6 運命の日 ~俺の戦い:再び~
ヴィオラ嬢が言った「1週間後」がついに、「今日」になってしまった。シャルロットにはずっと避けられ続けているし、妹に手傷を負わせた犯人も捜し出せていない。憂鬱な気分でずっと過ごしていた。
ヴィオラ嬢も、リーズロッテ嬢も、どうやら俺を避けているような態度だし。アルス王子に話を聞きに行こうかと思ったりもしたが、一国の王子に話をしに行くというのも憚れる。まぁ、義理の兄弟になるのだから、気楽に話しかけてもいいのかも知れないけれど、どうも俺はアルス王子から敵視されているような感じを受ける。婚約破棄をする相手の兄ならば、嫌われて当然だろうけど……。
とりあえず、断罪イベントが行われるとしたら、舞踏会や社交会の場など、公の場のはずだ。確か、原作では、アルス王子の父母もいたはずだから、王宮での集会であろう。シャルロットをそのような場所に行かせないようにしようと、授業が終わるとすぐにAクラスの教室に行く。
今日はまっすぐに、引っ張ってでも、妹を屋敷に連れて帰ろう。そして、少し強引だけど、封印魔法でこの日が過ぎるまで、屋敷で軟禁状態にでもすればよいだろうと思ったからだ。
しかし…… 妹の姿は教室には無かった。教室には、アルス王子とリーズロッテ嬢の姿があった。ヴィオラ嬢の姿が無かったことは気になったが、断罪イベントの主役のアルス王子が教室にいるだけで、少し俺は安堵する。
「あ、ウィズワルド殿」と、なんとアルス王子が俺ににこやかに声を掛けてきた。
「はい。なんでしょう?」と俺は、一応の対応をする。今まで、アルス王子から話しかけてくるようなことは一度も無かった。まぁ、俺から話しかけたことはないが……。俺の警戒心はMAXにまで急上昇する。
「前々から、貴方とゆっくりと話をしてみたいと常々思っておりました。散歩しながらでも、ゆっくりと話でもしませんか?」と、アルス王子が提案をしてくる。
よりにもよって今日ですか! 怪しさ満天ですよ!!
「申し訳ありません。ちょっと用事があるので失礼します」
「それはどのような用事なので?」とアルス王子は、話に食いついてくる。
いや、どんな用事かなんて、お前に関係ないだろう!!!!!! と、喉まで出かかったが、何とか抑える。いや、冷静に考えると、アルス王子がいなければ、断罪イベントは成立しない。どうせ妹は、転移魔法で逃げるだろうし、封印魔法で部屋から出れなくするのだけでも一苦労であろう。
王子に張り付くというのは逆に、イベント回避の方法としては良策かも知れないと思う。証拠の物質などは簡単に消滅できてしまうこの世界。証言がもっとも重視され、そしてアルス王子の証言がもっとも信頼されるのだ。
「分かりました。お付き合いさせていただきます」と俺は言って、アルス王子の後に着いていく。
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しかし、アルス王子と一緒に学園内を歩くが、会話がもの凄くどうでも良い会話過ぎるのが、俺の不信感を増大させていく。
「この樹木はですね、実は私の曾祖父が、学園の創立式典に参加した際に、記念として植えた記念樹なのですよ。桜、という遠い異国の地から遙々運ばれてきた樹木で、春の季節に2週間だけ花を咲かすのです」なんて言う説明をアルス王子はしてくるのだ。
いや、桜とか知っているから! という突っ込みもあるが、もっと突っ込みたいのは、別にお前の曾祖父が植えたとか、どうでもいい情報だから、と王子に言いたい。まぁ、それが言えるはずもなく、俺は適当に相づちを打つ。
王子が進むのに任せて歩いていると、開けた場所にでた。そして、人気もない。
「この場所なんて、丁度良さそうですね」と王子が突然に言い始める。
「何に丁度良いんですか?」と言いながら俺は、自分の歩みを止めず、アルス王子との距離を開けていく。こんな人気のない、そして、日の暮れた森の中を散歩と称して歩くのは、普通じゃない。
「もちろん、手合わせですよ。武闘会では、残念ながらウィズワルド殿とは戦うことが叶いませんでしたからね。貴方とは是非、戦ってみたい。そして、勝っておきたいんですよ」と、アルス王子は俺を挑発してくる。
「ここで、戦って怪我でもしたら大事ですからね。来年も武闘会があるじゃないですか。来年は、決勝まで残るように努力しますよ」と俺は言う。
武闘会では、万が一にでも死亡事故がないような各種安全面での配慮が為されている。だが、こんな森の中で試合など行えば、はっきり言って、殺し合いに近い。それだけ、魔法というのは殺傷能力に優れている。それに、お互いが腰に下げているロングソードだって、真剣だ。刃だって磨かれ研ぎ澄まされている。
「そうですか。では、話を変えましょう。私は、2つの頼まれ事をされているのです。それを果たさなければ、私の愛しい人から叱られてしまいます」と、アルス王子から徐々に殺気が洩れてくる。
「その内容を伺っても?」と俺は言う。そして確信した。間違いなく、このアルス王子はクロだと。
「1つ目は、ただの伝言です。『今晩、夜7時に必ず王宮の鏡の間に来てください』。確かに伝えましたよ?」と、アルス王子は言った。王宮の鏡の間。それは、原作イベントでシャルロットへの断罪が行われた場所のように思える。
「それは誰からの伝言でしょうか?」と俺は尋ねる。ヴィオラ嬢からの伝言であれば、断罪イベント確定だ。
「それはお答えできませんね」と、アルス王子は両肩を挙げる。気さくな態度ではあるが、絶対に教えないぞ、という決意が瞳の中に宿っているように感じる。
「それでは、もう一つの頼まれ事というのは、何でしょうか?」と俺は尋ねた。
「その事は、私がお伝え致しますわ」と、突然背後から声がする。
俺が驚いて後ろを振り返ると、リーズロッテ嬢が扇を優雅に扇ぎながら森の中に立っていた。
「これはリーズロッテ嬢。どうしてこんな場所に?」と俺は言った。アルス王子は、平然としてる。つまり予定調和。アルス王子とリーズロッテ嬢はグルということだろう。それにしても、原作ではリーズロッテはシャルロット側の人間だったのに、どうしてアルス王子側になっているのか……。俺が、何かシナリオを狂わせてしまったのだろうか……。
「私も、ある人から頼まれ事を致しましてね。それを果たしに参りましたの」と、リーズロッテ嬢は笑顔で答える。妖艶な笑みだ。
「アルス王子も、リーズロッテ嬢も、頼まれ事が多いのですね」と俺は言い返す。もう既に俺の心臓はバクバクだ。こんな人気の無い森。
「誠に恐縮ですが、ウィズワルド様には、魔力を枯渇して戴きます!!」とリーズロッテが彼女の持っている扇を扇ぐ。
その瞬間、俺に向かって突風が吹き荒れる。森に落ちていた木の葉や砂埃が舞い上がり、視界が一気に悪くなった。
俺は、攻撃に備え、呪文を素早く唱えていく。
「思考加速」
「知力向上」
「魔耐性向上」
「筋力増大」
「魔力ブースト」
「……」
「……」
一通り唱え終わるまえに、背後から暫撃が飛んでくる気配を感じ、俺は上空に飛ぶ。アルス王子の居合い斬りによる衝撃波が、俺のマントをかする。かすっただけでもちろん、マントは、スパッと切れてしまっている。おいおい、殺す気かよって感じだ。断罪イベントから、闇の中でひっそりと暗殺されて消されるイベントに変更? いや、悪い方に話が進み過ぎですから――!! もしかしたら、シャルロットの負った傷というのも、この2人が?
相手は、アルス王子とリーズロッテ嬢。この学園でも上位を争うであろう実力者2人組を相手にしなければならない。はっきり言って、無理だ。それに2人の狙いは、俺の魔力の消費。魔力の打ち合いなどになれば、相手の思う壺。俺の魔力が残っていると、何か2人にとって都合が悪いことでもあるのだろう。おそらく、妹の断罪イベントに俺が介入することを恐れているのだろう。つまり、俺は、魔力を残しながら、2人と戦わなければならない。もの凄い無理ゲーっす。
目指すわ短期決戦。長期戦になれば、あちらの勝ちだ。
こうなったら、あの禁呪を使うしかないと俺は心に決める。俺は、両手のそれぞれの指に、メラ○ーマの炎を込める。今の俺なら、ポ○プを越えられる!!
「五指爆炎弾!!!!」
俺の両手の指先から火球が飛び出し、右手からの火球はリーズロッテ嬢に向かって飛んでいく。そして、左手のはアルス王子に向かって。
3つの火球がそれぞれ、リーズロッテ嬢とアルス王子を飲み込んだ感触を俺は感じる。
「こ、この魔法は初めて見ましたね」と、アルス王子はダメージを負いながらもまだ意識を保っているようだ。
「髪の毛が焦げてしまいました」と恨み言を言いながらも、リーズロッテ嬢も耐えたようだ。さすが、屈指の実力者。
俺は、こうなったら仕方が無いと、思い切って張ったりをかます。
「私は、指1つで1つの魔法が打てます。お二人は、多くても腕1つずつで、2個です。つまり、あなた達が2人組で掛かってきたとしても、魔法は合計で4つしか放つことはできません。しかし、私は1度に10個の魔法を放つことができます。手数において、私が優勢で、貴方達に勝算はありません。諦めてください」と俺は言う。
実はまだ、五指爆炎弾以外の魔法を指1本で発動することなんてできないけどね――。それに、もう一回、五指爆炎弾を打つのは、正直魔力的に厳しい。
「確かに強い。勝てないかもしれない。しかし、せめて、ウィズワルド殿の魔力を少しでも減らす!! 私の愛する人からの滅多にないお願いなのだ! 私がやれることは全てやるのだ!!!」とアルス王子が片膝をつきながらも俺に向かって魔法を放つ。
「私の大切な友人の頼みです。私も全力で果たさせていただきますわよ」と、リーズロッテ嬢も魔法を俺に放つ。
アルス王子の言っている愛する人って、ヴィオラ嬢だろう。それに、リーズロッテ嬢の言っている大切な友人もヴィオラ嬢なのだろうか。
俺は、2人の言葉を聞いて、完全に頭に来た。キレた。
シャルロットと婚約してからの4年間、お前はずっと婚約者だったんだろう。親同士が決めた結婚かも知れないけれど、ずっと近くにいたんだ。シャルロットはずっとお前を好きだったんだぞ。それをどうして、お前はそれを簡単に捨てて、違う女に乗り換えてしまうんだよ!!!!!
リーズロッテ嬢だってそうだ。たしかに、ロマネスク公爵家とハイネルラル公爵家は、時としてライバルとなる家柄かも知れない。だけど、ずっと、シャルロットと仲良くして来たんじゃないか。この前だって、「シャルロットは私の大切な友人です」なんて言っていたじゃないか。それをなんでそんな簡単に掌をかえせるんだよ。
口は悪いけど、努力家で、負けず嫌いだけど、実は優しんだ。ヴィオラ嬢に酷い仕打ちをしたかも知れない。間違ったことをしたかも知れない。でも、きっとシャルロットは自分の過ちに気付くことができる、心を持った子なんだよ。そして、何より、俺の可愛い妹なんだよ————!!
「もう一発だ。魔力が足りないなら、俺の命を削って持って行け!!! 食らえ!!!! 五指爆炎弾!!!!」
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結局、俺の渾身の五指爆炎弾は、右手から3発、左手から3発しか出なかった。しかし、アルス王子とリーズロッテ嬢に与えたダメージは十分なようで、2人とも地面に倒れて動かない。呼吸をしているようだし、死にはしないだろう。
俺は、残った魔力を振り絞って、王宮をイメージして転移魔法を唱えようとした瞬間、俺の体に、薔薇の蔓が巻き付いてきた。そして一気に俺の魔力が体から抜けていくのを感じる。
これは…… ドレイン・ローズ。相手の魔力を吸収して奪う魔法だ。
いったい誰が……
俺自身も地面にうつ伏せに倒れる。そして、地面に這いつくばりながらも顔を上げると、そこには、ヴィオラ嬢が立っていた。
「ウィズワルド様。申し訳ありませんが、貴方の魔力、ぎりぎりまで吸収させてもらいます。あと、時間まで、眠っていただきますね。乱暴してごめんなさい。スリーピング・フォレスト!! 」と、ヴィオラ嬢は俺に睡眠の魔法を掛けた。
まさか、アルス王子とリーズロッテ嬢の2人がかりかと思って、油断したっ。まさかヴィオラ嬢も伏兵として隠れていたなんて……。3人で1人を狙うなんて、弱い物イジメじゃん……。
俺の瞼は徐々に重くなっていく。
ごめんな、シャルロット……。
俺の意識は深い眠りの奈落へと落ちて行った。