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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
二章 防衛組織と前衛部隊
20/79

ーー3


 ――――では。

 女の子との約束も守れたことだし。



 ――――猪のジビエ料理に取り掛かろう。



『待て我が子待たれよ我が子待ちたまえ我が子停止せよおおおおおおお!!!』



 近くに倒れていた猪の首をむんずと掴んだおれの視界に、慌てた様子のおじ様が映り込む。

 すまないがおじ様、今回の戦闘でおれの空腹値は臨界点を突破して無の境地に到ったんだ。

 猪からだらりと垂れた人の腕すら「食べられるかな?」と思うくらいに。

 つまり、餓死まで残り五歩。

 頭の中は真っ白で思考すらままならない。


 これはもう、喰うしかないだろう?



『待て待て我が子! 流石に怪物は拙い! 口にした瞬間何が起きるか分からぬ故、喰らうでないぞ!』

「……不味いなら、飲み込むのみ」

『違う! 意味が違うぞ我が子ぉ! この場合の“マズい”とは事態についての“拙い”であり、味の方では――――ああああああ我が子よ槍で怪物の首を突き血抜きをするでない!!!』



 いくら空腹であれど人間の腕を食べるのはなぁ…………と、思いながら調理のための作業を始めたら、おじ様が必死になっておれを止めてくる。

 おれを掴もうとする腕は全て通り抜けるのだが。

 だが、事態が拙いとはどういう事だろうか。

 少しおじ様の言葉の意味を考えたおれは、戦闘に慣れたおかげで返り血を浴びることなく済んだ学ランを見下ろして――――理解した。

 成程。確かにこれはマズい。



『我が子ぉおおおおおおおおお!? 否っ、服が血に汚れるからという意味ではないぞ!? 確かに服が汚れる度にシミ抜きという手間のかかる作業をせねばならぬと嘆いていたのは知っているが、そういう意味で言ったのではないぞおおおおおお!!?』

「……言っただろうウラディ公。『次の化け物が食べられそうな形をしていたら、丸焼きにして食べる』…………と」

『有言実行なのは素晴らしい事だが、それとこれとは話が別ぞ!? 我が子よ今すぐ調理を中止せよぉおおおおあああああああああ!? 腕切り落としたああああああああああああああ!!!』

「……カニバリズムの趣味はない」

『それほどの常識があるなら怪物を喰らうなどという恐ろしい事もやめよ!!』



 学ランにシミが残っては後で使えなくなるので、上着を脱いでカッターシャツの姿になる。

 シャツはこの数日で被った返り血が落ちず赤茶色く汚れているが、ジビエの下拵えなどをするには丁度いいだろう。

 そう考え槍先で切り落とした人の腕を地面に転がし、「丸焼きのために串刺す棒はこの槍で良いかな」とまで頭の中で調理方法を計画したところで、はたと気付いた。


 火がない、と。


 これでは丸焼きに出来ない、とぐるるるっと鳴く腹の虫を聴きながら少し慌てたおれは思い付く。

 ――――あっ、そうだ。



「……すいません。ジビエに使うんで火を貸してくれませんか」

『我が子ぉおおおおおおおおおおおおおお!!!』



 勇者のような格好をした青年に話しかければ、大剣の男と話をしていたらしい彼は「えっ」と戸惑いながら、おれを見る。

 それもそうか。急にジビエに使うから火を貸してください、なんて言われれば。

 しかし火がなければおれは猪を食べられず、飢え死にする。

 死活問題なので、おれは戦闘中見る限り一番火力の強かった勇者コスプレの青年に頼み込む。



「……こんな事を頼むのは気が引けますが、火を貸してください。調理に使うだけなので、お願いしま――――」



 す、と言おうとした瞬間に腹の虫が鳴った。

 グルルルルル――――と、大型バイクのエンジンをふかしているような音だった。



「……………………」



 その場に沈黙が訪れ、気まずさから来るいたたまれなさにおれがどうしようかと迷っていると、勇者の青年が口を開く。



「その…………おにぎり、食べます?」



 勇者はまさしく、勇者だった。






『礼を言うぞ兵士共。お陰で我が子の健康は守られた』

「……ありがとうございます」

「いや、礼を言うのはこちらの方だ。キミにはうちの隊員を助けてもらった」



 勇者さんからおにぎりを貰い、近くの瓦礫の上に腰掛けるおれは、同じく正面の瓦礫に座る大剣の男性と対面していた。

 おじ様はおれの隣に立ち、おれがラップに包まれた丸いおにぎりを食べるのを眺めながら、周りの兵士一人ひとりに目を配っている。

 警戒か、観察か。

 どちらにせよ様子見はしているんだろうと思いながら、おれは二日ぶりの食事にありつく。


 冷えたもっちりご飯から香る、ほんのりとした塩味。

 湿気を含んだ海苔に包まれた白いご飯にかじり付けば、中から甘味のある昆布が引き締まった塩気と共に登場。口内を満たす。

 シンプルな味付けが非常に美味しい、家庭的なおにぎりだった。

 胃に染み渡る美味しさ。今までに食べたおにぎりの中で三番目に美味しい。

 余談だが、俺が人生で食べたおにぎりで一番美味しかったのは母さんのシャケおにぎりで、二番目は知り合いから貰った混ぜこみわかめのおにぎりである。

 異論は認めない。


 握り拳大のおにぎりをもそもそと咀嚼している中、現在遠巻きにおれとおじ様を取り囲んでいる軍隊の代表格であるらしい大剣の男性は、おれが傍に立て掛けた槍へ目を向ける。



「しかし…………単騎でレベル2の侵攻生物(インキュベーター)を倒すとは、キミは一体何者なんだ?」

「…………侵攻生物(インキュベーター)?」

「…………その様子だと、本当に何も知らない一般人のようだな」



 一般人は十字架振り回さないんだけどな、と苦笑する大剣さんは視線で道路に散らばる化け物の死体を指して、説明を始めた。



「侵攻生物とは『この世界』を侵蝕する異端な生物の事を指し、『世界』を食い荒らす化け物だ。こいつらによって食われた土地は荒廃し、草木すら生えない荒れ地と化す。

 俺達はそんな侵攻生物を駆除し『世界』を守る為に設立された組織の者だが――――知らないよな」



 ――――知りません。

 口の中におにぎりが入っているため、首を横に振って意思を示せば「成程な」と納得した様子を見せた大剣さんはちらりとおじ様へ視線をやって。



「では、SF(サイド・フェイス)についても…………知らないか。すまん、そりゃあ組織を知らないんだから知るはずもないか…………」

『…………サイドフェイス、とは貴様らが使う炎や風を操る力の事か?』

「ああ。言うなれば超能力の事だな。その十字架も見た限りSFによるものだと思うが…………すまない。にわかに信じ難いのでこちらも混乱している」



 目尻を下げる大剣さんに『構わん。我とて「この世界」に貴様らの様な軍隊がいるとは思わなかった』と応じるおじ様は、腕組みの体勢のまま考える素振りを見せる。

 二つ目のおにぎり――――次はシャケだった――――を、黙々と頬張るおれは「成程。遠巻きにおれを見ている兵士は何らかの理由で困惑しているのか」と、彼らが微妙な表情を浮かべている理由を理解した。

 何らかの理由――――それは恐らく大剣さんが抱いている困惑と同じものなのだろう。

 全然足りないがこれ以上食べるのは憚られるので、おにぎり二つで現在の空腹を誤魔化す事にしたおれは、大剣さんの質問をぐるぐると頭の中で考え。

 一番最初の問いから、大剣さん達の困惑の理由を察する。



「…………『サイドフェイス』、っていうヤツについての疑問ですか?」

「! ああ、その通りだ」



 ――――やはり、そうだったか。

 図星を指された、といった様子で驚きの声を上げた大剣さんに、おれは確信する。


 おれが何者か――――という質問に続き化け物、もとい侵攻生物についてと、サイドフェイスという超能力について訊ねた彼からすれば、それは不思議な事だったのだろう。


 化け物の素性も知らずサイドフェイスという超能力の名前すら知らないおれが、何故“力”を使えているのか。


 口振りからするにどうやら侵攻生物やサイドフェイスという“力”について『組織』と呼ばれるものが深く関与している事が分かるが、大剣さん側の事情を知らないおれはその『組織』と侵攻生物、そしてサイドフェイスがどの様に関係し合っているのか。

 全く想像も出来ない。

 もしこれがサブカルチャー知識に富んだ知り合いなら、ある程度の予測は立てられたかもしれないが。

 おれは分からない。

 それは古き時代の武人であるおじ様も同じだろう。サイドフェイス、という言葉を知らなかったようであるし。

 考えるに、サイドフェイスや『組織』というものはおじ様の死後に造語、設立されたものなのだろう。

 侵攻生物を倒し、『世界』を守るという目的で――――


 そこまで予想を立てたところでおにぎりを食べ終わったおれは、両手を合わせ「ご馳走様でした」と唱える。

 少し空腹が紛れた。これならあと二回ぐらいの戦闘は出来るだろう。

 自分の体調を分析し終え、さてと、大剣さんと改めて向き合うおれはサイドフェイスについて、発覚とこれまでの経緯についてを軽く語る。



「炎とか水とか出ないですけど…………この槍についてはこのおじ様に使い方を教えて貰って、後は実戦形式で使い慣らしてきただけです」

「…………実戦形式、とは?」

「化け物退治です」

「…………すまないが、キミはいつからその槍を使って侵攻生物と戦ってきたんだ?」

「……四日前ですね」



 あっという間の四日間だったな、と軽くこれまでの戦いの日々について振り返ったら、大剣さんは「嘘だろ…………」と呟きながら手で顔を覆い、空を仰いだ。

 ふと周りを見れば驚愕の眼差しをおれに向けてくる兵士が何人もいる。

 はて。何をそう驚いているのだろうかと首を傾げていると、



「ニイチャン」



 おじ様並みに低い声音で、空飛ぶ絨毯でぷかぷか浮かぶ中学生が、何かを悟った笑顔で親指を立てた。



「“ザ・人外聖職者”」



 彼が何を言いたいのか全く理解出来なかった。



「あー…………つまりこの人は“戦闘経験のない状態で侵攻生物と戦うなんて、無謀だけど才能あるんだな。スゲーよ”――――って言いたいんです」



 見た目に反し口調も動作も丁寧な勇者の青年が、物腰柔らかく絨毯さんの言葉を解説する。

 略語にすらなっていない言葉を解読できるなんて凄いな、と思う反面「何故普通に喋らない」と思った。

 個性的な人々である。



「キミみたいに突然『こっちの世界』に迷い込んだヤツは普通、俺達が保護するまでに半数以上が死ぬ、もしくは重傷の確率が高いんだが…………キミは全然当てはまらないヤツだな」

「!?」



 感嘆と信じられない気持ちとが混ざった複雑表情を精悍な顔に浮かべる大剣さんは、彼ら軍隊が保護するまでおれのような迷子の半数以上が死ぬ、もしくは重傷と聞かされ衝撃を受けているおれに告げる。



「とりあえず、キミの身柄は暫く組織が預かる事になる。SFやら身体検査の後は元の世界へ帰れるだろうが、キミは否応なしに“こちら側の事情”に巻き込まれる事になる。これは変えられない決まりというか、運命でな…………すまないが、受け入れてくれるか?」

「……何をですか?」



 姿勢こそ低いが言っている事は強制的な香りが漂っている宣告にツッコむおれは、当然の主張をした。

 納得がいかない。

 というか何も説明されていないのに、納得なんてできるわけがない。

 いや、『この世界』から元の世界へ帰してくれる――――というかその手段があるのならおれとしては非常に喜ばしい事だが、何故詳しい説明もなされていない組織によってサイドフェイスやら身体検査やらをされなくてはならないのだろうか。

 “こちら側の事情”とは何だ。

 巻き込むとは、どういう事だ。

 変えられない決まりだとか運命だとか、意味が分からなすぎて理解力が追いつかない。

 というか、おれはこれからその組織とやらに保護されるのか。


 一体、何が、どうなっているのか。



「受け入れろ、と言われても何もかもが分からないことだらけなのに、何を受け入れれば良いんですか」



 組織とは。サイドフェイスとは。侵攻生物とは。“こちら側の事情”とは。

 そして化け物の蔓延るこの『世界』を守る為の組織が存在する『こちら側の世界』では、一体何が起きているのか。

 せめて説明してから『受け入れろ』と言って欲しかったおれは、今のやり取りで大剣さんへの警戒心が高まる己を自覚しながら、再度当然な意見を主張する。



「……そちらにも事情があるでしょうから、全て説明して欲しいとは言いません。だが、貴方達組織については最低限説明して下さい。そうでなければおれは、判断のしようがない」

『我も我が子と同意見ぞ』



 沈黙し、事の成り行きを眺めていたおじ様も深く頷く。

 まあ当然だろう。おじ様もおれも、組織やサイドフェイスについて無知に等しい状態なのだから。


 だからおれは当たり前に、大剣さんに事の説明を求めようと質問しようとして。

 そんなおれの傍らに佇むおじ様は、おれより先に口を開いた。




『そも、己の素性すら明かさぬ不届き者に話す事など――――何一つとて無いのだが』




 ―――――圧倒。

 地球の重力を一点に凝縮したかのような、重々しい圧力を持った厳然たるその言葉は、場の空気を一瞬で呑みこんだ。



「――――――――――――」



 威圧感。


 それは木の葉が裏返るかのように容易く、場の空気が一瞬で変貌する感覚というものをおれは肌で感じ取る。

 変貌、と言うよりそれは塗り潰す、という感覚に近いかもしれない。

 先程までの緩んだ空気を影も残さず喰らい尽くし、肺を押し潰さんばかりの緊迫感で埋め尽くした。


 現状を比喩するならば――――心臓と直接繋がっている生命に関わる血管に、今にも刃を重ね合わせようとしている鋭いハサミをあてがわれているような。

 少しでも間違った動作をすれば刹那に命を絶たれてしまうような。

 唯一の希望は、“彼の機嫌を損ねないこと”――――などという。


 生死を絶対的権限者に支配されている、どうにもならないような――――恐怖と絶望。


 たった一言でこれまで数々の戦場をくぐり抜けて来た兵士達を恐怖で支配した彼は、冷たい静寂の中で独り言を唱える。



『我が子に食糧を分け与えた恩義から猶予を与えていたが、時間切れだ。不敬には、相応の対応をせねばならぬ』



 どっしりとした深みのある声は、審判者の判決として張り詰める虚空に浸透していく。

 息をするのすら、緊張を伴う空間。

 その中心となる人物は値踏みする様におれと対話していた男を見下して、ギロチンの刃を思わせる言葉を――――吐き捨てる。


 それこそ、当然だと言わんばかりに。



『嗚呼、そうか。調理するだけの家畜に名など不要であったか』



 ――――串刺し公が、一体何を言っているのか。

 その意味を理解出来てしまったおれは、背中を這い上がる寒気に鳥肌を立たせながら――――そういえば、と。

 彼の槍を使い始めた時に見た、遠く続く串刺しの丘を思い出す。

 ――――そういえば、彼は。



 無礼を働いた他国の使者や、虚偽を働いた領民を、平等に処刑するほど――――礼節や誠実さを重んじる過激な人物だったか。


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