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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
二章 防衛組織と前衛部隊
21/79

ーー4



「…………おじ様」



 重苦しい、発言に生死の懸かる圧政者の独壇場で。

 深海に身体を沈められているような息苦しさを覚えながらおれは、串刺し公モードのおじ様の気を宥めようと言葉を選ぶ。



「……おれ、蟷螂みたいな事はしたくないんだけど」

『しかし確実に怪物より美味であろうよ』

「……いや、美味しいか不味いか以前に道徳的な問題がそこに絡んでくると思うんだが…………」

『ちなみに煮込み料理が一番良い。普通に焼くと木材を燃やしている様な風味であまり美味くない』




――――食べた事あるのか……。


 主語をあえて伏せているが、それでも隠し切れない残虐性が言葉の節々に滲み出ているおじ様は、自然な流れでおれの傍に立て掛けてあった十字架槍を手に取る。

 頭の中で処刑のカウントダウンが始まった。

 ぞわぞわとした危機感と共におれは思う。

 待って、おじ様待って。

 ここで大剣さん傷付けたら、この場にいる全員が敵に回るから。



「……おじ様――――」



 化け物を殺す事には慣れたおれだが、人が殺し殺される現場に絶対立ち会いたくない。

 ましてや、多感な時期の女の子が見ている前で殺人は駄目だろう。

 そう思い、背徳的な行為に出ようとしたおじ様を止めようと瓦礫から立ち上がったおれは、



『! 我が子っ!』



 おじ様の背中を掴もうと伸ばした手を、焦りの表情へ顔を変えたおじ様に掴まれ身体を引っ張られた。

 ぐんっ、と強く腕を引き付けられ、眼前には鎧に覆われたおじ様の胸元が迫る。

 やはり、ミントのようないい匂いがした。

 それと同時に、首筋の産毛がぞっと逆立って――――




 瞬間、おれが座っていた瓦礫の下から巨大な人影が、アスファルト舗装の道路を突き破り飛び出してきた。




「!?」

『構えよ。これまでの怪物とは格が違うぞ』



 これまでに無い警戒心を顕にするおじ様はおれを庇うように前に立ち、十字架槍を構える。

 この数日間でも片手で数える程しか見た事が無い、真剣な眼差し。

 無言でおれを制す橙に瞳に従いながら「構えるにせよ武器はおじ様が持っているんだが」というツッコミを心の中で炸裂させたおれは、騒然とする場の空気を読み、黙っておじ様の後ろから地面の中より現れたその生き物を観察する。


 砕け散ったアスファルトと散らばった土の上に降り立ったのは、二本の足に二本の腕を持つ、全長三メートル強の生き物だ。体全身を覆う皮膚は白い。

 細長い手足の生えている胴体は縦長で、脚の付け根からつま先までの長さとほぼ同じであり、手足の他に首が生えている。

 首の上には丸い、無毛の頭部。顔と思わしき場所には鋭い牙の並ぶ口と、眼球が収まるだろう二つの孔が開いていた。


 それはこれまでの化け物の中で、最も“人間”に近い形をしていた。



「レベル5の侵攻生物…………この地域では確認されていなかったはず!」

「何でこんな場所にいやがるんだ! こいつらもっと侵略地区(アウトゾーン)の奥にいるはずだろ!?」

「――――何だって? 一匹逃がした侵攻生物を見なかったって…………こっちに襲いかかってきてんだよ! 今!」

「総員攻撃に備えてください! 防御力の高いSFホルダーは前へ!」

「マジ驚きなんだけど! “ザ・壮大なる瀬戸内海(オアシスシールド)”!」



 ガギャアッ――――と。

 牙の隙間から人間の言葉を吐き出したヒト型の化け物に狼狽えるおれの背後で、大剣さんを含む兵士達は驚愕と緊張を浮かべながら慌ただしく対応を急ぐ。

 絨毯に乗った少女、否、少年が指揮棒を振るいおじ様とヒト型の間に水の壁を出現させると、それに伴いおじ様の隣に旋風を纏う大剣を携え大剣さんと、岩石のハンマーを担いだハンマー使いが並ぶ。

 その後ろには炎の剣を構えた勇者さんとドリルの女の子といった近接武器を持つ兵士が続き、後方には絨毯さんや巨大なブーメランを携えた援護部隊が控えた。

 数秒の内に整った戦闘態勢に、個性が抜きん出ていた兵士達がプロの戦闘集団だという事を実感されられたおれは、背中にびりびりとした緊迫感を得ながらヒト型の様子を見る。


 頭があり胴体があり腕があり脚がある。

 人間に近しい姿をした、しかし空白の眼球と蝋のような肌をした異質な生物に気味の悪さを覚えるソレは、空虚な眼窩でおれ達を捉えると、


 ニィ、


 と歪に嗤って、



『――――不届き者!』

「なっ――――」



 バァンッ、とアスファルトが弾けた飛んだ思えば、刹那。

 水の壁に穴が開き、大剣さんの肉付きの良い身体は白い腕に吹き飛ばされた。


 轟音を立てガードレールを巻き込みながら近くのビルへ突っ込んだ大剣さんに、場の空気が変わるのをおれは感じ取るが、彼らの警戒は意味を成さず。

 再び弾丸のように移動しハンマー使いを信号機へ叩き飛ばしたヒト型はゲタゲタと嗤いながら、勇者へ腕を振るう。



「ぐぅ――――」



 見目は枝のように細い腕だが、予想を遥かに上回る力が一撃に込められているようだ。

 左手の盾でヒト型の細腕を受け止めた勇者が歯を食い縛り、炎の剣でヒト型に斬り掛かる。

 だがヒト型は炎の剣を避け、勇者の頭を掴むと彼の顔面に膝蹴りを食らわせ地面に転がした。



「“ザ・嵐の瀬戸内海(グランド・ウェーブ)”」



 指揮棒を掲げた絨毯さんの頭上に現れた水の輪から、凄まじい勢いの流水が溢れ出す。

 が、その直前に数メートルほど浮かんでいた絨毯の真下に移動していたヒト型は、アッパーカットの要領で下から絨毯さんを殴り抜く。

 絨毯から落ちる絨毯さんの真横を通り過ぎるように巨大なブーメランがヒト型に飛来したが、身体を捻り難無くこれを躱したヒト型は『満面の笑み』を浮かべて長剣使いの青年を蹴り倒す。


 人のように自在に体全身を使って、その化け物は笑顔で戦っていた。

 人間の、ように。

 楽しみながら。



「くそ、速すぎる! 目で追うのが精一杯だ!」

「鋭撃班はまだか!?」

「つかアイツ何でいつもこういう時にいねぇんだよ!」



 おれがこれまで戦ってきた化け物はその形状からも分かるように、所謂『異形』と呼べるもので、それらの行動や攻撃は全て動物的であるものが多かった。

 けれど、あのヒト型は違う。

 姿形も、動作も、攻撃も、『意思を持って行動している』ところも――――全部。

 何もかもが、人間そっくりなのだ。


 初めて遭遇する類いの化け物に動揺し、この戦場の中たった一人武装していないおれは化け物が次々と兵士を薙ぎ倒していく様子を呆然と眺めながら。

 迷って、いた。

 いや、そもそも――――



 おれは、あのヒト型と戦えるのだろうか?



 そう、惑っていた。



『無闇に突っ込むでない兵士共! 見切れぬならば遠方より数で押せ!』



 生き物を殺してはいけない。

 ましてや、人間を殺してはいけない。

 おれの中にあるその“教え”は揺るぎなく、絶対的で、決して破ってはならないものだった。

 それはこれまで生きてきたおれの価値観で、おれの道徳観と呼べる規則なのだ。

 出来損ないのおれが、それなりに生きていくためのルールだ。

 だから、その規則を破る事はおれにとって『それなりに生きる』ことを放棄する行為。

 これまでおれを生かしてくれた人に対する、裏切りになってしまう。

 だからおれは生き物を殺さない。

 人間を傷付けたり、殺したりしない。

 そう、母さんに教えてもらったから。


 母さんのところへ帰る。

 母さんが幸せになるところを見届ける――――そのためにおれは生き物である化け物を殺す、と。

 そう決めたのはつい数日前だ。

 おれが大切だと思えた人の幸せを見届けるまで、生き抜くために、生き物である化け物を殺すと。

 そう覚悟してここまで、数々の化け物を殺して来た。



 ――――だが、あのヒトの形をした、生き物は。



 殺せない。


 自分と似た、同種とも言える生き物を殺したら――――それは母さんも遠回しに殺すという恐ろしい事に直結するから。

 だから――――ヒト型の化け物を殺したくない。

 殺してはいけない。

 だけど、殺さなければおれはきっと、帰れない。

 殺さないといけない。

 そんなジレンマに囚われて、おれはただただ吹き飛ぶ兵士を見ることしか出来なかった。



 普段はわりとふざけている様子が良く見れるおじ様は、実はおれのことを良く見ている。理解している人物で。

 我が子、と呼ぶほどおれに気をかけてくれる――――亡霊だ。

 だから彼は気付いていのだろう。

 おれが生き物を手にかけることを躊躇いを覚えていることも、ヒト型の化け物に対して迷いを抱え込んでいることも。


 故に彼は指し示した。

 この灰色の空の世界で、おれが生き抜くための決断を。

 生き残るために化け物を殺す覚悟を決める、道を。

 命を奪う戦いの仕方を。


 そして――――今の様に、戦いから逃げる事も出来るという事を。



 おれの迷いを見抜いたウラディ公は、おれから戦う方法を取り上げて、代わりに化け物と戦っている。

 おれに逃げる道がある事を、その背中で語っている。

 ――――一度おれが誇り高き彼の名を呼べば、かのワラキア公は嬉々としておれにその槍を授けるだろう。

 だが、おれがここで逃げるヒト型と戦うことから逃げる事を選択すれば――――彼は、命を懸けて戦うのだろう。

 おれを、生かすために。



 一晩経ては何事も無かったかのように傷の癒えた亡霊は、擦り傷の残るおれに言った。

 ――――『我は死しても、いずれは何処かで甦るのだろうな』。

 確証のないことを言って、彼はおれを化け物の溜まり場に連れ出した。


 彼の傷は一晩で治る。おれの傷は時間がかかる。

 その事を知った彼は恐らく、その身を差し出してまでおれを守ることを躊躇わない。

 こんなおれを労り、慈しみ、誇りに思い――――愛している、彼は。


 今も、おれがこうして立ち往生している間にも彼は傷を負っていく。

 その身を賭して戦う兵士の先頭に立ち、何度殴り飛ばされても立ち上がる彼らを率いるように。

 ――――どうして、彼らは戦えるのだろう。

 ヒトの形をしたあの化け物に、迷いなく。

 歴然とした戦力差をものともせず。

 …………ウラディ公もそうだが、あの兵士達も何故、


 何を思い、彼らは戦うと決めたのだろう。



「おせぇよ鋭撃班共!」

「まだアイツら道草食ってんのかよ!」

「そろそろ来いよ特にあの馬鹿!」



 悪態を吐きながらハンマー使いは横薙ぎにハンマーを振るうが、軽々と体を翻したヒト型はハンマー使いを足蹴に勇者を殴り倒し、ウラディ公の横を通り過ぎる。



「しま――――」

『我が子ォ!』



 表情を引き攣らせるブーメラン使いと、叫ぶウラディ公。

 奔るヒト型が向かう先はおれ――――ではなく。


 戦う兵士達から少し離れた場所で邪魔にならないよう身を隠していた、琥珀色の眼をした少女だった。



「あ――――」



 彼女は目を見開く。

 恐怖と絶望が垣間見えたその表情は、おれが見た事のある表情だった。


 その手に鮮やかな蒼色の扇子を持っていた彼女はすぐ様扇子を開き、虚空を薙いだ。

 直線を描いた扇子の軌道から弾かれるようにバスケットボール大の水の弾が発射されるが、ヒト型は大きく飛び上がって水弾を避ける。

 ゲタゲタゲタァ――――と。

 ヒト型は嘲笑いながら、そして細く、強力な破壊力を秘めた右手を。

 引き攣った彼女の顔を覆うように、開き――――



「――――この(こ)娘に」



 ――――おれは、間に合った。



「その、穢い手で触るな」



 ギチギチギチィッ――――と。

 数日前からズボンに忍ばせていたカッターナイフを取り出したおれは、開かれた化け物の手のひらに、頼りない刃を突き刺す。

 迷いは、無かった。



「貴様が、気安く触れていいものじゃない」



 ドスの効いた低音が、おれの口から蔑みを伴い吐き出される。

 同時に両眼も、おれの感情と同調するように灼熱を纏う。

 こんな声を誰かに向けたのは、知り合いが暴漢に襲われていた時以来だ。



 手首を捻って化け物の手に突き刺したままカッターナイフの刃を折り、化け物の頸を蹴り飛ばす。

 カッターの刃が突き刺さった手を押さえ後ろへよろよろと後退る化け物に冷たい視線をやったおれは、背後で立ち尽くす少女に顔だけ振り向いて微笑んだ。



「……すいません。考え事していたら遅くなってしまって…………もう大丈夫ですから、貴女は目を閉じて置いてください。貴女の友達が、貴女の元に来るまで」

「えっ…………?」



 おれの言葉に戸惑いながらも、素直にぎゅっと目を閉じる扇子の少女。

 なんていい子なんだろう。こんなおれの言う事を素直に聞き入れるなんて。


 こんなにいい子を、化け物は手にかけようとするなんて。



「ヒトの形をしていても、中身は畜生以下のようだな――――化け物」



 彼女を庇うために前に出たおれは化け物を正面から見据え、ふつふつと湧き上がる衝動を穏やかな言葉に変換する。


 ――――結局、うじうじ悩んでいたおれは、この化け物とそう変わらない最低な生き物だったらしい。

 道徳観とか、価値観とか、大切に守ろうとしていたものを放り捨てて――――目の前で傷付けられようとしている女の子の元に駆けつける。

 怒りという、原始的な感情を持って。

 そして、



「――――ウラディ公」



 許せない、というおれだけの気持ちから、おれは殺すのだ。

 最早ヒトとは思えなくなった、ヒト型の生き物を。

 この、手で。



「っ、お前にげ――――」



 叫ぶ大剣さんの声を聞き流しながら、豪速でおれへ向かい駆けてくる化け物の真ん前に立つおれは、手元へ運ばれてきた十字架槍を短く持って軽くその場で腰を落とす。

 カッターの歯が刺さった右手ではなく、左腕を振るう化け物の動きは全て、熱く燃える両眼が見切っていた。





 息を、止めて。




 目の鼻の先に迫る黒い眼窩。

 直後右側面におれは風を感じるが、おれの頭を殴ろうとした白い腕とおれ自身の間に右腕を横入りさせ風の勢いを殺した。

 右肩ごと木っ端微塵に吹き飛んだかと思われるような衝撃が、盾にした右腕を直撃する。

 同時に短く持った槍で化け物の肩を突き刺したおれは、静かに。



 ――――最も残酷に、



 ヒトを、殺す。



「――――“串刺(カズィクル・ベイ)し公”」



 この力は、あまりに惨すぎる。

 だからおれは、誰か人が見ている前では使いたくなかった。

 特に、女の子が見ている前では。

 あまりにも、おぞましいから。



「――――く、し…………刺し…………?」



 温かく腥い鮮血を大量に被りながら、極刑にかけられた化け物の前に佇むおれを見て、誰かが呟いた。

 頭からぐっしょりと被った血を拭うように、顔に張り付く髪を手櫛で掻き上げ、眼前の十字架を見上げる。


 脳天から、下腹部まで。


 一本の槍により串刺され、汚れた口から夥しい量の血を吐き出すヒトの形をした化け物に、おれは、



「女の子には、優しくしないといけないだろう?」



 もう聞こえていないだろうけど、そう教えて。

 こみ上げてくるものから意識を逸らすように、黒い十字架に背を向けた。



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