閑話 女子と話そう!
「――――カズ、だったわよね?
ちょっと顔貸してくれるかしら?」
拝啓、いつの間にかアニメ鑑賞の約束をしていたマスさん。
おれは今から、ナガさんに拉致られます。
――――七時半過ぎの、食堂。
夜にマスさんの部屋でアニメ鑑賞会をやるらしく、意見する間もなく夕食から一時間後に食堂で待ち合わせをすることになっていたおれが、「決まってしまったなら仕方がない」と予定をうけいれ、おじ様のように紅茶を飲みながら時間を潰そうとしていた――――そんな時だった。
鋭撃班と初めて逢って以来、挨拶は交わすがマスさんのように食堂などで会話をする事の無かったナガさん。
おれが朝から晩まで訓練室でSFの訓練ばかりしているせいもあるのだが――――組織に加入してから一週間が経った今でも、世間話すらした事がない彼女は、食堂に足を踏み入れ辺りを見回すなりおれを見つけると、つかつかと大股でこちらに向かってきたのだ。
初対面時のような水着ではなく、カッターシャツに軍服の様なタイトスカートという、組織にて一人ひとりに配給される防護服を身に着けた彼女。
出動命令が出ている前後以外によく見かける姿をしているナガさんは厚底のショートブーツを小気味良く鳴らしながら、「何故こちらに向かってくるのだろう」と紅茶の入ったティーポットを持ったまま思考するおれの前に立つと、有無を言わさない威圧感と共に言ったのだった。
――――顔を貸せ、と。
初対面で右腕を治してもらったという経歴があるため、つい最近までナガさんのことを『良い人』と認識していたおれだったが、出撃から帰ってきたマスさんの服が所々焦げている理由をつい最近知ったおかけで『怒らせたらヤバイ人』という印象を彼女に抱いている。
つまり、どういう事か。
「…………はい」
――――勝手に飛び出したから、という理由で同じ班のマスさんを焼く。
そんな過激な一面を持つ彼女に逆らうのは良くない、と。
この前更新された認識からそう考えたおれは、素直に彼女の誘いに乗るという判断を下した。
マスさんには悪いが、今紅茶を飲み始めたおじ様に頼み、この後食堂を訪れるであろうA型SF保持者の先輩へ『ナガさんに呼ばれた』という伝言を伝えて貰おう。
先に約束をしたのはマスさんであるが、ナガさんに逆らうのはなんとなく怖い気がするし、それに約束した時間までまだ三十分程あるし。
…………そんなに関わりのない彼女に呼ばれた、という事自体に嫌な予感がする事は否めないが。
「うぬ…………」と心の中で唸りながらおれは背筋をピンと正し前を歩くナガさんの背中に彼女の性格の一面を読み取りながら、その後に続く。
とにかく「なにか変な事でもしただろうか」という不安な気持ちでいっぱいだった。
心当たりを探すが、それらしきものが記憶の中に無いものだから、謝罪しようにも出来ないなと非常に困り果てながら。
そういった成り行きがあり、現在。昼間は出動命令の出ていない組織の構成員数名が、いつも利用している談話室にて。
『末っ子だけじゃ心配だ』と同行してきたリッパーと共に、ナガさんに連れられやって来たおれは、今――――
「ふぉおおおおお! ナガさん、この人お肌つるつるですよ! もち肌ですよ、もち肌!」
「髪の毛もサラッサラストレート…………だとぉ…………!? くぅっ!! 羨ましいっ!」
「それにこの爽やかな笑顔! イケメンだわ…………確かにみんながキャーキャー言うわけよ…………!」
「んもうっ! 実物目にしたら本当にイケメンねぇんっカズくんっ!!」
――――女子会に参加している。
というか、女性組織構成員達に遊ばれている、という表現が正しいだろう。
どうしてこうなったのか。それはおれにも分からない。
連れられてきた初めの方はそれこそ厳かな作戦会議のように重々しい空気で、『新入りSF保持者カズくんの思わせ振りな言動について』などという身に覚えのない罪にかけられ、裁判の様な話の流れだったのだが。
『…………テメェら、一言言っておくけどよ。末っ子は思わせ振りなんじゃねぇ。
超ド級の天然記念物なだけだ』
有罪の流れになりそうだった空気の中、重々しくリッパーが放ったその言葉から、思えば空気の流れが変わったように思える。
それからたっぷり数秒の静寂があり、裁判長のような立ち位置だったナガさんに数個ほど質問をされたかと思えば、次の瞬間その場にいた全員が「ああ…………」と零しながら何かを悟った表情でそっと顔を伏せた。
全く意味が分からないおれはどういう事なのか解説を求め、唯一冤罪裁判中の味方であったリッパーへ視線を投げかけたら、リッパーも彼女達と同じ様な顔をして遠くを見ていた。
どういう事なのか解説していただきたいのだが、なぜおれと目を合わせようとしないのか。リッパー。
それから「いろいろとごめんなさいね」と手のひらを反すように態度を改め、友好的な笑顔で謝罪をしてきたナガさんを筆頭とした女性構成員達に、詳細は不明なままだが一先ず誤解が解けてよかったと握手を交わしたおれは、そのままお茶会という名の女子会に参加させられのだが――――
「みんな写真撮るよー!」
「カズくんカメラ向いてー!」
「ロイヤル加工しときましょー! あっ、アタシカズくんの後ろぉんっ」
――――気のせいじゃなければおれは、彼女達に遊ばれている気がしてならない。
学校でも特定の女子グループに見られた特性であるが、どうしてこうも女の子というのは集まれば冬場に家族で鍋をつつくように、話題のモノを全員で弄り回すのか。
お陰で先程からおれは風呂上がりの髪が濡れているからとドライヤーをかけられたり、ついでに前髪の分け目を変えられたり、やたらと顔立ちを褒め称えられ写真撮影を求められるのだが。
おれは女性というモノを尊敬している。
故に必然的に老若問わず女性に対しては敬意を払っており、彼女達の感情やその変化、いわゆる『気分』と言われるものにも理解を示せるが――――未だに彼女達女の子のやたらと写真を撮りたがる習慣の意味が分からないし、何枚も写真を撮る理由が理解出来ない。
少しポーズが変わったり人の立ち位置が違うだけなのに、なぜそうすぐにシャッターを切ろうとするのか。
正直今のように目の前で「加工」やら「フィルタ」やら「デコ」やらと盛り上がりながら携帯端末のカメラ機能を使用し続けている、ナガさんを中心とした女性構成員達にも、「別に一枚でも良くないか?」と思っているおれであるが――――まあ、しかし、デザートにとお菓子をご馳走させて貰っているので、その辺りは彼女達の気が向くままにさせているが。
よくもまあ、そんなに目立った特徴も無ければ面白味もないおれを撮影して、飽きないなぁと感心しながら着実にお菓子を摘む手を進めているおれであった。
蚊帳の外になっているリッパーには悪いが、もう少し彼女達の気が済むまで待っていて欲しい。
退屈だとは思う。だが今ここで彼女達の高ぶったテンションに横から水を注すようなことをすれば、たちまち彼女達が全員粘着質な敵へと変貌する気がするので。
どうか、紅茶でも飲んで待っていて欲しい。
『…………女って、分からねぇ……』
紅茶を啜るリッパーは、心の底から理解出来ないと言わんばかりに呟いた。
そうだろうな、と思いながらおれは黙々と彼女達に遊ばれ続けられながら、出されたお菓子に手を伸ばしていた。
「女の子の格好したら似合いそう…………」
「というかほっそ…………ちょっとカズくん腰細くない!?」
「手首も細いじゃん! うわ折れそう!」
「というかちゃんと目ぇ開けてるぅん? すっごい細目たけどぉんっ、まぁそれが優男系な顔とマッチしてて王子様的な感じになっててホントイケメンっ!!」
「そうなのよねー……カズはなんか男臭さがないっていうか、こう…………中性的? だし、なんか雰囲気優しい感じがするから親しみやすいのよねー」
「あの…………おかわりいりますか?」
ありがとうございます、お願いします――――と、女性構成員達に群がられてる傍ら、そっと紅茶のおかわりを勧めてきたヒメちゃんにティーカップを差し出したおれは、ところでと思いながらこの場にいる女子構成員メンバーの顔を見回し。
「……ところで、みなさんの名前を知らないのですが…………教えて頂けますでしょうか?」
鋭撃班や第三隊以外で顔すら知らなかった人がいることから、こう問いかけた。
この場にいるのはナガさんとヒメちゃん、そしてヒメちゃんの友達であるネネちゃん以外は、全員初対面の人である。
「ああ! そういえばナガと第三隊以外は初対面だったよね!」
そう言って真っ先に自己紹介を始めたのは、ポニーテールが似合う快活とした印象のある女性だった。
「私は前衛部隊第一隊のトラよ! 強そうな名前でしょ?」
年齢は大学生ぐらいか。スポーツ系の部活に所属していそうな彼女は社交的に「よろしく!」と握手を求めてきたので、こちらからも手を握らせてもらう。
握った手は、マメができて潰れた後のような――――そんな固さがあった。
「ヨシといいます。前衛部隊第二隊所属です。よろしくね、カズくん」
次に握手を求めて来たのは、髪の毛の先を緩く巻いた優しげな目をした女性。
口元の黒子がやけに色っぽく感じる、物腰穏やかそうな人だった。
大人の女性、といった雰囲気がする彼女はトラさんより少し歳上ぐらいの印象があり、握った手をふと見ればたおやかで細い指をしていた。
「アタシは第二隊のナベっていうのぉんっ。よろしくねぇんカズくぅんっ」
そして次に力強く握手を交わしてきたのは、どう見ても成人男性にしか見えない女性的な口調の男だった。
おれが談話室へ案内されて一番最初に目に留まり、一言コメントしていいものかと悩んでいた人物だが――――接してみれば想像以上に違和感の塊だった。
「あらぁんカズくんの手って意外に固いのねぇんっ。それに繊細ぃ。んふふっ、マニキュア塗ってみたいわぁんっ」
おれと女性構成員しかいないこの談話室で一際異彩を放っていた彼は、シンプルなデザインを売りにした洋服ブランドのカタログに載っているような容姿をしながら、クネクネと腰を揺らしながらおれの手を見ている。
仕草といい口調といい女性そのものであるが、見た目は二十代後半の男性であるため、どうやっても中身と外見のミスマッチ感が拭い取れない。
身体は男、心は女性という――――違和感が強すぎる、人物だった。
「後衛部隊のシノだよー! よろしくね、カズくんっ!」
そんなインパクトの強過ぎる、心が女性構成員の次に自己紹介をしてきたのは、笑顔が可愛らしい女の子だった。
おれより少し歳上ぐらいだろうか。あどけなさが残る笑顔を振りまく彼女は、アイドルとして活躍しててもおかしくない容姿をしていた。
「前衛部隊第二隊のカイです。勇ましい名前だとよく言われます、よろしくお願いします」
そして最後に名乗ったのは、いかにも箱入り娘という言葉が似合いそうな雰囲気のある女性だった。
年齢はトラさんぐらいと思われるが、言葉遣いや一挙一動から育ちの良さが滲み出ている、清楚な感じの女の人と握手を交わし、女性構成員達とおれの間の挨拶は一通り終わり――――
「はい、次はヒメちゃんですよ」
「えっ」
――――終わらなかった。
握手を終えたカイさんが、おかわりを準備し終えたヒメちゃんをおれの前に連れてきて、にっこりと笑う。
妙に威圧感を感じる笑みだった。
たとえるなら、スイッチの入ったルイスさんのような。
「え、ええっ? あの、カイさんっ。私は別に…………」
「カーズくん! あたしはネネ! 知っての通りこの子はヒメっていうの! ちょーっと気の弱いところもあるけど、あたしもヒメも同い年だから! 何かあったら気にせず声掛けてきてね!」
「ね、ネネちゃぁん…………!」
ひょっこりヒメちゃんの隣から顔を出した、カチューシャの良く似合うネネちゃんが「ほら握手!」とヒメちゃんに促す。
どうやら彼女達は改めて自己紹介をしたいそうだ、という事を理解したおれは「そういえばちゃんと名乗った事は無かったな」と思い出し、控えめに差し出されたヒメちゃんの手を握り、名乗った。
「……改めて、カズです。これからもよろしく」
「ふぁっ!? え、あのっ、よろしくお願いします…………」
ぎゅっ、と右手を握り返されて、離される。
想像していた通りの小さい手だったな、と思いながらヒメちゃんの顔を見ていれば、みるみるうちに彼女は頬を赤らめネネちゃんの後ろへ隠れていった。
耳まで赤いのだが大丈夫だろうか、と。あまりの赤さに心配して声を掛けると「大丈夫れす…………」と力無い返事が返ってきた。
…………本当に大丈夫なのだろうか。
「大丈夫大丈夫! この子ちょっと照れ屋なだけだから!」
「良かったですねヒメちゃん。カズくんと握手出来て」
「うぅ…………」
――――そうなのか。ヒメちゃんは照れ屋さんだったのか。
ネネちゃんから入ったフォローに「成程」と納得の意を見せるおれの視界の端で、『ほぉーう?』と含みのあるニヤけた顔でこちらの様子を窺っているリッパー。
彼の反応の意図が読めず、疑問に思いながらおかわりした紅茶に口をつけたところで、おれの周囲できゃっきゃっと騒ぐ女子グループの外から聞き馴染んだ声が飛んできた。
「うわぁ…………カズお前、いつの間にハーレム築いてんだ…………?」
「あ。来た脳筋男」
マスさんだった。
ナガさんの声に引き寄せられるように視線を向ければ、そこには若干羨ましそうな目でこちらを見ているジャージ姿のマスさんがいた。
いつもは立てている前髪が下りているため、爽やかなスポーツ青年といった雰囲気が強くなっている。
そんな風呂上がりのマスさんの横には同じくジャージを着たおじ様が立っていた。
こちらは見慣れているが、おじ様の気品にジャージが負けている感じが否めないコーディネートだった。
汎用性の高いジャージでも着こなす人を選ぶのだと強く思った。
「えーもうちょっとカズくんと話したかったなー!」
「ていうかいっつもマスくんと一緒じゃなぁいんっ? 偶にはこっちに寄越しなさいよぉカズくんっ」
「うるせえぞナベ! お前といたらオレの可愛い後輩に手は出させねえよ!
ほらカズ! ハーレム王になるのも良いけどオレとの約束が先だろ!」
正確にはいつの間に決まっていた予定なのだが、「早く行くぞ!」と急かすマスさんが少し寂しそうだと思ったので、おれはお茶とお菓子の礼をしてから女性構成員グループの中から抜け出す。
「バイバイカズくーん!」「またお話ししましょうねー!」と手を振る彼女達に軽く手を振り返すおれはマスさんと合流し、風呂上がりである先輩の後に続き彼の部屋に向かう。
「カズお前ホントにモテモテだな! 学校でも女子にモテるんじゃねぇの?」
「…………いえ、そんな事は無いです」
『またか』『おう』といった主語のない会話がおれの後ろで成立している中、茶化すように問いかけてきたマスさんにおれは淡々とそう返す。
これに対し「またまたぁ〜」といじめっ子のような表情をしたマスさんに、おれは以前『モテている定義』として知り合いから提唱された『告白された回数』を述べる。
「おれが誰かに好きだと言われたのは二回だけです」
「二回もあるんじゃねぇか! やっぱお前前髪上げときゃイケメンだからなぁ…………因みに付き合ったのか?」
「一人は知り合いで、もう一人は隣人としてお付き合いしてます」
「あー、友達の…………………………って、え? 隣人? …………え?」
たっぷり数秒ほど、口を半開きにしてこちらを凝視してきたマスさんに、この後部屋につくまで人生で二回だけの告白について事細かに語る事になるおれは、この時何故か後ろでおじ様とリッパーが深々とため息を吐いた理由が気になったのだが。
その答えを訊く前に、おれはマスさんから質問攻めに遭うのであった。




