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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
三章 組織とSF、帰る場所
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閑話 マスさんと話そう!


 組織に所属して一週間が経過した。

 最初は複雑だった施設内の構造も何となく記憶できるようになり、すれ違う組織の人達にも完全に顔と名前を覚えてもらえるようになったなと感じている、この頃。

 いつの間にか話しかけられる事に慣れ、暇さえあれば訓練室で手合せをするような仲になっていたマスさんが、何気なくおれに訊ねた。



「そういや、カズって何人家族なんだ?」



 場所は食堂。午前の訓練を終え、午後の訓練に向け腹ごしらえをするため焼き鯖定食に手を付けていたおれは、気さくな調子で訊ねてきたマスさんの真っ直ぐな視線からやや目を逸らしながら答える。



「…………母と二人で暮らしています」

「…………ってことは、シングルマザーなのかカズのところは!」

「はい」



 「はーっ」と感心の声を上げるマスさん。

 これまで交わしてきた他愛ない話でも薄々勘付いてはいたが、表情豊かに感情を態度に出す彼は、どうやらシングルマザーや片親といったそういう家庭の事情等に、偏見を抱かない人のようだ。


 世間の中には片方親がいないだけ人生全てが不幸であるかのような憐れみを向けてくる人もいれば、片親だからちゃんと育てられてないんじゃないか、などという差別的な事を思う人がいる。

 オレの通う学校の中にもそのような偏見ある態度する者がいるため、彼はどうなのだろうと思っていたのだが――――そういう家の事情を彼は気にしない性格であるらしい。

 流石というか、なんと言うべきか。

 何となく予想はしていたが、見事に想像していた通りの反応を返す、組織の先輩である。

 こんなオレを見かけ度に話しかけてくるような物好きさ。

 薄々察していた事だが、やはりマスさんは知り合いや隣人のような、いわゆる『変わり者』という人種に属する人物のようだ。



「…………この一週間くっついてなんとなく表情が読めて来たぞ。カズ、お前今オレに対して何か思ってることあるだろ」



 ――――いいえ、おれは褒めてるだけです。

 心の中でそっと、疑いの目を向けてくるマスさんに返答するおれは、まだ話したいことがありそうな組織の先輩に話の続きを促す。

 どうぞマスさん。話の続きを。



「…………まぁ、通りで年の割にはしっかりしているわけだな! いつも冷静だし、組織に入りたてで色々慣れてない所もあるだろうに、組織の中に馴染もうと頑張ってるしな! オレなんかカズと同じぐらいの歳にはバカばっかやってたからなぁ…………」

『なんかそれ、スッゲー簡単に想像出来るな』

『うむ』



 オレの両サイドで片やフライドポテト、片や紅茶を楽しむ亡霊二名に「だろ?」とマスさんは照れ笑いを返す。

 自分がバカにされると軽いノリで訂正に入る彼だが、今のリッパーの発言はスルーされる範囲であるらしい。

 定食のメインディッシュである焼き鯖を皮の模様に沿って解しているオレの皿から、さり気なく高野豆腐ときんぴらごぼうのトレードを行うにんじん嫌いな先輩は、オレの身の上話を発展させていく。



「シングルマザーってことは、カズのところはかーちゃんが働いてるってことだよな? 家事とは誰がやってるんだ?」

「…………家のことはオレが全部やってます。母は仕事で忙しいので」

「はー、全部かぁ…………ん? 全部?」

「はい。全部やっています」



 驚いたように目を見開くマスさんに、「そんなに驚くような事だろうか」と疑問に思いながら、オレはこの世界に来てから行っていない自宅での生活習慣を少し話す。



「帰ってからまず洗濯機を回して、その間に軽く部屋の掃除をします。掃除が終わったら夕食を作って、食事をして、後片付けをしたら洗濯物を干します。それから課題をしてお風呂に入って寝る…………という感じで家事をしています」

「…………マジで全部やってるのかよ。高一なのに偉いなお前」



 心底感心したと言うようにしみじみとおれを見てくるマスさんに、そんな反応を示す彼自身が不思議で仕方がないおれは「そうですか?」と香ばしい焼き鯖とふっくらとした白米を咀嚼しながら、小首を傾げる。

 「そうだぞ」とマスさんは自分の事のように誇らしげに答えた。



「洗濯だけじゃなくて自分でメシも作るんだぞ? 自分で! メシを! 高校の調理実習でやったけど、分量とか味付けとか焼き時間とか、あんな手間のかかる事を毎日やってるんだぞ? オレからすればそれだけでスゲェよ!」

「…………そうですか?」

「それが普通になってるのもスゲェところなんだけどな」



 おれからすれば家から帰って直ぐに手を洗う習慣と同じ様なルーチンを、「凄い」と連呼し褒め称えるマスさん。

 ただの日課に褒められる覚えなど無いおれはそんなマスさんに益々「何故そこまで褒めるのだろう」と疑問を募らせながら、では、と。惜しみ無く称賛してくる先輩にこんな質問を返してみた。



「マスさんは普段家で何してるんですか?」

「オレ? オレはなー…………アニメ観たりメシ食ったり寝たりしてるな」

「…………アニメ、ですか」

「おう」



 意外な言葉が返ってきたため、おれは鯖を啄く箸を止めた。

 そういう二次元と呼ばれる類のモノに偏見があるわけではないが、まさかマスさんのような陽気で現実世界及び青春を全力で謳歌しているような青年が、アニメを観るというイメージが全く無かったのだ。



『アニメってアレか? ほら、絵が動くヤツ』

『煌びやかになったり色が変わったりする奇妙な絵画の事か…………』



 無論時代的にアニメなどという文化が無かったおじ様とリッパーが口々にアニメについて憶測を交わす中、視界の隅で班長さんが席を立つ。

 再び焼き鯖を解し始めたおれは白いご飯のお代わりに手を付けながら問う。



「ちなみにどんなアニメを観るんですか?」

「それはなッ!!」



 瞬間ぐっと身を乗り出したマスさんは、目をキラキラと輝かせながらいきいきと。

 堰を切ったように、語り出した。



「午後六時枠のアニメはまず全部網羅だな! 月曜はオレが小学生の時にやってたシリーズとスマホゲームをアニメ化したヤツを連続で観るだろ? 火曜はアメコミ映画のアニメバージョン、『マジバスごん左衛門』、少女アニメ! 水曜はカードゲームアニメと最近話題沸騰中の陰陽師アニメ、木曜は少女アニメが二つ続いてからの超人気ゲームシリーズのアニメ! そして海外でも大人気の忍者アニメ! 金曜だけは半から妖怪アニメ!

 夕方は小学生向けのモノが多いがこれが中々面白くてな!? 特に少女アニメは途中からでも楽しめるように作られてるからいつも一定のクオリティで楽しめる! 男のオレでもあれは面白い!」



 ――――と。

 夏休みに虫籠と網を持って山へ昆虫採集に赴く少年の如く無邪気な笑顔で、熱血テニスプレイヤーのような熱弁を振るうマスさんは、「なあカズ!」とおれを見る。

 強く堅く拳を握る彼の姿に、おれは嫌な予感を覚えた。


 なんというか――――マスさんがこんなにもアニメについて熱く語るとは思っていなかったため、背中に灼熱の炎を背負っていそうな気迫である彼に気圧されるおれは、一つ新しくマスさんについて理解を深めた。

 人は見た目によらない。その言葉は真実であるとおれは強く実感した。



 マスさん、大学のサークルで接戦して合コンとかやってそうに見えて、実はアニメオタクであったらしい。

 しかも、かなり重度の。



 オタクとしてのスイッチが入ってしまったらしいマスさんは、ニッコニコと表情を輝かせながらおれの肩を掴む。

 がしっ、と力強く掴まれるおれの両肩。

 無言できんぴらごぼうを飲み込んだおれは、この後おれ意見を聞かずして物事が進みそうな――――喩えるなら『どっちが美味い料理を作れるか』と料理音痴な知り合いとそもそも料理をした事がない隣人の妙な争いに巻き込まれた時のような。

 そんな逃れようのない運命を目の前にしたような感覚をひしひしと感じながら、そっと前髪の下から情熱的な先輩の表情を窺えば。



「面白いと言えば深夜アニメも最近面白いんだけどな――――よし、カズ!!」



 訓練中の手合わせの時以上に昂揚した笑顔を浮かべるマスさんは、意気揚々と告げた。



「今日午後訓練終わったらヒマだよな? 先輩後輩としての交流会も兼ねて、一緒にアニメ観ようぜ! な? よし決定!!

 さっさとメシ食って午後の訓練しようぜ!」



 そう告げるや否や、高速で残っていた昼食を口の中にかき込むと「ご馳走様!」と空になった食器とトレーを返却口に返しに行くマスさん。

 暫し呆然と箸を止め、心なしか軽い足取りで食堂の出入口に向かっていき「じゃあ先に待ってるぞ!」とこちらへ手を振る先輩に、控え目に手を振り返せば。



「あっ、そうだ! 親父さんと兄貴も参加な! 食い物とはこっちで全部用意しとくから、楽な格好で来いよ!」



 同じくおれを挟んで動きが止まっていた亡霊二名にそう宣告したマスさんは、鼻唄を歌いながら昼時の食堂を去っていった。

 嵐のような去り方だった。


 残されたおれとおじ様、リッパーはたっぷり数秒程沈黙をその場に漂わせた後、ポツリとリッパーが一言零したのをきっかけに動き始める。



『…………なんつーか、口を挟む間もなかったな……』

『うむ…………鋭撃兵マスにあの様な一面があるとは…………「あにめ」とは一体どういうものであるのか』

『関心が向くのそこかよ』



 すっかり冷えたフライドポテトを口の中に放り込むリッパーは、紅茶のお代わりを取りに席を立つおじ様にツッコミを入れる。

 おれはというと、マスさんが先に行って用意しているということなので、待たせるのは悪いと面白い食事を進める手を早めていた。



 因みに、その日の訓練後はマスさんの宣告通り、夜中耐え切れず寝落ちするまでマスさんの部屋でアニメ鑑賞会をした。

 以来マスさんは頻繁におれにアニメの話を吹っ掛けてくるようになり、自然とおれとマスさんが共に行動している時間が増えた。

 マスさん曰く「カズをアニメ沼にハマらせる」との意図があってのことであるらしい。

 言葉の響きになんとなく恐ろしさを感じるのはおれだけだろうか。



 余談だが、リッパーは二時間程で横になったまま動かなくなり、おじ様はというと最初から最後まで真剣にアニメを鑑賞していた。

 しかも鑑賞後は事細かに感想を述べていた。

 次回はおじ様の好みに合わせたアニメを持ってくるとマスさんは言っていたが。


 おじ様が何気にアニメを楽しんでいるのは、おれの気のせいだろうか。




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