魔王の農業
ずっと同じ畑を使っていたら勿論、地力なんて無くなっていくものよ。それに、同じ作物を毎年作り続けているのなら、連作障害といって収穫は目に見えて少なくなるわ。
貴方の畑は、それもあったのではないかしら?
男はある日、共同用の畑の手伝いを買って出て作業に混ざっている『魔王』に声をかけた。
新人達には緊張した面持ちで、それ以外の者達には生温かい眼差しを向けられながら、畑の中で草毟りに精を出していた『魔王』彰子は、それに快く答えた。
男が尋ねたのは、自分の元居た場所にある畑が、此処のように豊かな収穫を得られるようになる方法はあるだろうか、というものだった。
男の刑期はもうすぐ終わる。それに伴って、子供達もこの地を出るという話になっていた。
此処に残りたいのだと願い出る予定だが、それが叶わなかった時には元々住んでいた場所に戻らなくてはならない。その時、あの碌な収穫もない畑で何が出来るのか。そう考えると、残された時間で使えような知識を蓄えておこうと思ったのだ。
子供達は、三人の女性の姿をとる式神達が運営している施設で、語学、算数などの、この世界では貴族やお金を持っている人間しか受けることの出来ない教育を受けていた。その知識もあるから、畑を手放してもきっと生きていける、と子供達は父親に笑って励ました。
だが、もしも畑が此処のようになるのなら、という希望は男の胸には生まれたのだ。
「……まぁ、やろうと思えば出来るわね。でも、もの凄い労力が必要になるから、貴方一人、子供達の手伝いがあったとしても、無理じゃないかしら?」
そして、男の畑の収穫が乏しい理由を説明された。
先祖代々受け継ぎ、貧しいが為に畑を休ませるという考えも生まれず、肥料という考えも知る事なく、その為に土地そのものが持っている力が枯渇した状態なのだという。
そして、貧しい土地でも収穫出来るという芋を毎年作っていたが、それも駄目だと彰子は言い切った。"連作障害"という、男が聞いた事もない事が土地に起こってしまっていたのだと告げられた。
でも、と男は周囲の畑を見回す。
すると、多くの人々が作業の手を止めて、男と彰子の会話に耳を向けていた。
収穫量を増やすのに役立つかも知れないという考えの者、男と同じように元々農民であった者、様々な考えがあるものの、彰子の話は何時も何かしらの役に立つ情報が詰まっていると、彼らは知っていた。
「でも、此処でも芋を作っていますよね?」
一人に割り当てられた畑は、基本変更することはない。
そんな知識を知らないのは、男だけでは無かった。同じ畑で同じ作物を作り続ける者も多かった。だが、努力や工夫が実り、年々収穫が増えることはあっても、彰子の言うように収穫が減るなんてことはなかった。
どういうことだ、と男も周囲で聞いていた者達も首を捻る。
彰子の言っていることが間違っている、などとは思わない点を可笑しいと思う者は居なかった。
「あら、だって毎年毎年、全ての畑の土を入れ替えているからね。連作障害は起こらないし、地力が衰えるなんてこともないわよ。」
「えっ?」
土を入れ替える?
だが、そんな作業をしている所など見たことも、聞いた事も無かった。周囲を見回すが、誰一人として知らなかった様子で驚いている。
誰かの手を借りない、というのは『魔王』の所業なのだから、出来ても可笑しくはない。だが、誰も知りえない内にそれが出来るのだろうか。夜中の内?いや、一日で終わるような作業では無い、と頭のあまり良くない男にも理解出来た。
「一体、何時の間に…」
農業部門の纏め役を任されている男が、彰子と男に近づいてきて、唖然とした面持ちで問い掛けた。
「何時の間にって、今もやっているわよ?」
「えっ?」
ほら、あれ。と平然とした様子で彰子は指を指した。その先には、つい最近担当していた者が豚班へと転属していき、更地となっている畑だった。
大型犬サイズに成長した狼が、飛び跳ねるように畑の中を駆け巡っている。
「あれは遊んでいるんじゃないの。あの地面の下では今、遠くから栄養豊富な土が運ばれてきて、今までの土から入れ替わっている最中なのよ。客土という、連作障害対策の一つよ。人の手で行うには面倒臭いけど、大陸そのものであるあの子が居ると、楽でいいわ。」
コロコロと彰子は笑う。
その話を、何かの参考になるのではと耳を澄ませて聞いていた人々は、駄目だこりゃと溜息をついて目を逸らした。何の参考にもなりはしない、人々は無駄な時間だったと作業に戻っていった。
魔法のある世界でのNAISEIものを見ていて思ったこと。
魔法があるんだから、連作障害の対処法として土の入れ替えとかしちゃえばいいじゃん、と。まぁ、客土は定期的にしなくては意味ないから、しないのかも知れないけど。でも、折角魔法があるのに…。と思った私は怠け者。