魔王の勇者対策①
「な、な、何で!!!!」
その光景を前にして、勇者ヒロは絶叫した。
彼を慕い、荒れ狂い、水棲の魔獣達の脅威を乗り越えて、魔王が支配しているという『魔界』『魔の国』のある暗黒大陸へまで付き従ってきた、ヒロの仲間達が目に見えて取り乱す主、友、仲間である勇者ヒロに驚いた。
「ひ、ヒロ。どうしたの?これに、何かあるの!?」
ヒロ。本当の名前を、川西寛之という少年は、呆然とそれを見上げて動きを止めている。彼は勇者。異世界から神によって招かれてきた彼は、初めて見る景色、初めて体験する出来事に驚いていた。それは、この大陸に向かう海を渡る最中にも見られた様子だった。だが、これはそれらの驚きとは違うものだと、ヒロと心から信頼しあっている仲間達は察していた。
それは、この世界の人間である彼らも驚く光景ではあった。
全てが謎に包まれていた暗黒大陸。
海から上陸した途端に広がる砂漠は、旅慣れしている彼らにも過酷な環境だった。
そんな砂漠の中に突然と現れた、巨大過ぎる人型の像。
女性の肩から上が、砂の上へと覗いているその像は、誰が作ったのか、何故砂漠の真ん中にあるのか、彼らの頭を悩ませる。
彼らも充分驚いたのだ。
だが、それ以上の驚きを見せた大切な存在、ヒロを宥めることで少しだけ冷静さを取り戻せてもいた。
「こ、これは…。」
ヒロはそれを口に出してしまっても大丈夫なのか、と頭に過ぎらせた。
それは、ヒロもよく知るものだった。
実際に見に行ったことはない。だけど、それはヒロが普通に生活していた世界の、一番といっていい大国を象徴するような巨像だった。
だから、肩から上だけの、頭と頭上に伸ばされている片腕だけしか見えない状態でも、ヒロにはそれが何なのか理解出来たのだ。
だが、理解出来ないこともある。それがどうして、砂漠から顔を覗かせているのか。嫌な考えがヒロの頭に浮かび上がり、支配していく。
-此処はもしかして、僕達の世界の…。
「あっ、何か掘られてる。字?」
ヒロの驚きように驚き、この巨像が何なのか自分で探ろうとしていた仲間の一人、このメンバーの中で誰よりも豊富な知識を持っているハーフエルフのセンガが、砂の中に埋もれるか埋もれないかの位置にあるそれを見つけた。
その声に、呆然と立ち竦んでいたヒロは駆け出し、センガが膝を付いている位置に取って代わった。
Nobody no longer exists except me
It referred to the last of the human name to here
I am Lie
8/31/2016
ヒロは勇者だ。
ライトノベルを何冊も愛読していたヒロにとっては、あることが当たり前と受け止めていたが、この世界の言葉を何の違和感も無く読むことが出来た。
それは異世界の言葉ではなかった。全ての言語と知っているというセンガが全く分からないと首を捻るそれは、この中ではヒロだけが分かる言語だった。
義務教育で教えられるそれは、英語という。
異世界に召喚されたことで得た能力は、地球の言語もあっさりと翻訳してくれた。
しなくてもいいのに、とヒロの心は声もなく叫んでいた。
"ライという人以外、誰も居なくなった"のだと、それは自動で翻訳された。
そして、その日付にヒロは心を砕かれた。
2016年8月31日。
ヒロが居た時間からいえば、一年も経っていないその日付。
そして、この世界にはない、ヒロたちの世界の言葉。
ヒロは絶叫を上げて崩れ落ちた。
この世界は、異世界というものを空想していた少年にとって夢のような場所だった。ファンタジーを実感出来る場所。確かに、戦いも直視してしまった世界の暗さも、少年を挫けさせようとはしたが、人々との出会いや仲間達の存在が、少年を身体共に強くした。
ヒロはこの世界を愛していた。
けれど、それでも、自分の家族が居る世界に帰りたいという思いも強く、段々と大きくなっていった。
たった15歳。家族の庇護下にあるのが当たり前である年齢だ。そう思うのは仕方無いことだった。
それを、ヒロの仲間達は否定しなかった。それ以上に、ヒロを元の世界に返そうと、協力を申し出てくれた。
魔王を倒すこと。
ヒロが勇者という役目を終わらせる為に必要なことは何か、と考えた結果出したのは、そんな予想だった。
だから、だから、多くの苦難を乗り越えて暗黒大陸に来たのだ。
なのに。
なのに!!!
川西寛之の足はもう動けそうに無かった。彼の耳には、仲間達の声も届かない。
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「『心ポッキリ大作戦』は上手くいった様子です。……性格悪ッ!」
砂漠の監視を任せていた天使が、真面目な様子で報告を終えた後、顔を大きく歪めてそんな言葉を吐き捨てた。
「あら、心外な。私だって心は痛むわよ?でも、私に任されているのは『魔王』よ?なら、それらしい所業の一つや二つや、五つくらい、仕掛けておかないと。」
それに答える彰子は、せっせと手を動かしていた。
城下町の大きな通りなどを彩る花壇を整え、花々を植えるという奉仕作業を行っていた。
この魔王の国では、魔王自体も六法の裁きを受けることになる。そうでなければ、不正し放題だと彰子が決めたことだった。その裁きとして、彰子は今、街に住む罪人達の驚きと尊敬に輝く視線を受けながら、奉仕作業に従事していた。
彰子が犯した罪は、器物損壊。
公共の物である砂漠のあの像に、文字を刻み付けた行為を見咎められたのだ。
これがあって初めて完成なのだ、という主張もあって減刑となりはしたが、それでも罪は罪。彰子は大人しく刑に服していた。
「ちゃんと保護して、フォロー入れるわよ。なんだったら、此処に住めるようにもしてあげるし。…それに、あれにはちゃんと嘘だって書いておいたでしょ?I am Lie、私は嘘って。」
まぁ、彼の翻訳能力はそれを、ライという名前だと判断したみたいね。
それは全く故意ではない、と彰子は笑う。
だが、天使はそれを信じきることが出来ないでいた。