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そうこうしている間に自分のアバターであるキャラクターを選び終え、画面の中のレースはもうすぐ始まりを迎える。
レースカーに乗った自分のアバターの背面が画面に映る中、画面右上にアバターが走るコースマップと他の参加者のアバターが表示されているのが見えた。
マップ上にそれぞれのアバターの現在地が表示されるシステムであるらしい。
おれはアバターにキノコの形をしたキャラを使ったが、他のみんなは何を使用しているのか。なんとなく気になって確認してみると――――
知り合いは緑色の…………トカゲだろうか。恐竜だろうか。よく分からない生き物を使っていた。
隣人はおれも知っている、『トシオ』シリーズの永遠の悪役。あくどい顔をした巨大な亀の王様である。
班長さんはというと、腰まである金髪にティアラ、ピンクのドレスを身に纏った、
――――ヒロインの、お姫様。
「……………………」
思わず班長さんを見てしまった。
あまりに意外なキャラを使っていたので。
班長さんといえば、こう、もっと動物的な、一般受けするようなキャラクターを選ぶと思っていたのだが――――
ピンクの可愛らしいドレスに、優雅な所作。
幾度も『トシオ』シリーズで攫われ続ける、典型的なお姫様の代名詞。
――――まさか人をアイアンクローで連行しようとする人物が『ピンク姫』を使うだなんて、誰が想像しただろうか。
ちなみに班長さんがピンク姫を使っていることに戸惑いを覚えたのは、おれだけではない。
「…………アンタ、顔に合わずピンク姫なんて使うのね………………」
挑発しようとしたらしいが、困惑と驚きを隠しきれず挑発になっていないセリフを吐く知り合い。
気持ちはおれも同じである。
その隣でぶるぶると肩を震わせている隣人は、懸命にこみ上げる笑いを堪えている様だった。
「そのキャラで…………くくッ、ピ、ピンクぅブァははははははは…………ッ!」
今、隣人が噴き出したのはおれの気のせいじゃないだろう。
そんな調子でハンドルを操作できるのだろうかと思うほど、隣人は爆笑していた。
そして隣人の笑いが治まらないままに迎えた、トシオカーレース。
最終成績はなんと、他の追随を許さない走りを見せた班長さんが、堂々の一位だった。
その次に隣人が続き、三位はおれ。
最下位は知り合いという結果に終わった。
今回トシオカートを初めてやったおれたが、感想は…………なんと言えば良いのか。
アイテムシステムやコースのギミックに振り回されたりもしたが、それよりも。
驚異のスピードとドライブテクニックで先頭を突っ走る班長さんや。
そんな班長さんを追い抜こうと、数々のアイテムで雷を落としたり、イカ墨を撒き散らしたり、亀の甲羅を投げて来たりした隣人や。
大体その被害を被るおれと知り合いのレースカーに、これがゲームで無かったらなら放送事故レベルの大惨事が起きていたが。
ともあれ、怪我は無くてよかったと思った。
「よぉし、殺す。テメェは殺す。絶対殺す直ぐ殺す」
「安い挑発だな」
「減らず口叩くなピンク姫。きっちり手足の骨折ってから殺す」
――――ゲームを通して隣人と班長さんの仲が悪くなったが。
ポキポキと手首を鳴らし見下してくる隣人に対し、精神的に見下している班長さんは冷たく隣人を睨む。
どうして関係が悪化するような事になったのか。
おれが知るゲームは、遊んだ者みんなが仲良くなるものだと認識されているのだが。
なぜこうなった、と一触即発な雰囲気である
隣人と班長さんの動向を見守っていると、トシオカートが終わってから姿を消していた知り合いが、四本の割り箸を片手に戻ってくるや、険悪な空気を漂わせている二人を見て「はは〜ん」とにやける。
「嫉妬、というより同族嫌悪に近いわね〜。まだアタシにはあのクズとメガネのどこが似てるのかよく分かってないけど…………」
「?」
「ほらカズサ、そして男共! チーム分けするわよ! くじ引いて!」
何かをぼそぼそ呟いていた知り合いは至極、悪そうで愉快そうな顔をしていたが、おれが見詰めていると彼女はいつもの楽しそうな笑顔に戻って俺を引っ張り、班長さんの胸倉を掴もうとした隣人と班長さんの間に割って入る。
あっさり二人が、というか隣人か身を引いたから良かったものの、これで隣人が止まらなかったらどうするつもりだったのか。
きっとそんな事考えもしていないのだろう知り合いは、くじを引かせチームに分かれさせた参加者全員に言う。
「次はエアホッケーよ! 勝ったチーム一人ずつに点数ね!」
そんな事を言いながらおれを引っ張ってく彼女によるゲーム対決は、まだ続く。
――――エアホッケーの結果はおれと隣人の圧勝だった。
それはもう、途中からムキになる知り合いが可哀想なぐらい、圧勝だった。
「いやぁ、俺とサノスケが組めば無敵だなぁ。なっ、サぁノちゃん」
おれが防御に徹底している間にこれでもかというほど攻めて攻めて攻めまくり、得点を稼ぎまくった隣人は、おれの肩を抱きながらにんまりと犬歯を見せて笑う。
自慢げな、それでもって挑発的な笑みにムキーッ! と熱り立つ知り合いは「次こそは負けないんだから!」と捲し立てながらも、そもそもと、おれと顔を並べる隣人を指さして異議を申し立てる。
「筋肉番付の超人とイケメンのカズサが組んでる時点で、凡人の私に勝ち目なんてあるわけないじゃない! 顔だけならこのメガネもそこそこだけど!」
――――イケメンという言葉は違うのではないか。
何故かおれに使われた言葉に反論を抱くおれであるが――――そもそも根本的に顔の造りの善し悪しで、こういうゲームの成績は決まるのだろうか。
そこから疑問に思ったおれであるが、知り合いと隣人の会話が漫才の様にテンポよく続いていくので、ふとした疑問をおれが口にする事は無かった。
知り合いと隣人の会話は、いつもテンポが早い。
「ははははは――――鬼に金棒、俺にサノスケだクソアマ。そのまま尻尾巻いて俺とサノスケのデートを眺めてろ」
「腹立つ! その顔と勝手に作ったことわざに腹立つ!!」
もう次よ次! と、次もチーム戦であるらしい知り合いはくじ引きの準備を始める。
これに「は? このままで良くね?」と隣人は言うが、競技毎にチームは変える様である。
恐らく参加者の中でゲームバランスを取るためだろう。
確かに、今回のは運動が得意な人物とそうでない人物とに分かれたせいで、ゲームの成績に大きな影響が出た。
六十点もの点数差が出る程に。
隣人は「面倒だからこのままいこうぜぇ」と、文句を言っていたが、おれは特に意見は無いので素直にくじを引く事にした。
それと隣人、きみ、今くじを引く時さり気なくおれの臀を撫でていったのはおれの気のせいだろうか。
………………気のせいか。うむ。
ちなみに、終始沈黙を守っていた班長さんの名誉のために一応弁解させてもらうと。
エアホッケー対戦をして分かったのだが、彼は知り合いのように運動に不向きというわけではなく、その逆で。
隣人には及ばないものの、一般高校生と比較すればかなり運動神経は良いのだ。
なぜならおれが隙あらば弾いたホッケーのディスクを一つも残さず防御しているからである。
あまりにも綺麗に打ち返すものだから、鮮明に覚えていた。
それに隣人の猛攻にも冷静に対応し、かつ何枚か打ち返しおれの防御をくぐり抜けていた。
レースカー対戦の時といい、エアホッケー対戦といい、班長さんはもしかすると相当『出来る』人種の人物であるのかもしれない。
まあ、日夜幻想世界で死線をくぐり抜けているため、自然とそうなったのだろうと考えられるが。
ただ、予想していたよりハイスペックであった班長さんがおれと隣人のペアに負けてしまったのは、言わずもがな知り合いの存在があったからだ。
体育の成績は真剣にやってようやく中の下である彼女に、体育だけは上の特上レベルである隣人の相手が務まるわけがなかった。
この実力差には流石の班長さんもフォロー出来なかったのだ。試合中懸命にフォローしている様子は見れたが。
結果は…………この通りである。
――――まあ。
つまり個人戦であれば班長さんは、充分隣人と張り合える実力を持っているのだ。
さらに言えば一度隣人と組んでしまえば、敵無しだろうと断言出来る能力を十二分に備えている、恐ろしい人物なのだ。班長さんは。
そしてそんな班長さんとおれは、どういう因果か。
第三種目で、同じチームになってしまった。
彼の実力から考えて、絶対におれが足を引っ張るだろうと思われる組み合わせ。
知り合いと隣人はたとえ同じチームになったとしても、案外気の合う所が多く、それに二人の場合はハッキリ頭脳派と労働派に分かれているので、チームとしてバランスは取れているのたが。
片や高スペックの班長さん。
片や特に得意な事が無い、頭脳派でもなければ労働派でもない、おれ。
――――あ、これおれのせいで負けるな。と。
くじの結果を知った時点でそう悟ったおれは、目の前の班長さんに対し頭が下がってしまうのたが、仕方がない事だろう。
どう考えても負けた場合は、おれが足を引っ張っていたとしか考えられないのだから。
「…………よろしくお願いします」
しかし、まあ、どういう運命か。
チームになってしまったものは仕方が無いので、ここは運命を受け入れることにしよう。
そう諦めたおれは、これまでの班長さんとの関わりの中でも、彼から話しかけてくる事はそうなかったので、沈黙のいたたまれなさを破棄するためまず無難に挨拶をする。
とりあえず、まずは一言挨拶。
親しき中にも礼儀あり、という諺もあるので。
…………おれと班長さんは、あまり親しい仲でもないが。
「…………おいカズ」
班長さんがおれを呼ぶ。
班長さんが口にしているのはおれの組織においてのコードネームであるが、これは一応おれの本名から取られたものなので、知り合いや隣人が不自然に思うことは無い。
たがこうして班長さんの方から名前を呼ばれる事は数えるほどしかなったので、珍しく思い下げていた視線を上げると。
「勝つぞ」
と、ただ一言。
知り合いと軽く暴言を交わす隣人を睨みながら、そう言った。
――――どうやらおれは、班長さんに対する印象を変える必要があるらしい。
ただ、一言。
簡潔で端的なたった一言に込められた思い。
それを測り知ることは知り合って間もないおれはまだ出来ないし、そもそも班長さんの事など名前と所属以外何一つとて知らないが。
だが、言動こそ冷静沈着で横暴なところも見受けられる彼だが――――ただそれだけの人ではないと。
淡々と告げられた言葉に滲んだ別の、熱を含んだ何かに――――そう思った。
強く、思った。
だから、
「――――うん」
彼の言葉に、おれは応えた。
こんな、特に改まって言うような特技も特徴もないおれでも――――価値のない出来損ないのおれでも。
心から応えさせる何かが、彼にはあった。
「あのクソ野郎に負けるのは、癪に障る」
……………………うん。
忌々しそうに呟く班長さんに、おれは思い直す。
もしかしたら、気のせいだったかも知れない。
それと、わりとこの人、仕事に私怨持ってくるタイプだと思われる。
こう、隣人に負けると癪に障る、という辺りが。
…………うぬ。
――――第三種目の内容は、シューティングゲームだった。
大画面に映るゾンビを次から次へと狙い撃ち、そのスコアを競うというもの。
これは二人組になり、ステージの最後にいるボスを倒し、最終的なスコアで勝敗を決めるのだらしい。
知り合いの説明を受けたおれは先手として、班長さんと大スクリーンのゲーム機の前に立ち、『2P』と書かれたブラスチックの銃を手に持つ。
本物の銃を持った事が無いので何とも言えないが、プラスチックのボディの中に機械が入っている、独特の重さというものを手で感じ取る。
試しに引き金を引いてみるが、これが思ったより重い。
銃自体も手のひらより大きいため、両手で持たなければ上手く狙いが定まらない。
…………班長さんの足を引っ張りそうだと、思った。
たどたどしい手つきで銃を構えるおれに対し、班長さんは左隣で『1P』と書かれた銃を片手で持つや、数回ほど画面に向けて引き金を引いてから、両手で銃を構える。
その手捌きは、プロのそれだった。
幻想世界でも銃を持っていたからか、違和感なく班長さんの手に収まる銃に戦々恐々とするおれは、真剣に画面へ意識を向ける事にする。
これは本気で頑張らないと、絶対に班長さんの足を引っ張る。
その事を確信、というより、確定されたからだ。
知り合いに指定されたステージを選ぶと、銃の操作説明が画面に表示される。
足元にあるペダルを踏むと、弾が自動的に装填され、このペダルを踏みながら引き金を引くと、使用する銃の種類が変わるらしい。
そしてペダルを踏んでいない時に狙いを定め、溢れてくるゾンビを撃っていく。
画面上に現れたポインターが、現在持っている銃の焦点であり、撃つ部位によって与えるダメージが変わり。
ゾンビに攻撃させると、ライフポイントが減っていき、1P、2Pそれぞれ五回攻撃させるとゲームオーバー――――であるらしいが。
おれは初心者なのでこの手のゲームのルールを、読んでもあまりよく分かっていないのだが――――つまり五回攻撃させるとアウト、という事で良いのだろうか。
確認のため班長さんに訊ねてみると「大まかにはそうだ」という答えが返ってきた。
なるほど。五回攻撃されなければ良いのか。
納得したところで、スタートと表示された画面に従い銃を構えた。
――――しかしゲームが始まってみると、『攻撃されない』という事が難しい事がよく分かった。
出てくるゾンビの数が多い。ポインターを定めから撃つまでに時間がかかる。
何より、手元の銃の向いている先とポインターに、若干のズレがある。
隣では班長さんが次々とゾンビを撃ち倒し、着実にスコアを稼いでいるのだが、おれは未だ五体前後しか倒せていない。
じわじわと開いていくスコアの差に焦りを感じながら懸命にゾンビを撃っていくも、弾の装填に時間がかかってしまったり、いつの間にか別の銃になっていたりと、四苦八苦しながら目の前に現れるゾンビを撃っていくが――――思った様に上手くいかず。
「…………ぬっ」
一度攻撃を受けてしまった。
直ぐに攻撃してきたゾンビは倒したが、体勢を立て直す間もなく続いて二発目、三発目と攻撃を食らってしまい、ライフポイントが半分以下になってしまう。
ステージはまだ序盤の方。
だというのに半分以上減ってしまった体力。
自分のシューティングゲームに対するセンスの無さ、というものを痛感させられたおれは、せめてこれ以上班長さんの足を引っ張らないようにと援護に回る事を思いつくが、どうすればいいか分からず、近付いてくる敵をがむしゃらに撃つことしか出来ない。
――――このまま撃ち続けるしかないのか。
しかしこのままゲームを続けていれば、そう時間の経たない間にゲームオーバーになってしまうだろう。
自分の才能の無さは、それこそ昔から、よく分かっている。
だからこそ、おれはこのままゲームを続けていいのだろうか。
――――このままで、おれは良いのだろうか。




