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魔王の造り出す国

さて、期は熟しました。

国を作ろうと思います。


円卓を囲む面々に、『魔王』彰子が微笑んだ。


その言葉に、それぞれの労働作業に代理が派遣されてまで、魔王城への召集を命じられた各部門の責任者や何かしらの役目を任されている者達が、固唾を飲んで次の言葉をまった。


もともと、魔王はそれを常々言っていたのだ。

国を作る、と。

それは、六法を遵守してさえいれば自由と平穏が保証される、魔王の国。

魔王の庇護を受け、元居た場所では絶対に浸れることのない平穏を過ごせるその国。それはつまり、今まさに味わっている日常が、刑期の終了という終わりに不安と恐れを感じずに味わえるということだ。

その国の民になりたいと望むものは多いだろう。


「ということで、貴方達受刑者には恩赦を与えます。」


何を言われたのか、彼らは一瞬理解出来なかった。

恩赦、その言葉は知っている。知っているが、それを彼女が口にする理由が分からなかった。

「恩赦…」

「そう。せっかくの建国ですもの。貴方達の全ての罪を赦し、解放します。」


「……この地でしか生きていけない身体にしておいて、放り出すっていうのかよ!!」


「なんだか、その言葉だけ聞くと、違う意味に聞こえて人聞きが悪いのだけど?」


一人が悲痛の叫びをあげた。

闇の世界で名を馳せて生きていた男。今は農業部門の纏め役を任されている"気のいい兄ちゃん"と手伝いに来た子供達にも懐かれている中年一歩手前な男だ。朱に染まらない日はなかったその腕は、今もなお落ちていない。適度な運動を推奨されているこの地の暮らしの中で、同じような境遇だったものや、光の下で己を鍛え続けていたという男など、様々な人々と腕試しをし続けたその実力は、昔よりも高まってもいる。

だが今更、元の地に戻れ、元の生活に戻れと言われても、やっていけるとは思えない。

何より、男に任された土地にたわわに果実を実らせている、樹木達を放って元の地になど、戻れるわけがない。

牛や豚などの、育てた家畜達との別れに涙を流して発狂していた者達を、男も、農業部門に骨を埋める勢いの人々は決して笑えはしない。それ程、自分達が育てている作物に愛情を持っていた。


そーだ、そーだ、と彰子の憮然とした反論に耳を貸すことなく、この場に集められた者達が非難の声を上げた。

恩赦で罪が無くなっても嬉しくない。

この地に残りたい、魔王の国の住民になりたい。

切実な彼らの願いは、彼らだけのものではない。それは、今この地に居る全ての者達の願いだった。勿論、元居た地に戻れることを喜ぶものもいる。それは、汗水垂らす労働などしなくても、此処に居る以上の生活を送れる者達、そして元の地に大切な人々を残している者達だ。

前者は喜んで帰るだろう。そして、この地の事を周囲の人間に伝えるだろう。

後者は複雑な表情で帰るだろう。この地に残れば幸せだと分かっていても、大切な人々を残してはいられない、と。


「鬼畜、外道、悪魔!!」


「…恩赦を与えた後に、国民になる手続きをとれる、と言おうと思ったのに…。」

ふんっ、と彰子は首を横に向けた。

「えぇ、どうせ、鬼畜ですとも。なんせ、『魔王』ですから。」

口先を尖らせて、彰子は"拗ねています"という態度を全面に押し出した。



***********************


なんとか彰子の機嫌を元へと戻し、詳しい話を聞きだすことに彼らは成功した。


彰子の目の前には、彼らが日頃丹精込めた収穫物が詰まれている。

その中には、つい最近ようやく実った果実も含まれていた。


「国民になったとしても、これまでの暮らしとの変化はほとんど無い。あるとしたら、労働などを自分がしたいと思う時間に行うことが出来るし、他に何かしたい仕事や作業があったら、自由に移動しても構わないということ。ただし、適性があるか、人手が足りているか、などの面接を受けてもらう必要があるから、完全に自由とはいかないけど。それと……」

「まぁ、つまり。今までと同じこの環境で、自分がやるべきことをやって、六法を守ってさえ居ればいいってことだろ?」

イヤッホォ~と喜びの叫びを上げて、彼らは大騒ぎ。彰子の説明の声も遮っているが、あまりの興奮に我を忘れている彼らは、そんなことも気づかない。


「・・・・・・詳しい説明については、この話を公表した際に全員に配布する資料を、じっくりしっかりと読んで下さい。そして、それに納得出来た方だけは戸籍を取得して貰います。一つでも納得が出来ない場合は、国民になって貰うことは出来ません。」


税金についてや、国民だからこそ受けられる保障などについても、よく読んで理解して下さい。分からない部分については、私や六法に聞いてくれれば説明しますから。

と、彰子ははしゃぐ彼らに説明する努力を放棄した。

建国まで時間はある。

存分に、皆で話し合って悩めばいい、ともっともらしいことを呟きながら。


「……この地が正式に国になった場合、裁きを受けて送られてくる人はどうなるのでしょうか?」


すでに刑期を終え、それでもこの地に残っている老人が、彰子にそう尋ねた。

年齢も年齢で、他の者達のようにおおはしゃぎする事もなく、老人だけはしっかりと彰子の話を聞いていたのだ。


「この地に送られてくるのは、本当だったら僅かな罰金でも済んでいたような刑の軽い者に限ることになるわね。それ以外のもの、刑の重い者達は新しく造った収容所に入ってもらうことになるわ。」

「新しく造った収容所?」

「そう。そして、そこに入った者達は今まで此処で行われていたような待遇を受けることは出来ない。まぁ、もう関係ないであろう貴方達に説明する必要はないでしょう。知りたかったら、その内知れることだし。」


絶海の孤島というものを、彰子は造りだしていた。

それは、大陸の化身たるペットが成長したことで、出来るようになったことだった。

大陸棚というものを、大陸から続く海の中の陸地という解釈として、大陸の化身に"成せば成る"と嗾け、そして上手くいった事だ。

絶対に逃げられないその島に、大量の人を収容出来る建物を造りだし、今までよりも厳しい規則に縛られた正に刑務所という設備とシステムを整えた。

「あ、アルカトラズ島…」

出来上がったばかりの、まだ誰も居ない其処にヒロを案内すると、彼はそう口にして惚けていた。

彰子がモデルとして起用した、一度観光しに行ったことのある『監獄島』に、ヒロも行ったことがあるのだと、少しだけ盛り上がった。


************************


盛り上がりが少しだけ沈静化した皆に席に着くよう命じ、彰子は本題を口にする。


「国を創るということで、『六法さん』達は今まで以上に忙しくなる上、国内を治世しなくてはいけないので、あまり外に出て行くことはなくなります。」

何が言いたいのだろうか、と皆が口を閉ざして耳を澄ませる。

「そこで、新しい『裁き』の仕組みを構築し、それを担う官吏を採用しようと思っています。それに先駆け、お試し期間を設けたいと思うので、貴方達に集まって貰いました。」


その官吏-役職名を『暗行御史』にしようか『死神』にしようか、という彰子の楽しそうな悩みは、また後でと流された。-に採用された者は、忙しい『六法』に代わり世界中に飛ばされる。そして、その地で『六法』に反している者達を捕らえ、魔王城、もしくは何処かに設置する『裁きの場』に送ることが役目となる。そして、その送られてきた者達が本当に罪に適しているか、適しているのならば裁きはどうするか、という事を『六法』が判断する。

もちろん、官吏に採用されながら不正をすることは許されない。間違いがあるのは人間であるからには仕様がないと判断され、軽い罰則で済まされる。ただし、それが故意である場合は、裁きを受けて収容所に送られる事もあるだろう。

厳しい仕事にはなるが、それに見合うだけの給金が得られる。


彰子の説明に息を飲み、全員がじっくりとそれについて考える。

「今回は試してみたいというだけのものだから、罰則も裁きも無し。だって、今までに無いことをさせるんだもの、お試しに付き合って貰うっていうのに、そんな事出来ないわ。だから、気軽にやって欲しいの。」


紹介してくれないかしら、やってくれそうな人、纏め役である貴方達なら心当たりはあるんじゃない?

そう、彰子は皆を見回した。

彰子が求めているのは、外の世界に居る罪人に心当たりがある人間。試用期間ということもあるから出来れば、収容所に送るような罪ではなく、軽い裁きになるような人がいい。


そこまで言えば、彰子が何を言いたいのか気づいた者も多かった。


「いるな。あぁ、心当たりはある。だが、早く帰りたいって言ってるような奴だからな。一回しか頼まれてはくれないかも知れないが。」

「あら、いいのよ。お試ししてくれる人は、少ないより多い方がいいし。数回に分けて、試してみるつもりなの。」


彼らは急いで、それに喜んで参加するだろう人間を挙げ連ねた。


家族の下に戻る。

その願いを叶えた上で魔王の民になるチャンスを、慈悲深き『魔王』はただ一度だけ与えた。




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