表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/17

講習会三日目~中庭

「……」

「すごい! すごいよ、玉木くん! みなみのイメージぴったり!」

 藤沢くんの興奮した声が高く響く。玉木くんが自慢げに頷く。

「でしょでしょ~? ナチュラルだけど、カメラ映えするようにしたわよ~」


 鏡に映る自分の顔が、違う……。

 まん丸の茶色っぽい眼鏡。少しアイライン引いて、頬にチーク入れて、ぽってりめにリップ塗ったら……。


 なんだか、いつもより瞳が大きく見える……? 


「じゃあスタンバイして~」

 藤沢くんに指示された場所に動く。中庭を横切る渡り廊下の端付近に立った。

「はーい、じゃあ、みなみちゃんが渡り廊下でプリントを飛ばしておいかけて行くシーンからね!」

 うう……ちょっと手先が震えてる……。


「はい、用意……アクション!」

 ガチンコの音が響く。


 私は渡り廊下をプリントの束をかかえて、ゆっくりと歩き出した。途中で、横から風が(三人で、うちわ扇いでる)吹いて、プリントが空に舞った。

「あっ……」

 ひらひらと舞うプリントを追いかけて、中庭に出た私は、前をちゃんと見ていなかった。

「きゃ……!」

 何か、にどすんとあたった。プリントの束が手から滑り落ち、芝生の上に散らばった。

「痛てーな、なにすんだよ」

 顔をあげると、不機嫌そうな山城くんの顔が覗きこんでいた。シャツの第二ボタンまでを開けて、ネクタイを緩めてて……うわ、不良っぽい。

「あっ、ごごめんなさ……」

 自然に口調がどもってしまった。山城くん、すごい迫力……。

 じろじろと山城くんが私の顔を見る。思わず、隠れたくなるんだけど……っ!

「お前、結構可愛い顔、してんじゃねーか。眼鏡でわからなかったけどな」

 うわ、なりきってる。っていうか、もっと悪人になってる!?

 急に手首を掴まれて、よろめいた。そのまま、中庭の陰まで、強引に連れて行かれる。

「きゃっ……」

 壁に身体を押しつけられた。壁ドン。山城くんが両手を私の頭の両脇につける。

 上から含み笑いしながら、見下ろされる。ちょ、ちょっと……。

(めちゃくちゃ、顔近いんだけどっ!?)

 間近で山城くんの顔を見たのは初めて……と思ってたら、山城くんの目が光った、気がした。

「……いーよな、これくらい」

 ぼそっと、私にだけ聞こえるように、山城くんが言った。

(いーよな、って!?)

 目を丸くした私のあごを、大きな手が掴んで、無理やり上向かせた。

「ちょ、ちょっと……!!」

 顔がゆっくりと近づいてくる。身体が動かせない。

(こ、こんな展開だったっ!?)

「や……っ!!」

 かすれたような声しか出なかった。思わず顔を背けて、目をつむった。


 ――次の瞬間。


「うわ……っ!!」 

 山城くんの叫び声。どすん、と何かが落ちる音。身体が一瞬で自由になった。そっと目を開けると……。


 私の目の前に立っている、背の高い後ろ姿。その影の前で、山城くんが、左頬をぬぐいながら、尻もちをついていた。


「……失せろ」


 な、な、なにっ……!! この絶対零度みたいな冷たさは……っ!!


 山城くんの顔も引きつってる。すごい迫力……私からは顔は見えないのに、ものすごく怒ってるのが、わかる。握った手が、かたかたと小さく震える。


 ……やだ。すごく怖い……。

 さっき、山城くんに迫られた時よりも、もっと怖い……っ!!


「ちっ……!!」

 山城くんは、よろけながら立ち上がり、グラウンドの方向へと立ち去った。


 膝が、がくがくして、立っていられない。ずるずるとそのまま座り込む。ほーっ、と思わず、溜息が洩れた。


「……大丈夫か?」

 顔を上げると、”黒沢くん”が目の前に片膝ついて、しゃがみ込んでいた。

「う、うん……」

 大きな手が差し出される。その手に右手を重ねる。そのまま、ぐいっと引っ張られて、一緒に立ち上がった。

「あ、ありがとう……」

 お礼を小声で言う。手、まだ握られたままだった。頬がかっと熱くなった。ふっと、”黒沢くん”の口元が緩んだ。


 ――心臓が、変な動きをした。


「……藤堂みなみ、さんだよね?」

「え……」

 じっと見つめられる。眼鏡越しなのに、し、視線が外せない。ますます顔赤くなっていくのが、自分でもわかる。


 やがて、”黒沢くん”は手を離し、ぼーっと突っ立っている私の代わりに、散らばったプリントを拾い集めてくれた。

 はい、とプリントの束を渡された時も、まだ私は何も言えなかった。


「じゃあ……気を付けて」

 ”黒沢くん”は、優しい瞳で笑いかけた後、渡り廊下の方へ歩いて行った。

 その後ろ姿を、じっと……姿が見えなくなるまで、私はじっと、見つめていた……。



「はい、カーット!!」

 藤沢くんの声が響いた。その途端、周囲にざわめきが戻る。


「あ……」

 なんだったの、今の……なんか、魂が抜けてたような……? 私はまだ、呆然としたままだった。

「すごいよすごいよ、三人とも!! めちゃくちゃいいシーン撮れたよっ!!」

 藤沢くんが興奮気味に叫んで、拍手していた。こちらに戻ってきた日向くんをちらりと見ると……”黒沢くん”はいなくなっていた。


「おい、日向!」

 山城くんの声も近づいてきた。日向くんの目の前に立った山城くんは、自分の頬を指差した。

「お前、さっき、思いっきり殴っただろ!」

 あ、本当だ……左頬、赤くなってる。あれは後で腫れる……かも……。

 日向くんは、冷静な瞳で山城くんを見た。さっきまでの、怖い空気は綺麗に消えていた。

「スマン。つい」

「なんだよ、その棒読みなセリフはっ!!」

 山城くんの怒りの声。うん、確かに。誠意がこれっぽっちも感じられない口調だった。いてえ、と山城くんが眉を顰めて頬を押さえる。

(……あ、そうだ)

「山城くん、ちょっと待ってて」

 私は椅子の鞄のところに走って行った。鞄の中にある、いつものポーチを取り出して、中を確認する。

「……あ、あったあった」

 まだ残っててよかった。白い湿布薬を小さなはさみで切り、またポーチを鞄にしまって、山城くんの元に戻った。

「はい」

 ちょっと背伸びして、山城くんの左頬に湿布をぺたんと貼る。

「これで痛み、ましになると思うけど」

 山城くんは、びっくりしたみたいな顔をして……それから、小さな声で呟いた。

「……さんきゅ」

 ……山城くんがちょっと照れ笑いをしながら言った。

「意外だな、お前って、いつも救急セット、持ち歩いてるのかよ?」

「え、うん……結構よく怪我とかするか、ら……」

「は?」

 ……し、しまった!! 完全文科系人間のさーちゃんは、怪我なんかしないじゃないっ!! 私は必死に言葉を継いだ。

「……お、おねーちゃんが」

 ぎ、ぎりぎりなんとか、言えたわっ!!

「おねーちゃん? お前姉貴いるのかよ」

「う、うん。おねーちゃんはスポーツやってるから、しょっ中、怪我して帰ってくるの。それで手当するようになって」

へー、と山城くんが言った時、日向くんの声が聞こえた。

「……山城、今日のギャラ」

 日向くんがぽいっと何かを投げ、山城くんが、片手で受け取る。冷凍スポーツ飲料だった。

「お、冷てえな。こいつで冷やしとくか」

 湿布の上から頬にペットボトルをあてた山城くんに、藤沢くんが歩み寄って来た。表情がキラキラ輝いてるわね、藤沢くん……。

「山城くん、ご苦労様~。本当に良かったよ!」

「藤沢、ちゃんと編集しろよ」

「もちろん! カッコいい悪役にするからね!」

 なんだそれ、と山城くんが笑い……また、いてぇと顔を顰めた。藤沢くんが私の方を向き、にっこりと笑って言った。

「みなみちゃんはどうだった? さっきの二人」

「え……」

 そ、そんな急に感想求められても。おまけに……

(うわー……)

 日向くんと山城くんの二人が、じーっとこっち見てる……。

「あ、あの、すごかったよ。山城くんも怖かったけど、日向くんはもっと怖かったし……」

「「……」」


 ……どうして、二人とも黙ってるの!? 私、何か変な事言った!?


 山城くんがぶはっと、いきなり吹きだし……身をよじって大笑いし始めた。

「お、お前……鈍すぎ……っ……」

「はあ!?」

 何なのよ、鈍いって!?

「笑うと痛てえのに、笑かすなよー」

 左頬を押さえながら、高笑いする山城くん。そこ、笑うところなの!? どうなの!?


 ――ゾクリ


 全身に感じる……冷気。と、鳥肌が立ったっ……! 冷気の源を見ると……。

「日向……くん?」

 ちょ、ちょっと、さっきの絶対零度を超える冷たさなんだけど……っ!! なんで、そんなに、こっち睨んでるのよっ!!


 ダークな日向くんと大笑いの山城くんを目の前にした私は……逃げ場もなく、ただ立ちつくしていた。


「あー、もう、この湿布に免じて、思い切り殴った事は水に流してやるよ」

 にやにや笑いながら、山城くんが日向くんに言った。日向くんは無言のまま、山城くんをじろり、と睨んだ。

「じゃあな」

 山城くんが渡り廊下の入口へ、口笛を吹きながら歩いて行った。


 ――後に残ったのは、どう見ても不機嫌そうな日向くん。

「あの……」

 言いかけて、言葉が止まる。日向くんが……コワイ。な、何て言ったら、いいのっ!?

 たらり、と冷や汗が落ちそうになった時、ハイテンションな声が響いた。

「あ、みなみちゃーん、次のシーンだよー」

「は、はーい」

 た、助かった……ありがとう、藤沢くん~!!

 藤沢くんの傍へ行こうと、日向くんの傍を通り抜けた瞬間――確かに、低い声が、聞こえた。


「……覚えてろよ」


 聞かなかったフリをして、そのまま駆け足で藤沢くんを目指した。心臓が、ばくばくいってる……。

(な、な、なにっ、そのドスのきいた低い声はっ!!)

 こ、怖い……。私がなにをしたって言うのよ!? 怖い思いしたのは、私なのに!!

(……でも、そんな事、あの雰囲気じゃ言えない、よね……)

 必死で藤沢くんの傍に駆け寄り、ようやく一息つけた。

「ふう……」

 思わず長い息を吐いた私の前で、瞳をキラキラにさせた藤沢くんが、ぐっと拳を握りしめた。丸めた台本がぐしゃっとなってるけど!?

「本当、いい映画になるよ、絶対!」

 藤沢くんのハイテンションは収まる様子がなかった……。ちょっと顔が引き攣る。

「そ、そうかなあ……」

 うんうん、とうなずく藤沢くん。

「みなみちゃんも、すっごくイメージ通り! これはイケるよ!」

「あ、ありがとう……」

 大絶賛されて、ちょっといたたまれない私に、藤沢くんが台本を開いて言った。

「じゃあ、次、女子更衣室行くよー」

「え?」

「体操服に着替えながら、親友の夕実に今日のデキゴトを話すシーンだよ。あ、夕実ちゃんはもう先に、現場行ってるから」


 ――みなみの親友の夕実……って……確か。


 私は一瞬固まったが……「ほら、行くよっ!」と藤沢くんにひっ立てられ?、スタッフの皆と体育館裏手にある、クラブハウスの女子更衣室へと移動した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ