魔王の領土
異世界から神の思し召しを受けた勇者達が降臨した世界には、四つの大陸があり、その内、三大陸に人々が国を作り、様々な文化を根付かせ、繁栄していた。勇者達はそんな三大陸にそれぞれ、あまり行動範囲が交わることのない距離感を保ちながら降臨して、その影響力を発揮している。
勇者は総勢29人。
土木作業員もいれば、学者もいる。小学生から老人まで、様々な勇者が29人。
それは、世界に刺激を与えようという神の思し召しだった。
勇者だけでは良い刺激にならないかも、と神が余計な事を考えた結果。それが、『魔王』として世界を引っかき回す役目を望まれた、前橋彰子という存在だった。
そんな『魔王』前橋彰子は、神の望みに添う結果を世界にもたらした。
理不尽に襲い来る、六法という六人の魔王の手先達。それは、三大陸の人々を恐怖に慄かせていたのだ。
六法たちは、人々に襲い掛かり財宝を奪い取り、時には人々を何処かへと連れ去っていった。そんな六法達に、様々な国が、自国で有数の使い手達を差し向けて倒そうと試みるも、それに成功したものはない。それら強兵達も皆、六法達の不可思議な術の前に姿を消し、帰ってこなくなる。数ヶ月の後に帰ってきた者も居たが、そういった者達は何処か憔悴した様子で再び姿を消してしまうのだ。
人々の期待は、勇者という希望へと集まっていくのは、必然だった。
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さて、六法の裁きを受けた者達が何処に行くのか。
それは、裁きを受けた者達、世界を見守る神や天使達、そして『魔王』たる彰子だけが知っている。
六法による裁きのシステムを決めていた時、彰子が目をつけたのは勇者達が降臨していない唯一の大陸だった。
暗黒大陸、と他の大陸から呼ばれているその大陸は、鬱蒼とした自然の宝庫で、人は存在していなかった。小さな虫から小動物、魔獣など、自然を支配しようとする人間が一人も存在していないその大陸は、完全な弱肉強食が確率された、ある種の秩序に支配された場所だった。
暗黒大陸の頂点は、数体の魔獣によって争われていた。
その大陸に、彰子は降り立った。
戦う術を持たない彰子が降り立ってすぐにした事は、それは暗黒大陸という大地を、式神とすることだった。神や天使に了承を得ての行動だったそれは、彰子がしばらく寝込む程に力を消耗させたが、上手くいった。生まれたての子犬のような姿に変じさせた大地の化身は、まだまだ行えることも少なく、自我を確立しきってはいない。だが、大地を支配下に置いたという事実が、彰子に逆らえる魔獣を居ない状態にさせた。逆らったが最後、自分達の足場としている場所そのものが敵となってしまうのだから、人間よりも本能が優れている魔獣が、そんな愚かな判断をするわけがなかった。
さすがに、それを始めに聞かされた時には、神も天使も呆気に取られた。
だが、そんな彼らに彰子は言ったのだ。
『それくらい出来なくて、何が理不尽よ。』
もう何も言うまい、と彼らが決めた瞬間だった。
そして、暗黒大陸と呼ばれる大陸は、魔王の支配する『魔界』『魔王の国』となったのだ。
やっぱり『魔王』たる者、支配する地で勇者を待ち構えるものよね。
あっ、おどろおどろしい城も必要かしら?
楽しそうな様子で親しくなり始めていた天使達と、密談と呼ぶべきかも知れない話し合いの中で、そう呟いていた彰子。
そんな冗談とも取れたそれを、彰子は実現しようとしていた。
六法によって送り込まれてきた、裁きを受けた者達を使って。
裁きによって、罰金では罪を償ったとは言えないと判断された、財力のある者達や、逆に資産を持たない者達、後ろ暗い方法で金を集めてくるだろう者など。つまり、六法の勝手な判断で『拘束』という罰となった者達だが、そんな彼らが『魔界』へと送り込まれ、彰子が指示する建物などの、国造りをさせられていた。
といっても、この世界の基準でいえば、そう難しく過酷な作業ではない。
何せ、大地が擬似生命体として意思を持ち、彰子の命令を受けて動いてくれるのだ。
大きな岩を動かすことも、彰子が『ビル』と呼ぶこの世界では在り得なかった高い建物も、大地が力を振るえば一日も待たずにそびえることになる。
人々が罰としてさせられているのは、大きな動きしか出来ない大地が逆立ちしても手の届かない、細やかな作業だけだった。
そして、拘束される刑期の間、彼らには無償で提供される食事も、短くはない休息も、快適に住むことの出来る家も得られた。
中には、刑期を終えても帰りたくないと泣き叫び、わざわざ六法の前で再び罪を犯すものまで現れている。
そして、与えられた家で罪人同士で夫婦となり、子供も生まれているものまで少なからず現れていた。
元の国では当然のようにあった不平等も、この新しく『魔王』の下に生まれ始めている国では無い。なんせ、この国を支配しているのは『法』なのだから。しかも、その『法』自体が意思を持って、人々にそれを守らせている。特に、元の場所では罰金を払う余裕の一切無かった者達には、『楽園なのか?』と囁かれていた。
突然、家族や仲間が消えてしまった元の大陸、国の人々にとっては恐怖でしかない『魔王』という存在だったが、この暗黒大陸で新たに生まれ始めている『魔王の国』においては崇拝される対象に成り始めてもいた。
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上級天使ニコルは、着実と文明が開化し始めている暗黒大陸の上空を飛んでいる最中、ある不思議なものを見つけた。それの周囲には、罪人という名の、実質は国民というべき者達が存在し、それに向かって作業している様子を見る限りは、それも彰子が造らせているものだと分かった。
だから、ニコルはその疑問を率直に、いち早くに完成した城下町の中心に建つ、建設途中である魔王城で寛いでいる彰子に尋ねた。
他三つの大陸から暗黒大陸へ海を渡って上陸しようとすると、海岸の次に待ち構えている砂漠。
その砂漠の中に、斜めの状態で肩から上だけが地上に覗いている、という女性の巨大な像。その不思議な状況で造られているあれは、一体何の意味があるのか、と。
「あぁ、あれ?私達の世界では有名な映画のラストシーンなのよ。勇者達が此処に来たら、あれを見て"まさか、この世界っ!?"って思ったら面白いかな、って思って。」
「性格悪くないですか?」
首を傾げたニコルに、彰子は丁寧に説明した。
それを聞いて、彼女こそ『魔王』という役割に適任だった、と嘆息したのだった。
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式神『暗黒大陸』
始めは仔犬姿からスタート。彰子が力を着けるか、暗黒大陸の状態が発展するか、で進化する。最終的には、巨狼になるといいかな。