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悪役令嬢な妹を観察してみる  作者: 池田瑛
番外編:サイド視点
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リーズロッテ視点: ~悲しい涙は見せたくない~

 ウィズワルド様の誕生日が1週間後に迫った日、Aクラスの教室にウィズワルド様がやって来られた。私の記憶する限り、ウィズワルド様がAクラスにやって来たのは初めてだと思う。シャルに用事だろうかと思ったが、教室にシャルはいない。


 「リーズロッテ嬢。少しお時間を頂けないでしょうか」とウィズワルド様は意外なことに私に話しかけてきた。久しぶりに聴いたウィズワルド様の声。私の心に木霊こだまし続けているウィズワルド様の声より少し太い。変声期なのだろうか。


 Aクラスのご令嬢達も大興奮である。

 私はもちろん、「よろしいですわよ。この場で? それとも何処かへ行きますか?」と即答した。できれば、二人っきりでゆっくりと話がしたい。ウィズワルド様を一時でも独占したい。


「では、中庭へ」とウィズワルド様は私をエスコートしてくださる。舞踏会の時と同じように、そっと私の手を取り、そして優しく私を導く。


 中庭についてもなかなか要件を切り出してくださらないウィズワルド様。まさか、無いとは思うけれど、ウィズワルド様から愛のささやきがあるのではないかと、心の何処かで期待してしまう。

 私は、沈黙に耐えきれず、「それで、ウィズワルド様は、私に何用でしょうか?」と、私から口を開いた。もう、私の顔が真っ赤になっているのではないかと恥ずかしく、扇で顔を隠す。


「実は、妹のシャルロットが良からぬことを企んでいる気がしてね。それが気になって、妹の親友であるリーズロッテ嬢が何か知ってやいないかと、話を聞きに来たんだ」


 私のことを、『妹の親友であるリーズロッテ嬢』と称する。私とあなたの距離は、それほど遠くなってしまったのかと私は悲しく思う。私のことを、昔はシャルと同じように『リーズ』と愛称で呼んでくださっていたのに。それに、『妹の親友である』という前置きが、とても私の心に突き刺さる。まるで、私とウィズワルド様が直接的な関係がないような、シャルを通じての間接的な知り合いのような仰りよう。酷い仰りよう。


「良からぬこと、でございますか。さて、そのようなものは私は存じ上げませんが」と私は答えた。ウィズワルド様と私の遠い距離。薄い関係性。もう、泣いてしまいそうだ。泣き出してしまいたい。『良からぬこと』というのは、恐らく誕生日会のことであろうと直ぐに見当はついた。シャルも、内緒にしているつもりではあるだろうか、不器用なところは本当に不器用なので、何かウィズワルド様に隠し事をしていることを簡単に見破られたのであろう。


「何でも気になることがあれば教えてほしい。もちろん、君に悪いようになんてしたりしない」とウィズワルド様は既に何かの確信があるように仰る。でも…… もっと傷ついたのは、『君』という言葉。もう、私の名前すら呼んでくださらないのでしょうか。


「良からぬことではございませんが、心当たりはいくつかございますね」と、私は答えながら決心をした。私とウィズワルド様の距離が離れてしまったのであれば、また近づけば良い。誰よりも近くに。


「それを教えてくれ」


「条件がございますの」と、私は言う。思い切って言おうと、気負いすぎたのか、手に力が入りすぎて、扇を閉じる際にピシャっという大きな音が出てしまった。ウィズワルド様の前ではしたない……。


「条件?」とウィズワルド様は私を真っ直ぐ見つめながら首を傾げている。


「最近、ウィズワルド様は舞踏会に参加されておりませんね」と、私は呼吸を落ち着かせながらゆっくりと話す。


「そうだね」


「今度、我が家で行われる舞踏会への招待を受けていただき、私と最初にダンスを踊っていただけますか? それが条件でございます」と、私は条件を提示した。


 妹であるシャルの隠し事。つまり、シャルを心配するウィズワルド様のお気持ちを利用するような条件提示。褒められたことではないかも知れません。ですが、私にはこの方法しかないのです。ウィズワルド様と仲睦まじくダンスを踊る。そして、アルス王子とシャル、ウィズワルド様と私の4人が親密である姿を舞踏会の場に置いて、招待をした王夫妻に見せる。そして、ロマネスク公爵家とハイネルラル公爵家の者が結ばれたとしても、危険は無いということを。そして、ロマネスク公爵家のご当主であられるロバート様や、その奥様のマリアテジア様とも親密な関係を築く。


 そのために、ウィズワルド様には当家での舞踏会に参加していただく。それに…… 最近、ウィズワルド様は舞踏会へ参加されていない。多くの招待を断っている状態であるのに、ハイネルラル公爵家からの招待を受け、そして主催者である1人娘と最初にダンスをする。その意味が分からない貴族はいない。事実上は違うとしても、それだけの条件が揃っていれば、憶測は産まれ、噂は流れる。ウィズワルド様と釣り合っている自信は今も全くないのだけれど、『あの2人はお似合いね』というような世論を作り出す。


 そうしなければ、私がウィズワルド様と結ばれるチャンスなど永遠に来ない。


「それは……」と、ウィズワルド様は困った顔をなさいました。困った顔。そんなお顔をされるほどに、嫌でしょうか。


「やはりこの条件は、取り下げますわ」と私は自分の言葉を覆す。

 そんな困った顔をされてしまっては、私にはどうしようも無いではありませんか。


「条件を取り下げる?」と、またウィズワルド様は首を傾げられています。聡明なウィズワルド様なら、全て分かっていてワザとお惚けになられているのか、それとも、シャルのお兄様だけあって、鈍感なところは本当に鈍感なのか……。


「私が恥を忍んでダンスの申し込みをお願いしておりますのに、そんな困った顔をされると、私わたくし傷つきますわ。ウィズワルド様は、乙女心を分かっていらっしゃらないご様子ね。それに……」と私は少しだけウィズワルド様に嫌味を言う。失恋ということなのでしょう。本当に心が痛い。


「それに?」


「それに、私はシャルロットの事を大切な友人だと思っています。あなたに話してしまっては、シャルロットから怒られてしまいますわ」と私ははっきりと答えた。

 私の恋は私の恋。シャルが企画している誕生日会とは、また別物。ウィズワルド様がシャルのことを心配している気持ちを利用しようとした自分の愚かさを恥じる。そんな卑怯な私が、ウィズワルド様の隣に立つのに相応しいはずが無い。まだまだ精進する。たとえこの想いが届くことはなくても。


 そう頭では考えても、胸から込み上げてくる悲しさ。武闘会でアルス王子に敗れた際の敗北感を越える敗北感。


「いや、そこを何とかお願……」


「ぴしゃり」と、私は扇を乱暴に閉じた。もう、これ以上は、涙をこらえることができない。話を切り上げる。だって、ウィズワルド様に涙を見せるわけにはいかないじゃない。ウィズワルド様の前で私が泣くときは、婚約が成った時の嬉し泣き。ここで私が泣いても、きっとウィズワルド様は優しく介抱してくださるだろう。でも、介抱されればされる程、届かない恋がやるせなくなる。


「お話は以上でございますね。授業がそろそろ始まりますので、私は失礼いたしますわ」と私は支離滅裂なことを言って、逃げるように中庭から去る。

 お昼休みが始まったばかりだと言うのに、『授業がそろそろ始まります』だなんていう、私は何を言っているのでしょう。

ですが、口から出てしまったものは仕方がありません。


それに……いまは、人目のない場所に早く行きたい。

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