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花とフクロウ

作者: tomato

小さな花がありました。

その花は夜に咲く花だったので、たくさんの人の目にもふれないことをいつも残念に思っていました。

「―――でも、きっと私が昼に咲く花だったとしても、こんな小さな花じゃ、誰にも気にかけてもらえないわね」

いつものように、夜になると近くの木の枝で羽を休めるフクロウに愚痴をこぼしました。その花はよく見ないと花の形がわからない程、小さかったのです。

「そんなことはないよ。君は夜でもとても目立っていると思うよ。その証拠に、こうして毎日迷うことなく君のいる場所までやって来ているだろう?」

 いつものセリフでなぐさめてくれるフクロウに、小さな花はそっとため息をつきました。


 ある夜のこと。その日はずっと雨でした。いつもならフクロウを相手に延々と喋っている花も、雨の日はそれ程喋る気が起きません。フクロウは、いつも通り花が話しかけない限り、静かに木の枝にとまってじっとしています。暗い雨に濡れながら、花は小さく呟きました。

「もっと美しいお花だったらいいのになあ。そうすれば、暗い夜に咲く花でもきっと誰かが見に来てくれるのに。」

 想いを口にした途端、どこからともなく悪魔が現れて、願いを叶えてあげようと言いました。

「本当に?誰からも美しいといわれる花になれるのですか?」

 悪魔はもちろんと答えました。

「ただし、その願いをかなえるかわりに、君の影をくれるなら、願いをかなえてやろう」

 それを見ていたフクロウは、慌てて悪魔の取引に応えてはいけないと引き止めました。悪魔が善意で取引を持ちかけることはない。何かいけないことがあるのだと必死で言いました。

「その通り、我々は善意で取引することはないよ。はっきり言うと、今回僕が欲しいのは影だけなんだ。影をゆずってくれる存在を探していたんだよ。だから、君自身に対しては、純粋に願いを叶えてあげるよ」

 悪魔は嘘を言いません。そこで、花はフクロウが止めるのをきかずに喜んで影とひきかえに願いをかなえてもらいました。

 そうして、お花の願いはかなったのです。

「美しい」

「なんてきれいな花なんだ」

 もう誰にも見られないなんてことはありません。その花を見るためだけに、人はわざわざ夜に花のところまで足を運び、花を愛でるのです。ほめられて、すっかり花は得意になりました。

 けれども、日がたつにつれてあることに気がつきました。

 誰もが美しい、きれいだとほめてくれます。

 ある人はバラにたとえ、ある人はユリにたとえ、そしてまたある人は別の花にたとえてお花をほめておりました。それなのに、だれも本当の姿をほめてはくれないのです。

「私はバラでもユリでも、他の花でもないわ。私は私よ」

 お花は叫びました。一生懸命叫びました。けれどもどんなに叫んでも、お花の声は人の耳には届きません。

「当然だよ」

 戸惑う花に悪魔が再び現れて言いました。

「だって、君はもう花であって花ではないのだから」

 気がつくと悪魔の言葉通り、花は形を失い光そのものとなっていたのでした。

「そんな・・・どうして?」

「君は願っただろう?『誰からも美しいといわれる花になりたい』と。だが、美しさの基準は人それぞれ。同じものを見て、感じるとは限らない。だから僕は考えた。君の姿をなくしてしまえばいいんだってね。」

 楽しそうに悪魔は語ります。

「僕は君の姿をしばる影をもらってあげたのさ。影のない君に残るのは、形のない光だけ。それを見て人はいうだろう。『美しい』とね。君の願いはかなったんだよ。」

「そんな!」

 花は叫びました。

 けれども、悪魔はただニヤニヤと笑うばかり。

 側で見ていたフクロウは問いかけました。

「彼女が、元に戻る方法はあるのか?」と。

 悪魔はフクロウの問いかけに答えることなく、闇の中にそのまま消えていきました。

 「悪魔はだますことはあっても、嘘をつくことはない。何も言わなかったということは、きっと元に戻る方法があるはずだよ」

 フクロウは花を慰めました。

 けれども、それが分からないことにはどうにもできません。残されたお花は、何も言えず、キラキラ光るばかり。その光は弱々しく輝いてみえました。


 それからも、お花はたくさんの人々から美しいとよばれました。

 しかし、呼ばれる名まえはちがう花のものばかり。

 そして、うつる姿も、本当の姿ではないのです。

 願いはかなったはずなのに、人に囲まれ、ほめられるたびに、お花はさびしくて、前よりみじめな気持ちになっていきました。

 フクロウも、あの日以降姿を現してくれません。

 悪魔に願いを叶えてもらうのはだめだとあんなに必死に止めてくれたにも関わらず、安易に了承してしまった軽はずみな自分に愛想をつかして、どこかへ行ってしまったのでしょうか。

 

 だんだんと、人々は日々の生活に追われて、花をながめる余裕がなくなると、花はまた、ひとりぼっちになりました。

 花はもう何もできず、絶望の日々を過ごすだけでした。

 ただただ、消えてなくなることだけを願っておりました。

 そんな時です。

「昨日の晩に、フクロウさんが教えてくれたの。とっても気になるの」

 幼い女の子の声が聞こえました。久しぶりに聞く、人間の愛らしい声。

 話している声は少しずつ近づいてきます。

「よくわからないの。だって、他の人に聞いてみても、皆、違うことをいうんだもの。だから、こうして近くに行ったら、わかると思うの。」

 姿を現した女の子は、父親と手をつないでやってきました。父親は、優しく女の子をお花の近くまで導きました。

「ここだよ」

「どこ?」

「ここ」

 女の子は花のある方に向かって顔を寄せました。

しばらくして、今度は花に手をやりましたが、何もつかめないとわかると眉を寄せて首をかしげました。

「何の香りもしないわ。それに、触ることもできないの。」

「そのお花は光でできているからね」

 女の子はがっかりしていました。その女の子は、目が見えなかったのです。

「これじゃ何もわからないわ。ねぇ、パパ、このお花は本当にきれいなお花なの?」

 女の子が尋ねた途端、花が強く輝き出し、目を開けていられない程の光が集まったかと思うと、一瞬ではじけました。

 悪魔の呪いがとけたのです。

 その瞬間、辺りには一面、お花のいい香りが漂っていました。途端に曇っていた女の子の顔が輝きました。

「いい匂い!」

 ビックリして座りこんでいたお父さんも、女の子が喜ぶ様子にやがてにっこり笑って言いました。

「お父さんは昔からこの優しい香りが好きなんだよ。」

「私もこの香りが大好きよ。何の香りもしないお花より、ずっと好き」

 お父さんと女の子はしばらく香りを楽しむと、また手をつないで帰っていきました。

 帰り際に一度だけ、お父さんは振り返りました。そこにはもう、光輝く花の姿はありませんでした。


 それでは、お花はどうなってしまったのでしょうか?


 呪いがとけたお花は、元の小さな花に戻っていました。

 もう美しい花の姿ではなくなりました。そして、お花は幸せでした。自分の香りを好きだと言ってくれた人がいたのです。

 昔から好きだといってくれる人もいたのです。

 なんと嬉しいことでしょう。

 そして、自分はなんと愚かだったことでしょう。

 やがて、なつかしい羽の音が聞こえ、いつもの場所に降り立ちました。

 何も言わず、ただ静かにそこにいる。今までも気づけばずっとそうして傍にいてくれたのです。

 夜風が、花をなでました。

 花はその一片を風に乗せてフクロウの側へと舞い降りました。

 フクロウはそのまま翼でそっと包んであげました。


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