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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
一章 灰色の空と橙の炯眼
4/79

ーー2

 ――――おれの帰る場所が無くなっていた。

 それも物理的に。



「…………ぬう………………」



 学校から一番近い、地元のスーパーより品揃えが良いと評判なコンビニエンスストアの前。クズ紙とペットボトルに分別出来るようになっているゴミ箱の前にある駐車場のブロックの上。

 そこに腰を下ろしているおれは、半分放心状態で無人の車道を見詰めていた。

 ――――少しおれは甘かったのかもしれない。


 まさか――――自宅が無くなっているなんて思いもしていなかった。



「…………ぬぅん……………………」



 ――――もしかして今日はこのまま、野宿するしかないのだろうか。

 現実逃避か、それとも現状に順応しようとしているのか。

 今、自分の思考がどのような変化を辿っているのか。

 自分自身、それすらも分からないまま、おれは黙考する。


 今後おれはどうするべきなのだろうか、と。




 家に帰ろうと歩き続け、自宅のマンションまで後三十メートルといった地点。

 その先からおれは進めなかった。

 いや――――進む意味が無かった、と言えるだろう。


 おれの住んでいるマンションは築五年の八階建てで、ようやく土地開発の進み始めたこの街において二番目に新しい分譲マンションだった。

 玄関ロビーにおける二重のセキュリティに、部屋一つ一つそれぞれ型の違う鍵。なにより目と鼻の先には警備会社の支店があるという安全性を売りにしているマンションであり、そのため田舎である土地の住居としては家賃が桁違いに高いため、『お金持ちが住む』ということで地元ではかなり有名なマンションだった。

 白い外壁と絢爛な装飾で彩られたどことなく中世ヨーロッパの建築物を思わせるそのマンションは、いかにも懐に余裕のある富裕層が住まう住居であり、住宅街の中でも一際目立つ建物でもあったためか。ある種の名物として町の人々から親しみを持たれていた。

 

 そんな『ホワイトハウス』の愛称まである自宅まで、残り三十メートルといったところで、おれの足は止まった。

 その先にある住宅が荒れ果てていたのだ。

 それも嵐が来た、や。竜巻にやられた、など。

 そんな天災によってもたらされた荒れ方ではなく。


 ――――消滅、していた。


 舗装された道路など無く、無論マンションなど姿形も無く。

 所々草臥れた雑草が生えている、平たな大地がどこまでも広がっているだけだった。

 森林や山々を全部取り払ったかのような、開拓する前の更地といった印象の真っ平らな地形が、サバンナの様に地平線の彼方まで広がっているだけだった。


 そこに、おれの帰る場所は無くなっていた。



「…………ぬ、ぅん………………」



 よって『寄り道せず帰宅する』という小学生でもできる目的を失ったおれはこうして、路頭に迷うことになってしまった。

 行く場所のないおれは人工的なコンクリートの地面と、自然的な大地の境界でしばらく立ち竦んだ後――――家がない以上はこの灰色の空の世界で絶対に安全だと言える場所は無いのだろう、と考え。



「……………………ぬぅ…………ん…………」



 ひとまず、万が一天候が崩れた時に備え、雨を凌ぐための傘を一本買っておこうと思い立ち、安いビニール傘を求め来た道を戻り常連としているコンビニへ移動したのだが。

 ここでまたも問題が発生する。


 まさかコンビニに傘どころか、商品と言えるもの自体何も置いていないなんて、思ってもいなかった。



 鉛筆から靴下、スナック菓子に冷凍食品まで。

 生活に必要な物はほぼ全て揃うと言っても過言ではないコンビニエンスストアは、年中無休で二十四時間営業の小売店。

 頻繁におにぎり百円セールをやっている上に、日用品まで買い求められる、学生から一人暮らしの老人まで幅広い年層の人々が利用できる店だ。

 人がいなくなったこの街を、単純にゴーストタウン化しただけだろうと予想し行動していたおれの、『人がいないなら必要な物はコンビニでお金だけ置いて調達しよう』と企てていた計画は、想定外のところから崩された。


 傘を求めて立ち入ったコンビニに、何も無い。

 空調は利いている。冷凍商品やアイスコーナーは冷たい。レジの横に置いてある肉まんを温めるスチーマーには熱が通っていた。

 だが、何も無かった。

 雑誌のラック。陳列棚。ドリンクコーナー。

 果ては悪いと思いながら忍び込んだコンビニの裏方にいたるまで。

 全て――――飲食物や衣服、筆記用具から書籍まで、何もかも存在していなかった。


 建物だけの、がらんと空っぽのコンビニ。

 ゴミ箱ですら中身の入っていないその場所は、まるで外見だけを取り繕ったハリボテのようで。

 なんとなく居心地が悪く、店を出て直ぐ近くの車止めの上に座り虚空を眺めるおれは、ゆっくり今後について考える。


 ――――やはり、野宿するしかないのだろうか。


 もし家が無いまま夜を明かすことになるのならば、おれはどこで寝泊まりすればいいのだろうか。

 出来るだけ家の近くにいたい、という気持ちがどこかにあるため、出来るならマンションのあった場所の近くにある宿泊施設に泊まりたいところだが――――残念なことに、この街の宿泊施設など駅前のビジネスホテルしかない。

 家から遠いので却下だ。

 恐らく近くの住宅もこのコンビニ同様、無人の空き家であると思うが、流石におれは他所様のお宅に不法侵入するつもりはない。常識的に考えたらそれは犯罪行為からだ。


 だとすれば安全面を考慮し、マンションまでの行き道に建ってるこの無人コンビニエンスストアで一晩過ごすべきだろうか。それならギリギリ犯罪では無いだろうし。

 商品は無いのに電力は通っている小売店へ振り向き、ぬぅんとおれは唸る。


 ――――気は引けるが、今日の寝床は最悪ここにするか。


 空調も利いて電気もつく。それだけあれば寝泊りするには充分だろう。

 もしこの後の街の探索で元の、空に色がある場所に戻れたなら、このコンビニは使わないのだし。

 それにこのコンビニにいれば、おれ以外にこの原因不明な現象に巻き込まれてしまった人が現れるかもしれない。



 ――――そう考えたおれは、拠点とする場所を一時この無人のコンビニにすることに決め、次に当分の目標を定めることにする。


 ……しかし、どうしてこうもおれは異常事態にも関わらず、冷静でいられるのだろうか。

 不意に、そんな疑問が過ぎり思考する。

 いつか知り合いと見た似たような現象の起きたパニック映画では、主人公や登場人物は錯乱とも言っていい程に正気を失っていたのだが。

 状況があの映画とは違うから、だろうか。あの映画の登場人物とおれの現状の違いといえば、今のところまず見た限りの地形が住み慣れた街であること。無人であるだけで、生命が危険にさらされるようなものは無いこと、だろうか。

 あれはゾンビが出てくる映画であったからな、と。何となくそんな風に思いながら、無色の視界をぼうっと眺める。

 最初は恐怖の対象でしかなかった色の無い視界も、街中を支配しているこの静寂も、少しずつ慣れてきた今では殆ど何も感じなくなっていた。とはいえポツンと置き去りにされたかのような心細さが無くなったわけではないが。


 …………もし、この場に知り合いがいたならば。こうして遠くを眺めて物思いに耽っているおれのことをまた『呑気』だと怒るだろうか。

 このような緊急事態においても、平素の態度を崩さず冷静に対応する人のことを『マイペース』であるといい、おれもその『マイペース』な性格をしていると知り合いに度々呆れられていたのだが。

 ……そうだ。知り合いで思い出したが。先日、後頭部に硬式野球ボールが直撃したぐらいで今にも泣きそうになりながら取り乱した知り合いが半ギレで「馬鹿でしょ!?」とあり得ないものを見るようにおれを睨んだ。

 彼女があれほど怒った理由が、未だに分からない。

 ボールが当たったのが、たとえば女の子や壮年を過ぎた教師であるならおれだってかなり本気で怒るだろうが、俺の身体が他人より丈夫であることはおれも、彼女もよく知っている筈だ。

 別に生死に関わる問題では無かったはずだ。

 なのに何故、彼女はあんなに顔を真っ赤にして激怒していたのだろう。

 どうしてたったあれだけのことで、あの時、彼女は自分の事のように怒ったのだろう。

 その答えは、そういえばまだ、出ていない。


 ――――うぬ。

 話が。いや、思考が脱線してしまった。

 それより今は、後の目標について考えなければ。



「……さて」



 固いコンクリートの上に座り続けていたため、臀部が痛む。

 車止めから立ち上がったおれはこの後探索のため長時間歩き続けることを考え、軽く屈伸するなどして足のストレッチをしながら、脳内で計画を立てていく。


 ――――しばらくの拠点はここ、コンビニエンスストア『マルMISE』にするとして。

 ゴーストタウン化したこの街について。今のおれは空が灰色で生き物の気配がなく、マンション周辺の住宅街は荒地と化し、コンビニの商品は全て消失していることしか、現状を理解していない。

 空が灰色になっている異常。街が無人になった理由。一部荒地になっている原因。コンビニから商品が消えた謎。

 おれには分からないことが、多過ぎる。

 これらの謎や原因を探り、元の街に戻るためにも――――少しでも情報を手に入れて解決の為の手掛かりを掴まなければ。

 …………知り合いが勧めるSF映画の見過ぎで、街に戻るだとか、そんな発想にいたっているのだろうが。


 それに、おれ以外にもこの無人街に迷い込んでいる人がいるかもしれない。

 おれ以外の被害者がいるなら、その人と協力した方が一緒に原因を探れて良いだろうし、一人より二人の方が心強いだろう。


 なので当分の目標として『街全体を探索し手掛かりを探す』『他の被害者と合流する』の二つを掲げる事にしたおれは、それでは街の探索を始めよう、と気合いを入れて拠点マルMISEを出発しようとし――――



「……………………いや」



 ここで重要な事に、気が付いた。



「……食糧と水は、どうするべきだろうか」



 踏み出そうとした足を、止める。

 ……うぬ。寝床あるから大丈夫だろうと、かなり楽観視してたが…………。



 訂正しよう。

 知り合いの言葉を借りるのならば、案外、今の状況は“マズい”のかもしれない。


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