指示する敵を撃て。残り三発、もしくは俺が復帰したら直ぐにリロードしろ。いいな?」
「――――了解」
撃ち方や持ち方、撃つタイミングに加わり待機の指示がされた後も、おれの撃つ弾は一つ残らず敵に当たり、指示を受ける前とは比べ物にならないペースでスコアを稼いでいく。
それはまるで魔法にかけられたようであって、これまでの失点が嘘のようだった。
「うそ、でしょ…………?」
呆然とした知り合いの呟きが耳を通り抜けていく。
その頃には、おれはライフポイントを一つも減らすこと無く班長さんと共に、最後のステージへと辿り着いていた。
「右腕」
「うむ」
ここまで来ると班長さんの指示に最早一遍の疑いも無く従うのが当たり前になり、狙う場所を指摘した彼の言葉に従い、画面に登場した巨大なゾンビの右腕を撃ち続けるおれは、班長さんがリロードにかかったのを見計らって引き金を引く。
狙いは右腕、よりも心なしか右下を意識。
撃つ、その前に一秒時間を置いてから、指の腹で固いトリガーを引いていく。
体に染み付き始めた一連の動作。
段々と次の手順を考える間もなく動くようになってきた体に、順応するという言葉の意味を体感しながら、ひたすら教えられた通りの事を繰り返していくと、画面の中で巨大なゾンビは上半身を丸め、何かを『溜め』ている状態に入る。
――――何が起こるのだろうか。
射撃と充填の手は止めないまま、動きを止めたボスの様子を観察する。
ゾンビのボスは絶え間無く銃で撃たれているにも関わらず、これまでのように怯む素振りを見せず、段々と虚ろな眼光を紅く光らせていく。
何かがある、とは思った。
だがその何かについての予想を立てる前に、いつの間にか拳銃ではなくサブマシンガンを使用していた班長さんが指示を出す。
「カズ、ペダルを踏んで三回トリガーを引け」
言われた通りにすると、画面の中でおれが使用していた銃が、拳銃からショットガンに変わる。
拳銃よりも格段に威力は上がるが、拳銃より弾数が少なく装填の時間も長いこの銃でボスを撃つのかと思い、ペダルから足を離そうとすると同時に。
「まだだ」
「――――ぬっ」
静止の声を掛けられ、浮かしかけた足に力を込めた。
咄嗟の行動だったためかなり大きな音を立ててしまったが、そこは仕方が無い事だと処理をして。
まだ撃つな、と。そう言った班長さんに、ペダルを踏みながら視線をやったおれへ、班長さんはこちらに振り向くこともなく画面のボスを見つめ続ける。
「俺が合図するまで、ペダルは踏んだままにしろ」
――――つまり、待機しておけということか。
口調こそ高圧的だが、初対面の時に披露された知識量と推理力を知っているおれは、彼に何か考えがあるのだろうと考え、班長さんがマシンガンを連発している中、大人しく合図が下るのを待つ。
おれが待機している間にも班長さんはマシンガンを撃っていき、やがて『溜め』の状態だったボスが急に大きく腕を開いたかと思えば――――半分以上腐っている両腕が振り下ろされ、一瞬画面が赤く点滅する。
――――何だ、今の映像は。
攻撃をしてきた、のだろうか。
今までの敵とは違い、画面に変化があったぞ――――と、戸惑いながら班長さんを見遣るおれは、すまし顔でマシンガンの連射を続ける彼に「あまり気にすることじゃないのだろうか」と正面に目を戻したおれは、そこである事に気付く。
無傷だった班長さんのライフポイントが、二つも減らされていた。
「――――――」
まさか、と。平然と銃を撃ち続ける班長さんを横目に見ながら、おれは自分の予感が当たっていたことを知る。
つい先程ゾンビのボスが繰り出した攻撃。あれは通常攻撃よりダメージを与えるものだったのだ。
班長さんのライフポイントは残り三つ。
あと二回あの攻撃を喰らえばゲームオーバーは確定されている。
その前に通常攻撃に当たり、あの攻撃に当たれば即座にゲームは終わってしまう。
おれの場合は、あの攻撃を一撃でも喰らえばゲームオーバーになってしまうのだが。
――――まさか、その事を予期しておれに待機を命じたのだろうか。
おれの思惑を他所に、一気にライフポイントを二つ減らさせたにも関わらず、顔色一つ変えない班長さんは言う。
「狙いを定めたら二秒、待ってからトリガーを引け」
それはおれにショットガンを撃たせるという意思を持った、明確な指示だった。
また『溜め』の体勢に入ったボスに、マシンガンを浴びせ続ける班長さんは続けてこう言う。
「チャンスは一回だ。絶対に外すんじゃねーぞ」
「う、ぬ…………」
ただでさえ無傷だった班長さんのライフが減ったことに少なからず動揺を覚えているのに、さらにプレッシャーをかけてくる一言。
ひょっとして彼は隠れエスというそういうタイプの人種なのかと思いもしたおれは、加速した脈拍がばくばくと全身に血を送り込むのを感じながら、緊張で若干震える手で確りと銃を握る。
普段からあまり緊張を感じるタイプでは無いのだが、何故か今回は感じてしまってる自分を妙だと思いながら、班長さんの合図に直ぐ対応できるよう、耳とゾンビを狙う目と手に意識を集中させていく。
ダメージを負ったせいで動きが鈍くなったボスゾンビが、『溜め』の状態から腕を広げていく。
――――もうすぐあの大ダメージの攻撃がくる。
おれでさえそう予期したというのに、しかしゾンビを攻撃する手を止めない班長さんは真っ直ぐ標的を睨み付け、引き金を引き続ける。
大きくゾンビが腕を振りかぶった。
マシンガンは止まらない。
当たる――――と。そう予感したおれは内心でハラハラしながらも、構えを解かず目の前のボスに注目し、ひたすら合図を待ち続ける。
そしてボスが腕を振り下ろした直後、ペダルを踏んだ班長さんがとうとう、時を告げた。
「頭――――」
その言葉を聞くと同時、おれの体は動いていた。
意味を頭の中で考えるより早く、体が反応していた。
構えた銃口が一瞬で標的を捉える。
研ぎ澄まされた精神の中で、音が消えた。
ゲームセンターの機械音や知り合い達の声すらも、意識の外へ弾き出される。
おれの視界に映るのは、標的と、おれが持つ銃のみ。
標的とおれだけの世界と化した意識下で、おれはただ、目の前にある標的へ――――その頭へと、銃を向ける。
皮膚感覚で二秒を感じ取った。
敵は攻撃の後で、体勢を崩している。
引き金に掛けた指は、
「――――撃て」
ひどく単純で感情の薄い、しかし全くと言っていいほど悪い感じがしない声に――――導かれるように。
――――引いた。
「…………カズ」
――――先手であるおれと班長さんのシューティングゲームプレイを終え、後手である知り合いと隣人によるゾンビゲームの鑑賞中。
主に知り合いが悲鳴やら何やら声を上げながらゾンビを撃っているのを眺めていたおれを、不意に班長さんが呼んだ。
何かと、隣で腕組みをしている彼を見上げれば、班長さんは後手のゲームプレイを鑑賞しながらこう問うてきた。
「何故、俺の指示に従った?」
「……?」
おれは自然と眉を顰めていた。
なんとも、不思議な質問をする班長さんである。
それはおれが求めたからだと――――班長さん自身も知っているような質問に、当然な答えを返すおれに、彼は少し沈黙すると「言い方を変える」と、話を切り替えるようにして再び質問を口にする。
「何故、俺の指示に素直に従った?」
――――それは、言い方を変えてもさっきと同じ答えしか返せないのだが…………。
前の質問と同じ意味のように思え、答えに迷うおれ。
これは前と同じ答えを返すべきなのだろうか。
それとも若干ニュアンスを変えて答えるべきなのだろうか。
返答の内容についてあれこれ考えていると、班長さんは質問の後にこう続けていった。
「テメーはずっと嫌な顔一つせず俺の指示に従っていたが、何も思わなかったのか? 横から色々細かく言われまくって、不快に感じなかったのか?
つーかそもそも、何で俺に指示を頼んだのかが意味不明だ。
だから『俺の指示について何を思ったのか』、それと『俺に指示を頼んだ理由』について答えろ」
「ぬ、う…………」
つらつらと続けられた問いかけに、妙な威圧感を感じるおれは若干気圧されながら――――成程、とようやく班長さんが言おうとしていた言葉の意味を理解する。
どうやらおれが最初に受け取った質問の意味と、班長さんが思っていた質問の意味は違ったらしい。
彼の訊きたいこと、その内容が見えたおれは、言葉を変えて放たれた質問の意味を噛み砕くが――――しかし。
何を思ったのか、と問われ、言葉にするような答えが出ず、首を傾げた。
班長さんの指示について何を思ったのか、などと言われても、特に何も思っていなかった気がするのだ。
思い返してもあの時はただ、ひたすら班長さんの足を引っ張らないようにする事で精一杯だった。
だからそもそも、そんな事える余裕なんてあるわけが無かったのだし。
「……思った事…………」
だが問われたからには答えを返さなければ失礼にあたるため、必死だったの一言に尽きるシューティングゲームの記憶を振り返るおれは、班長さんから指示を受け取った場面で思っていた事を掘り起こしてみる。
この、胸の中でとくとくといっている何かを、言葉にするにはおれの語彙力が足りなさ過ぎるが…………それ以外に感じていることを、言葉に表現するならば――――
「――――すごいなぁ、って思いました」
「…………は?」
おれが抱いだ思いの中で、強かったもの。
それを口にすると、後手のゲームプレイ状況を眺めていた班長さんは、こちらに顔を向けた。
心なしか、その表情は驚いているように見える。
こちらを睨み付けているようにも受け取れる視線が、じっとおれの目元に向けられたので、咄嗟に目線を彼の眼から外しながらも顔は視界に映すおれは、感心以外にも抱いていた思いがあったため、そちらの方も回答として口に出す。
「それと、すごく頼れるというか、安心出来るというか…………そんな感じがしました」
「…………安心?」
何がだ、と言うように細められる班長さんの双眸。
目の形が鋭めであるため、それは威圧感となっておれに注がれるが、特別敵意があるというわけではないので、おれは怯まずに開口する。
「…………おれは、わりと察しが悪いというか…………出来が悪いところがあるんで。あんなに風に詳しい指示を出してもらえた方が、色々考えて迷わなくて済むし…………それに、あれだけ詳しいってことは、おれの行動とか、ちゃんと見てくれてるって事ですし…………人の細かい所まで気が付くなんて、おれには出来ない凄いことだと思います」
注意力が散漫、というわけではないが、やはりおれ一人だけでは見落としてしまうようなことが多々あるのだ。
それに日常会話において、いくら気を張っても知り合いと隣人がおれには意味が分からないニュアンスで会話を繰り広げていたり、たまに知り合いや隣人がする不可解な行動に意味が見いだせなかったりする。
そういう、物事の細かい部分。
そこに気が付かないことが多いおれは、自分でも『察しが悪い』と自覚している。
やはりおれが出来損ないだからか、とも。この辺りは思っている。
だが、班長さんはおれのような欠点もなく、決断も早い。
指示にもあったように、おれの姿勢や銃の握り方、そして動作に対する機械の反応速度まで計算していたし、何より適切なタイミングで指示が来た。
細かい、と班長さんは言っていたが、むしろあれだけ素早く的確に、その上詳しい指示を一瞬で下せるなんてことは、逆立ちしたっておれには出来ないことなのだ。
だから、おれは班長さんが凄いと思った。
おれは自分の事で精一杯だったのに、班長さんは自分以外を見る余裕もあったのだから。
「おれは…………単純に、班長さんが『班長』っていうまとめ役をしてて、頭も良いから、っていう理由で、班長さんに指示を求めました」
――――鋭撃班班長、シュウ。
それがおれの知っている班長さんの肩書きで、前衛部隊の中でも最前線に立つ少数部隊に指示を出している所しかおれは見たことがないが――――だが。
――――この人なら何とかしてしまうのだろう。
そんな根拠の無い確信がおれの中にあったため、おれは彼の指示を仰ごうという決断をした。
それだけの信頼に足る人だと思ったから、おれはこの人に命運を委ねようと思ったのだ。
その決断は、間違いじゃなかったと、おれは心の底から言える。
だって、
「班長さんの指示は全然、嫌だと思いませんでした。不快感、なんて全く感じなかったし…………」
確かに、普段から知り合いにあれだこれだと要求されているおれだが。
隣人にも度々使いパシリにされたりするおれだが。
おれは、彼に指示を出される事が。
彼の指示に従う事が――――途中で余計な思考など全て消え失せるほどに。
最後の最後で、自分でも信じられないほど集中出来たくらいに。
――――楽しかったのだから。
「――――おれは、班長さんの指示が好きだな…………って、思いました」
誰かの指示を聞くことが。命令を忠実にこなすことが。
こんなにも達成感のあって、楽しいものだったのか。
未だに最後の、班長さんに支持された時の集中力が残っているようで震えてしまう指先。
爪の先にまで行き届いた熱い血液の感覚に、心臓の奥底に残る高揚感が熱を帯びる。
全身がうっすらと火照っているようなそんな感じがして、なんだか、顔が緩んだ。
――――どうやら自分が思っている以上に、おれは班長さんの指示を楽しいと思っているらしい。
何故だろうか。適格な指示のタイミングとおれにでも分かりやすいその内容がそう思わせるのだろうか。
それとも、思いの外に通っている彼の声に、そう感じるのだろうか。
――――そのどちらにせよ、おれはおれの『選択』した事は正しかったと…………これだけは胸を張って言えた。
一人では掴めないものを掴んでしまったような、そんな途方もない達成感と充実感を得るおれは、ふと、表情を変えない班長さんが硬直しているのだということに気付き、彼の固まった顔を見る。
限りなく無表情に近いが、目を開き、いつも固く閉ざされている口元も心なしか緩い――――困惑の様な顔。
はて、何故班長さんはそんな表情で固まっているのだろうか。
目を瞬かせるおれに、氷が溶けるようにゆっくりと表情を無へ戻していく班長さんは、指先でかちゃりと眼鏡を掛け直すと、しばらく躊躇うような間を置いて。
「…………テメーは、あれだな。頭は悪くねーが、性格が馬鹿だな」
「解せぬ」
思ったよりハッキリと告げられた人生初の性格馬鹿宣言に、思わずそんな即答をしていた。
性格が馬鹿とは一体何なのか。
性格が馬鹿とは。
――――その後も太鼓の形をした音楽ゲームやユーフォーキャッチャー、ホラーゲームにメダルゲームと、多種多様なゲームをやっていった。
約三時間に及ぶゲーム対決。
これを制したのは五つ目と六つ目の競技である音楽ゲーム以来無敗を誇る、班長さんだった。
その次に続くのはパンチングマシーンで機械を壊しかけた隣人、何故か音楽ゲームを制してしまったおれ。
最下位でおれの卵代と今回のゲーム費を全て支払うのは知り合いである。
途中から予想していた結果となってしまったが、それでも諦めずに食らいついてきた知り合いには、努力賞としておれがクレーンゲームで取った猫のぬいぐるみを贈呈した。
どことなく知り合いに似ている気がする、猫のぬいぐるみである。
すると彼女は「家宝にするわ!」と、全額自腹の落ち込みようをどこかへ吹き飛ばし、目を輝かせていた。
大袈裟に喜ぶ知り合いである。
喜んでもらえたなら何よりだ。
こうしてゲーム大会を終えたおれは、隣人と班長さんがユーフォーキャッチャーで取った犬のぬいぐるみと、知り合いのお金で買った卵を引っ提げながら。
現在、班長さんとおれの家の前に来ている。




