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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
三章 組織とSF、帰る場所
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二話 診断ー医者と診査ー



「じゃ! オレ訓練室にいるから、暇なら来いよ赤神父ー!」



 ぶんぶんと手を振るマスさんがだんだん犬に見えてきながら、食後の運動をするという鋭撃班員とエレベーターで食堂から一つ上の階に上がったところで別れ、おれは班長さんの後に続きマスさんが右折していった十字路を真っ直ぐ進んで行く。

 数メートル進んだところで「こちら医務部」と、女子高校生がデザインしたかのようなポップな印刷の標札が壁に掛けられているのが見えた。

 小児科の病棟に来た気分になる。確か、昔母さんに連れられ行ったことがある病院もこんな感じだったか。



『懐かしい匂いがすんな』



 すん、と鼻を鳴らしてリッパーが郷愁を呟けば、白衣を身に着けた男女が往来する硝子の自動ドアが正面に見えて来た。

 しゅん、と小さな音を立て開く硝子のドアを通り抜ければ、アルコールや湿布といった薬品の匂いが鼻を擽る。

 リッパーの言う懐かしい匂いとは、この病院特有の薬品の匂いのことなのだらしい。


 『あまり好まぬ匂いであるな』と眉間を寄せるおじ様に対し、懐かしい匂いに上機嫌のリッパーの鼻唄を聞きながら「治療室」や「検査室」と扉に表示された部屋が並ぶ廊下を渡り、医務部の奥に進むと、白色の広い廊下は開けた空間に行き着いた。

 自動販売機があり、幾つかソファーとカウンターテーブルが設置されている。

 小洒落たバーを髣髴させるその場所は談話室であるらしい。

 途中すれ違った人よりゆったりとした空気を纏う白衣の男女が数名、会話をしたりカウンターで飲み物を頂いている。


 班長さんは迷わずバーカウンターの内側に回り込むと、棚に置いてあったウイスキーのボトルを一本手に取った。

 何をするのかとカウンターの外側から班長さんの動向を見守っていれば、カウンターでグラスを片手に談笑していた白衣の男女が談話しながらカウンターから離れていく。

 さながらそれが自然の流れであるようにカウンターから移動した白衣の人達に「これから何が起こるんだ」と疑問に思いながら、班長さんへ視線を戻せば。

 班長さんは慣れた動作で、瓶のウイスキーボトル振り上げ――――床に叩きつけた。



「あ」

『ぬ』

『オイ』



 パリィンッ――――と硝子の割れる高い音。

 バラバラと砕けた瓶の破片が床に落ちる硬い音が続き、同時に瓶から飛んだ黄金色の液体がカウンターテーブルを汚す。


 ――――何を、しているのか。


 班長さんの奇行におれがその疑問を口にする前に、丁度班長さんが瓶を叩きつけた場所から――――のそっ、と。

 重々しい気配がした。



『うおっ…………』

「ん〜…………」



 大きな欠伸が聞こえ、僕とおじ様達で見守る中、カウンターテーブルからゆっくりと頭が生える。

 寝ていた状態から起き上がったかのような動きだった。

 見れば根元と毛先が淡青色である金色の頭髪が濡れ、小さな瓶の破片が乗っている。

 班長さんはどうやら、カウンターの向こうで軽く伸びをする人物の頭に瓶を叩きつけたらしい。

 れっきとした障害沙汰だ。

 リッパーが引くほどの。


 だが。



「あ〜…………班長く〜ん。起こすならもっと優しく起こしてよ〜」



 内容液がテーブルに飛び散る程派手に瓶を叩きつけられたにも関わらず、驚くべきことに無傷であるその人物は、濡れた頭を手で払って瓶の破片を床に落としながら班長さんに文句を言う。

 『無傷かよオイ』とおれの隣でリッパーが唖然として呟いた。

 ダメージすら感じさせないその人物の様子に、おれも内心では戸惑っている。


 果たしてヒトは瓶で思い切り頭を殴られても、平気でいられるような頑丈さを持ち合わせていただろうか――――と。



「俺もっと可愛い女の子に起こして欲しいな〜」

「知るか。それよりテメーに客だ」

「客〜?」



 寝ぼけているのか。

 ん〜? と項を指先で掻きながら首を捻る、低い声の彼は、ゆっくりと焦点の定まっていない視線を班長さんからおれに移し、数回まばたきをする。



「…………あ〜……もしかして、串刺し公?」

『うぬ』



 おじ様が答えると、彼の目が見開かれた。

 ライトグリーンの瞳が一瞬で輝きを放ち、頬を朱に染めた彼はそれまでの億劫そうな動きはどこへ行ったのか。

 がばりと、勢い良く立ち上がった。



「串刺し公! キミが! うわぁぁぁ会いたかったんだよね!!」



 立ち上がった彼におれは、目を疑う程驚いた。

 班長さんの隣に立つ、白衣を着ていた彼。


 …………おれの目の間違いでなければ、彼の肩近くに班長さんの頭がある気がする。


 気のせいでなければ、彼の頭から数センチの距離に、天井から吊り下げられた電球があるように見える。

 おれの目が正常であれば、彼の等身が人間離れしているように認識できる。


 両隣の表情を窺ってみれば、おじ様は無言で白衣の彼を見たまま硬直し、リッパーは唖然と口を開いて『オイ…………』と困惑と動揺の混ざった吐息を零していた。

 二人の反応からおれは悟る。

 おれの目は、正常だという事。

 そして、白衣の彼が普通ではないということを。


 自分の身体機能が正常だという確証が得られたおれは安心して、無邪気な笑みを浮かべる白衣の彼に堂々と心の中でツッコんだ。



 ――――なんか、でかくないか?



「へぇ〜、串刺し公っていうからもっとゴツいの想像したけど、思ったよりちっさいし若いんだね〜」



 寝起きの熊のような印象から一転。

 無邪気に高揚している彼はカウンターテーブルに足を掛けると、階段昇降するように乗り越え、おれの前に移動した。

 数秒足らずの出来事である。脚のリーチが違うと思った。

 そして彼の体格の異常さは、実際に彼と並んでみるとより明瞭に実感出来た。


 ちっさい、と。

 おれを見て彼は小さいと言ったが、一応おれは身長百六十センチある。

 まだまだこれから成長期であるので、まだ伸びる予定がある。個人的希望だが。

 こんなおれより高い位置に顔があるおじ様は目測からして百八十センチは有るだろうし、リッパーもおじ様より低いが百七十センチ後半は確実にあるだろうと分かる。


 しかし、目の前の白衣の彼はおじ様より頭の位置が高いわけで。



「全体的に華奢だし、おめめ見えないけど顔立ちは良さそうだし…………うん。俺今度からこの子に優しく起こしてもらいたいな〜。声にもよるけど」



 おじ様が小さく見える程の長身を誇る彼は柔和な笑顔を浮かべながら、うんうんと、おれを見下して頷いている。

 おれを見る彼の目は親しいものを見るような、友好的なものだ。


 よく見れば顔立ちが西洋寄りで、もしかしたら海の向こうの国の違う混ざった人なのかと頭の端で思いながら、「彼の態度は拙いんじゃないかと」おれは予感する。

 初対面で、無遠慮に友好的な、この態度。

 マスさんの場合は犬と思えと言われるような認識であったが、恐らく、マスさんより歳上だと思われる彼の場合は――――



『…………して。貴様は我が子に何の用であるか?』



 ――――串刺し公が、牙を剥く。


 静かに問いかけたおじ様の、声。

 粛然と投げかけられたその言葉に込められた敵意と侮蔑を知るおれは、いつでもおじ様を止められる言葉を探しながら事の行く末を見守る。

 大剣さんの二の舞になりそうな気がしたからだ。


 ――――それに、いざという時はリッパーに止めてもらおう。


 どうやら亡霊同士なら互いに触れ合うことが出来るらしいので、おれじゃ手に負えない時はリッパーに手伝ってもらおう。

 本人曰くおじ様より常識的であるようだから、この場で暴れるような事はしな――――



『それ俗に言う「ナンパ」ってヤツか? 下世話な意味でうちの末っ子に関わろうってんなら解体(バラ)すぞテメェ』



 ――――しないだろうと、思っていたがどうやら違ったようだ。うむ。


 自称おじ様より常識的と豪語していたリッパー。

 彼はおれを背中に隠すように前に出て白衣の彼に文字通り、犬牙を剥いている。

 唸るように吐き出された意思確認は明らか様な敵意が込められており、右手にはジャージのどこに仕舞っているのか不明な小型ナイフが握られていた。

 自称おじ様より常識的な亡霊は、この場の誰より白衣の彼を殺害する気満々だった。


 おじ様より常識的とは、一体何を意味していたのだろうか。



「ああ、ごめんね〜。挨拶してなかったね〜」



 おじ様に軽蔑の眼差しを、リッパーから殺意を向けられている白衣さんは二名の亡霊から向けられる敵対的な態度を知ってかそれとも知らずか。

 のんびりとした様子でマイペースに振る舞う彼は、柔和な笑みのまま話す。



「俺はここの支部の医者で、一応医務部の部長やってるルイスって言うんだ〜。日本人とアメリカ人のハーフで国籍は日本。

 これから串刺し公くんの健康診断を担当する医者だよ〜。

 あとナンパじゃないよ〜? 起こしてもらうなら班長くんよりこっちの方が断然良いって話〜」



 目尻を下げ「勘違いさせたならごめんね〜?」と謝罪を口にする白衣の彼――――ルイスさん。

 どこかで聞いたことがある間の抜ける声で頭を下げる彼は、体格こそ威圧的であるものの、性格は非常に温厚であるらしい。


 なるほど向こうの国の血が入っているからそんなに背が高いのか――――と、東洋系の人種としては異常に頭の位置が高い理由を推測するおれの横で、ルイスと名乗った医者の青年を睨みつけていた切り裂きジャックは小型ナイフを仕舞う。



『ナンパじゃねぇなら良い。悪かったな、脅したりしてよ』



 手のひらを反すようにあっさりと敵意を消し友好的な態度になるリッパーは、何事も無かったかのように爽やかな笑顔で握手を求める。

 小型ナイフがどこに仕舞われたのか視認できなかったおれは、何食わぬ顔でルイスさんと握手したリッパーにこう思う。


 ――――多分この人、熱しやすく冷めやすい性格の人なんだろうな、と。


 これまで苛立っては直ぐに何でもないような顔をしていた藍眼の彼は、沸点は低いが怒りが持続しない。一度怒ると全てリセットされてゼロに戻る。

 そういうタイプの人物であるようだ。



『あっ』

「あれ? 透けた」



 そして少し抜けているようだ。

 自分が亡霊であるということを忘れていたのか、握手を交わそうとして見事に差し出されたルイスさんの手をすり抜けるリッパーは、『あー…………』と気まずそうに視線を漂わせて、伸ばした手を引っ込める。



『よろしくな!』



 取り繕ったリッパーだったが、微妙な空気までは取り繕えなかった。

 短気ですぐナイフを取り出すところさえ改めれば、社交的な良い人なんだろうなと、若干表情が引き攣っている横顔を見たおれは、今度はおじ様の方を見遣る。


 こちらはこれからおれの健康診断を担当する医者だと名前と目的を明言されて、少しは怒りが収まっているかと思っていたが、そうでもなかった。

 彫りの深いかんばせに軽蔑ではなく、警戒と不信感を表し、不審な行為が無いか監視するような冷たい双眸でじっとルイスさんを見つめるおじ様。

 リッパーのように気を許したところは微塵も見当たらず、城壁を思わす重々しさを背負ってただルイスさんを見る串刺し公に、薄ら寒気を抱いた。

 大剣さんの場合のように怒りを顕にするわけではなく、静かに、感情を内に秘め、牙を突き立てる好機を待っている獣のような恐ろしさを、おじ様は纏っていたのだ。


 その牙が自分に突き立てられることは無いと分かっていても、隠された牙がいつ剥き出されるか。

 その時はおれはおじ様を止められるだろうか、という緊張感と自信の無さからくる不安で居心地の悪い気分になるおれは、それでも有事に備えおじ様とルイスさんの間に半身を置く。

 やらないよりは被害がマシだろうと思ったからだ。



 そうした備えをおれがやっている内に、こちらを一瞥した班長さんが「後はコイツに色々訊け」と言い残し、食堂で纏めていた書類をルイスさんに渡して談話室を出ていく。

 書類を渡されたルイスさんは「相変わらず愛想がないよね〜班長〜く〜ん」と、同意を求めるように投げ掛けながら、軽く書類に目を通すと、どうにも気の抜ける笑顔で言った。



「じゃ、そろそろ健康診断始めようか〜。診察室まで案内するから着いてきてね〜」



 笑えばあどけなさが残る顔貌に「マイペース」という言葉を脳裏に浮かべるおれは、歩き出したルイスさんの広い背中を追い移動を始める。

 「ここの組織って広いでしょ〜? 俺もたまに迷うんだよね〜」と長年の友に対するように話しかけてくるルイスさんの声を聞きながら、ふと気になってカウンターテーブルの方を見れば、グラスを傾けていた男女が仕方ないと言うように散らばった瓶の片付けをしていた。


 そういえば班長さんも放置していたが、あのバイオレンスな起こし方はいつもなのだろうか。

 だとすればルイスさんはどれたけタフなんだろうと思いながら、心電図モニターや担架が往来する医務部の廊下を、体格的に目立つ医者について歩いた。




 ――――そういえば。


 現時点でかなり浮いている背中を眺めていたおれは、トラックの中で班長さん言っていた言葉を思い出す。


 ――――医務部の中で一番目立つヤツは、構うだけ無駄だと言っていたけど…………。


 気にするな、とも言われていたその一番目立つ人物とは、ルイスさんの事だろうか。

 構うだけ無駄とは、どういう意味だろうか。


 班長さんの言った言葉の意味を考えている間に、先を歩いていたルイスさんの足は止まる。

 目的地についたようだ。

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