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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
二章 防衛組織と前衛部隊
19/79

ーー2

 現場に到着する前までには間に合いそうになかったので、おれは跳躍中の空中で腰を捻り、十字架槍を化け物目掛け投擲した。

 それから一度近くの電柱に降り立ち、槍の着地点へ跳ぶ。

 おれの投げた槍が頭を貫き、絶命した猪の化け物。

 その傍に降り立ち確かに息絶えている事を視認したおれは、死んだ化け物につい数秒前まで追い詰められていた少女へ視線を向ける。

 地面に座り込んでいるその子は呆然と、二度と動かなくなった猪を見詰めていた。



「怪我はないですか」



 歳はおれと同じぐらい。高校生か。

 濃藍色のミディアムカットに、セーラー服の様な洋装を身に纏っている彼女はおれの姿を見ると、驚きに目を見開く。

 丸くなった琥珀色の瞳が真っ直ぐおれへ注がれていることに気付き「はて。おれはどこかおかしな所でもあるだろうか」と、一瞬思考したおれだったが、彼女の気持ちになって考えてみれば答えは明白だった。

 彼女の目線からされば、おれは空から現れたのだ。

 上から人が降ってきたらそれは驚きもするだろう。

 四日ぶりに見る人間の反応に、ちょっと感動したのはおれだけの秘密だ。


 彼女の反応に道理だと納得しながら膝をついたおれは、目の前で赤く腫れ上がった女の子の右足を見て、思わず顔を顰める。

 細く締まった本来なだらかな足首が、ぶくりと膨れ上がっていたのだ。

 これのせいで化け物から逃げられなかったのだろう――――おじ様の実況を思い出し少女の置かれていた状況を分析したおれは、思わず悪態を吐いた。



「酷い事をするな。女の子に対して」



 どうも無差別に人を襲う化け物様は、こんな可愛い女の子にも容赦してくれないらしい。

 弱いものを虐めるとは、なかなか趣味が悪い化け物だ。

 …………そもそも、化け物に理性があるのかどうかすら知らないが。



「……あ、あの…………」

「すみませんが、持ち合わせはこれしかないので…………後で誰かに診てもらってください」



 あまりに痛々しい様子に耐えられなかったおれは、持ち歩いていたハンカチを破って帯にし、彼女の足首を動かぬように固定する。

 諸事情により応急処置には慣れていた。

 テキパキと処置を済ませ「よし」と白い帯に固定された女の子の患部に頷く。

 これなら少しぐらい、痛みが和らぐだろう。


 処置を済ませたおれは女の子の周囲に危険な物がないか軽く確認してから、短時間ならここに彼女を置いていても大丈夫だろうと判断し、十字架槍を取るために猪の亡骸の近くへ移動した。

 死体に片足を乗せて地面に固定し、深く突き刺さった槍を抜けばずるりと、槍先に纏わり付いた脳漿と血液が水っぽい音を立てる。

 軽く槍を振るい黒い十字架を模した武器に付着した赤い血を地面に落としたおれは、自力で立ち上がることはさけた方が良い彼女と似た服装をした団体へ一度目をやり、手を貸した方がいい状況だと判断し、もう一度応急処置を施した彼女を見た。


 現状に脳の処理が追いついていないらしく、放心している彼女はきっと、我に戻るや仲間と思わしき彼らを助けに行くだろう。

 優しそうな顔をしているのだ。きっとそうに違いない。

 だが彼女は今怪我をしている。

 怪我人は安静にしているべきなので、おれは優しそうな彼女が動き出す前に言った。



「貴女はそこで安静にしていて下さい」



 怪我が悪化してはいけない。

 だからおれは出来るだけ、優しく。

 彼女が無理をせずとも大丈夫だと、教えるように言葉を紡ぐ。



「おれが貴女の代わりに、あの化け物を倒して来ますから」



 そしておれは代わりに、約束した。

 一方的だが、確かに守る約束を。


 きっと彼女の仲間だろう、軍隊の人々。

 彼らが傷ついたりしたら、きっと優しいこの子は悲しむだろう。

 そう思ったから、勝手におれは約束をする。

 化け物を殺すと。



「っ…………はい!」



 少女はこんなおれの吹っ掛けた約束にこくりと、力強い返事と共に頷く。

 こんなおれの自分勝手な宣言に頷いてくれるなんて、やっぱりこの子は優しい子なんだな――――意思のこもった真っ直ぐな瞳にそう思いながら、おれは可愛らしい女の子へ笑顔を向けた。


 それじゃあ、この子のとの約束を守るために戦おう。

 戦闘のプロにおれの助太刀なんて、むしろ邪魔かもしれないけれども。



『我が子よ…………女が絡む厄介事をそう安請け合いするのは良さぬか?』



 槍を携え戦闘中の軍隊へ向けて歩き出したおれに、おじ様が呆れの混じった困った顔で唱える。

 思えばおじ様はこうして姿が見えるようになる前から、おれの普段の生活ぶりを見ていたりするのだ。

 口振りからして、おれが普段学校でよく女の子に頼まれ事をされているのを知っているのだろう。

 女の子から頼まれたことは全て、断ったことが無いという事も。


 おれがまた女の子絡みの厄介事を引き受けたと心配してくれているらしい心優しいおじ様に、おれは言う。



「女の子に優しくするのは当然だろう?」



 出来損ないのおれには、こんな事ぐらいしか出来ないのだから。


 しかし、と。化け物の群れを見ておれは思う。

 随分数が多いな、と。

 ざっと見た軍隊の人数は二十人弱に比べ、さっきおれが殺した猪型化け物の群れは総数は百を超えているだろう。

 その圧倒的な数で現在軍隊側が押されている、といった戦況であるようだ。

 これはたとえさっきの女の子に約束しなくても、おれは奮闘する軍隊の手助けをするべきなのだろう。

 そう思わせるような、じわじわと追い詰められている軍隊と化け物の戦いだ。


 押し返そうと躍起になっているが、決定打がなく持ち堪えるので精一杯という印象を受ける軍隊に対して、化け物は猪突猛進とばかりに勢いで押している。

 数の暴力といったところだろう。

 一人の兵士に五匹で、四方八方から襲いかかる。数が多い故にとれる戦術で攻め続けている。

 一見すると、人間に灰色の化け物が集っている気持ち悪い絵面だ。

 化け物が仮に本物の猪だったとしたなら、可愛げがある光景になったかもしれないが。

 ……………………どちらにせよ、危機的状況に変わりはないか。うむ。



 ――――ともかく今は、化け物を倒す事が先決だろう。



「行こうウラディ公」

『うむ、存分に串刺すが良い』



 両眼の熱が一層熱く燃えるのを感じながら、おれは視界の中に収まる化け物の姿を補足する。

 これまての戦いにはない、複数対複数の戦闘。

 しかもおれが味方として加入するのは戦闘のプロフェッショナルである軍隊だ。

 おれのような素人が彼らの邪魔にならない事を祈りたい。


 …………だが、まあ…………ちょっとは、戦闘のプロの役に立てたら良いなぁ――――なんて。

 そんな淡い希望を抱きながら、おれは本物の戦場へと足を踏み入れた。





「「――――!!! ――――!!!!」」



 一人の戦いから複数人の戦場へ初参加を遂げたおれを迎え入れたのは、二体の化け物だった。


 おれを見るなり突っ込んで来た猪の突進を、軽く身体を翻して避けたおれは手前の一匹に十字架槍を突き刺す。

 素早く首を刺し貫いた槍を抜き、身体を反転させ背後から迫っていた別の一匹の眉間を穿つ。

 槍に刺さったまま猪を持ち上げ振り回し、おれの存在に気付いた数体と最初におれへ突進して来た猪を薙ぎ払い、その勢いで死体の抜けた槍を持って転がる最初の一匹にトドメを刺す。

 それからバックステップで距離を取りながら抜いた槍に付いた血糊を振り落として、近くの化け物の目を眩ませた。

 目から血を振り払おうと頭を振る化け物を、一瞥。

 距離を置いた先にいた猪を刺し、抜いてすぐ右隣で視界を奪われ藻掻いていた化け物を貫き、槍を抜く。



『五』



 突進してきた猪の直線上から外れ、別の猪と衝突させて二匹一緒に首を貫通させる。

 重い躯からずるりと黒い十字架を引き抜いて、振り回し、おれの周囲に集まって来た化け物を散らしてから、目に入った猪へ一気に距離を詰め――――一撃。

 息絶える化け物の頭を靴底で踏み付け、下顎まで深く刺さった十字架槍を抜き、軽く振るいながら血を払い、 振り返り際に近付いて来ていた猪の左目を逆手に握った槍で深々と突き刺し、引き抜く。

 くるりと手の中で槍を回し、構え直したところで正面にいた化け物の上顎を口腔から貫いた。



『十』



 まだまだいる猪の化け物。

 白い日光に照らされ濃淡のハッキリとしたアスファルトの街並みの中で浮き彫りになった、異質な存在。

 それらと戦う軍団の中へ、化け物を殺しながら近づいて行ったおれは、偶然目が合った女の子に会釈をした。



「……どうも。助太刀します」

「えっ、あ、どうも…………えっ?」



 ぺこりと軽くおれに会釈を返した少女も高校生ぐらいで、ボブカットにカチューシャを付けたその子は琥珀色の瞳の子よりも活発な印象がある。

 琥珀色の瞳の子と似た様な洋装をポップな感じに着崩している彼女に、吼えて突進してきた猪の頭を貫きながらおれは話しかける。



「……随分かっこいい武器ですね。ドリル、ですか」

「え、あ、あの、はい…………」



 遠くから見ていた時も気になっていたが、この軍隊は一人ひとり近未来的なデザインの武器を所持していた。

 その中でもおれの目を引いたのが、カチューシャの彼女が持つドリルだ。


 この場合のドリルというのは工事現場でよく見られる、木の板や岩盤に穴を開けることを目的として造られた、先端が三角錐で円筒状である回転式の機械。

 穿孔機だ。

 彼女が持っているのは工具用の穿孔機とは異なり、チェーンソーの歯をそのままドリルに付け替えたような形状の携帯式穿孔機を振り回していたのだ。

 細く白い彼女の手に握られていたのは、女の子が振り回すのには些か大き過ぎる気がする直径十センチ、燃料タンク部分を抜いた長さ四十センチもある、ロボットアニメで出てきそうな武器。


 うねる刃に黄緑色のラインが浮かび上がっているそれは、彼女が穿孔機の先端を向けた方向に渦巻く突風を発していた。

 竜巻をぶつけられたかのように、質量のある大気に吹き飛ばされる化け物。

 さながらその光景は、魔法少女がファンタジーなステッキを振るい、突風を引き起こしているかのようだった。


 風に吹き飛ばされる化け物を見て、槍を振るうおれは思う。

 なんか、ファンタジーみたいだな。



『十五』



 彼女の使う風を発するドリル以外にも、気になる武器はある。


 たとえば頭に柄物のバンダナを巻いた壮年の男性。

 山のような体付きをした彼はその体躯を優に超す、岩石で隆起したハンマーを力強く振るい、化け物を粉砕している。

 相当な重量と大きさのため隙は多いが、一撃で化け物の四肢を散らすその様は圧巻だ。

 なんというか、下手に近付いたらこちらが潰されそうな感じがする。



『二十』



 他にも巨大な剣を振り回す兵士がいたが、威力に比例し一撃ごとの隙が多い彼らの補助に徹底する者もいた。

 その内の一人、絨毯に乗って空を飛んでいる中学生ぐらいの少女は澄んだ樺色の石が組み込まれた金色の杖を指揮棒のように振るい、水で出来た弾丸を絨毯に乗せた水瓶から発射している。

 アラビアンナイトか、と唱えたくなるような光景に若干胸を躍らせるおれは化け物の首を刺しながら、水の塊が飛ぶ、なんていう非現実的な光景を観察した。



『二十五』



 前線で戦う兵士の中には、盾と剣を持った青年もいた。

 マントまで身に付けいかにもゲームに出てくる勇者のような格好をした彼は、挙動の大きいハンマーや威力には欠ける水の塊の間をくぐり抜け、果敢に化け物の前に出て炎を纏った剣で斬り掛かる。

 まさしく勇者の如く、猪の群れへと突っ込んでいく彼を「カッコイイな」と尊敬の眼差しで眺める傍ら、隙を見て化け物の脳天を穿ったおれは、軽く辺りを見渡す。



『三十』



 やはり戦闘のプロフェッショナルは違う。

 気付けばあっという間に化け物を残すところ半数以下までに減らし、形勢を逆転してしまった。

 それぞれ個性的な戦い方でありすぎて、本当に軍人なのかは疑わしくなってきたが。


 いや、こう…………似通った洋装だったり、服のどこかに所属する軍隊のエンブレムマークみたいなものが一人ひとりあったりするとこらからして、どこかの組織的なものの隊員であることは判るのだが。

 軍人ではないだろう。

 なぜなら年齢層に明らかにバラつきがあるし、あまりに個性を前に出し過ぎている。

 軍人というのは指揮官の下統一性のある戦闘を行う、というイメージがおれにはある。

 だからこうもハンマーや空飛ぶ絨毯や勇者の装備とか見せられると、どうにも彼らが『軍人』と呼ばれる類いの人々ではないことがじわじわと伝わってくるのだ。

 彼らの中に混じって十字架槍を振るっていると、余計に。



『三十五』



 …………というか、これまで軽く流していたが。

 岩石とか風とか水とか炎とか意のままの操っている時点で、彼らは何者なのだろうか。

 多分彼らが使っているのはおじ様が言っていた、『こちら側の世界』に来たことで得た力であるのだと思うが。


 ――――…………使いこなし過ぎやしないか?


 迷子の軍隊というには場慣れしている感じが否めない老若男女の兵士達に自分の場違い感をひしひしと感じながら、おれは目の前の化け物を刺した。



『四十』



 残った最後の一匹を、風を纏った大剣遣いの男が斬り捨てたところで戦闘は終了した。

 カチューシャの女の子が琥珀色の瞳の子へ駆け寄るのを見て、おれはほっと胸を撫で下ろす。

 どうやらおれは、約束を守れたようだ。



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