4 妹の不穏な動き ~迫る断罪の日~
武闘会も終わり、祭りの後の、何となく気の抜けた凪のような数日を過ごしていた時、事件は起こった。それは昼休みだった。
学園での時間も半年が過ぎ、学園生活には慣れたが、どうしても慣れることができないことがある。それは、昼食の時間だ。昼食の時間になると、貴族の令嬢たちが俺の机に押しかけてきて、「ウィズワルド様、一緒に食事を致しませんか?」と猛烈にランチを誘ってくるのだ。
この国でもっとも力のある貴族の1つであるロマネスク公爵家、そしてまだ婚約者の決まっていない俺。そして妹はこの国に王子の婚約者で、結婚したあかつきには、ロマネスク公爵家の力は一気に増すだろう。外見も、悪くない。それは、貴族令嬢の間で一押しの物件であることは間違いないのだろう。
だが、俺は女の子と会話をしたことなんて数える程しかない。女子と会話をしながらランチを食べるなんて、逆に胃が痛くなってしまう。
それに、断罪イベントが起これば、ロマネスク公爵家は潰される。万が一にでも俺と婚約なんてしてしまえば、迷惑が掛かってしまうだろう。
いや、俺だって本当は、女の子と一緒にランチをして、「あ~ん」とかしてみたい。ベーコンのアスパラガス巻きで!!
そういうわけで、ランチの誘いから上手く逃げて、人けの無い校舎裏を歩いていたら、俺は現場を目撃してしまったのだ。
シャーロットが、ヴィオラに斬馬刀を突きつけているところを……。
いや、でっかい斬馬刀ですよ。あの、馬を一刀両断しちゃう奴ですよ。斬馬刀をチラつかせて脅すって、それ、相当な悪っす……。というか、あんな斬馬刀をどこで手に入れたのだろうか。
もの影から隠れて見ているが、ヴィオラ嬢の顔が、恐怖で引きつっている。
これは、やはり、止めるべきなのだろう。いや、人として止めに入るべきだ。一応、シャルロットの兄なんだし、妹が間違った行いをすれば、それを正すのは、家族として当然だ。前世では、引きニートで家族に迷惑をかけていた俺が言えたことではないかも知れないけれど。
俺は、勇気を振り絞って、2人の前に出る。
「シャルロット。こんなところで、何をしてるんだい?」俺は、声が震えないように気を張りながら、2人に近づいていく。
「お、お兄様。どうしてこんなところに?」とシャルロットは驚きながらも、右手に持ていた斬馬刀をさっと自らの背中に隠す。いや、刃渡りがお前の身長より長いし、全然隠せてないけど……。
「俺は散歩かな。ところで、背中に何を隠したんだい?」と俺は何でも無いような感じを装い、軽い感じで聞いてみる。
「さぁ、何のことでしょう?」とシャルロットは目を泳がせる。そして、ふっと、斬馬刀が消えてなくなる。
あ、物質消滅の魔法で証拠を隠滅しやがった……。
妹にこれ以上、話を振ってもしらばっくれるだけで無駄だろう。
「えっと、君は、ヴィオラさんだよね」
「はっ! はい!」と緊張をしているのか、ヴィオラ嬢は直立不動の体勢になる。
「うちの妹が、さっき何か持っていたような気がしたけど、君は何か見なかった?」と俺はヴィオラ嬢に話を振る。
「えっと……」と言いながら、一瞬視線をシャルロットを見る。シャルロットは、ヴィオラ嬢にガンつけている……。
「いえ、私は何も見てません」とヴィオラ嬢は答えた。
そうですよねぇ!! あれだけ妹から睨み付けられたら、そう答えるしかないよね!!
「じゃあ、俺の勘違いかな。だが、シャルロット。お前はいつも、ロマネスク公爵家の誇りとか言っているからな。お前も、公爵令嬢として恥ずかしいようなことはするなよ」と、釘を刺しておく。
確かに、兄として、アルス王子との恋を成就させてやりたいという気持ちはある。毎晩、必死に遅くまで勉強していることも知っている。武闘会でヴィオラ嬢に負けた日からは、深夜にこっそり中庭でレイピアの練習をしていることも知っている。ヴィオラ嬢に負けたくない気持ちだって分かる。
前世の俺から言わせてもらえば、本当に尊敬する。努力が眩しすぎる。情けない兄だけど、まだたった半年しか兄ではないけど、妹を誇りに思う。だから、ヴィオラ嬢を苛めるなんてことをして、自分の誇りを失ってほしくない。
「なっ!!」と、シャルロットの目が大きく見開く。
「分かったな?」と俺は、兄として優しく諫めるように努める。貴族としての誇りを重んじる妹なら、これで俺の言いたいことは分かってくれるだろう。
ヴィオラ嬢は、現状では平民だ。将来は、アルス王子と結婚して王妃になるかもしれないとはいえ……。平民を虐げるなんてことは、貴族として恥ずべき行為だ。そう、分かってくれるだろう。いや、そう気づいて、これ以上、ヴィオラ嬢を苛めたりしないだろう。たとえ、自分の恋が叶わないとしても。
俺の言葉の意味を理解したのか、シャルロットの目に涙が溜まり始める……。そして、「お兄様なんて、大嫌い!!」と言って、シャルロットは駆け出してしまった。
駆け出していった妹を追いかけるか迷ったが、ここはヴィオラ嬢をフォローしておくことが大切だろう。
「えっと……。妹のシャルロットは、口が悪いし、負けず嫌いなところはあるんだ。だけど、本当はいい奴なんだ。それは分かって欲しい。この通りだ」と俺は、頭を下げる。
原作通りに話が進んでいるならば、今日のことなんて氷山の一角で、もっとひどいことをヴィオラ嬢はシャルロッテからされているだろう。俺が、頭を下げたくらいでは許されるものではないだろう。むしろ、土下座をするべきだろうか。
「あ、いえ。その……。頭をお挙げください」とヴィオラ嬢は困惑している様子だ。一応、頭を挙げてと言われたので、頭を挙げる。
「もし、妹から何かされたら、俺が、君を守る。だから、何かされたら、遠慮などしないで、俺に言ってきてくれ。俺が君を守るから」と俺は言って再度頭を下げる。そして、だから断罪イベントを起こさないでください、と心の中でお願いをした。
「お気持ちは本当にうれしいです。でも、1週間後にはすべて終わってますから、大丈夫です。本当に嬉しかったです」とヴィオラ嬢は言った。
俺は、驚いて思わず頭を上げる。ヴィオラ嬢の目にも涙が貯まっていた。
「1週間後って?」と俺は、聞く。まさか、断罪イベントが間近に迫っている? 1週間後にすべてが終わっている?
「あっ!!!」と、ヴィオラ嬢は自分の両手で口を塞ぐ。何か言ってはいけない何かだったのだろう。
「その、一週間後って?」と俺は再度聞くが、「あ、ごめんないさい。忘れてください!! 私、用事があるので失礼します」と言って、ヴィオラ嬢は転移魔法を使って何処かへ行ってしまった。
原作より、ずいぶんと早い展開……。俺が、無意識にシナリオを早めてしまったのだろうか……。