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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
一章 灰色の空と橙の炯眼
15/79

ーー4


 ――――全ては一瞬で証明された。


 おじ様の槍の凄まじさ。

 おじ様が元々持っていた力の強力さ。

 そして――――おれはそんなおじ様の力が使える。

 非現実的(フィクション)な、事実(ノンフィクション)を。



 コウモリの形をした化け物の躯に近付く。

 つい先程発生した現象が信じられなくて、未だ放心状態なおれは現実を受け止めるため、自分が殺した命の亡骸を確認する。


 おれが持つおじ様の槍と同じ、十字架状の形をした槍。

 内側から生えたそれに身体を貫かれて、晒し者のように地面に立てられた四つの遺骸。


 ある個体は頭から腹にかけて。

 ある個体は眼球を貫く様に背中へ。

 ある個体は尾から喉まで貫通し。

 ある個体は脳天から足先を一直線に。


 それぞれが十字架によって体内から串刺しにされた、四つの死体。

 まるで墓標が並んで建っているようにも見える凄惨な光景は現実味がなく、夢を見ている気分でまじまじと眺める。

 ――――おれが、槍の銘を口にした瞬間。

 眼球を中心に全身から何かが流れ出る感覚があり、刹那にコウモリの化け物は体内から出現した槍に貫かれ――――こうして目の間でぐったりと死に絶えている。

 信じられないが、これはおれがやった事なのだらしい。

 本当に、信じられないような事だが。


 おれには、力があったんだ――――

 全く信じていなかった才能。不思議な力は、おれにもあったようで。

 時間を置くことでようやく現実を受け入れ始め、胸中からざわざわと騒がしい温かさが溢れてきたおれに、背後から近付いてきたおじ様は――――



『流石だ我が子よ! 見事な串刺しであるぞぉ!!』



 がばぁっ――――と。

 おれを抱き締めようと飛びかかってきた。


 唐突に飛び掛られ硬直するおれ。

 言うまでもなくおれをすり抜けていくおじ様。

 ああそういえば身構えたところでおじ様は亡霊だから触れられないんだ。どういうわけかおれから触れに行く場合は接触可能だが――――と。

 驚きで跳ね上がった鼓動を冷静に落ち着かせるおれに、おじ様は接触を試み続ける。



『ぬぅん…………! やはり我からは触れられぬか、亡霊故にっ!』



 おじ様の奇行により我を取り戻したおれはその場で立ち尽くして、ハグを諦めきれないおじ様がおれをすり抜けていくのを何度か見届けた。

 どうしてもハグを諦められないおじ様。

 最終的に『さあ!』と両腕を大きく広げおれからのハグを待つおじ様に、おれはやはり戸惑いを隠せずにいた。


 この人、真面目とそうでない時の差が激し過ぎるのだ。

 槍について説明したと思えば、今の様にエンジンフルスロットルでスキンシップを取りにかかってくる。

 真面目とお茶目の差が激し過ぎておれはどうおじ様と接していいのか分からず、こうして佇む現在も彼とのコミュニケーション方法を模索中だ。

 一体、彼はおれをどうしたいのか。

 言動も思考もまだまだ予測不能である。



『ぬ、どうした我が子よ。よもや照れておるのか?』



 化け物との死闘後の静かな余韻を原形を留めない形で破壊していくおじ様。

 それもあるけど、となんとか返したおれに『遠慮せず来ると良い!』と胸を張る彼に、おれは少し目眩を覚えながら切り替えが完了していない頭で言葉を繋いでいく。



「…………あの、そんなにハグ好きですか?」

『我が子であるお前限定でな!』

「…………おれなんかより、綺麗な女の人とハグした方が良くないですか?」

『それは却下だ我が子。嫌悪感のあまりその売女を串刺しにしたくなる』

「!?」



 ハグから話題をずらそうとしたら突然声音を低くしたおじ様は、口調から何となく感じ取ってはいたが、どうやら男女交際や貞操観念について厳格な思想を持っているようだ。

 ハグをする女性を売女と蔑むあたりが特に。

 少し悪くなった空気を浄化しなければ、と思うおれは次々言葉を繋いでいく。



「……なんで、おれなんかとハグをしようと思うんですか?」

『我が子を抱き締めたいと思うのは親として当然の衝動であろう』

「……血、繋がってないんですけど」

『そんなのものは関係ない。我は愛しいと思ったお前を愛でるまでの事ぞ』

「…………というか、おれ今凄い血を被って汚れてるんですけど」

『そんな些細な事など気にせぬ。返り血や泥に塗れていようど我はお前を抱き締めたいのだ。――――ならば我もこの躯の血を浴び、お前と同じ様に汚れた方が良いか?』

「あっ。いいです、ハイ」



 おれの持ち得る常識が通じず、どう足掻いてもハグをするという選択肢しかない事を気付かされたおれは、晒されている化け物の死体を掴もうとしたおじ様を言葉で引き留めて、どうしたものかと現状に困り果てる。


 こんなおれを我が子と呼び護ってくれるおじ様の、ハグをしたい、という希望。

 別におれはおじ様を嫌っているわけではなく、

むしろ好意的なので許されるなら彼の希望を叶えさせたい――――とは、思っているのだが。

 照れくさい。確かに、そういう感情もおれの中にある。

 汚れている。現在おれは汚れているから、おじ様におれの汚れを移したくないと思い断ってもいるのだが。

 それ以前におれ自身の問題として、誰かとハグをした事など幼い頃に母さんと一度きりだったので、戸惑っていたり「なんでおれなんかと」という困惑があったりとするのだ。


 つまり、おれ自身がおじ様とハグをする事にないして、どう対処すればいいか分からないのだ。

 高校生にもなって、恥ずかしいことに。



『…………我が恐ろしいか?』

「……ぬ?」



 おじ様のために希望を叶えたい。だがハグに慣れていないおれが何か失態を犯しておじ様を不快にさせたくはない。

 そんな事をぐるぐると考えながらおじ様の胸元を凝視していると、酷く弱々しいおじ様の声が聞こえ、ばっとおれは顔を上げる。

 苦々しく、どこか諦めたような寂しい表情をするおじ様。

 なぜおじ様がこんな表情をしているのか。理由が分からず言葉の選択に困るおれに、おじ様は一度おれの持つ槍へ目線を落として。



『我はその槍の銘を口にした覚えはないが、唱えた、ということは知っておるのだろう? 生前に我が行ってきた所業を』



 言われて、おれは思い出す。

 自然と胸の中に浮かび上がってきた槍の銘と、幻視した光景。

 凄まじい量の串刺しにされた死体。

 その躯で形成された人の林を。



「…………沢山の串刺しにされた人々を見た」



 確かに、その光景を恐ろしいと感じた。

 このおぞましい光景を作ったのはおじ様だという事も、直感で理解していた。

 だけど、



「けれど、何故それがおじ様を怖がる理由になるのだろうか?」



 おれは、おじ様を怖いとはこれっぽっちも思っていない。

 全く、これっぽっちも。


 きょとっ、と目を見知らくおじ様におれは逆に「どうして恐がるとかいう発想になったのだろう」と不思議に思いながら、考えていることを口にする。



「……確かにあの串刺しはおじ様がやったのだろうけど、だからといっておじ様に恐怖する理由がおれにはない。こんなおれを護るという貴方を恐れる理由が、おれにはない。

 どうしてこんな出来損ないを我が子を呼び慈しむ貴方を、嫌うのだろうか。串刺し自体はあまり気分のいいものじゃないが、おれはおじ様が望んで串刺しをする行為を否定しない」



 つまりおれはこう言いたい。

 どれだけ残忍な事をしていても、おじ様はおじ様。

 何故かおれを護る変わった人であるという事に変わりはなくて、彼が行う残虐な行為は確かにおぞましいけれども。

 おれは、おじ様がおれを嫌わない限り、おじ様を嫌ったりすることは無いのだ。


 そもそもおれは出来損ないで、最初から欠けている。

 おれ以外のものはおれのように欠けていない。

 尊敬すべきものじゃないか。



「だからおれはおじ様は怖くない…………ハグを渋るのは、おれがそういう事に慣れていないからどうすればいいか分からないだけで……おれは別に、おじ様のことは…………」



 ――――どちらというと、好きなのだと思う。


 出逢ったばかりでまだ素性も何も知らない現状ではあるが、嫌いではない。

 だから多分、おれは好きなのだろう。おじ様が。 

 途中から照れ臭くなり視線を泳がせながら言ったおれは、熱くなる頬を隠すように腕に顔を押し付け――――しばらくして、やけに静かなおじ様を怪訝に思い視線をおじ様へ戻す。

 おじ様は、



『――――――――――ッ、恐ろしきっ、無垢なる我が子…………!』



 手で顔を覆い隠した状態で、上空を仰ぎ呟いていた。


 おじ様の言っている言動の意味が分からなかった。

 唯一、天を仰ぎ小刻みに震えているおじ様を見ておれが知れたのは、おじ様の耳が赤く染まっていた事である。



 あと、それ以外に二つだけだ。

 おれが分かったことは。


 一つは、おじ様の言っていた通り。

 おれに不可思議な力があったこと。

 おじ様――――すなわち亡霊の失った力を引き出す能力。

 まず亡霊が存在していなければ使えないこの力は、非常に発動の条件が限られているが、威力は見ての通り強力だ。

 夢のような力だと、おれは思う。

 これで大切な家族を護れたらなと、おれは願う。

 ――――ようやくおれは自分が生きてもいいんじゃないかと、思えるようになる。

 だって、これで母さんを幸せに出来るなら。

 こんな出来損ないでも、生きている意味があったんだって思えるじゃないか。

 …………そう、思ってもいいんだと、思う。


 二つ目は、おれの中にあった感情に関して。

 生き物を殺した時に抱く、高揚感。

 命あるものを殺した瞬間に湧き上がった、衝動に似た充実感。

 それはどうやら、歓喜であるらしいという事。

 何に対しての歓喜なのか。

 それはおれにもまだ分からないが、せめて生き物を殺すことに対しての喜びでないことを祈ろうと思う。

 これだけの出来損ないなのに、更に社会不適合要素が増えたらもはやおれは人と言えないだろうから。

 おれは母さんが幸せになる瞬間を見るまでは、人間でいたいと思う。

 母さんと同じ、人間で。


 こんな事を言うとおれが巷でいう『マザコン』というものだと思われるかもしれないが、これは断じて違う。

 誰かにこんな事を話した事はなくおれが自称しているだけなので、他者にマザコンだと言われたら素直に認めようと思うが。

 おれはただ、恩を返したい。

 こんなおれを育ててくれた恩を。

 ただ、それだけの話だ。



 ――――閑話休題。



『やはり我が子は天使であるか…………』

 


 うぬ、やはりおじ様の性格がよく分からない――――と、掴める気配のないおじ様の思考パターンに首を傾げるおれは、まだ冷たさの残る南風に首筋を撫でられてぶるりと震える。

 そういえば、おれはジャージで夜の街に出ているのだった。防寒着を身に着けず。

 通りで肌寒いわけだ。



「……帰ろう、おじ様」

『おじ様ではなくパパ父さんお父様お父さんパパン父上ダディファザー父様パードレお父ちゃんパーテルファザーダッディ串刺し父君のいずれかで呼びたまえと言っておるだろう』



 砂場に突っ込み返り血を浴びたせいでどろどろに汚れているため、もう一度風呂に入りたいと思いながらおじ様に帰宅を促せば、彼は自身の呼び名についてのこだわりを示す。

 どうしてもおれに『父』と呼んで欲しいのか。

 むすっ、と拗ねた顔をして『拗ねるぞ? 我拗ねるぞ?』と宣言するおじ様に、おれは申し訳なく思う。


 ハグは、まあ、おれの覚悟が決まればやろうと思う。覚悟が決まればだが。

 だが、おじ様を父と呼ぶことに関しては――――無理難題というか。

 無理だ。



「……すいませんけど、貴方を『父』と呼ぶことは勘弁してくれませんか?」

『何故であるか!?』

「……何故って言われると…………そのですね…………」



 ショックを受けた様子であるおじ様に、おれなんかの事情を言っていいものか悪いものか、悩みながら言葉を絞り出すおれの口は濁る。

 少し考えて、結論だけを言う。



「…………苦手、なんです。父親って存在が」

『…………引き摺っているのか?』

「…………はい」



 彼は、おれを赤ん坊の頃から知っている。

 なので、おれが何を言いたいのか分かったのだろう。


 神妙な顔で納得したと頷いたおじ様は『仕方あるまい』と残念そうに呟き、



『ならば特別におじ様と呼んでも構わぬ』



 渋々、といった調子で肩を落としたおじ様の落胆は、おれにもしっかり伝わってきた。

 罪悪感に苛まれるおれは「すいません」と頭を下げる。

 そんなおれを『いや。気にするでない』と快く許すおじ様は『そう改まらずとも良い。我とお前の関係ではないか』となんとおれの態度まで通常のものへ許して微笑む。

 なんて良い人なんだろう。

 おれの心が揺らいだ。


 ――――というか、こんなおれを護る言ったんだから良い人なのは当たり前か。



『帰るか、我が子よ』



 そう言って大きな手を差し伸べるおじ様は、偉大で。

 その身から滲み出る荘厳さに尊敬の念を抱くおれは、これほどの尊大さを持つ彼が何故おれを我が子と呼び慈しむのか。謎に包まれているその理由を知りたいと再び思うと同時に。

 おれはおじ様について、重要なことを忘れていたことに気付く。



「…………そういえば、おじ様の名前は……?」

『ぬ? 名乗っていなかったか』



 様々な事情が重なり、名乗る機会がなかった為忘れていたおじ様の名前。

 おれ自身も彼のことをずっと『おじ様』と呼んでいたため気にも留めなかったが、これから共に行動していくことになるのだ。

 妥協されたおじ様呼びを続けるのも心苦しいので、まだ気が楽な名前で呼んだ方が良いだろう。


 おれ自身の名前は既に知っているということで、おれの自己紹介を省略したおじ様は堂々と名乗りを上げる。

 その姿はまさに、兵を率いてきた将のそれだった。



『我はワラキア公、ウラディスラウス・ドラクリヤ――――串刺(ウラド・ツェペシュ)し公である』






「――――ところでこのトカゲもコウモリは食べれるだろうか。トカゲは鶏肉、コウモリは種により鶏肉の味がするものと牛肉の味がするものとかいるらしいが…………」

『我が子よ、空腹なのは解るが怪物は口にしないでくれぬか。食中毒予防のために』



 余談だが、殺したトカゲとコウモリの化け物から肉を剥ぎ取ろうかと考えていたらおじ様に止められた。

 疲労感からくる空腹感で胃は食糧を求めていたが、おじ様に言われおれはトカゲとコウモリのジビエを諦めた。


 空腹のまま夜は更け、白い太陽が空を昇り、空は灰色に染まる。

 こうしておれは、灰色の空の夜を明かした。

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