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5 傷害事件発生

 ヴィオラ嬢がポロリと漏らした「1週間後」が気になり、俺は、普段足を踏み入れることが無い、Aクラスへと足を向ける。

 ちょうどよく、目当ての女性が居た。それは、ハイネルラル公爵家リーズロッテだ。ロマネスク公爵家と同格の貴族の家柄。そして、シャルロットの親友でもある。原作では、断罪イベントの日、最後までシャルロットを庇ってくれた女性である。また、この前の武闘会では、準々決勝でアルス王子に敗れたものの、相当な実力者だ。

 

「リーズロッテ嬢。少しお時間を頂けないでしょうか」と彼女に話かける。俺の言葉を聞いた貴族令嬢が、周りで黄色い声を上げる。

 いや、恋愛的な話じゃねーから。もっとドロドロした話です……。


「よろしいですわよ。この場で? それとも何処かへ行きますか?」とリーズロッテ嬢は承諾してくれた。近くに、アルス王子が座っているのが気になる。

 アルス王子は、もちろん、ヴィオラ嬢と共にシャルロットを断罪する側の人間だ。話を聞かれては不味い。


「では、中庭へ」と俺は、人けのない場所でリーズロッテと話をする。


「それで、ウィズワルド様は、私に何用でしょうか?」と、リーズロッテが扇で口元を隠しながら俺に聞いてくる。扇で口元を隠すってことは、内緒の話がしたいという俺の意図を察してくれているのだろうか。


「実は、妹のシャルロットが良からぬことを企んでいる気がしてね。それが気になって、妹の親友であるリーズロッテ嬢が何か知ってやいないかと、話を聞きに来たんだ」と俺は言った。


 原作では、武闘会が終わった後くらいの実技演習で遠出した際、ヴィオラ嬢を崖からシャルロットが突き落とそうとする話があった。もちろん、このリーズロッテ嬢も共犯で、主犯はシャルロットだ。

 たしか原作では、リーズロッテ嬢がヴィオラ嬢を人けのない場所に呼び出し、そして背後からシャルロットが襲う。不意打ちにあったヴィオラ嬢だが、運よく枝に引っかかり、崖からの転落は免れた、というストーリーだった。


 だから、2人がこの悪事を既に計画しているのであれば止めたい。断罪イベントそのものを防ぎたいし、最悪の場合を考えて、少しでもシャルロットの罪を軽くするように動くべきだ。


「良からぬこと、でございますか。さて、そのようなものは私は存じ上げませんが」とリーズロッテは目を細めて、こちらを見極めるように言う。口元は扇で隠しているし、貴族としての迫力がある。さすが公爵令嬢と言ったところだろう。


「何でも気になることがあれば教えてほしい。もちろん、君に悪いようになんてしたりしない」と俺は食いつく。


「良からぬことではございませんが、心当たりはいくつかございますね」


「それを教えてくれ」


「条件がございますの」と、リーズロッテ嬢は扇をピシャっと畳みながら言った。


「条件?」


「最近、ウィズワルド様は舞踏会に参加されておりませんね」と、リーズロッテ嬢は言う。


「そうだね」と俺はそれに同意する。実は、舞踏会への参加は、月に1度くらいの頻度で招待されている。しかし、俺がワィズワルドに憑依してから、舞踏会の類は全て適当な理由で断っている。流石に、ダンスを踊れと言われても、俺には無理だ。

 ハイスペックなワィズワルドの体だから、身体がダンスを覚えている可能性はないわけではないが、ダンス以外にも細かな礼儀作法など、地雷がたくさん埋まっていると思われる舞踏会への参加を避けていたのだ。


「今度、我が家で行われる舞踏会への招待を受けていただき、私と最初にダンスを踊っていただけますか? それが条件でございます」と、リーズロッテは言う。


「それは……」と、俺はごくりと唾を飲み込む。舞踏会に出席して、ダンスを踊る。猛特訓をすれば大丈夫だろうか。ハイスペックなワィズワルドの体なら、すぐにダンスを踊れるようになるかもしれない。


 そんな風に俺は思考を巡らせていると、「やはりこの条件は、取り下げますわ」とリーズロッテが言い始める。


「条件を取り下げる?」と、俺は話の流れに戸惑う。


「私が恥を忍んでダンスの申し込みをお願いしておりますのに、そんな困った顔をされると、わたくし傷つきますわ。ウィズワルド様は、乙女心を分かっていらっしゃらないご様子ね。それに……」とリーズロッテ嬢は再び扇を開いて口元を隠す。


「それに?」


「それに、私はシャルロットの事を大切な友人だと思っています。あなたに話してしまっては、シャルロットから怒られてしまいますわ」とリーズロッテ嬢が言った。


 いや、シャルロットを友人だと思っていてくれるなら、道を踏み外そうとしている、いや、もう道を踏み外したのかも知れないけれど、正しい道に引き戻してくれよ。協力してくれよ、と心の中で叫ぶ。


「いや、そこを何とかお願……」「ぴしゃり」と、リーズロッテ嬢は俺の話を扇を閉じる音で打ち切る。


「お話は以上でございますね。授業がそろそろ始まりますので、私は失礼いたしますわ」と、さっさと中庭から校舎へとリーズロッテは行ってしまった。


 俺の心は晴れず、その後の授業は全く頭に入って来なかった。


 また、屋敷に帰った後、妹に直接話を聞こうとしたが、妹の部屋周辺には俺だけを拒む結界を魔法で構築しているようで、妹の部屋には近づけなくなっていた。

 夕食の時なんか、俺が食事の部屋に入ってくるなり、シャルロットはプイッと顔を背けて、転移魔法でどっかに行ってしまった。流石に、そこまで拒否られると、傷つくんだけど……。


「兄弟喧嘩でもしたのかい」と、俺とシャルロットの父であるロバート氏は、暢気に笑っているし。


「シャルロットもまだまだ子供ね」と母のマリアテレジアさんも笑っているし。


 いやいや、貴方達の娘が、とんでもないことやっちゃってますよ――。グレちゃってますよ―― って、叫びたかった。


 ・


 そして四日後に、事件は起こった。授業が終わり、「あと三日で断罪イベントか。どうすりゃ―いいんだよ」と、夕陽を眺めながら途方に暮れて屋敷に帰ったら、屋敷の中が慌ただしい。普段なら玄関の前で俺の帰りを待っている執事やメイドも誰もいない。


 慌ただしく廊下を走っていたメイドを捕まえて話を聞くと、シャルロットが怪我をして帰ってきたらしい。

「え? 怪我?」と俺も事態が呑み込めない。貴族は当たり前のように回復魔法が使えるし、シャルロットだって当然、使える。シャルロットなら、片腕ぶった切られても、瞬時に魔法で完治させるぐらいのことは欠伸しながらでも出来るだろう。首を切り落とされても、運が良ければなんとかできるレベルだ。


 そんな妹が怪我? 回復魔法では治療することができない、呪いの武器か何かで攻撃を受けたのだろうか。メイドの話では、母の部屋でシャルロットは治療を受けているらしい。俺は、急いで母の部屋へと向かうが、部屋の前で待ち構えていた父に制止させられた。


「父上、妹の、シャルロットの怪我は大丈夫なのですか?」


「大事はない。左手に何個か切り傷があった程度だ。いま、妻が治療をしているから間もなく完治するだろう」と、平然と父親が言う。確かに、この国最高の治癒魔法の使い手の母であるから、問題はないだろう。


 しかし「どこの不届き者が?」と俺は聞く。シャルロットに手傷を負わせるだけでも、相当な実力者だ。


「その件については、私と妻が預かることになった」とロバート氏は顎鬚を右手で触りながら言った。


「しかし―― 「しかしもへったくれもない。ウィズワルド、お前はこの件に関しては、一切係ることを禁じる。執事やメイド等から話を聞くような行為も禁止だ。分かったな。私はこれから王宮に出かけなければならなくなった。話は以上だ」」と、ロバート氏も断固として譲らない。


「分かりました」と俺は渋々同意して、自分の部屋へと引き返した。


 次の日など、禁止と言われながらも、さり気なくメイドや執事から話を聞こうとするが、箝口令かんこうれいが敷かれているのか、有益な情報を得ることはできなかった。

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