はじまり
「で、こんなかよわい婦女子を誘拐して、出来るかも分からない難題を突きつけるなんて、一体何を考えているのかしら?」
ニコニコと笑っているが、その笑顔から放たれる圧力は凄まじい。神の片腕とも言われる上級天使であるニコルでさえも、その圧力に逆らえると思う事さえも出来ず、用意した椅子に足を組んで座る彼女の前に地面に正座をして詫びの言葉を口にするしかない。
「こっちは、平和ボケな国・日本の一民間人、何の力も持ち合わせていない、平々凡々な女子学生なの。剣と魔法が普通に存在している世界に適応する能力なんて露程にも無いのよ?そういう人材が欲しかったら、アメリアやロシア、なんだったら今話題のアラブ圏で徴収してくればいいじゃない。なんで、日本なのかしら?あぁ、日本人なら簡単に丸め込めるとでも思ったのかしら?そうよね。サブカルチャーが大きな需要を持っている日本の、頭の軽い若造ならば、異世界だヒャッホーなんていう感じで、意気揚々と飛び出していくでしょうね。なら、そういう人間を選んでくれないかしら。私、そういうものに一切興味ないから。」
ほら、さっさと元の場所に返しなさい、とニコルが様々な手を尽くして異世界へと連れてくることに成功することが出来た、前橋彰子が幼子にするような優しい微笑みを浮かべて言うのだ。
「い、いえ、それは無理です。勝手なこととは分かっていますが、貴女には役目を果たして頂きたいのです。」
「役目?」
「はい。どうか、この世界の『魔王』となって頂きたいのです。」
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「チートねぇ」
なんとか説得に説得を重ね、説明を先に進めることが出来たニコルは、彰子にどんな能力がお望みでしょうか、と頭を地面に擦り付けて伺いを立てた。
「……幾つもらえるの、そのチートって?」
「一つの命に、一つまでとなっております。」
「なんだ、つまらない。…じゃあ、これを式神にでも何でもいいから、生命体のようにすることは出来るかしら?」
「えっ、あぁ、はい、そのような能力ならば簡単なことです。」
彰子が見せたのは、電子辞書だった。
彰子が使い馴染んでいるそれには、彰子が望むだけの辞書がダウンロードされて入っている。
「じゃあ、この中に入ってるデータを幾つかに分けて、それをそれぞれの擬似生命体にして、その各々に同一のチートを与えて。」
「えっ、それは…」
「か弱い婦女子を誘拐した犯罪者のくせに、被害者に対してそれくらいの謝辞による融通もつけてくれないの?」
それに、一つの命に一つって言ったでしょ?それが擬似生命体では駄目なんて言ってないじゃない。
と彰子はニコルを睨み降ろす。
「承知いたしました。」
彰子が得た擬似生命体-式神を生み出す能力によって、創り上げられたのは、『憲法さん』『刑法さん』『民法さん』『商法さん』『民事訴訟さん』『刑事訴訟さん』の六人。いや、六法と纏めるべき者達だった。
そして、その六法に与えられた能力は、自身達が司る法に逆らう者に裁きを与える力。
世界中を渡り、法に反するものを見つける度に、裁きを下していく。
「異世界なんて場所で、これらが何処まで通用するかなんて、或る程度までは想像出来るけど。ふふふ。『魔王』たるには相応しい混乱、でしょう?色々と面白いことにはなりそうね。」
クスクスと笑う彰子の目は、とってもとっても据わっていた。
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ある意味で通り魔的な存在、『魔王』の幹部『六法』。