2 武闘会 ~俺の戦い~
アルヴァンディア学園の武闘会の日がやってきた。学年ごとにトーナメントを実施するというイベントだ。武器の使用有り、魔法の使用有りの、ガチンコの戦いをする。
なんでこんなことをするのかというと、この世界の貴族の特性にある。貴族は、戦争が起こった時に、領地と領民を守るために戦わねばならないのだ。中世の騎士動や江戸時代の武士に近いかもしれない。そして、「いざ」という時に命を張って闘うということがあるため、特権が認められているのだ。魔力を持たない平民が戦いに出ても、敵の魔法で一蹴されてしまうから、平民が戦争に行っても無駄死にするだけという理由もあるのだけれど。
魔力を持つ人間の力が戦車百台であるとするなら、魔力の無い人間は野ウサギ一匹程度というような、そんな実力差が明確に存在している。
「勝者、ウィズワルド」と、審判が勝利宣言をする。そして俺は、心の中で安堵のため息を吐く。
実は俺も、このトーナメントで順調に勝ち進んでいたりする。ロングソードで斬りつけられたり、レイピアで刺されそうになったり、魔法の矢や火球が飛んで来たりと、前の世界では考えられない戦いなんだけど、流石、ロマネスク公爵家ウィズワルドというハイスペックの持ち主だ。動体視力や魔法耐性や反応速度、身体強化魔法など、基礎能力と呼ばれるものが他の学園の生徒よりも格段に高いというのが、俺が勝ち残れている理由だ。
それにしても、線の細い、箸よりも重い物を持ったことがありませんと言われれば信じてしまうような女の子が、身体教化魔法を使って巨大な石を投げてきたり、貴女、実は雌ゴリラなんですね! 的なことが起こったりと、いろいろとカルチャーショックな大会であったりもする。
「勝者、アルス」
「勝者、シャルロット」
「勝者、ヴィオラ」
「勝者、リーズロッテ」
大会は進んで行き、優勝候補たちは、危なげに勝ち進んでいく。
まぁ、俺も優勝候補の一角ということらしいのだけど、体が剣術や体術を覚えていてとっさには体が動くけれど、女の子にロングソードで斬りつけたりできるようなメンタルがあるはずもなく、俺の勝ち方はカウンターによって敵を場外に落とす、という勝ち方で、本当に強い、それこそアルス王子やシャルロットなどの強敵と当たったら、瞬時に負けてしまうという自信はある。シャルロットからは、「ヘタレた戦い方で、ロマネスク公爵家にあるまじき戦い方です」と、白い目で言われてしまったが……。
「次の試合、ヴィオラとウィズワルド」と審判が宣言をする。
さて、この武闘会だが、俺が前世で読んだ、世界の悪役令嬢の物語でも登場する。原作では、優勝者はアルス王子で、準優勝がヴィオラ嬢という結末だ。決勝戦で戦ったアルス王子とヴィオラ嬢は、共に健闘を称え合い、2人の仲が進展するというものだ。ちなみにシャルロットは、ヴィオラ嬢に準決勝で敗れるという展開だった。
トーナメントの表を見ても、それは原作通りらしく、ここで俺が負ければ、その後勝ち進んだヴィオラは、準決勝でシャルロットと戦うことになる。そして妹に勝てば、アルス王子との決勝戦、という原作通りの展開となってしまう。俺はなんとしてもヴィオラ嬢に勝たなければならない。
断罪イベントを回避する、没落イベント回避という意味でも、ここは俺が踏ん張って、ヴィオラ嬢を負かさなければならない。そうすれば、少なくとも、決勝でアルス王子とヴィオラが戦って、愛を育む的なことは回避できる。
俺は、円形の石で出来た闘技場へと上がる。そして反対側からヴィオラが上ってくる。彼女は前の戦い同様、両手に短いダガーを2つ持っている。この大会で双剣を使っているのは彼女だけだ。貴族の男ならロングソード、女性ならレイピアというのが、貴族の伝統というか、家庭教育でそれらの使い方を教え込まれるから、それらが一番使いやすい得物となるが、平民出身の彼女は、短いダガーが使い慣れているのだろう。
「ダガーを使うなんて、まるで盗賊のような下品な戦い方ですわ」なんて蔑む貴族も多いし、観客席でそんな彼女の悪口を言っている者も多い。
原作でも、ヴィオラに敗れたシャルロットが、同じようなことを面と向かってヴィオラに言うシーンがある。
そして、それを聞いたアルス王子が「どんな戦い方にしろ、大事なのは民を守る力だ。伝統も大事だが、本当に大事なものが何か、はき違えてはいけない」とシャルロットを咎め、ヴィオラを庇うのだ。まぁ、自分の婚約者であるアルス王子が、ヴィオラを庇う。当然、婚約者であるはずのシャルロットは面白くない。そして、罪に濡れていく……。
「勝負、始め」と、審判が宣言した。
「思考加速」
「知力向上」
「魔耐性向上」
「筋力増大」
「魔力ブースト」
「……」
「……」
試合が始まると同時に俺もヴィオラも補助魔法を自分に掛けていく。魔法の効果によって、俺やヴィオラの体が、青色や赤色、そして虹色に輝いていく。魔法の力によって、人間を越える存在になるのだ。
ヴィオラ嬢が構えた。来るっ。(0.0001秒)
ヴィオラが右手に持っていたダガーを俺に向かって投げてくる。
初手が投擲? 超速で投げられたダガーが、空気との摩擦熱によって紅色に変色しながら俺の方に向かって飛ぶ。まるで隕石が大気圏で焼けているようだ。(0.0002)
叩き落とすだけだっ、と構えた瞬間、ヴィオラが俺の方に突進してきて、自ら投げたダガーを右手で掴み、しゃがむ。
投擲がフェイント? ってか、どんだけ速いんだよ。奥歯に加速装置付いてんじゃねぇか?(0.0003秒)。それに、ナイフ、摩擦熱でかなり熱くなっているのに、素手で掴んで平気なのだろうか? まぁ、当然魔法で防御しているだろうが……。
って、しゃがんだと思ったら、足払いかよ。(0.0004秒)
俺は上空にジャンプして、彼女の蹴りを回避する。
あぶねぇー。あの足払い、当たったら絶対複雑骨折コースだぜ。まぁ、回復魔法ですぐ治療できるけど……。
それに、俺も軽くジャンプするだけで、20メートルくらい飛べるって、ぶっ飛んでるけどなぁー。って、彼女が魔法の印を踏んでいる。やばぃ。何か来るっ。それと同時に、俺の頭上からパチパチっという火花のような音が聞こえる。(0.0005秒)
雷系の魔法かっ!!
上空だと回避できない。どうやら、完全に、彼女の術中に嵌ったようだ。
仕方ない。
「コキュートス・チェーン」と俺は超低温の氷で形成された鎖の片方を上空に飛ばし、片方をヴィオラに向かって飛ばす。そして、「コキュートス・ブラスト」と魔法を唱え、闘技場の石を凍らせていく。
「サンダー・メテオロギー」と彼女が叫び、虚空から雷が発生する。(0.0007秒)
そして巨大な雷が落ちる……
しかし、それは上空の俺には当たらず、俺の作った氷の鎖を通じて、闘技場全体を感電させる。彼女もこの結果が予想外らしく、防御魔法でレジストすることが出来ず、感電している。よっしゃー。超低温物質による超伝導体を作って、避雷針にする作戦成功だ。(0.0008秒)
俺は、彼女が感電している隙に、「沼地」の魔法を唱え、彼女の立っている一体の岩を沼地に変えて、彼女の足場を奪う。(0.0009秒)
そして、お返しとばかりに、「サンダー・メテオロギー」を連発して、彼女に追撃を加えていく。普通の人間なら炭化してしまうような雷だけど、魔法の力で防御しているから死にはしない。(0.0010秒)
そして、「ファイアー・オブ・フェニックス」と俺は呪文を唱える。そして、炎が鳥の形に造形され、彼女に向かってそれが突進していく。やっぱり、炎の魔法は、これだ。(0.0011秒)
そして、彼女が燃えている間に、自らに重力魔法を掛けて地面に早々と着地し、彼女との距離を取る。(0.0012秒)
これで終わってくれ、と俺は心の中で願う。結構魔力を使ったので、胃が悲鳴を上げるほどの猛烈な空腹が俺を襲っている。しかし、残念ながら俺の放った火の鳥は、一陣の風によって離散していく。
そして、彼女のいる地点から黄金の光が輝く。
これは、回復魔法の光? まだ意識を保っている?(0.0014秒)
俺が驚くと同時に、俺に向かって魔法の矢が飛んでくる。もちろん俺はそれをレジストして叩き落とす。どうやら彼女も肩で息をして、かなり疲弊しているようだが、まだ戦う気らしい。
彼女の体から、膨大な量の魔力が発生しているのを感じる。
げ? 結構ヤバい魔法だ。(0.0015秒)
「ヘル・フレア」と彼女は叫び、凝縮された炎が俺に向かって放たれる。煉獄の炎。俺も負けじと、「ミラー・オブ・アイス」を発動させ、氷の壁の盾を自らの前に作り出す。(0.0016秒)
彼女の放った炎と俺の作った氷が衝突する。もちろん、俺の氷が溶かされ続けているから、俺は魔力を注ぎ込んで、新しい氷の壁を形成していく。
魔力の消費合戦。どちらの魔力が尽きるのが早いかの根競べ。消耗戦だ。彼女の炎は、勢いが弱まるような気配はない。俺も、魔力を氷に注入し続ける。(0.0120秒)
ちくしょう……。ヴィオラ嬢は、どれだけの魔力量なんだよ。俺も学園で上位を競うほどの魔力量なのに、俺の方が先に魔力が枯渇してしまいそうだ。(0.8922秒)
それに……、俺の「ミラー・オブ・アイス」は、遠赤外線を反射させるように作っているから、彼女が放っている熱量は、彼女自身に返ってきて、彼女自身を焦がしているはずなのに。
それでも魔法を放ち続けるなんて、どんだけのスポ根なんだよ……。(1.2056秒)
やばい。魔力が限界だ……。(12.4075秒)
俺の頭の中がどんどん真っ白になっていく。そして俺は、意識を手放したのであった。(24.7546秒)