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魔王の誘惑を受けた勇者

「『魔王』なのに、世界征服はしないの?」


絶望から何とか這い上がったヒロが、そんな疑問を口にした。

それを向けられたのは、ヒロの目の前を無防備な背中を見せて歩き、様々な商いが展開されている城下町の通りを案内する『魔王』彰子だった。


店に立っている商人や、自分が得た取り分で物々交換をしようという者達、宝石などをお金に変えようとしている者達、金銭を用いて買い物をしている者達。城下町の大通りは、活気に満ちた光景をヒロの目に映している。そして、そんな人々は会話をしている最中であったとしても、彰子の姿を見つけると手を振ったり、挨拶をしたりする。それは、他の大陸を冒険してきたヒロには、驚きに満ちた光景だった。多くの国や街で、彰子のように王である存在が街を気儘に歩く光景は見なかったし、民がそれを普通に受け入れて気軽に声をかけて慕う様子も見なかった。


『魔王』のくせに。


彼女の仕掛けた罠によって心を砕かれ、回復にまで長い時間を有し、まだまだ払拭し切れずにトラウマになっているヒロは、苦々しく心の中で呟いた。


そして、勇者である自分が倒すべき『魔王』として、それらしい行為、姿を見せないのかと問い掛けた。


ヒロのイメージとして、『魔王』=世界征服だった。悪逆非道の限りを尽くして、多くの国を蹂躙して、力と恐怖で世界を支配する。それを打ち倒して平和をもたらすのが、勇者という存在なのだ。

なのに、この『魔王』たるヒロよりも幾分か年上らしい女性は、地球の何処かにありそうな、ヒロが既知していそうな光景の街を造り、豊かな暮らしを全ての住人に与え、そこに住む人々に当然のように慕われている。

こんなんじゃ、倒そうなんて思えない。心を奮い立たせることが出来ない。

ヒロは顔を顰める。


ヒロは只の学生だ。表向きではあるかも知れないが戦争とは全く無縁の、日本という国の一学生。ゆとり、などと呼ばれる世代にどっぷりと属しているヒロは、今まで本気の殴り合いの入った喧嘩をしたことはない。『魔王』を倒そうと立ち上がったのでさえ、理不尽チート勇者補正のうりょくがあって、此処が異世界だという思いがあってのこと。勇者の役目-ヒロが考えに考えた末、それは『魔王』を倒すことだと思ったのだ-を果たさなければ家に帰れないと思ったからこそ。

なのに、人々を連れ去って労働に酷使しているとばかり思っていた『魔王』に、恐怖で支配されているとばかり思っていた『魔王の国』の真実を知ってしまっては、ヒロはもう戦えるなんて思えなかった。


だから、せめて言葉だけでも『魔王』らしい事を言ってくれれば、もしかしたら勇気が沸き起こって、無防備に向けている背中に攻撃することが出来るかも。

それは、ヒロの心に残っている、僅かな希望でもあった。


「世界征服?……しない…というか、ある意味でもうしてるから、興味は無いわね?」

「してる?世界征服を?」


きょとんと目を丸めて驚くヒロを、彰子は振り返って笑う。


「だって、よく考えて?国とは何か。主権、領土、そして国民が居ることが最低条件だと、私は思っているわ。」

それは分かる、と彰子は年下の少年に問い掛ける。

ヒロは、分かる、と頷いた。

「主権は貴女、領土は暗黒大陸、国民は此処に一杯居るじゃないか。だから、此処が貴女の国、『魔王の国』なんでしょう?」

「いいえ?」

「えっ?」

他の大陸に数多存在している国々ではすでに、この暗黒大陸は『魔王』が支配する地である、『魔王』が支配する国である、と考えられている。この地から帰ることが出来た者達がそう、説明しているからだ。

だけど、それを『魔王』本人が笑顔で否定した。


「まぁ、一応『魔王』であるから、主権は私でもいいわ。正しくは、『六法』達がそうなんだけど。でも、他の独立国たる定義は、此処には当て嵌まっていないじゃない。」


「えっ?ええっ!?」


「だって、此処に国民なんていないわよ?彼らは、裁きによって送り込まれてきた受刑者達。刑期が終わったら、元居た土地に帰っていくんだもの。」

刑期を終えても残っている者も居るがまだ少数な上に、憲法十条、国籍法に定められている国民の定義を満たしている者はいない。つまり、この地を国と定義するには、国民が不在という不完全な状態なのだ。

近い内には、定住を望んだ者達に国籍を与えようとは思っているが、それはもう少し定住者が増えてから、と考えていた。

「それに、領土。私、別に暗黒大陸が領土なんて公言してないわよ?此処はただ、式神ペットである狼の本体が暗黒大陸だっていうだけ。それに、さっき紹介したでしょ、『憲法さん』。彼の中には、他国を侵略しちゃいけないっていう決まりがあるのは、君も知っている筈。でも、『六法』達は世界中で裁きを行い、この流刑地に送り込んでくる。でも、『憲法さん』は動かないでしょ?」


『六法』を擬似生命体とした際、彰子は上級天使達にちゃんと確認を取っていた。

この『六法』の理不尽チートな裁きの力は、世界中で有効なのよね、と。

それに、勿論だと天使達は頷いたのだ。

法が有効であるのは、国内のみ。

つまり『六法』達の中では、この世界の全域が法の行き届く一つの国ということになっているのだ。


ある意味で、なんて前書きをつけなくても無理矢理な、その考えと力。

ヒロは、彰子の主張にただ呆気に取られて、「へ、へぇ」と相槌を打つしか出来なかった。


「ある意味で、定番のファンタジー設定を網羅しているでしょう?」


魔王に支配されている世界。魔王によって理不尽な恐怖に晒されている人々。それに立ち向かうは、召喚された勇者。


「『魔王』としては、勇者達が力をつけて攻め込んでくるのを、準備を整えて待つのが役目。」

ほら、私ってちゃんと役目を果たしているでしょ?

勇者一番手として乗り込んできた張本人であるヒロは、その準備によって見事に撃退された、ということになるのだろう。

「う、うん。」


この魔王とはもう、戦いたくない。


ヒロは切実にそう思う。


「…魔王に捕まった勇者は、定番だとどうなるの?」

ヒロが好んで見ていた物語では、あまり見なかったその設定。

彰子だったら、どんな風に彩るのだろうか。


「そうね。『墜ちた勇者』という役目はどう?戦いに敗れて、心の隙間から闇に飲まれて洗脳されてしまった。『魔王』の手下となって、その力を魔王の為に使うの。あっ勿論、君が嫌がるような行為はさせないわよ?基本的人権の尊重、だもの。」


賃金、就業時間、その他条件については、『憲法さん』との話し合いで決めましょうね。

あっ、でも、君はまだ未成年だから。『民法さん』とか、『児童福祉法さん』も同席させた方がいいかしら?


うきうきと、ヒロの今度を口にして考え始めた彰子。

バイトはまだしたことないな、とヒロは考えることを放棄していた。

そして、日本の学生生活の中で夢に描いたアルバイトの光景からは、きっとかけ離れたものになるだろうと予想しながらも、少しだけワクワクと心を躍らせた。

少なくとも此処に居て、彰子の傍に居る限りは戦わなくてもいいのだ。

それくらい、社会の授業中に睡魔に負けていた事の多いヒロも知っている。



感想で、世界征服について聞かれたので。

実に無理矢理な理論だと自覚しています(笑)


******************************

次の更新の予定としては…

『魔王の発明(笑)』

『愛の逃避行の顛末とその後』

『ヒロの新しいバイト先はブラックだった』

『魔王の企みを発表します。』

『もしも、29人目の勇者(居候)が魔王と会ったら』

になると思います。

この話のサブタイトルは、一応『魔王の…』で統一したいので、これらをどうタイトル付けるかに悩んでいる最中です。



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