魔王の鉱山
ガンッザクッザクッ
岩を砕き、土を掘る。そんな音が絶えることなく響くのは、魔王の国に存在している鉱山の中。
労働の義務によって配属された者達が、石炭や鉄、金銀銅などの鉱石、加工すれば宝石としての価値を持つ様々な輝石を日夜掘り出していた。
鉱山、といえば屈強な人間でさえも悲鳴をあげるような過酷な労働。というのがこの世界の一般に通じる印象だ。その為、多くの国でも罪人などが送り込まれ、強制的に働かされる場所だった。この国でもそれは同じだったが、その環境が段違いだった。しっかりと休憩の時間が決められていたし、自分が掘り出したものの三分の二は国に納めなければいけなかったが、残りは自分のものにすることが許された。
これは他の労働現場でも同じことで、例えば畑で働く者ならば収穫の半分を国に納めれば、残りは物々交換に使おうが、商人に売ろうが、自分で食べようが、それは個々の自由にすることを許されている。
鉱山に配属されるのは、鉱山に向く適性を持つと判断された者―鉱山での経験があったり、宝石などの加工、鑑定の技量を持っているなど―の他は、畑や牧場での労働に困難が伴ったと判断された者達だった。他にも、魔王の城からは少し離れた場所にある巨大な湖で、魚や貝など海産物の養殖も始まろうとしているが、鉱山に一度入った者達は「どんな形であれ、それが生き物である限りは無理だ」と涙ながらに訴えるのだ。
この魔王の国の鉱山は、有り得ない程の環境が整っている。
まず、鉱山で働く際に必ず覚悟を決めないといけないのは、崩落事故などの可能性だった。掘り進むごとに壁を築き、安全を確保してはいくが、それが完璧であるなどとはいえない。疲労などによって弱って死ぬか、崩落によって死ぬか、鉱山に働く者の行く末はそのどちらかだと言える。
だが、この国の鉱山に限っては、その可能性は皆無だった。
何故なら、彼等が掘り進める場所は、山や地面という大地なのだ。魔王が式神として命と意思を持たせた大陸の化身が、掘られた場所をしっかりと支えてくれる。勿論、普通の鉱山と同じように壁を築き、支柱を築いてはいく事を忘れることはない。自分達でするべき行為を忘れると、この大陸の化身は容赦無く仕置きを与えてくるのだ。
その仕置き、というものは本当に恐ろしい。
鉱山に配属された者達が何よりも恐れることだった。
掘り当てられるものの量が減るのだ。あまりにも大きな馬鹿をやらかせば、何も取れなくなってしまう事もあった。
ものによっても違いはあるが、輝石を掘る鉱山ならば、基本的に真面目に働けば一日の労働時間で両手一杯のそれを得ることが出来るようになっている。その三分の二が自分のものになる。加工技術のある者に格安とはいえ料金を払って頼まなければ、それが価値のある宝石になることはない。その宝石を売れば、城下町でそれなりの贅沢も出来る値になる。度が過ぎれば、再び裁きを受けることになるが、程度を弁えていれば多少の娯楽などは許されているのだ。そして、刑期が終えた際には、魔王の許す程度ならば持ち帰ることも許される、そう説明もされた。多くの人間が、長く居れば居るほど、元の場所に戻りたいと思う事はなくなるが、そんな許しがあるのだと思うだけでも心に余裕が生まれ、労働に力も入るというものだ。
だというのに、仕置きによって労働しても何も得れない、という状況に陥るなんて。
彼らは、そんな事にはなりたくない、と自分達の義務を忘れない。
魔王たる彰子が、彼女が柴犬サイズと称するまでに成長した大陸の化身たる狼に命じれば、そこには彼女が望む通りのものが掘れば掘るほど出てくるという状態になる。
これは、宝石を構成している成分、その輝石となるまでの成り立ちを知っていれば、そして大陸の化身にある程度の考える力が備われば、至極簡単なことだと彰子はほくそ笑んだ。
決して枯渇することの無い、崩落の危険もない鉱山。
それは、何とも魅力的なものだ。
他国の施政者達が耳にし、それが事実と知れば、何を思うのか。
裁きを受ける者達の中には、そういった立場にあった者達もいる。多くがこの地に残りたいと願う国ではあるが、元居た場所に帰りたいと願うものも存在する。そう言ったもの達は、この地の生活に馴染む者達に馴れ合うことはなく、同じ考えを持つ集団を作り上げていた。
勿論、他の人間と馴れ合いながらも、元居た場所に戻りたいと考えている者達も居た。
だが、誰の目にも明らかな大きな違いがあった。前者はこの地で義務付けられている肉体を使う労働を行わずに済む、恵まれた生まれ育ちである者が多かった。後者は、その逆の環境に生まれ育ち、この地を楽園だと思いながらも、元居た場所に愛する家族が居るが為に帰らねばと考えている者達だった。
そのどちらの者達も、その刑期が終われば元居た場所に帰れるだろう。
帰った後、彼らが何を仕出かすか。特に、前者の者達が、この豊かな国で見聞きした情報をどう扱うかなど、生まれたばかりの式神達にも予想出来た。
対処すべきだ、と皆は言う。
だが彰子はただ、まぁ黙って見ていなさい、と笑って皆を嗜める。
ただ、「ねぇ、『憲法さん』?」と語りかけられた、魔王の片腕と目されている六法筆頭たる『憲法』だけは、彰子の企みを理解しているようだった。
後者に関しても、彰子は何かを企んでいるようだった。
六法を集め、裁きを終えた住人達の一部を集め、彰子がその企みを発表すると、住人達は喜びの声を上げてそれを指示し、我先にとその企みへの参加に名乗りを上げたのだった。
.