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魔王の感動した愛のメモリー

本当にぶつ切りな話となっています。

「こ、これは一体…」

鉱山に配属されることになった集団がそれを初めて見た時、必ずそう言って驚きを隠せない様子を見せる。

やっぱり言うよな、と意地の悪いにやけを口元に浮かべた、鉱山部門長を任されている強面の体格のいい男が心の中で思った。



太陽の光がそこを幻想的な世界に見せる。


色とりどりの宝石がキラキラと煌めいて、緑色の茂る草原のあちらこちらに、美しい光景を作り出している。


「こ、これは一体…」

同じ言葉がもう一度、新人達の口から飛び出した。

まぁ、それも仕方無いだろう。

それだけ、初めて見るもの達には刺激の大きな光景が広がっているのだ。


「あそこに居るのが、この光景の製作者であるクラークだ。さっきも説明したと思うが、鉱山の中で採取した量から、三分の一が自分の手元に残される。それを売るのも、取っておくのも、各々の自由だ。」

それは、鉱山に配属されると分かった際に説明されたものだった。


売るとしても、魔王城に持ち込めば変動のない、けれどしっかりとした鑑定に基づいた最低価格で買い取られることになる。

城下町に存在している商人達に売り込めば、それ以上の値がつくが、自分で売る商人を選ばなくてはならないという手間があった。高値で売れるけど条件の厳しい店、低めではあるがサービスやその後の付き合いに魅力が溢れる店、など。法さえ守っていれば自由を許されている商人達は、生き生きとした目で商いを行っていた。それは、外の世界では絶対に見られない光景ともいえた。

商人達はその買い取ったものを、外の世界に売りに行くことを許されていた。

厳しい検査と条件、そして幾割かを魔王へと納金しなくてはいけないらしいが、それをしてでも外の世界に売りに行くメリットがあるのだという。


「クラークはその報酬を全て、これらに注ぎ込んでいる。」


えっ?という驚きの声があがった。

部門長のいう、これらの光景というもの。それは、キラキラと輝く宝石によって作り出されている原寸大の牛の彫像。何体にも及ぶ宝石の牛の彫像が草原の中に設置…いや放牧という方がいいのかもしれない…されていた。


「ちなみに、モデルはクラークの愛牛アナベルちゃんだ。」


***************************


「アナベル、俺にはお前を殺すなんて出来ない!」

もぉ~


雷も轟く嵐の日の深夜、牛舎の中にはたった一人だけ人影があった。

その人影、厳つい面持ちの男クラークは、自分が大切に大切に育てた一頭の雌牛に抱擁をし、堪えることの出来ない涙を流し続けていた。


この地に送られる前、クラークは数えきれない程の命を壊した。直接己の手で行ったこともある、言の葉でそうなるようにしたこともある、クラークという存在がいたせいで露と消えた命は数多のものだ。


だというのに、同じ人間になどなんとも揺れ動くことのなかったクラークの心が、たかが牛と人が言う命の前にして大きく揺れ動くのだ。


だか、一人と一匹の別れの時間は迫っている。

明日、アナベルは前々からの予定通りに他の牛達と共に、加工場という名の最期の場所へと移動することになっている。

それは仕方のないことだ。

クラークがアナベルと出会った時から決まっていた別れ。

最初は何とも思っていなかったそれは、日に日に辛いものとなり、そして今の彼を身体を引き裂かれるような痛みとなって襲っていた。


カッ

バーンッ!!!


嵐の夜。

吹き荒れる雨風の中に、雷が落ちた。

閃光が辺り一面を一瞬染め上げ、そして痛みさえ覚える音が辺りを引き裂く。


クラークはある決断をしていた。

雷の音と光は、その決断を後押しする合図となった。



***************


「で?」


「あ、アナベルはクラークを守って崖の下に落ちていっちまいました…」

うっうっ、と湿っぽい空気が支配する室内に、男達の咽び泣く声が響く。


茫然自失状態になっているクラークを引き摺るように連れてきた、牧畜部門に配属されている者達、一部には他部門の人間も含まれているようだが、その全員がずぶ濡れの状態で、彰子が寛いでいた部屋の床には水溜りが出来ている。


雷雨で荒れ狂っている外の様子を気に留めながら、部屋でゆっくりと寛いでいた彰子の下に彼らが飛び込んできた時は、何事か、と思った。

が、その説明を聞いて、彰子は何とも言えない気持ちに襲われていた。



明日、加工場へと送られてしまう可愛い愛牛アナベルと共に、駆け落ちしようとしたらしい。

その時点で、彰子には突っ込みどころが満載だった。

だが、ずぶ濡れの中でも分かる程、嗚咽を漏らしながら涙を流している男達は当たり前のようにそれを口にして、何も言おうとしない。

あれ、おかしいのは私なのかしら。そんな思いに襲われる空気が今、室内を支配していた。


荒れ狂う天候などものともにもせず、クラークとアナベルは牧場を抜け出した。

実は、様子の可笑しいクラークをこっそりと監視していた牧畜部門の仲間達及び出歯亀達。そんな彼らも、辺り一面を覆い尽くした閃光によって反応が遅れてしまい、クラークとアナベルの逃避行の始まりを赦してしまった。


走る一人と一匹。

それを追う男達。

追われているという思いが、クラークを焦らせた。

折りしも其処は崖沿いの、幅の狭い荒れ道。

崖の上から雨間に聞こえてくる不穏な音に、クラークは気づくことが出来なかった。

強い雨によって崩れ始めた崖。それはクラークとアナベルの上へと降り注ぐ場所から始まった。


「アナベルが…こいつを突き飛ばして助けたんです。」


「牛は頭が良いっていうわね。」


「こいつとアナベルの間に生まれていた愛が、愛がぁ…。」

「こんな、こんな事ってぇ…」

自分よりも年上の男達が、感動と悲しみに打ち震えて咽び泣く姿に、彰子は少しだけ恐怖を覚えていた。



************************

クラークが正気に戻ったのは、数日後の事だった。

彼は一言、こう言った。

「もう命を育てることは無理だ。…配置換えをお願いします。」

「農業…もある意味で危険ね。貴方と同じ症状を作物に対して見せている人間が報告されているし。」

それは果樹を育てている者などに多く見られる症状だった。

話し掛け、一本一本に名前をつけている者も居るらしい。

「鉱山しかないわね。」


「………そこで、アナベルへ一生償っていこうと思います。」


そ、そう。

彰子には、そう答えるしかなかった。

後々、彼の創作現場に出向いても、彰子は何もいう事は出来なかった。

この宝石による大量のアナベル像が、どういう償いなのか。それが理解出来るものは、クラーク唯一人。


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