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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
二章 防衛組織と前衛部隊
22/79

二話 対面―鋭撃班-


『わっ、我が子ォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?!?』



 しん、と。俺を中心に数十名の兵士が作り出す沈黙に胸のあたりを圧迫されながら、白さの欠片もなくなったカッターシャツに「これはもう買い替えないといけないな」と考えていたおれに、声を裏返したおじ様が絶叫した。

 見ればおじ様はわなわなと震えながらおれを凝視している。

 いや、正確にはおれの右腕を見ているようだった。

 …………今にも泣き出しそうな顔で。



「…………おじ様?」



 周りの目とおじ様の何か訴えたそうな涙目に耐え切れず、おそるおそる声をかけると、残酷と謳われたかつてのワラキア領主はごくりと一度、言葉を飲み込んで。



『わ、わがっ…………子? う、腕…………お前、右腕…………!』



 右腕。――――はて。

 震える手で指さされて、腕がどうかしたのかと持ち上げて見てみれば思い出した様に激痛が走り、だらりと肘からぶら下がる前腕がおれの目に入る。

 心臓の鼓動に合わせてドッドッドッと脈打つ痛みに、そういえばと思い出す。


 ――――化け物の攻撃の盾にしたっけ。



「…………折れてるみたいだ」



 面白いことに、肘から先の感覚が全くない前腕を軽くつつき、神経自体はちゃんと通っていることを確認しながら、客観的所見をおれは述べる。

 ――――と。



『――――わっ』



 ぶわぁっ、と。

 おじ様が、泣いた。



『我が無力なばかりにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい――――――――っっ!!!!』



 大号泣である。

 複数人の大人が見ている中、駄々っ子もドン引きな迫力で涙を流すおじ様に、周りの空気が軽い軽蔑と動揺に染まるのをおれは肌で感じ取った。

 正直な話をしよう。

 おれも、このおじ様の泣きっぷりには引いている。

 三十路過ぎた男が目やら鼻から大量の体液流していたら、誰だって引くと思う。

 現在、おれだって引いてる。

 大人の大泣きには。



『我がっ、我が全盛期ほどの力を持っていれば…………! 我が子が、重傷を負う事は無かったであろうに…………!』

「…………おじ様………………」

『我は…………っ、今から自らを処刑せねばならぬ!』

「おじ様、まずは涙を拭こう」



 そっと血で汚れないように最新の注意を払いながら、奇跡的に汚れていなかったハンカチを差し出せば、涙に濡れるおじ様は受け取ったハンカチで目頭を押さえる。

 優雅だ。

 続いて折り畳んだハンカチで垂れた鼻水を拭い取る。

 優雅だ。ハンカチ汚れたけど。



『すまぬ…………本当に、すまない事を…………!』



 丁寧に畳んだ鼻水付きハンカチをおれに返却するおじ様。

 橙の瞳が涙で濡れてちょっと綺麗だとか思ったが言葉にはせず、おれは代わりにぽんとおじ様の肩を叩く。



「自分を処刑にだなんてしないでほしい。おれが困る」



 おじ様が自害するのを止めるのに。

 だっておじ様とおれの体格差を考えてみよう。

 片や百六十センチメートル、標準体型。

 片や百八十センチメートル、筋肉質。

 熊と人間並みの体格差である。

 苦労は目に見えている。



『我が子ぉ…………』

「……大丈夫、腕ぐらい治る」



 おれが過去にどんな怪我をしてきたか知っているくせに、骨折ごときで鼻をすするおじ様が本当にいい人だと思うおれは、十字架槍を肩に担ぎ脱ぎっぱなしでどこかに放置している上着を探す。

 おれの持つ十字架槍に体を貫かれ、体内に侵入した槍の一部が増幅したことにより体の内側から串刺しにされた化け物の出血は、もう止まっていた。


 後で食べたかったため猪には使わなかった十字架槍の能力を使用したため、折角少し回復した空腹感が蘇り出したおれは、化け物と兵士の攻防の中で吹き飛ばされたのか。

 化け物登場直前まで腰掛けていた瓦礫の上に畳んで置いていたはずが、今や猪の死骸に引っ掛かっていた学ランを見つけ、血みどろになった上着を拾い上げると。



「…………あの」



 と、改まった態度の勇者さんに話しかけられた。

 上着と槍を抱えて振り返る。

 そこにはおれが化け物を串刺しにしてから放心状態だった兵士達が、緊張した面立ちで並んでいた。

 ずらりと並ぶ兵士達の目線は全て、おれに注がれている。

 その目に浮かぶのは戸惑い、興味、疑心、羨望、そして恐怖。


 何故彼らはおれのような子どもに恐怖しているのか。

 その理由は少し考えれば――――ああ、確かに。

 いくら兵士と言えども全身血塗れになった人間を見れば、そりゃあ戦々恐々とするだろうと、おれは推測する。

 おれだって近くに血塗れの人間が立っていたら驚くだろう。



「あなたが…………ウラド・ツェペシュさんですか?」



 そういった思考をするおれに、どこかで聞いたことがあるが知らない人名を口にした勇者さん。

 張り詰めた糸であるなら今にも切れそうな程の緊張感を持って返答を待つ彼に、「ウラド・ツェペシュ?」と口の中で唱えるおれは、“串刺(ツェペシュ)しにする者”という意味を持つ言葉に、ちらりと目元の赤いおじ様の表情を盗み見て。



『…………なんと、我が子が我とまち――――』



 直後。



「《超☆右拳近距離問答無用発射(グレイテスト・ライトハンズ・ショートビックバン・ハンマー)》ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――!!!!!!」



 予想外だ、と言いたげなおじ様の横顔の後ろに聳えていた中小企業のビルが、一つの叫びと共に破壊された。

 ――――木っ端、微塵に。



 ――――一体何が起こったのか。

 突如粉々に崩壊したビルをおじ様と共に唖然と眺める傍らで、



「ああ…………やっと来ましたか」

「アイツ普通に登場出来ないのかよ」

「“ザ・騒音対策必要人物”」

「普通にうるせぇ」



 その時おれは勇者さん達の呆れたような、何かを悟った顔を見た。



『…………何事ぞ?』



 セリフを中断されたおじ様が粉砕されたビルを見れば、立ち込める土煙に紛れて長身の青年が道路に降り立つ。

 どうやら今度は人間であるらしい。

 一瞬正体不明の組織の兵士かと思ったおれだが、砕けたビルの破片が散らばる道路に現れたその人物は、勇者さんや大剣さんといった兵士とは少し異なる雰囲気を纏っていた。


 ぴっちりと、細くも引き締まった体の浮き彫りが顕になるボディスーツにショートジャケット。

 軽く逆立った青メッシュ混じりの茶髪に、日曜朝に放送されているヒーローのような独特なバックルのベルトを装着している、二十代ぐらいの青年。

 一見すると全身タイツにジャケットを羽織っているだけにしか見えない、元の世界なら確実にお巡りさんに声を掛けられる格好をした彼は、快活に片手を上げ「よお!」と勇者の元へ駆け寄る。



「ダテ、さっきぶりじゃねえか…………って、うおおおおお!? 何だこのブラッディ神父!? てっぺんから爪先まで赤一色じゃねぇか!」

「あー…………マスさん、ちょっと今から彼と話しが…………」

「なあなあ! あそこにあるえげつねえ串刺しだけどよ、それってお前がやったのか!? うっげえ容赦なしだなマジで! 何あれSF? つーかもしかしてあんたがウラド三世!? 串刺し公とか聞いてたけどガチで串刺しだな…………うわぁ…………」



 開口するやマシンガンのように次か次へと言葉を吐き出す青メッシュの青年。

 その勢いは一言物申そうとした勇者さんのペースさえ巻き込み、自分のものへと変えていく。

 なんというか、嵐のような人である。



「へぇ…………すっげぇ糸目だな! つか、そこそこイケメン?」



 と、おれの顔を覗き込みながら興味深そうに唱える青メッシュの青年は、頭の先から足先までじっくり眺める。

 鑑定している、というものではなく、小学生が夏季課題で育てている朝顔の観察をしている、というような純粋な眼差しで見つめてくる彼に、気恥ずかしさから居た堪れない気持ちになるおれは目を逸らした。

 そもそもヒトと目を合わせることすら苦手意識があるのに、この青年はやけに真っ直ぐおれの目を見てくる。

 悪い印象は無い好青年である彼だが、なんとなく苦手だ。


 …………というか彼、見る限り勇者さんやハンマー使いのような武器らしい所持品を何一つ携えていないが一体どうやってビルを破壊したのだろうか。

 勇者さんと親密な感じで接していたところから組織に所属する兵士の一人であるようだが――――と、鍛えられている青年の胸元から腹筋まで目を通しながら考え事をしていたおれを、「全体的にちっせぇな。中学生か?」と飽きもせず観察していた青メッシュの彼は、思い出した様に声を上げる。



「あ! そういや自己紹介がまだだったな!

 オレは鋭撃班のマス! マス、とかたまにまっすー、とかって呼ばれてんだ! よろしくな赤神父!」

「…………赤神父?」



 どうやらマスさんというらしい青メッシュの青年はにかっと笑いおれへ右手を差し出す。

 握手をしようにも右前腕が全く動かないおれが「赤神父とはおれのことか?」という意図を込めおじ様と似たような位置にある爽やかな面立ちを見上げれば、彼は「あっ、そういや腕ぶらぶらだな。折れてるのか?」と途端に表情を曇らせた。



「とりあえず医療班に応急処置してもらって本部に…………つかすっげぇ腕ぶらぶらしてるけど大丈夫なのかそれ!? え!? 痛くねぇの!?」

「…………痛いですけど、慣れてるんで」

「ちょっ、医療はああん! こいつの腕どうにかしてやってくれぇええええ!」



 …………この短時間でマスさんというビル破壊者について分かったことは、返り血まみれの人間に対してもフランクに話しかける図太さがあるということ。気さくで明るい社交的な性格であること。笑ったり心配そうにしたりと、感情が顔に出やすいこと。

 そして騒がしいこと。


 真っ直ぐこちらの眼を見てくるから苦手意識はあるが、悪い人ではなく、むしろ良い人であることはおれの治療を周りの兵士に頼んだ事により理解出来た。

 …………赤神父、とおれを呼ぶことについてはコメントしにくいが。



「とにかく治療しながら本部に向かうって事でいいよな? じゃ、そこのお父さん…………ウラド二世? も一緒よ!」

『お、お父さんだと…………っ!?』



 どこからかやって来た軍用トラックへ、返り血が付くことも意にせずおれの背中を支えるマスさんは誘導していく。

 何故赤神父とおれを呼ぶのか疑問に思うところであったおれだったが――――その事について訊ねるよりも。

 ちらちらとおれの表情と折れた右腕の様子を心配そうに伺うおじ様を安心させる方が、先だと判断したおれは、大人しくトラックに乗り込むことに決めた。

 怪我の治療もしてくれるようだし、彼らは元の世界への帰り方も知っているようであるので。

 そのあたりもゆっくり、聞いていくべきだろう。



 トラックのナンバープレートの下から取り出された折り畳み式の簡易設置階段を上がっていくと、ぱたぱたとこちらに誰かが駆け寄る気配があった。

 足音のする方を見やると、琥珀色の瞳と目が合う。



「あ、あのっ!」



 少し体を捻り振り向くと、扇子の女の子がカチューシャの子に肩を支えられながら立っていた。

 足を怪我しているのに、急いで来たのか。

 息を切らして頬を上気させた彼女は、胸の前できゅっと手を握ると、呼吸を整えながら精一杯声を張り上げる。



「っ、に、二度も、助けていただき…………ありがとうございましたっ!」



 ――――わざわざ、礼を言うために走ってきたのか。


 元々あまり自己主張が激しくない子であるらしい。

 かあぁっ、と耳まで赤くなりカチューシャの子の背中に隠れるように顔を隠した少女に、素直に可愛らしさと初々しさを感じるおれは、胸の辺りが温かくなるのを感じながら、笑顔を返す。



「貴方が無事なら、良かった」

「ぉっっ――――――!?!!?」



 おれの背を支えるマスさんが息のような何かを噴き出したが、知り合いと反応が同じだったので気にしないことにした。



「足の怪我、治療してもらってくださいね」

「――――――ぁ、はいっ!」



 リンゴのように真っ赤な顔をした扇子の子は返事と共に首を縦に振る。

 足じゃなくて熱の方も誰かに診てもらった方がいいな、と彼女の体調を心配しながら、小刻みに震えるマスさんに連れられトラック内へ案内されたおれは、先に乗っていた絨毯さんによりバスタオルを敷いた座席に腰掛けるよう促される。

 失礼します、と一声かけて座れば、退出するらしい絨毯さんに去り際こう言われた。



「“ザ・感謝感激雨あられ”! アーンド“ザ・乙女心刺激物”!」



 やっぱり意味が分からなかった。


 絨毯さんが退場した後、マスさんに絨毯さんの言葉の意味を訊ねると、



「オレは雰囲気しか分からないぞ? チカの言葉が分かるのはダテとかシゲの古参メンバーぐらいだからな! ま、オレも古参だけとチカの事よく分かんねえんだよな!」



 と答えられた。

 マスさんが組織の古参メンバーである事と、絨毯さんの言葉については勇者さんに訊いた方が早いということが分かった。

 ビルクラッシャーのマスさんといい絨毯さんといい、この世界にいる人達は改めて個性的だとおれは思う。



 偶に一般道路にて自衛隊員を乗せて走っている軍用トラックは、思ったより内部が広く、こざっぱりとした印象があった。

 想像していたより殺伐とした空気がなかったので、無駄に入っていた肩の力が自然と抜けていく。

 外気温と変わらない温度だが風を凌ぐ事は出来るトラック内で、おれにある程度の返り血を拭くようにタオルを差し出したマスさんは、おれが座る長椅子と対面するように設置されている椅子に座ると、「それで」と少し身を乗り出しておれを見た。

 活発な印象のある目元が好奇心に輝いているのを見て、おれは察する。


 ――――あっ。これ隣人がおれにちょっかいをかけてくる時と同じだ。



「赤神父さ、さっきの子に気があるのか?」

「…………さっきの、って、わざわざお礼を言いに来た扇子の子ですか?」

「そうそうその子! ヒメちゃん、っていってまだまだ新米の子なんだけどよ、ああいう純粋そうな子がタイプ?」

「…………タイプ?」



 対面するや否や何の話をしているのか分からず、顔や首についた血をタオルで拭いながら小首を傾げると、話題を振ってきたマスさんはきょとんとして僅かに目を開く。



「あれ…………だってさっき、すっごい口説いてたよな? 『あなたが無事でよかった』的な、こう、夢の国の王子様が言うようなセリフ…………」



 口説く――――とは。

 確かに男が意中の女子に好意を示すためのアプローチであったはず、と脳内の辞書を引いたおれは先程扇子の子に向けた自分の言葉を思い出して、それが口説いているかいないかの判別する。

 結果、



「おれ、口説いてませんけど」



 ただ単に思ったことを正直に言っただけだ。

 怪我をしているのに礼を言いに来てくれた女の子への感謝と労りを言葉にしただけだ――――と。

 何故か疑惑の眼差しを向けてくるマスさんに説明すれば、彼は数秒間あんぐりと口を開いて黙り込み、やがてそーっと視線をおれの隣に座るおじ様に向ける。



「…………つかぬ事をお聴きしますがお父様」

『うむ! どうした鋭撃兵のマスよ!』



 大型犬的反応のおじ様、何故上機嫌なのだろうか。



「赤神父さんはこの様に女の子を口説いていないと仰っていますが、まさかさっきのセリフって素で言ってたりします?」

『………………我が子は普段口を開く事が少なく、言葉足らずである。故に、当人は正直な気持ちを口にしているつもりだが、その前後を心中で済ませているため語弊が多い』

「…………つまり?」

『一度口を開けば、男女共に口説き落とすのが常である』

「おおう…………天然のタラシじゃねぇか…………」

『心中、察するぞ鋭撃兵マスよ』



 神妙な顔をして同時に頷くおじ様とマスさんであるが、話の内容が分からないおれは仲良く達観した目でどこか遠くを見る二人を傍観するだけである。

 いつの間にそんなに仲良くなったのか。

 そもそもおじ様は何故機嫌が良いのか。


 分からないことが多すぎるおれは、タオルで自分の体を拭きながら沈黙するだけだった。

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